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『見知らぬ異世界人より侍の方が遥かに信用出来る』

ちょっと変わった異世界転移の物語。

異世界転移。それはひょんなことから青少年が現代日本から異なる世界に飛ばされ、異世界であるが故の常識の違いに翻弄されたりしながらも。


時に異世界の命運を賭けて魔王退治に国造り、はたまた欲望のまま多種多様な美女とうふふなことに励んだりすると言うのが異世界転移ものに嵌まっていた会社の同僚が私に教えてくれたこと。


こんな風に、乏しい知識を必死に掻き集めて異世界転移なんてものについて考えているのには訳がありまして。目の前には荘厳なヴェルサイユ宮殿を思わせるようなきらびやかな謁見の間。


玉座には中世の王族を思わせる身形をした、実にこれまたテンプレートな王様が居るのは。まあ良しとしようか。全然、よろしくはないが今はそれは横に置いておかねばこの話は進まない。


問題は謁見の間の床にはいまだに明滅する巨大な魔法陣があり。数えた限り、十五人ほど多種多様な服装をした見た目も国籍も異なる人々が困惑気に佇んでいることだった。


のだけれども。王様がなにか持って回った尊大な物言いでなにかを私たちへと仕切りに語りかけていることは分かる、分かるけれど!


隣を見る。剃られた頭頂部に髷が乗った独特な髪型。羽織り袴に、腰には二本差し。ようは刀だ。

それらを驚くほど自然に着こなした青年に幾人かは王様そっちのけで凝視しているのが分かる。


─────人は、彼を侍と言った。


「これは一体なんの手妻だというのだ?」


それでは皆様、御唱和下さい。隣の侍が気になり過ぎて異世界転移とか気にしている場合じゃないッ!!



第一章『見知らぬ異世界人よりも侍の方が遥かに信用出来る。』


その日は何時も通りの普通の朝だった。一ヶ月前のことになるが、私は四年間勤めていた会社を辞めた。辞めた理由は良くある話だ。


労働基準法を無視した勤務形態、上司からのパワハラとモラハラ。本当に良くある話ではあるが。それらに疲れきって、疲れきって。それでも自分が辞めたら同僚たちに迷惑をかけるし、なによりも私は働く必要があったから懸命に我慢していたけれど。


とあることが切っ掛けで上司に離職届けを叩き付けて辞めることになったのだ。


私には両親が居ない。幼い頃、小学校に上がる前に両親は車の追突事故で亡くなった。そのとき同乗していた私は後部座席に居たことで、私だけが助かってしまったのだ。


目の前で両親を亡くしたことが影響していたのだろうか。私はそれまでの記憶を失った。自分にまつわることも、両親のことも。すべてを忘れて。


感情すら無くした私を引き取ってくれたのが。父方の祖父の芦屋蔵満と言う田舎で古物商を営む人だった。


祖父は見た目はとんでもなく胡散臭い人だった。着流しに羽織りはまだ分かるが常に顔にはサングラス。どっかその筋の人にしか見えないが、中身は洒脱で愉快な人だったし。なによりも愛情深い人だった。


けれど最初から祖父と上手く暮らしていけていた訳ではない。両親と記憶を無くしたばかりの幼い子供は、なかなか心を開かなくて祖父は随分と苦労した。


そんな私たちを繋いでくれたのは時代劇だった。祖父は若い頃は俳優志望で京都の撮影所でエキストラとして時代劇に出ていた。


とは言っても台詞もなにもない斬られ役。けれどただ斬られていれば良い訳ではない。目立ち過ぎてはいけないが、かといって単調でもいけない。


それでいて主役を立てる繊細な演技がいると言うのが祖父に斬られ役のいろはを教えた先輩の言葉らしい。


祖父は残念ながら家業の古物商を継ぐために俳優の道は諦めてしまったけれど。長く関わった時代劇に対する愛を持ち続けた。


祖父の家には時代劇のビデオテープが山ほどあって。祖父が毎日欠かさず見ていたから一緒に見るようになり。


同年代の子供たちが戦隊物のヒーローや魔法少女に憧れるように、私は時代劇の主役たちに憧れた。


全国津々浦々を二人の供を連れて世直し旅をする水戸黄門、三人の浪人が別々に行動しながらも偶然ひとつところに集まり悪党を退治する三匹が斬る、


八州廻りと言う関八州の治安や犯罪を取り締まる役人が影の八州と名乗ってその土地に巣食う悪人を斬るあばれ八州御用旅、神田明神下に住む岡っ引きで持ち前の推理力と投げ銭を使い、巷の事件を鮮やかに解決する銭形平次、


忘れちゃいけない大岡裁きで有名な大岡越前に遊び人に扮して情報を集め、言い逃れる悪人にその肩の桜吹雪を突き付け観念させる遠山の金さん。


無外流の達人で鐘ヶ淵で隠居する老剣客の秋山小兵衛の剣客商売。他にも沢山の名作があるが、一番心を惹かれたのは。


《───火付盗賊改方、長谷川平蔵である!!》


『道子はまた鬼平犯科帳を見ているのかい?本当にお前はお頭が好きだねぇ。』


『だってお頭も、火付盗賊改方の同心さんたちも格好良いもの!!』


火付盗賊改方長官、長谷川平蔵を主人公とした鬼平犯科帳だった。主人公の平蔵のみならず、彼の手足となる密偵たちは勿論だが。平蔵の配下である同心たちに私は憧れたのだ。


彼らは、私にとってのヒーローだった。落ち込む私の心を引っ張り上げて、祖父との仲を深めてくれたのだから。あの頃の私を救ったのは間違いなく時代劇と祖父だったと言える。


祖父は私に多くのものを惜しみ無く与えてくれた。常識に始まり物事の考え方だとか善悪の物差し、人としての当たり前の良識の類いは全て祖父と時代劇から学んだことだ。


ある意味、私と言う人間を作り上げたのは祖父と時代劇だと言えるだろうか。私の根っこには祖父の言葉や時代劇から学んだことが詰まっている。


そんな祖父が病で倒れたのは私が社会人になった頃だった。元来、病気ひとつしなかった人が突然倒れた。


知らせを聞いて駆けつけた病院で医師から今の医療では延命措置を取るしか出来ないと言う難病だと聞かされたとき。私は、実感を持つことが出来なかった。


病室を訪ねた私を出迎えた祖父は、明るく笑っていて。そんな難病だなんて微塵も思わせなかった。



けれど、日に日に祖父の容態は悪化した。私は働いた。とにかく祖父には生きていて欲しかった私は治療費を払うために働いて、働いて。


そんな私に祖父は見舞いに幾度になにか言いたげにしていたけれど。私は気づかない振りをしていた。


『道子、お前はもう自分の為に生きなさい。私の命までお前が背負う必要はないのだよ。これからは、道子の好きなように生きてごらん─────。』


祖父の難病の特効薬が開発された。けれどその特効薬は認可されたばかりで到底しがない会社員である私には払いようのない額のものだった。


それでも、それで祖父が治るならばと。特効薬を使うことを医師と話し合った当日に祖父の容態は急変して息を引き取ったのだ。


死に際に自分の為に生きなさいと言う言葉だけを残して。病室には祖父が入院してから欠かさずつけていたと思しき日記が数冊あった。震える手で日記を捲った。


自分が病になったせいで孫の人生を食い潰してしまうのではないか。自分の為だと、どれだけ虐げられようともいまの会社にしがみついているが。何時か孫の心が壊れてしまうのではないかと。


祖父は最期の最期まで私のことばかり考えていたと日記で知った。自分の為に生きろ。祖父の命まで背負うな。その言葉は私を思ってのことだと分かっている。


手にした日記の文字が溢れた涙で滲んだ。日記を握り締めたまま声を上げて泣きながら。私は、今度こそ一人ぼっちになったのだと理解した。


けれどもお祖父さん、私は貴方の命を背負いたかったのだと言ったら貴方は私を叱るのだろうか。叱られても良い、私は貴方に生きていて欲しかったのに。


祖父が死んで、私は会社にしがみついている理由が無くなって。離職届けを上司の顔面に叩き付けて辞めて。


私は祖父の葬式のために駆け回り、それも無事に済んでしまうと。本格的にやるべきことが無くなった。今は遺品整理のために田舎の祖父の家に移り住み、ぼんやりと過ごしているが。


(このままじゃ、ダメだよね。何時までも腑抜けていたら、それこそお祖父さんに叱られそうだし。)


祖父の家があるこの田舎町は。社会人になって東京に出るまで暮らしていたこともあって大概の人とは顔見知り。


だからと言うか御近所の人たちが良く顔を見せに来てはそれとなく、祖父を亡くして仕事も辞めて一種の虚脱状態にある私の様子を確かめに来てくれたりだとか。


ろくになにも食べてないと知ると、おかずのお裾分けをしてくれたりして。この田舎特有の距離の近さに少しだけ救われている。


私が飢え死にしないで済むのは御近所さんのお陰だなと背伸びして、布団から起き上がって居間のテレビにセットした時代劇のDVDを、鬼平犯科帳を再生したあと台所に行き御近所のおかよさん謹製の茄子の煮浸しを冷蔵庫から取り出して。


それから目刺しをコンロで焼いて朝食にする。いけない。今日は面接があるのに匂いの強いものを食べてしまった。


そう、あんまりのんびりしてはいられない。手早く朝食を済ませて部屋に戻ってスーツを着る。


祖父の知り合いで古物商仲間の、昔から良く可愛がってくれた賀茂のおじ様が私が会社を辞めたと知ると。うちで働てみないかと私を雇ってくれると言ってくれたのだ。


『僕が古物商のいろはを叩き込んだるから、芦屋はんの残した店をお嬢が継いでみたらどうや?』


祖父の残した店を自分が継ぐ。それは、思っても見ないことだった。賀茂のおじ様は私に言った。


『古物商は芦屋はんの家業。お嬢も昔から物の目利きをさせられはったやろ。芦屋はんが誉めとったよ。孫は、一目見ただけでなあんでも真贋を見抜いてまうってなあ。』


それは自分のたったひとつの特技だ。見ただけで物の良し悪しを。真贋を見抜くこと。


それだけは昔から得意だったけれども。賀茂のおじ様は私をからかうように笑う。


『人のこと疑わんで甘ーい言葉信じはって労働環境のあかん会社にまんまと入ってまう間抜けなとこは、抜け目のなかった芦屋はんにはまーたく似なかったみたいやね。親に似てもうたんかなぁ?』


なんて図星を刺されたことを思い出して私は姿見の前で項垂れた。私だって入ったあと。此処はやべえなと気づいてはいたのだ。気づいたけれど辞められなかったと言うか。


なんにしろ、雇ってくれると言う賀茂のおじ様に身内とは言えど筋は通しましょうと言うことで面接を受けることになったのだ。


だからスーツに久し振りと言うにはまだ短いけれど。身を包んで。姿見で可笑しなところはないかと確かめた。


何時になるか分からないけれど。お祖父さんの店を継ぐことが出来れば私は。少しは、お祖父さんから与えられた恩を返すことが出来るだろうか。


軽く、頬を叩いて気合いを入れる。とにもかくにも先ずは面接だ。


「っとテレビ消し忘れてた。」


(帰ってきたら、また見よう。何度も見たけれど鬼平犯科帳、と言うか時代劇は何度も見ても良いものだし。)


慌ただしくテレビを消して、筆記用具やら必要書類を鞄に入れ。都心部に店を構える賀茂のおじ様の元へ向かい。


(────お祖父さんの店を、継ぐって決意したのにな。親子揃って車の追突事故で死ぬことになるなんて皮肉が効いてる。)


電車を乗り継ぎ、店の近くまで来たところで起きた車の追突事故に巻き込まれ。ひしゃげた車体の下敷きになった私の身体からは止めどなく血が流れ出していた。


遠くでサイレンが鳴っている。けれど、自分はもう間に合わないと痛みの感覚さえ無くした身体に悟る。


「───退いとくれやす!僕んとこのお嬢がそこにおるんや!!お嬢、お嬢!!あかんよ、死んだらあかん!!頼むから、おとーちゃんを一人にしないどくれ!!道子!!」


「賀茂の、おじさま?」


切迫詰まったおじ様の声を聞きながら目を閉じるその間際。地面に浮かんだ不思議な紋様があった。


それはまるで魔法陣のようだと思った時には。この異世界のやたらに絢爛豪華な謁見の間で。同じような出来事を経て連れてこられた人々と一緒に立ち尽くしていたのだ。


(怪我が、治ってる?衣服も綺麗になってる。一体なにが起こったっていうの。)


状況が飲み込めない。なんでも良いから状況を把握したいと強く思っていると、視界片半分に文字の羅列が並んだ、ゲームで言うところのメニュー表が現れた。


うん。かつての同僚が見たら狂喜乱舞しそう。深いことは考えずとにかく状況を把握したいとメニュー表を見る。


名前の下には生年月日と種族名と職業らしき項目。体力ゲージと魔力ゲージがある。後はスキルと所持品の欄だが。


私の場合は《芦屋道子(Lv25)|1990*0505*|ヒューマン|鑑定士|485/500|500/500|》となっていた。次いで、所持品は後回しにしスキルを見てみることにした。


《鑑定Lv99》

あらゆるものの正確な価値を鑑定する。レベルによって、それらの来歴のみならず能力に至る全てをつまびらやかにすることも可能。


《真贋判定(対象範囲:物体)Lv99》

それが本物か偽物であるかを一目見るだけで判断すること出来る。レベルに応じてより正確度が増す。


他にも《忍耐Lv35》《滅私奉公‐悲しき社畜の性‐Lv50》だとか良く分からない、一部は熨斗つけて返上したいスキルがなんだかわんさかとあって目眩を思わず私は覚えた。


しかし鑑定と言うスキルがあるのは便利そう。主に古物商をやるなら必須そうだと。早速、この謁見の間の人々が王様の話に耳を傾けている隙に近場の人々を鑑定しようとして隣をなんの気なしに見て私は固まった。


頭頂部を剃りあげて結った髪を乗せた独特の髪型を月代と言い。黒い羽織りには家紋が染め抜かれてある。下は袴。腰には二本差し。ようは刀を帯びている。侍だった。


そう、そこには侍が居たのだから。思わず鑑定スキルを使って判明したことがあった。この侍、本物です。間違いなく本物の侍です。


うん、待って欲しい。表示された目の前の青年のステータスに乾いた笑いが溢れ出す。


《木村伝九郎(Lv99)|ヒューマン|侍|1763*0626|1000/1000|800/800|》


学生時代真面目に歴史の授業を受けて良かったと埃を被った知識をひっぱり出す。1763年は宝暦十三年、江戸時代は中期の頃だ。江戸幕府は徳川家治の代だったか。つまり、この青年は間違いなく侍と言うことになる。


侍の左隣に居る、外国の青年がサムラァイと感極まったように呟いているのが聞こえた。うん、その気持ちすごく分かる。


しかし、この侍。一見してなにも動じているように見えないけれど。鑑定スキルのお陰で頭にポップが浮かんでいるのが見えるのだけれども現在《状態異常:混乱》であることが判明した。


見たところ、王様は前の方に居る有名な名門校の学生服の青年と少女に夢中らしい。ならば気づかれることはないかと小声で侍に声をかけた。


「あの、お侍さん。いまの状況とか飲み込めてはいないですよね。」


「ん?そこもとはなん、それは誰かに、此処のものに着せられたのか!?」


「ほわ!え、あの?ああ、そうか。そうなるかー。」


声をかけて、此方を振り返った侍。伝九郎さんはその瞬間に羽織りを脱いで私の腰に巻き付けてきて。江戸時代の人にとっては膝下が丸見えのスカートは多分はしたなく見えるかと思わず唸った。


私より膝上の短いスカートを履いてる前列に居る名門校の女の子とかこの人からしたら問題外なのでは。


しかし、侍にこう言って良いものか分からないが紳士だなと巻き付けられた黒い紋付き羽織りに思う。


(黒い、紋付き羽織って。これ同心の羽織だ!まさか!!)


「あ、あの!もしかして同心の方では!?南町、それとも北町ですか!?」


思わず目を輝かせて訊ねると、彼は目を瞬かせたあと如何にも俺は同心だが。それが如何したかと逆に訊かれてしまった。


「すみません。つい、憧れてた人に会えたとはしゃぎました。お恥ずかしい。」


「同心に、か?」


「はい!小さい頃からの憧れなんです!!」


「しかしよく俺が同心だと分かって、ああ、羽織のせいか。捕物の最中であったからな。」


普段は捕物以外では着ていないからなと呟き。それにしても随分と変わった娘だなと彼は苦笑した。


なんだろう残念な生き物を見ているような眼差しだ。じとりとした目で見れば彼は小さく噴き出した。心外だと口を尖らせると笑ってすまないなとくつくつ笑ったまま答えた。


「すまないが、いまいち状況が飲み込めん。委細を知りたい故、手間であろうが話を聞かせてくれ。いや、その前にそこもとの名はなんと?某は木村、木村伝九郎と言う。」 


「芦屋道子と言います。私も全てを把握している訳ではないんですが。私たちが置かれている状況なら少しだけ説明出来そうです。」


如何なる理由によるものかは分からないが、自分たちが異世界に転移させられたこと。見たところ謁見の間に居る人々は同じように、この異世界に連れてこられたのではないかと言うこと。


それと鑑定スキルで荒く確認したが、自分たちは国も、性別も。そして生きていた時代も異なることを伝九郎さんに伝えた。


なにせ、あの前列に居る名門校の学生さんたちの生年月日が2020年となっているのだ。私の生きていた時代は2014年だった。


そこからして、きっと生きていた時代さえもバラバラな人間が集まっていると見て間違いはないか。


「その、伝九郎さんには信じがたいことだとは思いますが。」


果たして、彼は私の言うことを信じてくれるだろうか。出会って間もないのだし。彼からしたら得たいが知れないのは私も同じことだ。当然、疑われて然るべきだろう。思わず視線が床に落ちて。


「異なこともあるものよ。だがな。」


頭を撫でられた。顔を上げてはくれぬかと苦笑した伝九郎さんは、そなたの言葉に偽りは感じられなかったと目を細めた。


「これでも人を見る目だけはあるつもりだ。若い頃は荒くれものに混じって、散々に悪さをしたしされたりもした。」


思えば俺も色んな人間を見てきたものだが。嘘をついているかいないかは見分けられる。そなたの言葉に嘘はなかった。信じよう、そなたの言葉を俺は信じると決めたよ。


「あんな風に明け透けに、同心に憧れているのだと口に出して言えるそなたを、な。」


なんだろう。胸の辺りがむず痒いような、奇妙な心地がするけれど。


(人に、信じて貰えることはこんなに嬉しいものなんだ。前の、会社の人たちはどうだったかな?)


不意に思い出したのは何時かの光景。顔に投げつけられた書類の束。止むことのない叱責。私の肩を抱いて上司が笑いながら囁いた言葉があった。


『お前のことは信用しているから、お前なら出来ると思ってあえて辛いことを言っているんだ。分かってくれるよなぁ?』


あんなのはきっと信用なんかじゃない。都合良く私を動かす為の言葉だった。今になってそのことに気づくなんて。賀茂のおじ様が言うように私は間抜けも間抜け。大間抜けだったのだろう。


「如何した?」


滲んだ涙を乱雑に袖で拭い。なんでもありませんと不格好に笑った。さて私が伝九郎さんと話している間にも王様の話はなおも続いていた。


なんでも百年周期で空気中に含まれる魔素が濃くなると言う。この魔素が濃くなると魔獣が発生し、魔獣の中から魔王が生まれると言う。この魔王を倒すために神のお告げを受けて異世界から魔王を倒せる人間を呼び出すのだと言う。


本来なら数人程度であるのに今回は魔獣の数が例を見ない多さであること、魔獣の多さは魔王の力の強さに比例することから大規模な召喚に切り替えたと言う。


前列に居る名門校の学生さん、金髪碧眼の見目良い青年には職業欄に勇者と書かれてあり。青年の隣でずっと腕を掴んでいる少女には聖女の文字。


魔王を倒すための勇者召喚。王道、と言うか。テンプレートとでも言うべきか。しかし、なんだろうか。


妙な違和感を王様の言葉から感じる。不意に、然り気無く側に寄った伝九郎さんがあれの言うことは嘘も大嘘だと私に耳打ちした。


「嘘、ですか?」


「人は嘘をつくとき特有の仕種をする。分かりやすいのは目の動き、息の仕方、そして身体の動作だな。先程からあのものの目はほとんど瞬きをしていない。」


人は自分の嘘を相手に信じこませるとき、ああして相手を凝視するものだ。それでいて何度も深く息を吸ったり吐いたりしているのが分かるか?


「は、はい。深呼吸してますよね。息苦しいのか何度も。」


「嘘をつくとき人は緊張する。そうすると心の臓の動きが早まる。こうなると息苦しく感じられるから、知らず知らずのうちに息の仕方が深いものとなる。」


そして、先程からあのものは微動だにしない。不自然な程に。人は常になにかしら動いているものだ。意識せずにな。


だがあのものにはそれがない。そして緊張すると身体に力が入るものだが。


「人は嘘をつくとき緊張する!」


「如何にも。あれは間違いなく嘘をついている。どうにもキナ臭い。何故、我等にそのような嘘をつく必要があると言うのか。」


その時、伝九郎さんのステータス画面には《スキル:心眼Lv99》の字が明滅していたことを後になって知った。


(空気中の魔素が濃くなると魔獣が生まれる。魔獣の中から魔王が生まれる。神のお告げで魔王を倒すために異世界から私たちを召喚した。これらが全て嘘だと言うなら、何故私たちを召喚した?)


王様を改めて見た。王様の隣には宝玉の嵌まった杖を持った魔術師らしき人物が控えていた。顔は目深に被ったフードで分からない。私は魔術師を鑑定することにした。


《ケナズの杖》

魔力及び魔術の効果を増幅し。使用者の能力を上昇させるアーティファクト級の至宝。


魔術師の杖は特に問題はなかった。だが問題は魔術師の方だった。


《ベルルム(Lv45)|ヒューマン|禁術使い|カエルレウム暦794*0821|700/700|100/400》


《スキル:傀儡の調べ(発動まで残り十秒、カウント開始)》


傀儡の調べ。広範囲洗脳魔術。禁術中の禁術。これを掛けられたものは盲目的に指定した人物の言葉に従うようになる。それはさながら傀儡(マリオネット)の如く。


「────不味い、逃げて!!」


魔術師の杖に嵌め込まれた宝玉が光りを放とうとする間際。伝九郎さんが私を抱えて横に飛び退くのと杖から放たれた黒い閃光が鼻先を掠めたのはほぼ同時のことだった。


魔術の直撃を受けたものたちは、額に菱形を二重にした紋様が浮かび上がり。玉座に座る王に膝を着いて跪いた。


「これは!?」


「洗脳魔術です!この魔術に掛けられた人は指定した人物の言いなりになってしまうと鑑定したら出ました!!」


「ほう。鑑定スキルの持ち主でしたか。だが私が知る鑑定スキルでは、そこまでのことは分からない筈ですがねぇ。」


「なにをしておるかベルルム!!あのもの達にも術をかけよ!!兵器はひとつでも多い方が良いのだからな。」


「ええ。傀儡は多ければ多い方が良い。閣下のお望みのままに。」


吼える王に、魔術師は再び杖を構えた。魔術の発動には時間が掛かる。だったら逃げるのはいましかない。私は辺りを見渡して。扉のある方を指差した。


「伝九郎さん!!」


「振り落とされぬように確り掴まっていろよ!!」


伝九郎さんは私を肩に担ぎ、扉の前に立ちはだかる兵士を蹴り飛ばした勢いそのままに扉を開き走り出した。


「何処に向かえば良いか指示出来るか道子殿!!」


「鑑定スキルで手当たり次第鑑定します!!いま通り過ぎたところを戻って!隠し通路がありましたッ!!」


「承知した!!」


鑑定スキル発動、鑑定スキル発動、鑑定スキル発動、ええい、いちいちスキルをその都度に発動するのは面倒極まりない。


《鑑定スキル:常時発動に切り替えますか?》


目の前に表示されたアイコンに考えるより早く常時発動を選択した。その途端、スキルを発動するごとにあった身体から何かが抜ける感覚が早まるが、いまは気にしている場合じゃない。


鑑定、鑑定、手当たり次第鑑定しまくって。逃走ルートを必死に探し。行き着いたのは城のバルコニーだ。


目の前には大勢の兵士が行く手を阻み。一気に襲い掛かる。それを伝九郎さんは刀ではなく、懐から取り出した飾り気のない棒身に鉤がついた武器であり。


朱色の房がついた、かつては身分を示すものであった十手で相手の剣や槍を叩き折っていくけれど。


「此処までに致しましょう。既にあなた方は我々に包囲されている。勝ち目は万に一つもないことはお分かりのはず。いまならば王に厚待遇であなた方を雇うように口利きしてさしあげましょう。」


兵士が横にずれて道を作り、魔術師が現れる。確かにこの兵士の数では勝ち目はない。


伝九郎さん一人なら或いは切り抜けられるかもしれない。けれど、足手まといの私が居ることでそれが出来ずにいる。私は腰に巻き付けられた同心羽織を掴んだ。


「伝九郎さん、」


「道子殿を置いて逃げるつもりは毛頭ない。突然このような異郷の地に放り出され不安であったはずだ。だが道子殿は隣に居た俺を気遣い、声をかけてくれた。それにどれだけ救われたことか。」


それに、此処で婦女子を犠牲に我が身の保身をしようものならば。俺はお頭に会わせる顔がない。


伝九郎さんは十手で肩を叩きながら笑い。なによりも、同心に憧れてくれるものを見捨てられるかと告げ。バルコニーの下を見てニヤリと口角を吊り上げた。


「道子殿、俺に考えがあるが俺を信じてくれぬか?」


小さく、囁かれた言葉に答える言葉を私はひとつしか持ち合わせていない。


「伝九郎さんを信じます。だって貴方は私の拙い言葉を信じてくれた。信頼には信頼で答えること。私はそう祖父に教えられて生きてきましたから!」


「祖父君は道子殿に良い教育をなされた。」


「祖父を褒められると嬉しいですね。ええ、私は不肖の孫ですが祖父は偉大な人でした!!」


すまないが羽織をと差し出された手に、同心羽織を伝九郎さんに返す。伝九郎さんは羽織に袖を通し、十手を構え。


俺は道子殿に同心だといったなと伝九郎さんは語り。確かに俺は同心だが南町でも北町でもないと笑う。


「まあ、同心であることには変わりはないが。此処はお頭にならってこう言おう。火付盗賊改方同心、木村伝九郎だ!!婦女子への狼藉赦しがたし!神妙に縛につけ!」


「刃向かうのであれば容赦は!」


「───なんて、な!」


伝九郎さんは魔術師に向けて踏み込むと見せて踵を返し、私を腕に抱えて躊躇いなくバルコニーを飛び越えた。


一瞬の浮游のあと、私たちは落下した。お城を取り囲むお堀に向けて、勢い良く!!


ベルルムはバルコニーを覗き、舌打ちすると兵士たちに逃げた二人を捕らえよと指示を出す。


(この距離では魔術の範囲外、やってくれたものですねぇ!!必ずや、捕らえて見せましょうとも。)


堀に水柱を出しながら落下した伝九郎は、道子の腕を掴むと堀の壁際まで泳ぎ。僅かな隙間に指をかけて堀を上ったあと。捕縛用の頑丈な縄を下にいる道子に投げた。


おっかなびっくり縄を掴んだ道子を引き上げ、城門に停まっていた馬車の馬を一頭連れ出して来ると。道子を前に乗せて馬に股がり。あっという間に城から逃走を図ったのだ。


「ええっと、色々言いたいことが山ほどありますけれど!先ずはありがとうございました!?」


「うむ。礼には及ばん。当然のことをしたまでよ。」


「あ、あと伝九郎さんって火付盗賊改方の同心だったんですか!?」


「応とも。火付盗賊改方の同心は嫌いか?」


「滅相もないです!むしろより好感が持てたと言うか!はっきり言って好きです!!」


「ぐっ!女子がそう妄りに男に好きだと言うものではない!変な誤解を受けるぞ!!飾らない物言いは好感が持てるが慎みなさい。」


はーいと素直に答えた道子と伝九郎は顔を見合わせたあと、同時に噴き出して笑いあう。


「いまになって身体が震えてきました。」


「俺もだ。」


さて、これからどうしたものかな。恐らく追っ手が掛かるだろう。となると出来るだけ遠くに逃げるとして。気になるのは。


「どうして異世界の人間を召喚したかですね。」


「それから帰還方法はあるのかと言うことだな。」


それらが気にはなるが先ずは身の安全が第一に動こうか。何処かで濡れた服も乾かさねば。


そう、至極当然に道子が一緒に行動することを前提とした口振りに気づき。道子は一緒に居ても良いのかと目を瞬かせ。


「どうかしたか道子殿?」


「いいえ。私に出来ることがあったら言って下さいね。頑張りますので。」


「ああ、期待しているとも。」


照れたように笑う道子に伝九郎は目を微かに見開き、その頭を撫でた。かくして異世界に侍が降り立った。


果たしてこの侍がなにをなして何処に行くと言うのか。なにはともあれ、旅は道連れ世は情け。異郷の地で出会った二人の珍道中はまだ始まったばかりであった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1話で引き込まれる意外とマッチする組み合わせ [気になる点] お話の続き、でしょうか [一言] 久しぶりにお見かけしたので思わず読んでしまいました。
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