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腹立つイケメンが口説いて来る

 




 校舎の片隅で、男女が言い争う声。


「あんた。……いいかげんこんな事やめなさいよ」


「……お前に言われたくねぇよ」


 気の強そうな女の声に、男は気怠げに眉をしかめる。


「こんな馬鹿な事いつまでも繰り返して、可哀想だと思う心はないの?」


 女の発言に、面倒そうに目を逸らしていた男がぴたりと動きを止めた。


「だから、お前に口出す権利ねぇっつってんの」


 今度はハッキリと女を拒絶する。

 その瞳は鋭く、いつもの冗談めいた笑みは欠片も見えない。


 女はその長い黒髪をびくりと揺らし、固まった後にゆるゆると力なく目線を下げた。


「私は、……あんたの心配だってしてんのよ、柊」


 女は辛そうに俯きながら、声を絞り出した。


「……そんなの、俺だってしてる。次いでにお前の事もな。そんなに可哀想だと思うなら、くだらねぇことやってないであいつの側にでも居てやれば?」


「……私は、本当は、あの子の事なんて、どうでもいいのよ」


 顔を上げた女の瞳には、縋るような色が映る。常の意志の強そうな瞳は、今は曇ってぼやけていた。


「……馬鹿だなぁ、お前も」


 柊はそう言って苦く笑い、女の頰を伝う涙を拭った。


 ―――



 ……またか。


 私はため息をつく。

 今更傷つく事もなく、むしろよく飽きないなと半ば呆れていた。



 机の上には濡れた雑巾。

 今は掃除の時間ではないし、そもそも授業が始まっても居ない。

 明らかに嫌がらせだ。


「うわ、びっしゃり。……てか中途半端だなあ、どうせならもっとこう、牛乳とかに浸すくらいすりゃいいのに。この雑巾なんか新品だし。やる気あんのか」


 嫌がらせのなってなさにぶつぶつと文句を言いながら、とりあえず流し台へ向かおうと廊下へ出る。最近独り言が増えた自覚はあるが口が勝手に動いてしまうのだから仕方ない。


 随分図太い対応をしているという自覚はある。確か最初の頃はもっと傷ついていた気がする。一年程しか経っていないのに記憶が遠いなんて、流石に自分に呆れる。

 物忘れの激しさは時に役に立つのだ。お陰で今じゃむしろ何も無いと物足りない気持ちになってくる始末。


 そもそもが、嫌がらせがどこか手抜きでズレているのも問題だと思う。

 これをした張本人を頭に浮かべ、またため息。


 影から私を凄い形相で睨んでいたかと思えば、私と目が合うと唇を噛み締め逃げる。

 友達と笑っていれば突き飛ばされ、一人で歩いていれば足を出され、躓かされる。

 机だけでなく持ち物全てに地味な嫌がらせをして来る。

 そんな彼女の影響力は絶大で、今や私の女友達はゼロである。


 だけど私は知っている。


 黒板に残った汚れ、床の角に積もった埃。それらを片付けているのは彼女だ。

 ぎゅっと吊り上がった眼をクラスに行きわたらせ、気分の悪い子をいち早く見つけて保健室へ連れて行くのも彼女だ。

 私が彼女からの嫌がらせに人知れず涙をこぼした時、一瞬辛そうな顔をしたのも、影から見ていた彼女だ。


 美人だが目付きが悪く、むすりとしている彼女が、実は優しい人だと知っている。


 そんな彼女にこんなことをやらせてしまう程嫌われている私は、一体彼女に何をしてしまったのだろう。


 思い至れない自分が悔しい。そして、恥ずかしい。

 彼女とは仲良くなれそうな気がするのに。

 加害者というものはいつだって無自覚で、簡単に被害者の皮を被るものだ。

 今の私はれっきとした被害者だが、元を辿れば彼女を傷つけた加害者でもある。それを自覚しなければ、この負の連鎖は何処までも数珠繋ぎに連なっていくのだろう。


 ぎゅうっと固く絞った雑巾から、水が滴って、排水口へと流れていった。


「何してんの?」


 ひょいと後ろから顔を出したのは、私に告白なんて奇異な事を仕出かした柊隼軌。

 相変わらずお綺麗なご尊顔で腹が立つ。


「いやぁ、選ばれし顔って感じ?」


「うわ、腹立つ。……ん!?何故私の心の声に返事してるんだ!?」


 おちゃらけた返事をかます柊に純粋に苛ついたが、よく考えればおかしい事に気が付く。今の心の声は口に出していないはずだ。


「小弥の事なら何でもわかるぜ?」

 ふっとキメ顔でおっしゃる柊。


「うわキモ」


「ひでぇ!?」


 一刀両断したら、流石の柊にも刺さったようで、大袈裟にふざけた声で抗議しながらもちょっと涙目になっていた。


「はいはい、ごめんなさい、イケメンさんだからキモさは緩和されてるよー」


 流石に冷た過ぎたかとフォローを入れると、柊は「緩和かよ……」と言いながらがっくりと肩を落とした。


「何でもわかるってさぁ。そんなストーカーみたいな事言われても」

 気安く話せるから忘れがちだが、私達に歴史があるとすれば実質2日未満である。しかも友達もどきという関係性だ。

 ストーカーは冗談とはいえ、さっきの事もあり、柊エスパー説を思い浮かべてしまう。


 柊が黙ってしまったので、今度こそ言い過ぎたかと振り返る。


「ストーカーかぁ……まぁ、かもな。そんなようなもんかも」

 真面目な顔で幾度か頷きながら納得するものだから、何だか力が抜けてしまう。


「はぁ……全く、肯定してどうするよ……てかあんたこそ、朝から何してるわけ?」


 何となくだけど朝が弱いイメージがある。

 早朝と柊。合わない。


「んー?小弥に会いに」


「チャラい……」


 イケメンなら何言っても許されるとでも思ってるのか。


「顔赤いけど」


「イケメン効果腹立つ」


 ふふんと余裕の薄笑いで指摘して来やがる柊。ん、なんか駄洒落になった。


「あー、これだからイケメンはいけ好かないんだ。調子に乗りやがって」

 ぶつぶつと文句を垂れる私に、柊は変わらずつくつくと笑う。


(ここは笑うところじゃない気がすんだけど……なんでこいつ、私みたいなのに構うのか)


 普通に考えれば告白して来たわけだから好意を持たれてると考えて良いだろうけども。どうにも信用ならないというか、引っかかるというか……。


 拭い去れない違和感に首を傾げる。

 そんな私を眺める柊は、笑みを口元に残しながらもどこか読めない瞳をしていた。


「あぁ、そういえば。メロンパンとコーヒーありがとう」


「あー、でもさ、どうせ授業遅れたんだろ?楽しくてつい喋りすぎた俺のせいだし。むしろごめん」


「メロンパンとコーヒーの黄金比さえあれば何もいらない」


 拳を握りしめ、つい熱の入った発言をしてしまう。甘い、苦い、サクサクふわふわ、芳ばしい香り。食欲センサーを絶妙に刺激する二つだ。授業が彼らに負けても仕方ない。


 再び柊が吹き出した。

「あはは、好きだなその二つ。……でもさ、やっぱり授業遅れさせたのは悪かったよ。何かお詫びさせて」


「お詫び?」


「うん」

 そう言う柊はいつの間にか真剣な顔になっている。


(なんていうか……いつも切り替えが突然だからドキッとする。ときめき的な意味でなく。驚くって意味で)


 心の中で言い訳じみたことを呟きながら、私は少し彼から目を逸らす。


「いや……別に、一回くらい……私真面目だから信用あるし。そんなに怒られなかったし」


「普段から真面目だからこそ、そんな奴に遅れさせたってのは責任重大だろ。あんま重たいと嫌だって言うなら……今日の昼飯奢る、とか?」


「うーん……まぁ、それなら……」

 私は食が細いので、それほど彼の負担にもならないだろう。

 私の言葉に、柊は真剣な表情をふっと緩めて、ほっとしたように笑んだ。


「じゃあ、また昼休みな」


 そう言って踵を返す。

 足取り軽く、鼻歌交じりに遠ざかる背中を見て、私は気づいた。


(約束を取り付けられてしまった……早まったか?)


 万が一他の女子に見られでもすれば、どうなることか。

 身を震わせながらも、彼と話せる事を楽しみに思い始めている自分に気付かないふりをした。




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