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テンプレートな輪っか

 



「貴女たち!いい加減に……っ、」


 ばん、と音がして、体育倉庫が開いた。

 私と柊を見て少し表情を緩めたあの子は、すぐに眉をひそめてしまう。

 勿体ない。無意識に浮かんだ言葉を、もう不思議には思わない。


「……貴方たち、こんなところで何をしてるのかしら?さっさと離れ……」


 腕を組んでつかつかと近寄るあの子の後ろに、何故か䒳原の姿も見える。

 そんなあの子の前に、俯いた柊がゆらりと立った。


「……何?」


「ひ……ぐれ、が……」


 その声は震えている。こちらからは後ろ姿しか見えないけれど、普段ならしない表情をしていることは、あの子の目がみるみる見開いていく様子で分かった。


「日暮が……っ、」


 言葉に詰まる様子を見ていたあの子が、ばっとこちらを見る。


 私は、彼女にそっと微笑んだ。

 きっと引き攣った醜い笑顔だろう。


「……千才」


 やっと、呼べた。


 ずっと呼べなかったその名前。

 何度も何故かそう呼んでしまいそうで、堪えていた名前。


 びくり、と彼女が一歩、後ずさる。


「……さ、や……」


 震える声は、どこまでも耳に心地良い。

 美人は声まで綺麗だ。


 私はもう一度呼ぼうとして……くしゃりと、顔を歪ませてしまった。


 震える唇から、言葉が出ない。


「……っ、ぅ、……とせ……ひぃ、ぁぎ……っ…………ごめん……っ」



 もう、限界だった。




 溢れるほどの記憶の海に呑み込まれる。


 千才の瞳のきらめき、柊の曲げた口元、漫才みたいな弾む会話、三人で過ごした日常。


 全てがあまりに幸せ過ぎる想い出で、おかしくなりそうだ。


 だって幸せなんて知らないと思っていた。

 私の人生は辛いことだけでできていると。なんの起伏も色も無い世界に生きていると。

 自分で忘れたくせに、そう信じ込んでいたから、自分の中にこれほど眩しいものがあったなんて知らなかった。

 突然降ってきた予想外な真実に、感情が追いつかない。


 お婆ちゃんやお父さん、お母さんと過ごした暖かい日々だけを支えにしていた。

 それなのに、それと同じくらい暖かい日々は、ずっと側にあった。


 知らない。こんなの知らない。


 知りたくなかった。でも、ずっと、知りたかった。



「ごめん……ごめんなさいっ……ごめん……ほんとにっ……わたし、ごめん……!」


 頭の中は全く整頓されていないけれど、ただこれだけは考えるよりも先に口から出た。


「そんなのっ……!」


 千才が声を上げる。


「そんなの……私の方が…………私の方がずっと……!」


 千才が両手で顔を覆って、首を振る。


「ごめんなさい……ごめんなさい…………っ、もう、…………ごめ、……ぅ、わたしが、わるいの……!」


 自分を責める千才。

 私も必死に首を振った。

 だって、千才が謝る必要なんかない。

 私が、私が忘れたりなんかしなければ、千才が悪者になることなんかなかった。


「日暮……」


 柊。

 柊のことは何度も忘れた。何度も思い出させてくれたのに、私は柊を選べなかった。怖かった。本当は、何よりも、嫌われることが怖かった。


「ごめんなさ……」


 柊が、辛そうに顔を歪めた。


 ああどうしよう、柊が苦しそうにしている。私が謝るたびに、悲しそうになる。

 でも、どうしよう。止められない。止まらない。


 感情が、滝のように口から流れ落ちる。




「……あのさ」



 そこで、やけに冷めた声が割り入った。

 私たちはぽかんとそちらを見る。


 呆れた顔の䒳原が、私たちを見ていた。


「事情は知らないが、『私なんか』で、解決するのか?」


 ぱちり、と瞬き。


「……本当にそれが本音?謝るだけで、お互いの気持ちは済むのかよ」


 䒳原は、ゆっくりとマットの上に胡座をかいた。


「……喧嘩しとけよ。大事な友達なんだろ」




 かちり、と、突然その場の空気が切り替わったのを感じた。





「……っ、日暮……こんの……っ、馬鹿!」


 はじめに怒鳴ったのは柊だった。すぱぁん!と私の頭がはたかれる。


「……なにすんの!脳細胞死んだらどうしてくれんのさ!」


 私はかっとなって立ち上がる。

 千才が柊にいきなり掴みかかった。


「そうよ!小弥がこれよりお馬鹿になったらどうするの!それよりあんた、さんざ人を振り回して!あんたのせいでどれだけ小弥が倒れたと思ってんの!言っとくけど、あの子たちに目をつけられたのもあんたのせいだからね!」

「これよりお馬鹿……?」


 私の疑問をスルーして、柊は千才を睨み返す。


「言わせてもらうがそう言うお前が一番日暮に嫌がらせし続けてただろ!ねちねちねちねちとやり方が陰湿なんだよ!しかもなんか内容がズレてるし!微妙に反応しづらい嫌がらせすんじゃねぇ!靴箱の上履き左右入れ替えるとか細か過ぎて伝わらねぇんだよ!」

「え、うそ、普通に自分で入れ間違えたのかと思ってた」

「ほら!」

「うぐぅ……」

 千才が呻く。


「それと、日暮に別の友達が出来かけた途端嫉妬丸出しにすんじゃねぇよ!そのせいで余計に日暮の立場が悪くなったじゃねぇか!」

「はっ!それこそこっちの台詞だわ!小弥に声をかけようとする男子をことごとく邪魔していたくせに!お陰で小弥は彼氏一人出来ない寂しい生活を味わったのよ!」

「俺がいるだろ!」

「忘れられてるくせに!」

「私の孤独な高校生活の真実がここで分かってしまった……」


 私が呟くと、お互いを罵り合っていた二人がばっとこちらを向いた。


「……自分だけ関係ないみたいな顔してんな、日暮?」

「分かっていないようだけど、私たちが一番怒っているのは貴女なのよ?」

「あー……あはは」


 から笑いをすると、二人の目がカッと見開く。


「てめぇ付き合った途端人のこと忘れてんじゃねぇよこの大馬鹿!」

「好意全開で寄ってきたくせに急に切り捨てるんじゃないわよ薄情者!」


「……いや、べつに馬鹿では……」


「いーや、馬鹿だね」


 声を揃えて言われ、私も少しむっとして言い返す。


「……てかさー、柊なんなの学校での様子は。あんなに人当たり良くなかったじゃん。しかも私が何も知らないのを良いことにがんがんキスしてくるし。なんなの?チャラ男なの?」

「チャラ……」

「千才の嫌がらせは天然混じってるし。悪者になりきる気ないでしょ。無駄に美人だし、変に親切だし、私の靴箱で草育てるし。そんなんで憎めると思うの?可愛すぎなの?」

「かっ……け、貶すか褒めるか絞りなさいよ!」

「おい、勝手に口説くな」


 今まで静観していた䒳原が口を挟んできた。はいはいあなたの千才ちゃんですもんねー。


 すると、チャラ男扱いにショックを受けていた柊が䒳原に八つ当たりを始めた。


「てかなんでお前いるの?関係ないだろ。勝手に小弥と放課後二人きりでいちゃいちゃしやがってさあ」

「は……?いちゃいちゃ……?」

「言いがかりだ」


 柊の言葉に反応した千才の声が低い。お?これはもしかして脈アリ?

 䒳原はむっと口を曲げている。


「お前らが解決しないと俺が困る」

「はあ?困るって何がだよ」

「そうよなんなのよハッキリしなさいよいちゃいちゃってなにいつも不機嫌そうな顔して何考えてるのかわかんないのよ」

「ちょ、千才目が怖いよ息継ぎして……」



 その後、䒳原も巻き込んで、私たちは理不尽で自分勝手な言い合いを続けた。

 負い目も申し訳なさも全て無視した喧嘩は、最後には全員の笑い声に変わったのだった。







「はー……幸せ、だなあ」


 一通り、感情の全てを吐き出しあった後の沈黙。


 ぽつり、と零した言葉に、柊と千才が泣きそうな顔で私を見た。


「……それで良いんだ、小弥。幸せになってくれ」

「あんたが幸せじゃないと、私たちも幸せになれない。責任とりなさいよ」

「……ふふ」


 私は微かに笑った。

 視線をずらすと、䒳原が何も言わず私を見ていた。

 そうだね。私が駄目だと、幸せになれない人が沢山いるね。


 ああ、それこそが、幸せなのかもしれない。


 テンプレートになってしまった展開を、何度も何度もなぞって、飽きずに輪っかにして繋げてくれた。

 柊も、千才も、その輪を切ろうともしなかった。


 それは、嬉しくて、申し訳なくて、苦しくて、とてもとても、幸せなことだ。


「お父さんとお母さんにも、おんなじこと言われちゃった」



『どうか、幸せになって』



 答えははじめから見えていたはずだ。自分のことで頭がいっぱいになって、ただ逃げていただけ。



「……もう、私は、忘れたくないなぁ」



「日暮……?……っ、小弥!おい小弥!」

「小弥ぁ!だめ、だめよ!まだ、まだだめ!嫌!もっと話を……!」

「っ、誰か呼んでくる!」


 脳がぐんと重くなる。きっと大きな負担がかかっているんだろう。頭が痛い。

 全てを思い出したすぐ後に来る、強制終了の合図。


 忘れたくない。忘れたくないよ。


 悲痛な二人の声を聞きながら、私の意識は再び闇に落ちた。





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