『袖すり合うは呪いの人形。それはそうとヒーローは遅れてやって来るものです』
時代劇×異世界転移。第三話!!
何時だって時代劇の彼等は、ヒーローだった。画面のなかで悪を挫きながらも。時に人の弱さを認めて。真っ直ぐに前を見据える情のある彼等。時代劇の彼等はヒーローであり。
こう在りたいと思わせる生き方の先生で。彼等に憧れを抱いたまま私は大人になったけれども。彼等のように生きることは出来なくて。
嗚呼、なんてちっぽけな人間なのかと。何度も何度も溜め息を吐いたりした。でも、憧れ続けた彼等が。幼い頃の私の一番のヒーローだった火付け盗賊改方の同心である伝九郎さんが言う。道子殿は善き人だと。
私、伝九郎さんにそう言われるほどすっごく優しいとか。正義感があるとか。特に秀でたものなんてない。ごくフツーの人間だ。気弱だし。楽な方によく流されてしまうことだって沢山ある。
でも、憧れを抱き続けた人にそう言われて頑張れない程。私、落ちぶれたくなんかないんですよ。私は絶対にこの子を見捨てたりしないと。
道子は腕に抱いた怯えを滲ませる子供を強く抱き締めて精一杯の勇気を振りかざす。
少しは伝九郎さんたちのように誰かの為に頑張れる人でありたいと思うから───。
第三章『袖すり合うは呪いの人形。それはそうとヒーローは遅れてやって来るものです。』
芦屋道子、ただいまの職業は新米鑑定士。なんの因果か、異世界転移に巻き込まれて。なーんか腹にどす黒い陰謀を渦巻かせている召喚主から。とある人物と一緒にすたこらと逃げ出して。
この異世界である“フォルトゥーナ”で。どうすれば元の世界に戻れるのか。その手段を求めて旅をしています。頼れる旅の仲間は侍と忍者だ。侍と忍者。二人ともガチものである。
侍の名は木村伝九郎。異世界転移で江戸時代中頃から召喚された。火付盗賊改方の同心であり。月代、黒の羽織、刀、十手を装備した。本物の侍。
「ほぅ。これが道子殿が暮らしていた家か。」
忍者の名はアーサー・グレイグ。イギリス出身の好青年なのだが。幼少期に見た時代劇の忍者に憧れて。
単身、日本にやって来て。とある忍の長に弟子入りして。本当に忍者になった人物である。
「oh、日本的な素晴らしいお家デス!!マーベラス!!善き哉ァ!!」
侍と忍者のなかに一般人が混ざったこの愉快過ぎるパーティ。ちょっと自分、浮いてるなとは思いつつも。なんだかんだ馴染み始めている自分が居ます。
国境を超えたところで野宿することが決まって異世界人三人。改めて自己紹介し。
異世界モノの御約束というか。なにか授けられてないかと話になった。伝九郎さんにアーサーさんが。異世界モノの様々な御約束やら。よくあることをわかりやすーく説明するなか。
時々、補足したり。噛み砕いて伝九郎さんにも分かるようにアーサーさんの話を訳したりしながらも。
私は持ち物を確認していた。目の前に駆動音のような音を出し。現れたメニュー画面をたしたしと叩く。
これ、伝九郎さんには巻物風になっているんだって。アーサーさんは魔術書っぽい形のウィンドウだとか。
某も巻物風が良かったでござるとなんだかしょんぼりするアーサーさんを慰めながら。あ、持ち物一覧があるぞと確認する私。そのなかに芦屋邸(改)の文字が。
ドキドキしながら一覧表に触れると。目の前には見慣れた我が芦屋家が出現した。
「えーっと野宿は回避出来たっぽいです!!やりましたよ伝九郎さん!」
「なんでもありなのだな異世界は。」
「まだまだ序の口でござるよー、伝九郎殿。」
出し入れ可能だとこのあと、分かり。これから雨風が楽に凌げると安堵しながら、二人を芦屋家に招く。家主が招かないと誰も入れないらしいので盗賊や押し売りが来ても安心安全仕様だとか。
私の家、どうなってるんだろうか。電気、ガス、水道も。魔石というものが動力源になったり。置き換わっているらしく。
現代日本と同じ水準で使えるみたいだ。冷蔵庫の中身も、結構ギッシリと詰まっている。あー、買い出し済ませてた自分。よくやったと拳を握った。
「となったら。ご飯、ご飯にしましょうか二人とも!!伝九郎さん、鶏肉は食べれますよね!?」
「うん?嗚呼、よくお頭に軍鶏鍋を食べさせて頂いたし。この状況で選り好みしたりしないぞ。」
「よーし、今日は景気付けにガッツリ行きましょう。照りたま丼です。」
油を引いて熱したフライパンに。フォークで穴を開けた鳥モモ肉を。皮がカリカリになるまで焼いたら。同じフライパンに醤油と味醂に砂糖を入れてひと煮立ち。
出来たタレをたっぷり鳥モモ肉に纏わせたら。炊いていたご飯を丼によそい。キャベツを敷いて。食べやすく切った鳥モモ肉を丸々一枚乗せる。
そこに白身と黄身がぷるぷるの温泉卵を投下したら。照りたま丼の完成。箸休めには赤蕪のお付けもの。お味噌汁はじゃがいもと玉葱を具にした。
伝九郎さんもアーサーさんも畳敷の居間の方が良いかと。居間に料理を運んで照りたま丼、大盛りです。食べましょうかと笑うと。二人は、ぐうっと唸った。
訂正、腹の虫だ。気恥ずかしげにする伝九郎さんに。年下の男の子だったなーっと思い出してなんだか可愛くなった。アーサーさんは間違いなく美味しい奴でござるなぁとワクワクしてくれた。
「それでは三人揃っていただきます!!」
「「いただきます!」」
ガブリと鳥モモ肉を噛むと。肉汁がタレと混ざりあって。口一杯に鶏肉の旨味が広がる。弾力のある歯応えも良い。ご飯を一緒に口に運べば。何杯でもいける美味しさだ。
蕪のお付けものもサッパリしていて。パリパリと小気味良い音がする。合間に、じゃがいもと玉葱のお味噌汁を啜ると。胃がほっと暖まるのが分かる。
三人揃って無言で照りたま丼を掻き込む。どうだろう、口にあったかなとそろっと様子を見て。夢中で食べ進めている二人を見てホッとした。
うん、気に入ってくれたのが見ていて分かる。伝九郎さんもアーサーさんも食べる早さがすごいのに所作が綺麗だ。
心持ち箸を使う所作を意識しながら私は味噌汁を飲んだ。
「お粗末様でしたー。食後に御茶もあるよぉ。」
「ッッ美味しかったでござる道子殿!!召喚国で出されたよくわからないゲテモノ料理とは雲泥の差でござったなり!!」
アレはピッグ飯でござったと染々と咽び泣くのはアーサーさん。そう言えば、アーサーさんは私たちとは違い。暫く私たちを召喚した国に居たのだと思い出す。
湯飲みを包むように持ってアーサーさんは。あの国は召喚者たちを兵器と見なしていたでござると語る。伝九郎さんと顔を見合わせてアーサーさんに話を促した。
「あの大国、ウーヌスの国家元首はアルゲオという人物でござった。しかし、実際のところ国の中枢で権威を振りかざしているのは。ウーヌス国宮廷魔術師であるベルルムという名の禁術使い。」
得体の知れない男でござる。某、傀儡になった振りをして探りを入れたでござるが。ミストを掴むが如く某たちを召喚した理由も。その正体も掴めなかった。
「某は忍びとしては優秀であると自負する。しかし、あの男について探れたことは殆どなかった。近付くことすら出来ないなど不覚でござる。あまりにも忍びとして不甲斐なし!」
「アーサーさんのような手練れの忍びでも探れなかったんですか?」
「常にベルルムには二体のアンデッドが控えてござる。騎士のような風体でござったな。男女のアンデッド騎士は凄腕。僅かな気配にも反応して対象を殲滅する様子。」
某は間違いなく気配を完全にシャットダウンしていたでござるが。アレらは隠れ潜む某を見抜いていた。
「故にアレらは生者の気配を感じ取れるのではなかろうかと。そうと分かればいまはやりようがあるも初見殺しでござったな。」
「道子殿、そのあんでっどなるものは一体どのような生き物なのだ?」
「アンデッドというのは言わば遺体です。禁術を用いたりして既に死んだ人間や動物の遺体を操ることがあり。その禁術で操つられた遺体の事をアンデッドと呼びます。」
「それは死者に対する冒涜ではないか···!」
「ベルルムは禁術使いでござる。それもかなりの使い手よ。倫理観も、それに見合ったものでござろう。ようはド外道ですな。あの男は間違いなく危険でござるよ。」
アーサーさんはそう語ったあと。私たち以外の召喚者たちの処遇も教えてくれた。なんでも必要最低限の身の回りの世話をされているけれど。
人間扱い、というよりも。兵器としての扱いであるらしく。兵器を一番良い状態で保つ為に。本当に最低限の世話だったとか。
「故に食事も本当に···とんでもなく酷かったでござる···あれを喰うなら某は師範が作る残飯擬きを···喜んで食らうでござる···。」
アーサーさんは顔をしわくちゃにして。思い返したら怒りに火が着いたのか。カッと目を見開く。
「某は絶っっ対にあの激マズ飯を喰らわしてくれやがったウーヌス国を許さないでござるよ!あんなヤバいにも程があるモンを出すとは【放送禁止用語】!かつ【放送禁止用語】でござる!!むしろ【放送禁止用語】【放送禁止用語】【放送禁止用語】【放送禁止用語】なのでは!【放送禁止用語】過ぎて某は腹が立つでごわす伝九郎殿、道子殿!」
伝九郎と道子は宇宙を背負っていた。伝九郎と道子はそっと目で話す。いまの彼奴の言っていた言葉。道子殿は理解出来ていたか。わかるような分からないような。
理解したらダメな気がします伝九郎さん。呪文か。いえ、多分。イギリス仕込みのヤベェ罵詈雑言ですよ。
というよりも世界的に飯マズ国扱いなイギリス生まれのアーサーさんですら、ゲテモノ扱いするご飯って一体。
アーサーさんは鰻のゼリー寄せが御馳走レベルでござったと顔を両手で覆って呻く。
あの、伝説の鰻のゼリー寄せ以上のマズ飯か。私は、あの国の追っ手には絶対に捕まりたくないなと。強い決意を固めた。
翌日、朝。台所で炊飯器をカパリと開ける。ふっくら炊き上がった白米によしよしと頷いた。朝食は、簡単におむすびにしよう。具は何にしようかと考えるのも楽しいのは誰かとまた食卓を囲めるということが大きいと。
口果報になりますようにと唱えながら俵がたのおむすびを握っていく。そこに庭先で素振りをしていた伝九郎さん。周辺を探っていたアーサーさんが戻ってきて。ご飯にしましょうかと笑った。
朝食を済ませて家を出る前に。私は仏間のおじいちゃんの位牌に手を合わせた。おじいちゃん、なんだかとっても大変なことになったけれど。
孫はどうにか元の世界に戻れるように頑張るつもりです。悪いことばかりじゃなくて。火付盗賊改方の同心である伝九郎さんや忍者のアーサーさんっていう。ものすごーく頼れる仲間も出来た。
だからきっと。この異世界でもなんとかやっていくから見守っていてね。道子殿と声を掛けられ。振り返ると伝九郎さんが居た。
「俺も道子殿の御祖父に手を合わせても良いだろうか?」
「え、はい。」
そっと脇にずれると伝九郎さんは仏壇の前に座って。線香を立て。静かに手を合わせてくれた。伝九郎さんは。道子殿を必ず、元の世界に帰すので安心して欲しいと。そう伝えたと柔かに笑った。
そして、森を越え。やって来たのは。魔術国家と謳われる国で。聖魔大戦という。魔王率いる魔族と異世界から召喚された勇者たちが戦った際。
勇者の仲間として戦いに参加した魔術師が興した国だそうだ。その国の名はブロー。この国で私たちは、ある目的を果たすつもりでいる。それが冒険者ギルドに入ることだ。
ウーヌス国から逃れる時に。知り合って手助けしてくれた旅芸人の一座であるラヴィアンローズの猫獣人のソルシエさんから。冒険者ギルドに加入すると。どの国でもギルドの保証書さえあれば厳しい検査などなしに国境を通過出来るし。
入国も許されると聞いたからである。身元引き受け人さえ居ればギルドには簡単に加入出来るという。また、冒険者ギルドに加入すると。
ギルドで依頼されたクエストをこなすとお金が貰えるので。これから、旅をするのであればギルドに加入しておいた方が断然良いと三人の意見が揃ったので。
その冒険者ギルドに来てみたのだけれども。一見、酒場のような冒険者ギルドに踏み入れた瞬間にざわりと視線が肌を撫でた。
「········追い出されちゃった。」
道子、冒険者ギルドに門前払いされました。見事に、オメーの席はないからァされました。ペイってされましたからね。受け付けの人に水晶玉に手を翳せーと言われ。
ペロンと表示されたのはその人の冒険者としての資質をランク付けしたものでした。これが冒険者ギルドに加入できるか否かの選別で。
わかりやすく言うと一番上がSSSで一番下はEなんだとか。伝九郎さんとアーサーさんは問題なく一番上のSSSで。
私はまさかのFでした。このFはものすごーく冒険者の適正がないか。ランク付け出来ないような一点モノの光るナニかがあるかなのだそうです。
でも受け付けの人には。まァ、半笑いで。田舎に帰って畑を耕せ(物凄く八つ橋をくるんだ言い方をすると。)されました。
鑑定スキルがあるとおずおず、言ってみたけれども鑑定士は山ほどいますからと。けんもほろろのなしのつぶて。泣いてはない。例え、みそっかすを見るような目で見られても。
お情けでこの二人のパーティメンバーに入れて貰ったのねと。腰巾着を見るような侮蔑の目で見られたって。西瓜の種飲み込んで臍から芽が出ちまえだなんて思ってませんとも。
(うん。よし箪笥の角に足の小指をぶつけて悶絶する呪いも追加しよう。おのれ、この怨み生粋の日本人が忘れると思うなよぉッ!)
で、まァ。冒険者ギルドから一人だけペペイッと放り出され。致し方なく近くの商店街をブラついてます。なお伝九郎さんとアーサーさんは冒険者ギルドに居たなんか凄腕冒険者たちからスカウトの嵐で。
しかも、邪魔が入らないように私が放り出された瞬間。なんだか結界のようなものがギルドに貼られ。私はギルド内で二人がどうなっているのか、まったく分からないのだ。
お情けかあと。ぼんやり考える。実際のところ。その通り過ぎて。なーんにも言えませんでした。あの二人なら、この世界でも。上手くやっていけるような気がする。
見た目の奇抜さはあれども。二人とも性根が真っ直ぐで。人のなかに自然と入っていけるような器用さもある。
スキルだって戦闘に応じたものがあるので冒険者としても直ぐに熟達した領域に入れる。だなんてツラツラと考えていたら。久方振りに胃がキリキリした。
瞬間、鈴の音と共に胃の痛みが消えて。ピロンと私の頭にポップが浮かんだ。【胃痛】【哀しき社畜の性】で無痛化とな。
お前、実は役に立つスキルだったのか【哀しき社畜の性】よ。
それに比べて、私の役立たず感。溜め息が溢れた。その瞬間に、腰の鞄から財布を擦ろうとした男の子の腕を捻り上げた。甘いな。掏るならもっと上手くやらないとだと目を細めた。
「チッ!アンタ俺らの仲間だったのかよ!!」
フードを目深に被った男の子。赤毛、蒼い瞳。煤汚れで隠しているが顔の造形は良い。体躯、浮浪児にしては肉付きが良好か。ある程度まで人に育てられたか。
服装は汚れているが品自体は良いと観察し、鑑定し。当たりかたがわざとらしかったねと告げ。財布を掏る時は、こうやって指先を使うと指をヒュッと動かして見本をみせ。
男の子がぶつかってきたときに掏っておいた財布を渡す。男の子はキラキラした目で私を姐さんと呼んだ。
路地裏、木箱に腰掛けて男の子と話をした。男の子の名前はルー。狼の獣人のお父さんと人間のお母さんの間に生まれ。二年前、両親が相次いで亡くなった。
御両親は駆け落ちした身で。身寄りがいなかったからルーは浮浪児になったという。姐さん、掏りの腕はどう磨いたと聞かれ頬を掻く。
「おじいさんの昔のワル友にね。掏り師のプロが居たんだ。その界隈では影無しの伊佐治って呼ばれてる。警察に影も掴ませないからって。それでまー。面白半分で掏りの技を仕込まれてね。」
あまり、日常生活では役に立たないスキルだと苦笑した。
「ちなみに伊佐治おじさんは摺りから足は洗ってた。」
「姐さん、いまから掏り師に転職しよう。その掏りの腕があれば食いぱぐれたりしないって!!」
「やらないよ。私のは少し手先が器用なら誰でもやれることだ。それに死んだおじいさんに顔向け出来ないことはしたくない。」
君が掏りで生計を立てていることを私はとやかく言うつもりはないけれど。
「後ろに手が回る前に。掏り稼業から足を洗いなよ。辞めたくても辞められなくなる前に。」
「···もういまさら無理だよ。辞めたくても掏りは辞められない。許して貰えないんだから!」
「ルー君!」
パタパタと人混みに紛れて駆け去ったルー。なにも、事情を知らないのに踏み込み過ぎたかなと私は咄嗟に伸ばした手をのろのろと降ろした。商店街をまたブラブラ歩く。
突然聞こえてきた悲鳴にビクリとして。ガヤガヤと集まる人垣の合間から顔を出すと。骨董屋らしき店の主人が。なんで捨てたのに戻って来るんだと青ざめ。人形を箒でバシバシ叩いていた。
アレはまさかと店の主人がその人形を蹴り飛ばす間際に。間に割って入り。子供の背丈ほどの人形を腕に抱え上げた。
良かった。皹も入ってないと丁寧に埃を払った。パッと目の前にウィンドウが浮かぶ。
【名称:お伽人形“白銀”童子】【巫の国の人形師、唐蜘蛛左衛門が手掛けた生き人形であり。十二体作成された生き人形のなかで最も優美とされた最高傑作である。】【また持ち主の厄災を退ける力を保有する。】
うん、普通なら市場に出回らないものだってことはよーくわかった。
「“生き人形”か。とっても器量よしだ。丁寧に、丹念に職人さんによって作られたことがよく分かる繊細な細工。それに持ち主である人たちに大事にされてきたのかな。随分と長い年月を経ているみたいだけど。こんなに傷みがないなんてすごいなぁ。」
「あ、アンタ。よくそんなものに触れるな。それは持ち主を不幸にする呪いの人形なんだぞ!!巫の国の珍しい人形だと言うから買ってやったが間違いだった!」
コイツのせいで私は怪我をするし店は傾いたんだ!何度も何度も捨てたのに必ず戻って来る!!
「あ、アンタがその人形を気に入ったならくれてやるから頼むからもうそれを俺の視界に入れないでくれぇ!!」
青ざめる骨董屋の店主にどうしたものかと悩んでいたら呆れたような声が腕の中からした。
《まったく失礼やねぇ。怪我をしたのも店が傾いたのも。みぃんなあんさんの自業自得やわぁ。》
「んえ···?」
曰く、器物百年を経して霊性得たり。長年人間に大事にされてきた器物は百年経つと霊魂を得るというのだそうだ。
またまた路地裏に急いで駆け込みまして。儂はお伽人形の白銀童子やと。
私はみょいみょいと動く人形に目を丸くした。
《儂の前の持ち主のおひい様は巫の国からこの国の公爵家に嫁いできたんよ。儂はおひい様の家に代々伝わる嫁入り道具のひとつでなぁ。》
でも、おひい様が嫁いだ公爵家が周囲の人間に騙されて多額の借金をさせられ。公爵家は断絶の憂き目に遇い。更には失意のうちにおひい様が病で亡くなると。
儂は他の家財道具といっしょくたにあの骨董屋に二束三文で買われたんよ。あの男、不幸はなんでも儂のせぇやいうてなぁ。
《儂は、儂を汚ない人形扱いしたあの男にちょこーっと不運を引き寄せただけやのに!まったく失礼なやつやわぁ!》
あ、濃い。この人形ってばベシャメルソース並みに物凄ーくキャラが濃いぞ。お伽人形の白銀童子はべしょりと。儂は不幸の人形やない。
花嫁に幸運を運ぶ人形なんよ。でも、傾いていく御家に憂いていたおひい様を慰めることも。病からお救いすることも出来なかった。役立たずやわと白銀童子はべそべそと涙する。
なんでも白銀童子が自由に動けるようになったのは本当につい最近だったとか。器物、百年を経て霊性を得たりといふ。しかし、その百年目が来たのは持ち主が亡くなったその日だった。
《儂は、儂は役立たずの付喪神なんよ。うわああん!!おひい様ぁー!》
役立たず、か。白銀童子を抱えあげながら。役立たずじゃなかったと思うよと。
縺れたところもないその白銀の髪を撫でる。貴方は、最期のその時まで持ち主である人に付き添い続けた。
たった一人。故郷を離れたその人にとって、貴方は故郷を思い出させる縁だったんじゃないかな。
「きっと貴方が居たことで。心が慰められたことは沢山あったと私は思う。貴方はちゃんと貴方の主の心を守れていたって。」
だから私は貴方は役立たずだったなんて思わないと道子は笑う。
白銀童子はぽろぽろと涙を流して。
儂、きちんとおひい様を守れてんたかなぁと見上げ。道子は。うん。だって貴方を見たら分かるものと告げた。
「持ち主を愛して。そして、愛された子だってね。私、鑑定士だからそーいうことも見抜けちゃうんだなあ。」
そう笑えば。白銀童子は儂、おひい様に愛されとったからなと。泣きながら胸を張って笑ったのだ。
《決めたわ。儂、道子に着いていく。道子は人が良すぎて心配になるんよ。だから儂が守ったるわ。酸いも甘いも噛み分けたこの白銀童子様にどーんと任してなぁ?》
ぱたぱた手をばたつかせながら白銀童子はそう主張する。白銀童子の価値をきちんと分かる人に。白銀童子を預けるべきかなーっと思っていた道子は。
目を瞬かせたあと。私としては嬉しいけれども。ちゃんと貴方の価値を理解できて大事にしてくれる人のところに居た方が良いのではと訊ねると。
儂の価値を道子以上に理解できる人間なんて居やしないと白銀童子は笑う。
《儂を捨てたら祟ったるからな。さあ!儂と契約して新しい主になるんよ、道子!》
「おおぅ。押しがなかなか強いぞ。えーっと。それじゃあ、これからよろしくね白銀。私は芦屋道子。ジョブは新米鑑定士です。」
《儂はお伽人形の白銀童子。人形師、唐蜘蛛左衛門が生涯で手掛けた十二体の生き人形のなかの最高傑作!巫の国では儂を巡って戦になったこともある罪な男なんよぉ。》
白銀童子を抱えて。道子は一旦ギルドに戻ってみようかと考えていた。けれども立ち止まる。路地を塞ぐように。風体の悪い。此方の世界の破落戸達がニタニタと笑った。
「姐さん、逃げて!!」
「ルー君!」
殴られたのか頬を腫らした、ルーに。道子は目を見開いた。破落戸のなかでも、抜きん出て威圧感が重い男が嗤った。お嬢ちゃん、なにをしたか知らねぇが。裏の界隈で賞金が掛かってるぜ。
それも、数年は遊んで暮らせるだけの額がな。道子は白銀を抱えたまま、一歩後ろに下がる。旅は道連れ、世は情け。窮地に追いやられた道子。果たして、どうなることやら。




