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『彼は誰そ彼、青い目をした忍者さん』

時代劇×異世界転移話、二話目!

空気を読むのは日本人の御家芸。そして鍛え抜かれた社畜には卓抜したエアーフィーリング能力が搭載されている。


上司の虫の居所に始まり営業先のほんの僅かな顔色まで読み解き、お局様の御機嫌の良し悪しを瞬時に判断する。そんな社畜アイがなくったって分かる。


目の前の二人から漂う緊張を孕んだ空気。あの伝九郎さんが身体を強張らせるほどの相手がいま私たちの目の前には居る。


伝九郎さんが対峙するは麦穂の如き艶やかな金色の髪、澄んだ湖畔のような青い瞳。私たち日本人に比べて彫りが深い、ギリシャの彫刻像のような端正な顔立ち。


そして全身は黒一色の服。見間違いであれば良かった。しかし、白日の下にいっそ輝いてさえ見える気がしてくるその服はどうみたって忍装束であったのだ。


古式ゆかしい、見るからに忍者と言いたくなるようなステレオタイプの。


「────此処で逢ったが百年目、某に出会ったことが運の尽き!潔く某を雇うでござるよ!!」


ズシャーと伝九郎さんに向かって走り出し、目の前で止まった彼は何故か懐から草履を取り出して捧げ持つと土手座したのであった。


伝九郎さんはそっと眉間を押さえ、後ろに控える私に訊ねた。


「道子殿、道子殿。この南蛮人はなにを言っておるのだ?」


「聞き間違いでなければ伝九郎さんに雇って欲しいと言ってますね。」


「聞き間違いであればと願っていたのだがな。」


「フフフ!!某が追い求めた理想の主に、いま!ようやく!巡り会えたでござる!!殿が雇って下さるまで某はネバーギブアップ!!さあ!某と契約して主になるでござるよおおお────!!」


その時の伝九郎さんの顔は、完全に未知の生き物を前にした人間の顔のそれであったと。後々に道子は旅の仲間に話したと言う。



第二章『彼は誰そ彼、青い目をした忍者さん。』



事故に遭い死の瀬戸際に居た私、芦屋道子は。意識を失いかけたとき地面に浮かび上がった召喚陣によって、この異世界にやって来た。


召喚された謁見の間には年齢も国籍もバラバラな男女が居たのだけれども。私の隣には月代に髷を結った侍が居たのだ。


召喚された時に身に付いたらしき鑑定スキルでこの侍、木村伝九郎さんが正真正銘の侍であることが判明したのと同時に。


魔王を倒すために私たちを召喚したと語る王様がどうやら嘘をついているらしいと言うことを伝九郎さんが見抜き。


真偽を確かめようとしたとき王様の横に立つ魔術師が洗脳魔術を放とうとしていることに気付いた。私と伝九郎さんは間一髪、洗脳魔術から逃れて逃走して。


城の中を鑑定スキルで鑑定しまくり、辿り着いた城のバルコニーから取り囲む衛兵を掻い潜り。城のお堀に落下してなんとか逃げ仰せることに成功した。


そして、いま私と伝九郎さんは深い森の中を。盗賊に襲われていたところを偶々助けた旅芸人一座のご厚意で彼らの幌馬車に乗って移動していた。


幌馬車の御車台から、この旅芸人一座の座長の壮年の男性。なんと獣人の猫人族なのだと言う見た目は大きな虎猫のソルシエさんが荷台の私たちに振り返る。


ちなみに幌馬車を引いているのはバイコーンだと言う。しみじみ異世界に来たなーと思うも、横に佇む侍である伝九郎さんを見ると何故か実家のような安心感が。


物凄く、ホッとするのは祖父から伝わった時代劇好きの血故なのか。


「もうすぐ国境に入ります。デンクロウ殿とミチコ殿のお陰で無事にこの国を出れそうです。お二人のお陰で一座のものたちも怪我ひとつしていませんし。本当に、なんと感謝したら良いのか。」


「私は殆どなにも。盗賊たちは伝九郎さんが一人でやっつけたんです。だからお礼は伝九郎さんだけに。それに皆さんの馬車に乗せて貰って、むしろ私たちの方が助かったぐらいですから。」


「あら、そんなことはないわ!だってミチコはアタシを助けてくれたじゃない。」


ソルシエさんの隣に腰掛けていた、赤毛の髪をしたやはり猫人族の少女が顔を出す。こちらは頭部の猫耳以外は人間の可愛らしい女の子の見た目をしている。


ソルシエさんの実の娘さんで、この容姿の違いはなんでもいまは亡きソルシエさんの奥さんが人であったからなんだとか。獣としての姿と人としての姿、どちらにもなれるのだという。


「プティさん。」


「んふふ。プティで良いわよ、ミチコ。さん付けなんてしがない旅芸人の娘にはくすぐった過ぎるもの。」


この子、プティはソルシエさん率いる旅芸人一座『ラヴィアンローズ』の花形曲芸師でソルシエさんの実の娘さんだ。森の中、盗賊たちに襲われた際にソルシエさんと仲間に逃がされて。


けれども盗賊の一人に追い付かれてしまい、偶々川に近いそこに馬に水を飲ませようとした私たちが通り掛かり。


咄嗟に私が石を投げて注意を引き付けている隙に。背後に回った伝九郎さんが盗賊を殴って気絶させ。プティから盗賊に襲われていることを聞いた伝九郎さんが彼女の案内で盗賊たちの居所に出向き。


残りの盗賊たちを退治して。異種族同士だと子が出来にくいなかでようやっと生まれた。しかも女の子である我が子を激愛するソルシエさんはなにかお礼をと申し出てくれて。


この国を早く出たかった私たちは。丁度隣国に向かうと言う彼女たちのご厚意で隣国まで彼女たちに同伴させて貰うことに。


なにせ私たちはこの世界のことをなにも知らないので。二人だけではこの国から無事に出れたかどうか。ソルシエさんは御二人は巫の国から来たばかりですからな。致し方ありませんと笑った。


巫の国、そう私たち二人は海を隔てた島国。巫女が治めていることから通称巫の国と呼ばれているところから来たと言うことになっている。


どうもその国は私たち日本人の文化に近い国であるようなのだ。そのお陰で物珍しさはあれども異世界人だとは思われてはいないらしい。


此処でソルシエさんたちから聞き出したこの世界の地理のことをざっくりと話すことにしよう。


先ず、この世界の名はフォルトゥーナと言い。四角形をそれぞれの角で引っ張ったような大きな大陸と複数の島国で成り立っている。


この大陸はソレイユと呼ばれていて、大陸の中央には三日月形をした海がある。


この三日月形をした海には古代都市が沈んでいると言い。海上には海に浮かぶ小さな都市があるのだとか。


大陸の中央に海上都市があり、そこを取り囲むようにソレイユ大陸には幾つかの主要国家がある。大まかに分けて大国が六つ。小国が四つほど。


私たちを召喚したのは大国の一つである『ウーヌス国』。


王家が統治する君主制の国なのだとか。曰く千年程前、人を含めた多くの種族と魔族との間に起きた聖魔大戦にて召喚された勇者が後に王となって治めた国なのだそうだ。


人と魔族の戦い、召喚された勇者。私と伝九郎さんは思わず顔を見合わせあう。だってそれはあの謁見の間で王様が私たちに語った話になにやら通じるものであったからだ。


「うんとうんと昔のお伽噺なのよ。私たち猫人族にとっても昔のお話。かつてこの大陸には魔族が治める国があったの。この魔族はとっても強欲で大陸全土を我が物としようとしたと言うわ。」


魔族の長である魔王の力は強く、魔王に敵うものは誰もいなかった。そこで当時の国々は魔族に対抗するべく神の御告げを望むの。


「当代一の巫女によってもたらされた御告げによれば、魔王を打ち倒す力を持つのは異世界から来た勇者と聖女だけ。」


そこで国々は召喚の魔術を編み出し。異世界から勇者と聖女を呼び出すことに成功して。それぞれの国から選び出した騎士や魔術師、僧侶。


中には盗賊なんかも旅の道中で加わって。魔王を無事に打ち倒して。魔族の国を世界の裏側に封じ込めたのよ。


そして旅の最中に恋人となった勇者と聖女はこの世界に残り、国を興し。同様に旅の仲間たちも後にそれぞれの国の王となったのだそうよ。


そう、分かりやすく説明してくれたプティは。誰もが知るお伽噺なのだけれど。初めて聞いたって顔してるわよミチコと不思議そうに道子を見た。


「ええっと。私たちの国で伝えられている話と少し違ったからかな。」


「ところ変わればなんとやら、だ。俺たちが知るものと色々と違っているみたいだったからな。」


「ま、良くある話ね。私たち色々な国に行くけれど。その国その国でお伽噺の内容が違ってたりするわよね。例えばこれから行くブロー国は聖魔大戦で勇者の旅の仲間だった魔術師の出身国なんだけど、ものすごーく大活躍した風に伝えてあるのよね。」


でも他の国ではなんと言うか添え物的に語られる程度の活躍だったりするの。


「かと思えば魔術師の国ブローで添え物扱いだった戦士の出身国であるオムニブス国では戦士こそが大活躍!なんてことになってるわ。」


上手く、話は流れてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろして伝九郎さんにありがとうございますと伝えると。気にせずとも良いと頭を撫でられる。


(伝九郎さんとは年齢が近い、とは思うんだけどなんだかすっかり子供扱いされているような気が。)


そこまで童顔と言う訳ではない筈だ。それとも私が子供っぽいと言うことなのだろうかと思わず唸ってしまう。


「うんうん唸ってどうしたのミチコ。」


「いや、私ってそんなに子供っぽいかなーって。」


「あらあら、何歳なのミチコは。」


えっこらしょっと荷台に移って来たプティに二十四歳と答えるとあら全然若いじゃないのとバシバシ背中を叩かれ出した。


「私は四十五歳よ。猫人族の私からしたらミチコはまだまだよちよち歩きの子猫も良いところよ。で、そこの貴方は何歳なのかしらデンクロウ?」


「俺か?確か、数えで二十になった頃だが。」


「待って、数えと言うことは本来の年齢に一歳プラスにしてその年齢になる筈だから。つまり伝九郎さんは十九歳ッ!?」


「思っていた以上に若いわねー。」


「四十五歳の御仁からすれば、確かに若いか。同心仲間の内では俺が一番の若輩者だったからな。」


若いにも程がある。と言うよりも年下だったことに驚きが冷めやまないのですが。

そうか、私は年下相手に頼ってばかりいるのか。年上として不甲斐ないことこの上ないわよ道子と膝を折った。


「その、年上なのに良いとこなしでごめんなさい伝九郎さん。と言うか伝九郎さんに頼りっぱなしで居たたまれない!!」


半泣きで膝を抱えて落ち込む私に、伝九郎さんは小さく噴き出した。道子殿が俺より年上だったことには多少驚いたが。


「年など気にすることではないし。俺は誰かに頼られると張り切る質だ。道子殿が俺に頼ってくれるのは、むしろありがたいぐらいでな。だから安心して俺を頼ってくれぬか。」


後光が、伝九郎さんの背後から後光が見えると思わず私は顔を覆った。


(なるほど。これが人生経験の差による器の大きさの違いって奴か。器が大き過ぎて年下だけど敬称が外せそうにないなー。)


私はただ年を重ねてきただけなんだなあと、今更ながらに自己反省していると幌馬車が止まり。ソレイユさんが顔を険しくさせた。


荷台から様子を伺うと国境の関所だと言うそこはなんだか多数の兵士が行き交い物々しい雰囲気に包まれていた。


「プティ。」


「ええ、お父様。ちょっと何事なのか話を聞いてくるわ!ミチコたちは隠れていて頂戴な。」


暫くして幌馬車に戻って来たプティはあの人たちミチコとデンクロウのこと探してるみたいよと関所の役人が配っていると言う手配書を私たちに見せたのだ。


黒髪黒目の髪を後ろで纏めたシニヨンの丸眼鏡の女。頭頂部を剃って結った髪を乗せた男。間違いなく探されているのは私たち。


「何をしたか、だなんていまは聞かないわ。聞いたところで巻き添えになるのは御免だものね。」


「プティ殿。」


「でも、ね。貴女たちは私たち一座を盗賊から助けてくれたわ。見返りに金銭を要求することもなければ、身体を要求してくることもなかった。」


お人好しな貴女たちがたいそれたことをするはずがないし。助けられた恩は返すものですもの。


「猫人族はね、恩義を大事にする種族なんだから!!」


「役人の目を誤魔化す手段は我々にお任せ頂きましょう。旅芸人一座『ラヴィアンローズ』座長゛夢幻の魔術師゛ソレイユの腕をもってして、全力で奴等の目を欺いてご覧にいれましょうとも。」


「私たちにドドーンとまかせときなさいな!」


関所の検閲の順番がいよいよ旅芸人一座『ラヴィアンローズ』の幌馬車に回って来る。


幌馬車の荷台を確かめていた兵士はフードの付いた外套を目深に被ったものたちに気付き。ソレイユたちが止める間も無く荷台に乗っていた二人を外に引きずり出した。


「貴様らだな。王都で指名手配されたと言う怪しい二人組、は!?」


勢い良く外套を剥ぎ取る兵士であったが。そこには毛にくまなく覆われた外皮に。頭部で自己主張する一対の耳。


気だるげに、褐色の目を兵士に向けて。くあっと欠伸をして何事かなお役人殿と黒豹の頭部を持った彼は肩を竦めてみせたのだ。


「猫人族!?ではお前も!!」


彼の隣に立っていた彼女は、外套のフードを取ると窮屈に仕舞われていた耳がひょこりと現れた。


やはり、顔は毛に覆われていて頭部には耳。此方は黒猫の猫人族なようである。


フードを取った拍子に傾いた丸眼鏡を直していると。座長のソレイユがうちの用心棒と新入りが如何しましたかなと慌てて駆けてくる。


「我々は王城に不届きにも盗みに入った盗人を探している。他に怪しいものはいないか馬車を改めさせて貰おう!探せ!」


「ハッ!邪魔立てすれば嫌疑ありとみるぞ!!」


幌馬車に立ち入る兵士たちに黒豹の猫人族の男と黒猫の猫人族の女は顔を見合わせ。そっと胸を撫で下ろした。この二人伝九郎と道子であった。


ラヴィアンローズ座長の夢幻の魔術師ソレイユは幻術使いである。普段は専ら一座の演出に用いているが、その幻術の腕は確かであり。こうして伝九郎と道子を幻術で自分たちと同じ猫人族に見せ掛けているのだ。


もっとも顔を触られてしまうとそれが幻だと分かってしまうらしいので注意はいるが。どうにかこのまま欺けそうだと安堵した。


「手配書の二人組は居ないようです!!」


「くまなく探したのだろうな!?」


「念のため衣装入れまで改めましたが発見出来ませんでした。」


兵士を取りまとめている隊長らしき男は黒豹の猫人族と黒猫の猫人族を横目で見る。どうにもこの二人が怪しく思えてならない。


確証はない。だが、ならば確かめるだけだと二人に近付き。咄嗟に黒豹が背に庇った黒猫の猫人、道子に目をつけて貴様が一座の新人だと言うのであれば、なにか芸をいまこの場で見せてみよと告げたのである。


慌ててソレイユが取り成すように、割って入る。


「ッこの娘は新人も新人でして。なにか皆様にお見せ出来るだけの芸はまだ仕込んではおりませなんだ。何か芸を御所望であるのならば我々が。」


「ほう?新人とは言えど何かしらは出来るのではないか。真に一座の新人であるならばある程度芸を教えて居る筈だ。」


不恰好であれ、教えこまれたことを披露してみせよ。もっとも、まったく芸が出来ぬとあれば。


それは貴様が一座の新人などではなく、手配書の女だからではないか。じわりと、兵士が道子たちににじり寄った時である。


(こうなれば出たとこ勝負よね。女は度胸!!やれるだけやりましょう!!)


強行突破すべきかと伝九郎が密かに、腰の刀に手をかけたなかで。道子は腰を屈めると、スッと片手を出すとお控えなすってと声高に告げたのだ。


「道子殿?」


「手前、生国と発しますところはお江戸にござんす。喧嘩と花火は江戸の花、しかし此処に江戸の花がもうひとつ。産砂神も親も顔もとんと途切れて八百八町。」


古き都もお江戸の水も性に合わぬと旅暮らし。芦屋のお道と二つ名の、昨今駆け出しの小娘にござんす。


「芸を見せよと親分さんの仰せであるならば見せてご覧にいれましょう。壺振りの妙技、とくとご覧あれ!」


そう言って道子はプティに、カップと賽子はあるかと問う。プティは尾を素早く翻し、荷台から道子が訊ねた品を持ってくると心配そうに大丈夫なのミチコと袖を引いた。


「勿論、数少ない私の特技だからね。これが。」


プティから受け取った賽子を手のひらで転がしたあと、これならいけると兵士たちに道子は微笑んだ。ちんちろり、或いは丁半博打。


偶数を丁、奇数を半と呼び。賽子の出目が丁半いずれであるかを予想する遊びだ。本当は盆台で行うところだが今回はテーブルの上で行うことにする。


簡単に丁半博打のルールを説明して、兵士の一人を無作為に選んで前に座らせ。今回は簡単に丁か半かを当てるだけにして。カップと賽子を両手に笑った。


「説明はよござんすね?」


「ああ。ハイ・アンド・ローみたいなもんだろう?」


「そうとって頂いて間違いございやせん。ではツボを被ります。」


カップに賽子を入れて左手を見せ、カップを伏せたまま手前と向こう側に三回押し引きし。兵士にコマが揃いましたと道子は告げた。


「丁か半か。勝負。」


「丁だ!!」


「半でござんす。」


道子はカップを出し半でございやすと奇数の目を出した賽子を見せた。繰り返すこと十回。その十回いずれも兵士が告げた出目とは反対の出目を道子は出してみせた。


その様子を見守っていた伝九郎は、道子殿は自分の好きな出目を出せるのかと気付き。不意に伝九郎は後ろを振り返った。


(────ふむ、先程から見られているな。)


丁半、丁、丁といっこうに当たらない出目に業を煮やした兵士が次々に道子に挑んだが。道子は挑んできた兵士にカップの中身を見せて。にこやかに笑って答えた。


「残念、半でござんす。」


「また、外れたか!」


賽子を二個に増やし、それから都合二十回ほど丁半博打をしたが。いずれも兵士たちが告げた出目とは反対の出目が出た。


「これが壺振り芦屋のお道の特技でござんす。納得頂けたでしょうか。」


「あ、ああ。分かった分かった。関所を通れ。まさかとは思うが賭博なんかしてないだろうな?」


「滅相もない。これはあくまでもちょっとした特技でござんす。お金を取れるようなものではございません。」


「どうだかな。今度うちの国で賭場を開くようなことがあれば取り締まるからな。」


「ええ、肝に命じましょう。」


関所を無事に通過して暫く幌馬車を走らせること小一時間。もう幻術を解いても良いでしょうとソレイユが幻術を解くと。


「緊張したー!!」


ぶはっと大きく詰めていた息を吐き出して、道子は幌馬車の床に手をついた。伝九郎はあの名乗り口上はと道子に訊ねた。


「ええっと。時代劇って言う演劇があるんですけれど。その時代劇のひとつに日本全国津々浦々を世直し旅する、元幕府の重臣だった御老人の物語がありまして。勿論、創作されたものですが。」


その御老人には二人のお供と忍の者が付いているんです。その忍の者の一人に普段は鳥追、三味線芸者に扮しているくの一が居るんです。


彼女は強くて、情が深くて。強かだけど可愛いところもあって。それでいて美人で艶っぽいんです。


子供ながらに惹かれるものがありまして。そんな彼女は情報収集のために壺振りとして賭場に出入りすることがあるんですが。


「小さい頃どうしても彼女の真似して見たくなって。お祖父さんに言ってみたら、お祖父さんが昔面倒を見ていた言う強面のおじさんを連れてきて色々と教えてくれたんです。」


背中に見事な釈迦如来がいましたけど。あのおじさん何者だったんでしょうねー。


「道子殿の祖父君の交遊関係が非常に気になるところだが、道子殿が渡世人と言う訳ではないのだな。」


「はい。あの場を切り抜けるのに憧れのくの一の口上を真似て見たんですが。驚きましたか?」


「驚いた。育ちの良さそうな道子殿からあのような蓮っ葉な言葉が飛び出てくるとは思っても見なかったからな。こう、胸に来るものがあった。」


「やっぱり柄が悪かったですかね?」


「柄が悪いと言うよりかは。意外だったと申すべきか。そそられるものがあったな。色々と。」


珍しく、歯切れの悪い様子の伝九郎に道子は首を傾げた。そんな二人にプティはニヤニヤと若いって良いわねえと笑った。


「なんにしろ、それいゆ殿と道子殿の特技に助けられたな。」


「普段は専ら一座の公演の演出にしか使いませんがね。」


「私も、飲み会での一発芸披露にしか使わない特技ですから。ええ、上司の無茶ぶりと言う逆らえない命令で披露したはいいけれど、地味だの一言で片付けられて。君と一緒でパッとしないなと言われたりなんかして。ふ、ふふ。あ、胃が。」


「分かった!分かったから私の胸で存分にお泣きなさいミチコ!!」


「プティ!!」


目が一気に淀んだ道子をプティが抱き締める一幕があったあと、隣国を通過するだけのラヴィアンローズ一座とは街に入る手前の森で別れることになった。


プティたちは旅に必要な物資の幾つかを道子と伝九郎に分けてくれた。伝九郎の服装は巫の国の出身と言えば問題はないが。


現代的なスーツ姿の道子はどうあっても悪目立ちするということもあり。背格好の近いプティが服を譲ってくれる運びとなった。白色のケープに黒地のタートルネック。同色の踝丈のスカートに腰にはベルト。


「で、最後に私からミチコにちょっとした御守りを贈らせて貰うわね。」


プティが取り出したのは一対の白い牙に深緑色の硝子玉、そして鳥の羽根が連なるネックレスだ。


「この牙は私の乳歯なのよ。」


「プティの?」


「猫人族、というか獣人は気に入った相手に、自分の牙だとか爪や鱗を互いに渡すの。我が身から分かたれたものを相手に渡すことで、精神的な繋がりを持つと考えられているわ。」


人族の方々にはあまり受けは良くないけれどね。アタシとミチコの出会いは、きっと必ず意味があることだってアタシは信じてる。


「これからなにが起きたってアタシはミチコのことを信じるし、いつでも貴女のことを思っているってことの証明なの。これは。」


牙と一緒に連ねたこの硝子玉には風精の加護が閉じ込めてあるの。猫人族は風精の加護を受けた種族だから、こうやって加護をものに付与することも出来ちゃうの。そしてこの鳥の羽根はなんと。


「もしかしてすごい謂れが?」


「まったくないただの飾りよ!なんとなく羽根があるとお洒落な感じがするでしょう?」


「そっかー。」


そのとき、常時発動している鑑定スキルが働き出し。プティから渡されたネックレスの名称を道子の視界に表示される。


【アイテム:猫人族の御守り】

(効果:風精の加護によっていついかなるときでも追い風が吹く。)


旅の道中の安全を祈って作られたもの。猫人族が心から親愛を抱いたものに互いの牙を贈りあうことから、このネックレスは彼等と確かな友情が結ばれたことを意味する。


道子はプティから渡されたネックレスを首にかけて、手で触れて笑う。大事にするよプティ。このネックレスに込められたプティの想いを含めて。


「でも、私プティに返せるものがないよ。」


「良いのよ、別に。私が贈りたくて贈るだけだもの。」


「良くない。私もプティになにかを返したいの。」


「もー、頑固ねぇ。その気持ちこそがアタシには十分な贈り物なのよ、ミチコ。けれど貴女がどーしても気にするって言うのなら今度会ったとき。貴女が過ごした旅の日々をアタシに聞かせてちょうだいな!」


「旅の日々を?」


「んふふ。ミチコとデンクロウの旅はなんだか面白いことが起こりそうなんだもの。あっと驚くようなことが貴女たちには起きる、そんな予感がアタシにはするのよね。」


ちょんと、道子の鼻先を指で突ついてプティは笑う。そんなプティに道子は眉を下げて頷いた。


「分かった。次に会ったときはプティをうんと驚かせるようなことを聞かせるよ。」


「ええ。期待して待ってるわ。色々なものを見てきなさい。そして心踊らせて楽しんでしまいなさいな。辛いことがあったとしても、この世はそれを覆すぐらい。多くの愉快なことで満ちているのだから。」


「うん。例えばプティとの出会いみたいに?」


「そう。アタシたちの出会いみたいに!」


(この世界に来て良かったと思えることがあるとしたら、それは伝九郎さんやプティと出会えたことだ。まだこの先どうなるか分からない。けれど。)


彼等と出会えたことだけで、この世界に来れて良かったと思う。私は出会いに恵まれているんだなと道子は柔かに笑った。


「お待たせしました伝九郎さん。」


「ん。別れの挨拶は出来たか道子殿。」


「はい。その根付けはどうしたんですか。」


「ああ、これはそれいゆ殿から譲り受けた。」


蒼い石の根付けを十手に付けた伝九郎に、道子の鑑定スキルが引っ掛かるものがあった。この根付けただの飾りではない。


【アイテム:惑わしの石】

(効果:着用者に対する周囲の認識に働きかけて、その場に居てなんら不自然ではないと思わせる。)


「ほう。そのような効果があったか。気を利かせてくれたようだなそれいゆ殿は。」


改めて、二人はソレイユとプティ親子に礼を告げて。名残惜しいがラヴィアンローズ一座と別れることになる。


幌馬車が見えなくなるまで見送ったあと、この辺で良かろうと道子を背に庇うようにして。十手を手に後ろをおもむろに振り返る。


「伝九郎さん?」


「ぷてぃ殿を森で助けた時から、俺たちを尾行している者が居る。関所でわざと気配を出して俺にわざわざ己の存在を気付かせたのは、何故だ。」


生い茂る繁みから現れた男はいざとなれば助太刀致そうと思ったまでのことでござるよと笑う。


二尺を越える背をした麦穗色の髪、湖畔のような澄んだ青い瞳。ギリシャの彫刻像を思わせる整った顏。


一目で、鍛え抜かれたことが分かる強靭な肉体を包むのは。包んでいるのは黒一色の装束。


それは見事なまでの忍装束だった。忍者と言えばこれという。ステレオタイプの古式ゆかしいそれに目が点になった。


「────此処で逢ったが百年目!!」


「ッ仕掛けてくるか!」


彼はおもむろに此方に歩み寄り、警戒を顕にする伝九郎さんに駆け出し。


滑り込むように伝九郎さんの前で止まり、懐から草履を取り出すと捧げ持ちながら土下座を披露したかと思いきや。それは輝かしい笑顔でもって。


「ようやく理想の主に出会えたでござる!!くぅ~忍びになって苦節十年にして!ようやく!ようやく仕え甲斐がある主に会い見えたでござる!どうか、どうか某を雇って下さらぬか───!!」


「は?」


キラキラした目で自分を見てくる彼を伝九郎さんは宇宙人とファーストコンタクトをした人のような。なんとも言えない表情で見下ろしていた。


「某、アーサー・グレイグと申す。生まれはイギリスでござそうろう。日本語はジャパンの古い映画を観て覚えたのでごわす。」


日が暮れたこともあって夜営することになり。焚き火を背景に謎の忍者と話し合いをすることに。


「だから、そんな似非臭い日本語を。」


改めて、顔を見るとあの謁見の間で伝九郎さんを見て侍とはしゃいでいた人物だったことに気付いた。


「そのエゲレス人が何故忍になった。」 


きりきり吐けと念のため捕縛縄でアーサーを縛り上げた伝九郎さん。心なし、疲れた顔をしているのは気のせいではないだろう。


アーサーは目を輝かせて、ジャパンの映画に出てくる忍びに憧れもうしたと爽やかに笑う。


「幼き頃にオーストラリアに住まう友人から見せられた隠密剣士!侍相手に繰り広げられる忍者たちの切った張ったの大攻防に胸がダンシングしたでござる!!そして決めたでござるよ。某、ジャパンで忍びになると。」


その為に身体を鍛えに鍛えて、十五の時にジャパンに行ったでござる。しかし、そこで知ったことがあったのです。そう。


「ジャパンにはもう忍びはいないことに!!」


「むしろ十五歳になるまで忍びが居ないことに気付かなかったの?」


「イギリスは今も騎士が居る国。忍びも存在が隠匿されているだけで今も居ると信じていたでござる。某は忍びを求め日本全国を回りもうした。」


日本全国を回り、あらゆる忍びの流派を学んだでござる。伊賀、甲賀、戸隠、根来。しかし、いずれも忍びであって忍びに非ず。


某が思い描く忍びは既に絶えた、そう思っていた時に某は神奈川の山中にて生涯の師匠に出会ったのでござったよ。


「師匠は風魔一族の最後の頭目でござる。」


「風魔一族だと!」


「風魔と言えば北条家に仕えた相模を拠点にした乱波の集団。」


「ああ、北条家と共に衰退したが関東の盗賊は皆風魔の残党であると言う噂がある。」


アーサーは頷き、風魔一族は北条家と共に散り散りになり。盗賊を生業とするものも居たでござるが。それによって多くのものが、江戸の奉行所に捕らえられたでござる。


「師匠の祖はこれを重く受け止め、一族と忍びの技術を衰えさせてはならんと奮起し。密かに己が一族に忍びの掟と技術を継承していったと伝え申す。しかし、如何なる忍びと言えども勝てぬものがござった。」


「風魔一族ほどの忍びが勝てぬものとな?」


伝九郎の問いにアーサーは厳粛に頷き、ふっと遠い目をしながら答えた。


「それが少子高齢化でござるよ。」


「いきなり世知辛い話になった!?」


道子の突っ込みに、聞き慣れぬその言葉に伝九郎が首を傾げたので。簡単に言うと地域から若者が居なくなり、地域の住人の高齢化が進むことだと説明した。


「風魔の隠れ里も例外ではなかっでござる。多くの若者は里を出て行ってしまい、師匠は忍びの技術の継承も絶えようかと憂いていたでごわす。」


そんなとき師匠は某と出会い、完全に風魔一族の忍びの技術が絶えさせるよりも。継げる人間に継がせようと某を弟子にしてくださったでござる。


「師匠の教えは厳しくも愛がござった。なによりも技術の継承に対する熱意に感服し、某は修行に明け暮れたでござる。」


そしてついに苦節五年目に免許皆伝に到ったでごわす。師匠は某に言い申した。『え、マジで修行終わらせたよ。こわ。』と。


「師に引かれているぞコヤツ!?」


「師匠はこんな修行真面目にこなせるのは余程の馬鹿だけだわいと申しやがったでござる。御礼にチョークスリパーを御見舞いしてやり申した。」


「そこは忍びの技じゃないんだ!?」


「忍びの技を使うときは仕える主の為と決めているでござるよ。」


そう言って、自分を縛り上げる縄を解き。お二方にお仕え申したいと膝を折り、頭を垂れた。


「信用は出来ぬ。あの謁見の間で俺と道子殿以外は魔術師によって洗脳された。お主も、その一人であったと俺は記憶している。」


「あの時、某は空蝉の術を使い申した。己の中に仮の人格を作り、それに表層人格を勤めさせることによって洗脳の術を遣り過ごしたでござる。」


「その言葉を信用しろと言うのか。仮にも忍びであるお主の言葉を。」


「信じろとは言わないでござる。忍びは主なくして忍びに非ず。主あってこそ忍びであると師匠は申しました。」


故に某は主を求め続け。そして、あの謁見の間にてお二方に出会い。その人となりを知り。


「仕えるべき主であると心に思い定めたでござる。どうかお側に。必ず役に立つでござる!!」


未だに眉をしかめる伝九郎に。道子は肩を叩く。鑑定スキルを使い道子はずっとアーサーを視ていた。


己のなかに仮の人格を作り上げるような相手に何処まで鑑定スキルが役に立つかは分からないが。嘘はなかったのだ。


勿論、いま見せている顔が全てではない。それこそ相手は忍びなのだし。幾らでも欺けるだろう。けれど。


「好きなものを好きだと言える人はとても強いんです。それは己に嘘をつかないからです。己に嘘をつかない人は心の軸が決してブレない人。そう言う人は頑固で真っ直ぐなんだって、私のお祖父さんが言ってました。」


それに少なくとも私は忍びになりたくて母国を飛び出して、不案内だろう日本を飛び回って忍びになろうとしたアーサー・グレイグと言う人のことは、信用出来ると思いますし。


「時代劇が好きな人に悪い人はいませんから!」


道子の言葉にがしがしと頭を掻きいざとなれば斬る。それで良いなと二人に告げた。パッと顔を上げたアーサーは勿論でござると顔を綻ばせた。


かくして旅の仲間にイギリス生まれの風変わりな忍者が加わることと相成ったのである。旅は道連れ世は情け。彼等の珍道中はまだまだ続く。


 

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