やっぱり信用は出来ない
とてもふつうの、心の綺麗な女の子が、何もかも完璧な男の子に見初められ、紆余曲折あってハッピーエンド。
実に王道な、そんなテンプレートなお話。
話した事もない男の子に想いを告げられて。
ずっと見ていたんだと。
君は魅力的だと。
そんな物語みたいな、自分にとって余りにも都合の良すぎる事なんて、有り得るはずがないのに。
―――
携帯が震え、通知を受け取る。
見ると、柊からだった。
『昼休み、3階、第2家庭科室な』
第2家庭科室といえば、第1家庭科室に置ききれなかった予備の机や椅子が置いてある殆ど物置扱いの教室だ。包丁などの危険なものや重要なものが置いていないため鍵は閉まっていない事が多い。
一応彼にも人目をはばかる心があるらしい。
考えてみれば、私と彼が会ったのはいつも人気のない場所だ。
もしかするとこちらを気遣ってくれているのか。
(……いや、単にあの告白も私をからかっているだけで、他の人に私との事を勘違いされるのが彼には都合が悪いからとか……。
まぁ、でも、何にも知らないうちからヤツを悪人扱いするのは酷すぎるか)
考えたところで相手の考えなどわかるはずもなく。私は深く考える事を放棄した。
(まあ、悪い奴には見えないんだけどね……)
教室の引き戸を引くと、柊は先に着いていたようだった。
「よっ」
「どうも」
簡単な挨拶を交わし、柊の座っている机の前の椅子を引っ張り出して座る。
「ほいよ」
差し出されたのはビニール袋。
そういえば希望を何も聞かれなかったが、相変わらず私に選択権はないのか。私へのお詫びでは無かったのか。
というか。教室から直接来た私より先に着いて、どうすればこれを買える暇が生まれるのか。
「……サボりですか」
「真面目に行ってますぅー」
心外だとばかりに肩を竦める柊。
いや、真面目に授業を受けて売店でこれを買って、何故私より早く着くんだ。
私の疑問の混じる視線に気付いているだろうに、柊はそれをスルーしてサンドイッチの袋を開いた。
私も諦めて袋の中身に視線を向ける。
「……気持ち悪っ」
「一言目がそれかよ」
だって本当に気持ちが悪い。
気持ちが悪い程好みぴったりだ。
ここまで来ると怖い。
「本当にストーカー?」
「気に入ったんなら素直にそう言えよ。可愛くない奴だな」
「可愛くないので付きまとうのはやめてください」
「ガチの拒否入った……」
がっくりと肩を落とす柊。こいつ意外と弱いな。
「……いやさ、実はそれ買ったの俺じゃないんだよ」
「犯罪者はみんな言う。俺じゃないんだって」
「倒置法使ってまで強調すんなよ。本当に俺じゃないんだって。
まぁお前の好みわりと偏ってるから見てればすぐわかるけどさ」
やっぱりストーカーじゃないか。
……なんて冗談は置いといて。
「じゃあ誰が買ったの?てか貰い物をお詫びにしようとしたの?君の謝罪の気持ちはそんなに軽いの?私の出席返せ?」
「……楽しい?」
「楽しい」
「ドSめ……」
はぁ、とため息をつく柊。
個人的には柊もどちらかと言えばSよりだと思うけど。
イケメンをからかうのってどうしてこんなに楽しいのだろう。
「うーん、誰って…………小弥のファン?」
「you?」
「のーあいむのっと」
私のファンとか。
自称なら目の前に居るけれど、そんなもの存在するとは思えない。
存在してたら私はハブられてないわけだし。
「ちょうど買いに行く途中に会ってさ、渡してくれって言うもんだからお金だけ払って受け取ってきた。だからどっちかと言えばあいつがストーカー?」
「居る前提で話すのやめてくれない」
「だって居るんだもんよさー」
謎の口調で口を尖らせて言う柊。
私は改めて袋の中身を確認した。
梅干しのおにぎり。飲み物はミルクティー。おまけにぬれせんべい。完璧すぎる。ちなみにメロンパンとコーヒーの黄金コンビはその気になるとずっとそれで済ませてしまうため、偏りすぎだと注意されてからは週に一度と決めている。
「……もしかして毒とか入ってないよね」
「何でさ、ファンだって言ってんじゃん」
「いや、だって……人に恨まれこそすれ、好かれる資格なんて……」
あれ。
私は何を言っているのだろう。
資格?私には、どうして好かれる資格が無いんだっけ。
嫌だな、忘れっぽいのもここまで来たら病気だ。
「小弥」
顔を上げる。
柊が、こちらを見ている。
嫌だな。見ないで欲しい。私なんか。
「小弥、好きだ」
「何言ってんの」
「好きだって言ってる。好かれるのに資格も試験もいらない。というかお前の許可すらいらないから。俺がお前を好きな事は俺の勝手だろ」
何だその台詞は。俺様か。冗談か。
「冗談じゃないからな、冗談で流すなよ。しっかり覚えとけ」
ああもう何だ。意味がわからない。
―――
家のドアに手を掛けても、私の頭の中は未だ昼休みの事で一杯だった。
「ただいまぁ……」
「おかえり」
お婆ちゃんの声が返ってくる。
パートから帰って来ていたようだ。
両親はいつもいつも仕事で遅い。
だからこの家は実質私とお婆ちゃんの二人暮らしだ。
そんな事はどうでもいい。今考えるべきは柊だ。いや違う。柊なんてどうでもいい。どうせ嘘だ。嘘だろう。嘘だと思う、多分。
だって、好かれる要素がどこにもない。
おかしいじゃないか、だってクラスも違う。私が超絶美少女なわけでもない。話した事すら。私は私が大事だ。だから騙されたくないし、いじめられたくもない。
でも、柊に嫌な思いをして欲しくないと思う程度には彼に好感を持っている。だから、誘われて無下にできない。いや違う。私、私は……。
「どうした、小弥」
呼ばれて顔をあげると、皺くちゃの顔が覗き込んでいる。
お婆ちゃん、ちょっと見ない間に急に老けたなぁ。こんなに皺だらけだったっけ。
「な、何でもない」
何だか居心地が悪くなって目を逸らす。
お婆ちゃんは私をじいっと見て、一言。
「男か」
「っ!?」
私は首がもげそうな勢いでお婆ちゃんに顔を戻した。
お婆ちゃんはにやにや笑っている。
「図星だろ。美男子か?」
「ち、ちがっ」
「小弥は面食いだからなぁ」
「だ、だから違うって!」
否定するが、お婆ちゃんは一向に信じてくれない。確かに事実ではあるけれど。
「小弥が選んだ男なら、ばあちゃんは歓迎するぞ?そうだ、今度呼んでこい。もてなしてやる」
「ちょっと!まだそんな関係じゃないし、会ったばっかだし!」
「なんだ、一目惚れか?」
「ちが、告白され…………って違う!違うから!」
お婆ちゃんの巧みな誘導尋問により、結局言わされてしまった。く、勝てない。
「でも、いい男なんだろ?小弥がそこまで気にするなんてな」
「いい……人だとは思うけどさ……なんか、信用出来ないっていうか」
「ふぅん?小弥の信用は勝ち取れて無いってわけか。情けない奴だなぁ」
「いや、情けないってわけじゃ無いと思うけど。どちらかと言うと自信満々って感じ」
へぇ、と楽しそうに笑うお婆ちゃん。
他人事だと思って、楽しそうに柊の事を聞かれる。
私は私で柊の事を愚痴りまくった。個人情報は流出するもの。それが社会の性だ。悪く思うなよ柊。
家の中はいつも静かだ。お婆ちゃんはあまりテレビが好きでは無いらしく、点けようとしない。私は私で凄く観たいわけでも無いので、テレビはすっかり置物と化している。
その代わり私とお婆ちゃんの仲は良い。だから家は笑顔で溢れている。
優しい両親の事は大好きだし、少し寂しくもあるけれど、お婆ちゃんが居てくれるから私は笑顔で両親の帰りを待って居られる。
大好きな大好きな、家族。
私は本当に恵まれていると、心から思う。
柊の家族は、どんな人かな。
もっと知りたい。頭を掠めるそんな想いを、私は首を振って振り払った。