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輪っかの結び目

 


 小弥を幸せにする。

 そう決めたはいいが、何をすべきか思いつかず、頭を抱える毎日。

 四宮と目が合うたびに鼻で笑われるのも、無性に腹が立つ。

 そんなあいつの嫌がらせは、どこかズレているのだが、指摘してやる奴はいないのだろうか。


 小弥を観察していて、気づいたことがある。

 小弥は一部の女子に煙たがられている。よくよく聞けば、その原因は俺たちらしい。

 曰く、「平凡なくせに図々しく四宮さんや柊くんにまとわりついて、うっとおしい」だとか。

 余計なお世話だし、なんの関わりもない第三者にそう言われる方が余程うっとおしい。

 そう思ったが、小弥を見習って円滑な人間関係を築こうとしている今、どう言っても角が立つ話を上手いこと言う能力もない俺にはどうすることも出来ない。

 いっそまた孤立しても良いかと思ったが、小弥が記憶を取り戻したとして、顔向けできない状態でいるのはやはり嫌だと思う。

 ただ、今はそこまで俺と関わりがないのと、四宮が小弥に嫌がらせを始めたことで多少不満が収まっているらしい。

 それでも、俺と仲違いした風なのも「散々つきまとった挙句柊くんを無視するなんて」と言われていた。どっちにしろ気に食わないのは変わらないようだ。

 なら、今度は反対に、引くほど構ってやろう。

 外野の声のうるささに苛つきつつ、そう決めた。


 八千代さんが勤めているスーパーに、時々通っている。

 八千代さんは俺の気持ちに気付いているらしく、にやにやとからかうような目で見てくる。


「そんなに小弥が好きかい。愛だねぇ」


 その言い草がどこか小弥の台詞と被って、苦笑が漏れる。


「……八千代さん。俺は、小弥の気持ちを無視したことをしようとしています」


 俺の言葉を、黙って聞く八千代さん。


「でも、俺は彼女を幸せにしたい。……勝手なことはわかっています。あなたのお子さんでもある、小弥のご両親を忘れさせようとするようで、失礼であることも。……けど、悲しみは」


 俺は一つ息を吸った。


「悲しみは、忘れても良いんじゃないかと思うんです。小弥は、むしろ、ご両親や、八千代さんや、……俺たちとの、楽しい思い出を覚えていて欲しい。そのためには、悲しみなんて、忘れても良いんじゃないかと思うんです。……すみません。わがままなことは分かっています。でも、俺は、諦められない……どうか、どうか、俺にそれを許してくれませんか」


 顔を上げると、八千代さんの真剣な目とぶつかる。


 ぐ、と。

 少しでも想いが伝わるように、その瞳から目を逸らさずにいる。


 不意に、笑い声が響いた。

 呆気にとられる俺を置いて、八千代さんの笑い声は続く。

 やがて、落ち着いたのか、笑い声が収まった。


「……くっくく……はぁー。……ほんと」


 八千代さんは、優しい目で俺を見た。


「馬鹿な子だねぇ……あの子は」


 その、皺の寄った手が、そっと俺の頬に触れた。


「……こんな熱烈なプロポーズをするような男を忘れるなんてさ」

「!」


 かっ、と顔が熱くなる。

 確かに、幸せにすることを許してくれだなんて、プロポーズととられてもおかしくない。


 目を泳がせる俺に、八千代さんが面白そうに眉を上げる。


「……おや?違ったかい?」

「い、や、それはその……本人の同意がないことには……」

「小弥の気持ちを無視したことをするんじゃなかったのかい」

「さ、流石にそれは……!」

 

 いくらなんでも。犯罪に近いんじゃないのか。

 慌てる俺を、くっくと笑う八千代さん。

 小弥の若干Sなところはこの人譲りなのかもしれない。

 少し恨めしげに見ると、八千代さんは優しく笑った。


「……良いよ。好きなようになさい。お前たちがお前たちの一番良いと思う方法で行動なさい。何度失敗しても良いさ。それが小弥を心から想ってのことなら、この婆は反対したりせんよ」


 それは、確かに四宮の行動も含んだ言葉で。


 どこまで知っているんだと思いつつも、何故か、無性に泣きたくなった。


―――


 1回目の小弥は、人懐こかった。

 突然の告白に驚きつつ、友達からならと頷いてくれた。

 ぎり、と唇を噛みしめる四宮にドヤ顔を向けながら、また側にいられることに歓喜した。

 けれど、小弥を良く思っていない女子たちがとことんまで邪魔をした。小弥に有る事無い事吹き込んで、小弥を追い詰めた。

 耐えきれなかった俺は、彼女たちに小弥の記憶喪失のことを話した。

 全く信じる気配のない彼女たちは、最早話が通じる人間ではないことを察した。それ以降はずっと、彼女たちと小弥を近づけないようにした。

 それでも彼女の自信のなさは膨らみ、俺とキスをした後、突然倒れた。


 彼女が幸せを感じる瞬間、その記憶にブレーキがかかり始めるスイッチが、俺とのキスだったと、そこで初めて気づいた。初めて記憶を失った時もそうだったからだ。

 幸せを感じてくれていることに喜び、記憶が無くなることに怯えた。混乱して、自分でも何がしたいのか、何を感じているのかよく分からなくなった。

 分からないながらももう一つ気づいた。

 彼女に自信がつけば、何かが変わるはず、と。


 彼女は記憶を失うたび、自信のなさが大きくなっているのを感じた。いや、むしろ、奥に隠していた自信のなさが、どんどん前面に出てきている。

 俺が彼女に対して暴言を言うことは少なくなった。反対に、彼女の刺々しい反応が増え、なんだか立場が逆転したようだった。俺はいつかの彼女のように、飄々と振る舞った。


 俺は悲しかったと同時に、確かに嬉しかった。


 何度繰り返しても、彼女は必ず俺を好きになってくれる。

 そのことに気づいた時の昏い喜びが、俺にこれを繰り返させた。


 彼女が俺を好きになるまでの時間が、だんだん短くなっている。

 ところどころで、俺のことを知っているような無意識の発言が増えた。

 キスをしてから記憶を失うまでの時間が、徐々に伸びている。


 何度も何度も繰り返して、俺は兆しを見た。

 小弥と、ずっと、何にも怯えずに一緒にいられる日が、きっと近い。


「ちょっと」

「何?」


 四宮に呼び出され、俺は首をかしげる。


「あんたね、こんなことを何回も何回も繰り返して……!小弥が壊れたら、どうすんのよ!」

「お前に言われたくない」


 相変わらず、小弥に嫌がらせを続けている四宮。いくら結果的に女子たちの不満から守ることに繋がっているからといって、小弥の傷ついたような顔を、知らないわけではないだろう。


「……あの子たちが、抑えきれなくなってるのよ。記憶喪失も狂言だと思ってて、あんたがそれに振り回されてるように見えるみたい」


「……」


 価値観は人それぞれというが、ここまで人の話を理解しない人間は、どう対処すれば良いのだろう。

 一番は、小弥が記憶を失わなくなること。そうすれば、今までよりはずっと守りやすい。

 二番目はどうにか説得することだが、考えただけで骨折り損のくたびれもうけの予感がふつふつとする。

 三番目は、自分としてはこれが一番良いのだが、もう手っ取り早く脅して二度と関わるなと言う。けれどこれをして小弥に見損なわれたら元も子もない。


 どうしたら、全く関係のないことにあそこまで熱くなれるのか。さっぱりわからない。



―――


 今回は上手くいっていた。

 今までよりずっと小弥の笑顔が増えていた。䒳原とかいう予想外の邪魔者が入ったが、小弥はどうとも思っていないらしかった。


 だが、途中で例の連中の一人が小弥と接触したと聞いて、少し不安もあった。

 焦って気持ちを聞くより前にキスをしてしまったが、彼女は倒れなかった。

 今回の彼女はいつもより不安定で、それは、彼女が変わっていっている証拠のように思えた。不安と期待が半々ずつ。けれど期待の方が少し優っていた。


 だから、少し油断しすぎていたのかもしれない。


「小弥!」


 体育倉庫に飛び入る。

 醜悪な顔で小弥を囲む女子たちを押しのける。

 ひとりが、小弥の髪を掴んでいた。


 もう、取り繕う余裕などなかった。


 その胸ぐらを掴み、吊り上げる。


「ひっ……」

「ざけんな……人のこと心配する前に、テメェの汚ねぇ性根から叩き直せよ」


 低い声で脅すと、青い顔でがたがた震え始める。


「出てけ。5秒以内に。……じゃないと女でも手が出るかもな。……いーち、にーい」


 カウントすると、蜘蛛の子を散らすように彼女たちは出て行った。初めからこうすれば良かった。


 座り込む少女に目を移す。


「……小弥?」


「ひ、いらぎ……」


 弱々しく目を上げる小弥。


「……ごめん、なさい……」



 それは、この間と同じ謝罪。

 しかし、その目にはこの間より明確な意思があるように感じた。


「小弥?」


 そっと手を伸ばすと、びく、とその肩が揺れる。構わずその肩に手を回した。


「何があった?……あいつらに何された」

 俺が声を低めると、小弥が首を振る。


「ち、がうの。あの子たちのことじゃなくて……わたし」



 その言葉に、察する。

 信じられない思いで小弥を見る。



「思い……出したのか?」


「……うん」



 うんと、頷いた。

 確かに。彼女は。小弥は。 日暮は。



「……ひぐ、れ」


 そっと呼ぶと、


「……小弥って、呼んで」




 震える声でそう言って、微笑んだ。



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