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近すぎて

 


 翌日の放課後。最近よく声をかけられるなと振り返ると、担任だった。


 私もそろそろぼっち卒業か、と浮かれた自分を殴りたい。押し付けられたノート運びの仕事に、内心ため息をつきながら目の前の背中を見る。

 多分、担任なりに私が浮いていることを気遣っているのだろう。へらっと笑いながら軽い口調で押し付けてくるためあまりそんな気はしないが。

 同時に頼まれたクラスメイトの䒳原東(しだはらあずま)は無口なかわりに悪ノリはしないタイプだ。私が女子に爪弾きにされていても、恐らく良くも悪くも全く気にしない性質だろう。

 流石教師、よく見てるなぁと思う。

 まぁ、先生の思惑通り私と彼が仲良くなるなんてことはないだろうけれど。

 私は話しかける気も話題もないし、彼の方もそうだろう。そもそも会話が成立しないのだ。仲良くなるはずもない。


 そんな事を考えていたため、私は必要以上に驚いた。


「なぁ」


 ぽつりとかけられた言葉は、間違いなく私へと向けられていた。


「……なに?」

 少し、ぶっきらぼう過ぎたかもしれない。

 内心後悔しつつ先を促すように彼の背中を見る。


「用事があるなら、先帰れば」


 その言葉に、首を傾げる。そんなそぶりを見せただろうか。それとも、遠まわしにお前とは一緒に居たくないと言われているのだろうか。


「どうしてそんなこと思ったの?」

 聞くと、小さな沈黙が落ちた。


「……なんか、そわそわしているように見えたから」


 辛抱強く待った末のそんな言葉に、動揺してしまう。


 そわそわ。していたとしたら。

 それは間違いなく、柊のせいだ。

 いや、せいという言い方は間違いかもしれない。柊に対して、意味不明な反応をしてしまったのは私自身だ。

 しかし、そんな私の意味不明で失礼な対応に怒ることをしなかった柊に疑問を持っているわけだから、やはり奴のせいかもしれない。


「……気のせいでしょ。大丈夫大丈夫」

 私の返事には明らかに変な間があいた。

 恐らく何かあるとは察してしまっただろうが、䒳原はふーん、と軽く相槌を打っただけで後は何も言わなかった。

 親しい人間以外興味がないタイプだと思っていたが、意外と人に心を配れる人なのかもしれない。

 ろくに話してこなかったクラスメイトの新たな一面になんとなく驚きつつも、無事仕事を終えた。


 それから、䒳原と共に用事を頼まれることが増えた。特に、私達がその意図に気づいていると担任が知ってからは、取り繕うことすら面倒になったのか頼み方は雑に、内容は雑多になっていった。浮いているやつをクラスにくくりつけ、かつ雑用係が生まれる一石二鳥な策とでも思っているのだろうか。担任のあの眠そうな顔面を一度平手打ちしてみたい。


 今日も今日とて私と䒳原の雑用は始まる。私は、完全に巻き込まれているだけの䒳原にそろりと目を向ける。


「あの……なんかごめん。巻き込んで」


 䒳原はとんとんとプリントを揃えながら、ちらりとこちらに視線を流す。


「別にいい」


 飾り気のない言葉に、不機嫌な色は無いようだった。

 私はそれに少し安心して、手元のプリントに視線を落とす。

 何か聞こえた気がして目をあげると、䒳原がこちらを見ていた。


「……なんで、お前は避けられているんだ?」


 私はまた驚いた。やはり、他人に興味が無いのだろうという印象は間違っていたのかも知れない。


「どうして急に?」

「……すまん。無遠慮だった」

「いや、それは別に良いよ。ただ䒳原って他人に興味無いタイプだと思ってたから。……って私も無遠慮か」

「……いや、いい。よく言われる。気にしていないわけでは無いんだが……視野が狭いんだ。目の前のことしか見えない」


 大真面目にそんな事を言うものだから、私はつい吹き出してしまった。


「ふっ、はは!なにそれ、イノシシかい!正直というか何というか……䒳原、面白いねぇ!」

「イノシシ……」

 䒳原は、少し拗ねたように眉をひそめ口をつぐむ。どこか幼いその仕草の、今までのイメージとのギャップに笑いが止まらなくなる。


「……笑い過ぎだ」

「ふっふふふ、ごめんごめん。で、私が避けられてる理由だっけ?」


 䒳原はむくれた表情をおさめ、深刻そうな顔になって手の中のプリントを見つめる。同じ仏頂面だが、意外と表情豊かだ。


「そうだな……多分、私があの子に何かしちゃったんだろうなぁ」

「あの子……四宮か」

「うん。記憶にない、ってのがネックなんだけどね。まぁだから、クラスの女子たちに嫌われちゃったみたいなんだよね」

「だからと言って、やっていいことじゃない」


 その響きは、私を案じてという他に別の思うところがあるように思えて、私は䒳原の顔を見る。


「……䒳原さ。それ聞いたの、私を心配してってだけじゃ無いでしょ」

「!……い、や」

 䒳原の目が面白いくらいわかりやすく泳いだ。


「ははーん。読めた」

 にやりと笑うと、䒳原の顔が赤く染まる。その表情に、私は確信する。

 ずばり核心を突こうと口を開いたそのとき。


「小弥」


 どこか焦ったような声がかかって、私は反射で振り返る。


「柊……」


 柊と会うのは、3日ぶりだ。最後に会った時のことを思い出して気まずく思う自分と、少しだけ、嬉しく思ってしまう自分がいた。


「あー……ごめん、会話遮って。何してんの?」

「ああ、なんか、先生にプリント名前順に並べろって言われて」

 至って普通の態度で話しかけてきた柊に、私は緊張を表に出さないように気をつけて返事をする。

「ふーん」

 と、ごく自然に私の隣の席に座る柊に、私は瞠目した。


「ちょ、何してんの?」

「手伝う」

 柊はちら、と目の前に座る䒳原に視線を流し、私の前にあったプリントの山をごっそり持っていく。


「いやいやいや、何なの!?てか、私に何か用があったんじゃないの?」

 振り返ってみれば、柊は焦った様子で教室に入ってきていたような気がする。何か急用でもあったのだろうか。


「んー、小弥と一緒に帰ろうかと思って」

「はあああ!?」

 何を言っているんだこの男は。今まで目立つことを恐れる私を察して、人気の無いところで会っていたのでは無かったのか。

 相変わらずゴーイングマイウェイというか自由というか飄々としているというか。読めない男だ。


「……二人は付き合っているのか?」

 私達のやりとりを目を丸くして見ていた䒳原が、突然とんでもないことを言い出した。


「いやっ……」

「おー、小弥の彼氏の座は俺が予約中ー」

 こっちもとんでもないことを言い出した。


「ばっ、ち、違うから!この苛つくイケメンが勝手にそう言ってるだけで!」

「ひどい言い草だな、俺はこんなにも小弥を愛しているというのに」

「うるさいだまれ!あ、あの、違うから!本気でそんなんじゃないから今この男が言ったこと全て記憶から消して!」

 私は必死で䒳原に記憶の消去を願う。

 䒳原はふーん、と鼻で返事をして私と柊を見比べた。おいコラその反応今一番苛つくやつだからな。


 柊は私と䒳原に目もくれず、てきぱきとプリントを分けている。

 雑用係でもない柊が一番仕事をしているという事実に気づき、私は慌てて乗り出していた身体を戻し席に着く。


「とにかく、違うから!」

 駄目押しのように䒳原に言い募ると、前ではなく隣から返事が来た。


「なんでそんなに必死に否定すんの?」

「は、」


 なんだと!と言い返そうと隣を見て、私は言葉を引っ込めた。


「柊」

「ん?」


 顔を上げず手元に集中している様子の柊を、恐る恐る伺う。


「なんか……怒ってる?」

「……なんで?」


 柊は訝しむような顔を私に向けた。


「いや、だって……柊って怒ると、口だけ笑おうとして失敗したみたいな変な顔するじゃん」


 私の言葉に、柊の目が丸くなる。手を確かめるように口元に持っていく。

 そして、何故か、破顔した。


「え、何急に笑って。怖い」

「ええ?ああ……いや」


 打って変わってにやにやとし始めた柊を不気味なものを見るような目で見ていると、柊が悪戯っぽく目を細めた。


「俺が怒ってるときの癖分かるくらい俺のこと見てくれてるんだなぁと思って」


「!」


 私は自分の頰に熱が集まるのを感じた。何か言おうと口を開くが、妙な呻き声を出すだけに終わる。


「そうかそうか、小弥はそんなに俺が好きなのかぁ。全くツンデレだなぁ」

「ううううううっざぁああああ…………」


 うんうんと頷いて表情仕草台詞全てで茶化して来る柊。殴りたい。殴りたい。殴りたい。


 唇を噛み締め震える私の頬を、柊の指がつねる。


「まぁた赤くなってますけど?」

「イケメン滅びよ!」


 余裕そうに動く表情筋、衰えろ!


 と、突然その場に

 ぱぁん!と破裂音が響いた。


 驚いてそちらを見ると、䒳原が手のひらを合わせていた。


「いちゃつくな」


 その謎の迫力に、言葉の内容に納得が行かないまでも「すみません……」 と謝ってしまう。


 とにかく、その場はそれ以上多く話さず作業し、いくつかあったプリントの山はあっと言う間に片付いた。


「よし、帰ろうぜ小弥」

「いや、了承した覚えないんですけど」

「いやぁ、八千代さんに孫を頼むって言われちゃったしぃ、責任を持って家まで送り届けないとぉ」

「ひぃ!いつの間に言質とりやがったんだ!」

「こぉらぁ、女の子がそんな喋り方しちゃダメだぞ☆」

「突然のキャラ変やめろ!」


 何故か異様にテンションの高い柊に返事をしていると、䒳原がさっさと荷物をまとめて帰ろうとしていた。


「あ、ちょい䒳原待って!」

 䒳原は振り返って、うんざりしたような顔をする。

「なんだ。俺はお前らがいちゃついている姿を黙って見ていられるほど心が広くないぞ」

「記憶から消してくれてないじゃん!いちゃついてないし奴はただの隣のクラスのうざいイケメンで私とはなんの関係もない他人だから!……ってそんなことより」


 咄嗟に全力で保身に走ってしまったが、今はそれよりも重要なことがある。そもそも、仮に柊と私が付き合ってるだなんてあらぬ勘違いをしたとして、それを言いふらすような性格じゃないだろうし。

 私はちらりと柊を振り返ってから、ずるずると䒳原を教室の隅まで引きずっていく。

 一応ここなら聞こえないだろうが、念のため小声になり、䒳原の耳元で話しかける。


「……䒳原さぁ、あの子のこと、好きでしょ」

「はぁ!?」


 䒳原の顔が爆発した。

 テンションも声のトーンも低めで基本表情も薄い䒳原が、今や汗だくで目も水泳大会を開催しなにより顔がお酒でも飲んだのかと思うほど赤い。


「お前、何……何が、なんで!」

「ふふーん、さっき一旦かわして実はほっとしてた?慌てて帰ろうとしたのも私が言い当てそうだから逃げようとしたんでしょ」


 にやりと緩む口元が止められない。私は異様に楽しくなって、酔っ払いのだる絡みのように䒳原の肩に腕をかける。


「い、や、俺は、その!」


 嘘はつけないようで、必死に何かを言おうとするが、結局何も言えずに口を開閉させるに終わっている。

 柊がいつか言ったように、私にはサディストなケでもあるのかもしれない。単純に他人の恋愛話が楽しくて仕方ないこともあるけれど。

 おかしいと思ったのだ。視野が狭くイノシシ並みにこうと決めたらそこしか見えない性格の䒳原が、私をいじめている人間を一発で当てるなんて。


「そーだよねぇ、好きな子がいじめなんてやってたら、そりゃ複雑だし止めたくなるよねぇ、愛だねぇー」

 私がにやけながら言うと、䒳原は突然びくりと震えて表情を硬くした。

「……お前は……良いのかよ」

「え?」

「お前は、自分をいじめてるやつを好きだなんて言われて、それで良いのかよ」


 どくん、と心臓が嫌な音をたてた。


 それで、良いのか。


 どうして。


「……私は、あの子が、本当は良い子だって知ってる」

 䒳原は軽く眉を上げた。

「ふぅん。良い子だから、自分をいじめても良いって?嫌な気持ちにならないって?」


 どくん、どくんと、血管を伝って耳に響く音が、頭の中を揺らす。


「……俺は、あいつのやってること、許せねぇよ」


 吐き捨てるように言って、䒳原は今度こそ教室を出て行った。


 私はどうしてか全身に力が入らなくなって、がくんと膝が折れた。

 そのまま尻餅をつくだろうと思っていた体が、暖かな温度に包まれる。

 その優しいぬくもりにさらに力が抜けて、くて、と首が上を向く。

 見上げた先にあったのは、案の定柊の整い過ぎた顔だった。


「…………ひいらぎ、また、怒ってる?」

「逆になんで怒らないと思ったんだよ」


 肯定の言葉が返って来て、いつもなら気にならないそれが、とてつもない重さで頭に落ちて来た。


 じわ、と目の縁が熱くなってくる。

 それを見た柊が慌てだした。


「は?え、どうした急に?さっきあいつになんか言われたのか?」

 焦ったような柊の言葉に、私は首を横に振る。

「じゃあどうしたんだ、まさか、俺そんなに怖い顔してたか?」


 私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、柊が私を心配している様子なことに頭が回らず、ただただ、柊を怒らせたショックでいっぱいいっぱいになってしまっていた。

 怒らせた。

 嫌われた。

 怖い。

 嫌だ。


「うっ、ひ、いらぎ、やだ」

「ご、ごめんな。もう怒らない。怒らないから」

「やだ。こわい、ひいらぎ」

「悪かった。すまん、もうしない。ごめん」

「やだ。やだよ。嫌いに、ならない、で」

「ごめ……ん?嫌い?」

「ごめん、なさい、ひっ、あやまる、から、嫌わないで、やだ、離れちゃ、やだぁ」

「……………………!?」


 私は嫌われて当然なんだ。

 当然だけど、でも、嫌だ。

 だって、あの子に。

 私は、お母さんと、お父さんに。おばあちゃんに。

 柊に。

 でも、嫌だ。


 何で私は許せてしまうんだろう。

 何で、やってもいないことへの罰を受け入れているんだろう。

 何故なら、私は、やったからだ・・・・・・


 何かの答えを見つけた頭の引き出しの中身が、感情の濁流に飲み込まれてひっくり返って、単純な思考だけで埋め尽くされる。

 嫌だ。嫌だ。

 柊に嫌われたくない。


 私は必死にしがみついた。

 目の前のあたたかいぬくもりに、

 大好きな柊に、

 頭の中の荒れ狂う流れに押し流されないように、必死に必死にしがみついた。


「……これは嫌ってないと言ってあげるべきか、いやそれだと落ち着いて離れてしまうかもしれないとりあえず冷静になるまでこのままでいやもしかしてこの混乱状態なら上手くすれば丸め込めるかもいやいや八千代さんに示しがつかないいやこれもう両思いだしいいんじゃねだよなこれ両思い以外ないよなその気のないやつに嫌わないでとかとんでもない殺し文句言わないよな言ってたら言われた奴の記憶削り取りてぇてかどんだけ小悪魔だよ」


 柊が小さな声で何事かを呟き始めたので、私は恐る恐るその顔を伺う。

 その顔には、何故か少し目が虚ろだったけれどもう怒りは残っておらず、私はやっと少し息を吐いた。


「……あー、落ち着いちゃっ……落ち着けたか?」

「……うん、ごめん。なんか私変だった」

「いや、むしろそれが正常であって欲し……なんでもない。ていうか、本当にどうした?何か嫌なこと言われたならあいつ殴ってやるから教えてみ?」


 ん?と優しく問いかけてくる柊に、また目元に水分を感じて慌てて耐える。

 冷静になれたつもりだったが、まだ感情が揺れやすいままだ。


「違くて。よく、わかんないけど、急に私は嫌われて当然なんだって思えて、そのとき、柊を怒らせちゃったと思ったら柊に嫌われたって思って……」


 よく考えなくとも、もの凄く恥ずかしいことを言っている。急速に頭が冷えて、反対に頰がとんでもなく熱くなってくる。

 慌てて離れようとしたが、いつの間にか背中に柊の左手が回されていて動けない。

 柊の右手が、私の頰に触れて、そのまま上向かされる。


「嫌わない。お前は嫌われて当然なんかじゃない。大丈夫、大丈夫だから」


 大きくて少し固くて温かい手が、優しく頭を撫でる。

 先程までの情緒不安定さの残滓と柊の低くて柔らかい声と言葉と頭を撫でられる心地よさに、なんだかふわふわしてくる。

 そんな私を真っ直ぐ見つめながら、柊はふっと甘く笑んだ。

 柊の手が、私の後頭部に回る。

 細くて長い柊の指が髪に絡まり、親指が、耳をそっと撫でる。

 柊の、無駄に綺麗な形の瞳が伏せられ、視界いっぱいに無駄にきめ細かい肌が広がる。

 異常なまでにさらさらした柊の前髪が、私の手入れしてもぱさぱさな前髪と絡まった瞬間。


 私は力一杯後ろへ仰け反り、そのまま前へ頭を振り下ろした。


 ゴッ、と鈍い音がお互いの脳を震わせる。


 しばしの悶絶。


「…………っ、くっそ、いけたと思ったんだけどなぁーー!なぁんでそこで冷静になるかなぁ」

「…………っ、なんっなのあんた!急になんで、き、きききキスとか!危なかった、うっかり騙されるところだった!!」

「いや、あのな、小弥」


 柊はいきなり真面目な顔になり、私を見る。

 先程のこともあり、私は少し後退りながら聞き返す。


「な、なに……」

「さんざん嫉妬させておいてから好意ちらちらさせてまた嫉妬させた後好意全開で接してこられて挙句キスもさせてくれないとか、いくらなんでも悪女過ぎる。俺の純情を弄び過ぎだからな」


 柊が何を言っているのかさっぱり分からない。


「し、嫉妬してた、の……?」

「教室に二人きりで、おまけに親密そうに顔を近づけて、さらに男の方が赤面しているのを見てお前に告白した俺が何も思わないと思ったのか?」


 まさかこれだけ言って忘れてたわけでもないだろ、と睨まれる。

 いまいち信じきれていなかったとも言えず、私は言葉につまった。


「そんで?必死に俺のことは何でもない他人だと言い張って、おまけにわざわざ目の前で俺に秘密の話をされて、俺は嫉妬しないと、そう思うんだな?」

「う、ごめん、なさい……」


 冷静に考えれば、確かに私の行動はなかなかの悪女な気がする。

 肩を落として反省していると、柊はにっこりと笑った。


「じゃあ、そんな可哀想な俺を、労ってくれるよな?」

「え、」

「キスのひとつくらい、くれるよな?」


 こ、こいつ……!


 にやにやとこちらを見る柊をにらみつけるが、効果は薄いどころかゼロなようだ。


「さっき流されかけてたところを見るに、俺のことが生理的に無理なわけでもないだろ?あんなに振り回しておいて、この上俺にお預けくらわせるとか、小弥はそんな酷いことしないもんなぁ?」

「………………」


 確かに悪かったと思う。曲がりなりにも告白をして来た相手に、もう少し気を遣っても良かったと思う。

 だが、これは、なんだか違わないか。

 ぐぬぬとにらみつけてはみるが、かといって他に彼を満足させてあげられるような対案は思いつかない。

 申し訳ない気持ちにつけ込むなんて最低なやつめ!


 そう思いつつも、ここまで求めてくれることをほんの少し喜んでしまう私は、もう毒されているのだろうか。


 私が何も言わないのを肯定ととったのか、柊は瞳を柔らかく細め、今度は私の頰に手をかけた。


 そっと近づいてくる嫌になるほど整った顔に、居た堪れずつい文句を言ってしまう。



「……あんたは慣れてるんだろうけど、こっちは初めてなんだから……」

「…………ばぁか」




 柊がどんな表情でそう言ったのか、近すぎてよく見えなかった。






 


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