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ぱちり。

答え合わせ

 



 いつも通り䒳原と共に雑用を終え、帰り支度をする。

 柊はあれから毎日放課後迎えに来るようになってしまった。こちらは顔を合わせるのも恥ずかしいというのに、飄々としている奴が恨めしい。

 だからといってあの子の嫌がらせが酷くなるわけでもなく、いつも通りどこかズレた憎みきれない些細なものばかり。

 平和だった。

 何も変わらない日常。

 それが一番良いことなはずなのに、何故か私は、このままではいけないような、不安のような、焦燥感のようなものを感じていた。


「じゃあ、先帰るな」

「うん。気をつけてー」

「こっちの台詞だろ」


 呆れたような一言を残し、䒳原が教室を出るのを見送る。

 䒳原はどうするつもりなんだろう。

 ふとそんなことを思う。

 䒳原はあの子のことが好きだ。けれど、今のところ何かするつもりもなさそうだ。あの子は美人だし、不安にならないのだろうかと思うが、どうなんだろう。

 あの子が私をいじめているのを、許せないと言った。ということは、あの子が私に嫌がらせをしている間は、何もする気がないのかもしれない。反対に言えば、たとえいじめをしていようと、あの子への気持ちは変わらないということでもある。


「愛だねぇ」


 私は呑気に呟いた。早くこんなことはやめて、幸せになれば良いと思う。

 幸せがあの子には似合っている。䒳原にも。勿論、柊にも。

 皆幸せになってしまえばいいんだ。

 私の分も。


 ぴろん、と軽やかな音に目をやると、柊だった。


『ごめん、今日迎え行けない!』

 全力で床に額を擦り付ける変なカエルのスタンプと共に送られてきた一言に、ふっと笑う。


『いや頼んでないし別に……』

 ものすごく可愛くない文章を送ってしまって、私は取り繕うように可愛いうさぎの『OK!』スタンプを送る。何というか、逆に嫌味になってしまったかもしれない。


 すぐに柊からカエルが不細工な顔で号泣するスタンプが返ってきた。茶化すような雰囲気に、助けられる。


 ほんと、優しい奴だよなぁ。


 しみじみと思う。


 改めて帰ろうと鞄を肩にかけたその時、がらりと扉が開かれた。


「……話があるの」


 私は首を傾げながら、彼女について行った。



―――







「……どーせ、嘘なんだろうと思ってたけど」


 私は混乱していた。


 体育倉庫のカビた空気が鼻をさす。

 私を囲む女子たちの真ん中に、一人の少女が腕を組んで立っている。


「その様子だと本当なのかもね」

「いや~分かんないよ?だって柊くんをあんなにたぶらかしてんだから。演技力すごいのかも」

「それにしても、ここまでする!?そりゃぁ気をひくには一番なのかもだけどさー」


 この子たちは何を言っているんだろう。


 どくどくと心臓が波打つ。


 ぐ、と手を握りしめると、砂や埃の散らばるコンクリートがざり、と音を立てた。

 突き飛ばされ、尻餅をついた状態では、コンクリートの冷たさが身に染みる。


「すぐ飽きると思ったのにね。こんなかまってちゃん。柊くんも馬鹿なんじゃないの?」


「何……何を、言ってるの……?……濱野、さん」


 女の子たちの真ん中にいた少女。

 先日私にハンカチを拾ってくれた、濱野さんが、「はっ」と嘲笑した。


「何?まだ演技続けるわけ?一応さー、あの時はあんたの演技に乗ってあげたけど、今ここで続ける意味ある?それとも、わかんないフリしてれば許されるとでも思ってたわけ?」


「……演技って……?」


 わからない。この子は何を言っているの。


 私が問うと、がし、と髪の毛を掴まれた。


「いっ……」

「あーはいはい記憶喪失設定だもんねー?んじゃあ思い出させてあげるよ」


 記憶喪失、設定?


「一年前に言った台詞だからなー忘れちゃったよー」

「あはっ!愛芽あんたも記憶喪失!?」

「ハイハイ私覚えてる!『あんたなんて柊くんに相応しくないのよ!この泥棒猫!』」

「ちょ、どこの姑よ」


 彼女たちの楽しそうな笑い声が、きんきんと耳に響く。


 一年前?

 一年前、私は何をしていたっけ。


 この子たちと話したことなんて、あったっけ?


「あんときはビビったよね~突然倒れてさ。私たちがなんかしたのかと思ったじゃん」

「病弱設定ね!徹底してるよねー。私たちなーんもしてないのないのに、教師に悪者にされるし」

「ほんとほんと。騙される方も馬鹿だけどさ、人のこと勝手に悪者にしておいて、自分だけ被害者面するこいつもやばいよねー」


 突然、倒れた?


 それは、最近もあったことだった。

 突然倒れるなんてこと、初めてだと思っていたけれど、違ったのだろうか。


 混乱する中、今間違いなく分かることは、この子たちが私への悪意に満ちていると、それだけだった。


「ねえ、もう一回だけ忠告してあげるよ。もうさ、柊くんに迷惑かけるのはやめて?あんたの演技にいつまでも付き合わさせられるの、可哀想だと思わないの?ずっとあんたに振り回されてさぁ。柊くんは優しいからあんたを可哀想だと思って付き合ってやってるみたいだけど、正直皆うんざりしてるから」


 迷惑。

 ずきりと頭が疼く。

 何か。

 何かが、私の頭をノックする。

 私は慎重に口を開いた。今までの反応からして真剣に質問に答えてはくれないだろうけど、何も言わないよりはマシだ。


「な、何に、付き合ってるの。私は何の演技をしてるの……?」

「……だからさぁ。あんたが記憶喪失のフリして柊くんの気を引いてるでしょ」


 記憶喪失。さっきもそう言っていた。

 一年前。記憶喪失。突然倒れた。

 この子たちはそれを知っている。


 どうしよう。

 全く身に覚えがないのに、この子たちが何を言っているのかわからないのに、否定できない。否定できる証拠がない。わからない。

 それを嘘だとは、思えない。


 ぱちり、とはまる音。


 それは彼のふとした台詞だったり、表情だったり、仕草だったり。


 ぱちり。


 そういえば、私の思考もどこか変だった。


 ぱちり。


 告白された日。誰でしょうか?と聞かれてがっかりしたように眉を下げたあなた。

 メロンパンとコーヒー。私のことに妙に詳しいあなた。

 ストーカーかもな、なんて、変に開き直るように、どこか自嘲したように言ったあなた。

 よくよく考えると、連絡先を交換した記憶がない。それなのに、まるで普通のことのように私はメッセージを受取っていた。

 私が後ろ向きになっているとき、いつも先回りして、好きだと言ってくれた。

 おばあちゃんと、妙に仲が良かった。


 私は、彼のあの焦げ茶の髪が地毛でないことを知っている。

 教師にも、誰にもバレないように、こっそり色を抜いたと悪戯げに笑っていたのだ。


『日暮。誰にも言ったりすんなよ?』


 私は、彼が怒っているとき、無理して笑おうとして失敗したような顔になることを知っている。


『は?怒ってねーし……あーあーうるさい!怒ってる、怒ってますよー日暮さんの言う通り』


 私は……。


『日暮、その……キス、しても……良いか?』


 初めてなんかじゃなかった。

 違う。私は知っている。

 あの人のことを知っている。

 あの人の手のひらの熱を、声色を、髪を、瞳を、その不器用さを優しさを。

 初めから、知っていた。


 ぱちり。






―――



「はー……だる……」

「あっはは、ほんと柊って低血圧だよねー」

「うるせ……朝苦手なんだよ……」

「ふ、声に覇気がないわよ」

「うっせーよ四宮」


 あからさまに苛々している様子の目つきの悪い柊に笑いが漏れる。顔は良いんだから、もう少し愛想良く振舞ったらいいのに。

 仏頂面を崩さない柊は、女子から遠巻きにされがちだ。勿体ない。


「千才は早起きしてそうだよね」

「ええ。自然に目覚めてしまうのよね。一度起きたら寝られないし」

「うわー羨ましい!」

「その体質くれ」

「出来るわけないでしょ」


 千才がすぱんと切り捨てる。千才も美人だけど、気の強そうな目の形やそのはっきりした物言いから、話しかけるのを躊躇ってしまうクラスメイトも多い。本当に勿体ない。


 そんな美形かつ残念なふたりに、私は猛アタックした結果なんとか友人の地位まで上り詰めることが出来た。折角美人なんだから、その美しさに見合った笑顔を見てみたいという私の一方的なわがままを押し通したのである。


 今では、結構笑顔も見ることが出来ている。眼福眼福。まさに両手に花。努力が実って大満足だ。


「……なんだ日暮にやにやして……」

 日々の幸せを噛み締めていたら、柊にドン引きされた。つらい。私は逆ギレ気味に柊にだる絡みする。

「もーひいらぎくーん?日暮だなんて他人行儀やめてよぉ。さ・や・♡って呼んで」

 肩に手をかけてくねくねすると、柊はハエでも追い払うように手をひらひらさせた。

「やめろ気持ち悪い。そう呼んで欲しかったらお前から名前で呼べよ」

「隼軌」

「……」


 黙り込んでしまった。ふふふ、イケメンいじめるの楽しい。


「……楽しい?」

「すっごく!」

「ドSめ……」


 柊が疲れたようにため息をついた。そして、目を泳がせる。

 様子の変わった柊を首を傾げて見ていると。


「…………小弥」

「!」


 ぼそ、と落とされた声の正体を、私は確かに耳にした。私が感動に震えていると、冷静な声が割って入る。


「登校中にいちゃいちゃするのやめてくれない?」

「は!?してねーよ!」

「え!?いちゃいちゃしてた!?」


 千才の腕にしがみついて、前のめりに聞くと、千才はこくりと頷いた。


「え、え、じゃあじゃあ、らぶらぶだった!?」


 こくり。


「でろ甘いちゃらぶバカップルだっ……」

「少し黙れ」

 すぱぁん!と柊の手のひらが私の頭をはたいた。


「えー。だってさ、柊みたいなイケメンと彼氏彼女に見られるなんて、そうない機会だよ?貴重な体験だよ?ちょっとぐらいテンション上がっても許してよ」

「……お前は……!」


 柊がぱくぱくと口を動かし何かを言いかけたが、諦めて口を閉じた。


「へたれ」

「うっせぇ」


 私に言い負かされたからか、千才が柊を鼻で笑った。

 私はつくづくこの二人は仲がいいなと思いながら、二人についていく。


 千才も柊も笑っていた。

 みんな笑っていた。

 それは壊れてしまった。



 私が……壊した。






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