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また、わたしは

 



「ごめんね」

 悲しそうな声がする。

 私は首を振る。何も気にしなくていいよ。

「ごめんね……」

 いいの。仕方ないことだから。

「あの馬鹿娘。仕事と子供、どっちが大事なんだい」

 いいの。大丈夫。だから、そんな風に言わないで。

「ごめんな」

 頭を撫でられる。

 大丈夫。あのね。私、料理、上手になったんだよ。

「ああ、美味いよ」

 私は笑った。

「異動だって?海外?一体何を考えてんだ。それでも親か」

 いやだ。いやだよ。お願い。そんな事言わないで。


 さびしくない。

 可哀想な子じゃない。


「……悪かったよ、小弥。わかってるさ。お前の両親は悪い人間じゃない。頭の固い年寄りにはちょっとばかし受け入れ難かったんだ」


 そう言って、しわしわの手が頰を撫でる。


 みんな、みんな大好き。

 だから、さびしくないよ。心配しないで。

 仕事をするお父さんとお母さんはとても楽しそう。

 優しいお婆ちゃんがそばに居てくれる。


 だから、私、少しもさびしくないんだよ。



 ……でも、


 静かな家は、たまに、凄く不安になる。









 ふっと意識が浮き上がる感覚。

 暖かい手の感触は、夢の中で感じたものにしては、やけにはっきりと残っている。


 瞼を持ち上げると、見慣れた天井が視界に映った。


 ぼんやりと、耳に声が届く。……耳慣れた声に、少しの違和感。



「あー、上手いもんだねぇ。やっぱりこういうのは男でないと。小弥じゃあぬるくってたまらん」

「あはは、小弥さんのお婆さん孝行の気持ちじゃないですか。受け取ってあげてくださいよ」

「そりゃあ感謝はしてるがね。それと効くか効かないかは別じゃないか。感謝の気持ちで肩凝りが取れたら苦労してないよ」

「それは確かに」


 耳慣れた声と、耳慣れた声が、耳慣れない組み合わせで楽しげに会話している。

 思考が追いつかない。


「お、お婆ちゃん……?」

「ああ、起きたか小弥。……おい、手を緩めるな、集中しろ集中を」

「仰せのままに」


 お婆ちゃんの横暴に苦笑しながら従い、なぜかその肩を揉んでいる柊。意味がわからない。


「ど、どうして柊がここに!?」

「どうしたもこうしたも……小弥、きちんとお礼をなさい。この坊主がお前をここまで運んできてくれたんだぞ」


 なんとなく今のお婆ちゃんに礼儀を諭されることに納得がいかないが……運んできた?


「運ぶって……」

「お前、倒れたんだよ。学校で」


 私は目を見開く。そういえば、柊と話した後の記憶がない。


「もしかして、あの後目の前で?」

「ああ。心臓止まるかと思ったよ」


 柊によると、直ぐに教師に報告し、家に連絡を取ってもらって、お婆ちゃんでは家まで送れないからと柊が私を背負って来てくれたらしい。


 あまりのことに青ざめる。


「ご、ごめんなさい……そんな迷惑を……」

「んー、謝罪よりは感謝のがいいな。てか、おかげで八千代さんと会えたし」

「ほう、坊主。この婆を口説くか」

「将を射んと欲すればまず馬を射よ。八千代さんを口説き落とせば小弥も諦めてくれるかなと」

「小弥は強情だからな。なら頑張って祖母から口説き落としてみなさい。まずは肩だ。また手が止まっているぞ」

「承知」


 なんだかいつの間にか凄く仲が良い。なんだかんだお婆ちゃんも気に入ってる風だし、口説き落とす落とさないで言えば最早目的は達成されているのではないだろうか。それと私の件とはまた別の話だけれど。


「あ、そうだ小弥。坊主に茶を出してやんなさい」

「ええ!?お茶も出さずに肩揉みだけさせてたの!?私を送ってくれたお客様に!?」

 口は強いが礼儀を重んじるお婆ちゃんには珍しい事だ。私が驚くと、お婆ちゃんは肩をすくめる。

「こいつがどうしてもやりたいと請うてくるから仕方無くな」

 柊はくすくすと笑うだけで何も反論しない。

 どう考えても嘘っぽいが、私は渋々腰を上げた。



 お茶を入れてお菓子を用意し戻ってくる。

 肩揉みは終わったようだが、何故か二人で花札をしていた。本当に意味がわからない。


「八千代さん強すぎ!何連敗してるんだろ俺」

「亀の甲より年の功。まだまだ若者にゃ負けんよ」

 お婆ちゃんはひゃひゃと笑う。私に気づくと、私からお盆を受け取って柊の前にお茶を出す。


「小弥のお茶は美味い。婆の茶より褒美になるだろうよ」

 にやり、と笑うその意図に気づいて、私は慌てた。もしかしなくとも、私が前に話した人が柊だと気づいている。というか、先程普通に流してしまったが、柊も堂々とお婆ちゃんに口説き落とす宣言してるし。


「へぇ。有り難く頂きます」

 柊が嬉しそうにするが、お婆ちゃんに無駄にハードルを上げられてしまった私には不安しかない。

「期待するようなものじゃないから!単なるお茶だし」

「はいはい」


 軽く笑って柊は湯飲みに口をつける。

 変に緊張してしまい、私は柊を見守る。


「ん!丁度良い感じ」


 唇を舐めながら湯飲みの中を覗き込む柊に、私はほっとしつつも疑いの目を向ける。


「……本当?別に大したことしてないんだけど」

「んや、俺こういうの下手でさ。よく苦くするから。これ甘さ苦さほどよい感じで俺は好き」

「小弥は良い塩梅を良く知っているからな」


 満足げに頷くお婆ちゃんに、私は居心地が悪くなる。


「……柊、なんかいる?」

「ん?」

「ホットケーキ位なら作れるけど。……お茶ぐらいでここまで言われるのなんか納得いかない」

「!」


 柊の瞳が目に見えて輝いた。お婆ちゃんはにやにやしている。

 お礼になるかはわからないが、ここまで私を運んできてくれた人にお茶で済ませるわけにはいかない。

 柊がホットケーキが良いと言ったので、私は台所へ向かう。

 万能ホットケーキミックスさんもあるが、今回は薄力粉にベーキングパウダーや砂糖、混ぜた卵と牛乳を加えて焼くことにする。特に深い意味は無い。なんとなく、便利なものに頼らず作る方が感謝になるだろうかと思ったからだ。

 混ぜて、焼く。たったそれだけで美味しく出来上がってしまうわけだから、初めにこれを作った人は凄いと思う。


 香ばしい、柔らかい匂いが漂う。ふかふかな感触が匂いに表れているような気がして、私の気分も浮上する。

 出来上がったホットケーキにバターを乗せて、蜂蜜はかけずにセルフサービス。


「はい、出来た」


「……おお!」


 柊の歓声に、私はやはり居心地が悪い。

 柊とお婆ちゃんにフォークとナイフを渡して、私も席に着く。


「頂きます」


 ふかふかホットケーキは、染みるように甘い。

 知らず緩む口元を、お婆ちゃんと柊に観察されていることに気付いて慌てて引き締める。


「な、なに?」

「んー?」


 柊はフォークを持った手で頬杖をついてにやにやしていたかと思うと、お婆ちゃんと目配せし合って二人でにやつき始めた。


 居心地が悪い。

 ……けど、この空気は嫌いじゃない。


 私は観念して笑った。



「ごちそうさま」

 二人とも綺麗に完食してくれた。

「ありがとう」

「……こっちが、だよ。ここまで連れてきてくれてありがとう。こんなものしかあげられないけど」

「いや」

 柊はふっと笑う。柔らかい柔らかい、さっきのホットケーキのような染みるような笑顔。


「こんなものじゃない。美味かったよ」


 そう言って柊は。


 私の頭を撫でようと、


「…………っ、やっ!」


 私は反射的にその手を払っていた。


 突然の行動に、場が凍る。

 どくどくどくどくと、血液の流れる音がやけに大きく耳に響く。滲むのは、冷えた汗。


「小弥……?」

 怒るでもなく、心配そうにこちらを覗き込む柊。


 どうしよう。やってしまった。なんで私。だって。私、私、私。柊を傷つけた。柊。ごめんなさい。柊、やだ、ごめんなさいおとうさんごめんなさいだめ、だめ、だめ、だめ。


「……ぁ、ごめ……」

 いつの間にか掠れてしまった声では、まともに謝ることすら出来ない。

 私は一体どうしたというのだろう。なんだ。自分が何を考えているのかわからない。なんで、なんで…………なにを、こんなに怖がっているの?


 柊は何も言わない。いつもなら私の無礼を真っ先に叱るお婆ちゃんすら、静かに私を見ているだけだ。


「……坊主。そろそろ帰り。長いこと引き留め過ぎたな、すまなかった」

「いえいえ、楽しかったので」

 お婆ちゃんが帰宅を促すと、柊がへらっと笑って立ち上がる。


「ぁっ……」

 私は思わず小さく声を上げる。何か言いたいのに、何を言うべきか、何を言いたいのか分からずただ口をだらしなく開けたまま。

 柊はふっと軽く息を漏らす。見ると、笑っていた。 確かに、笑っていたのに。私は苦しくて息が出来なかった。


「またな」


 ぐしゃ、と無造作を装った優しい手が髪をかき乱して離れていく。



 ひいらぎ、ひいらぎ、ひいらぎ。

 わたし、あなたを、きずつけた。

 もらってばかりで

 きずしかあたえられない

 それなのに

 どうしてまたなんていえるの?



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