7:風邪を引いたら命にかかわるゾ
気がつけば夕方になっていた。
キャンプ用品を車のトランクルームにぶち込んで屋敷の納屋に保管していると、一人の侍が乗った馬が屋敷に入ってきた。
ちょっと急いでいたのか馬の呼吸がぜぇぜぇ鳴いている。
侍は馬から降りるとすぐに紫苑さんの元に掛けてきて大刀を外して右膝を地面について報告を行った。
「紫苑様!信忠様より手紙を預かりました!」
「…見せてください」
「はっ!こちらでございます!」
すぐに侍は頭を下げて紫苑さんに手紙を渡した。
手紙の内容に関しては僕は読めない。
すごい達筆な上に凄く古い漢字ばかり使用しているからね。
ドジョウみたいなにょろにょろとした字ばっかりなので全く読めなかった。
その代わりに紫苑さんが受け取った手紙の内容を黙読してから僕に内容を説明してくれた。
「…手紙に書いている文章を要約すると、佑志さんを家臣の皆に紹介したいのですぐ林城に来て欲しいとのことです」
「えっ?!他の家臣さんにも僕を紹介するのですか?」
「そうですねぇ…流石に佑志様は身長も大きいですし…見た目も服装も我々からしたら異人の格好です。もしこのまま他の家臣様達に知られていなかったとなっては、信忠様の名誉にも関わることでございます!」
紫苑さんとお雪ちゃんはこの時代の字が読めるので翻訳してもらった所、他の家臣達にも事情を説明したいのでお城に来てほしいとの事。
やっぱり行かないといけないよね。
戦国時代というよりも、昔の人は礼儀作法は勿論…こうした報告・連絡・相談をしっかりとしていないと打ち首だったもんな…。
信忠さんにしても、僕みたいなタイムスリップしてきた人間がどれだけ役立つかを知りたがっているみたいだし…即席でプレゼンをしなければならないかもしれない。
僕に何ができるか…。
一応僕はこれでも工業高校出身だから技術関連に関しては一通りの知識はある。
二級ボイラー技士、甲種危険物取扱者、アーク溶接、フォークリフト…。
履歴書があれば埋まる程度にはありますねぇ…。
色々わけあって進学したのは国立大学の商業系になっちゃったけど、FP2級を持っているので資産運用に関してはそれなりに助言はできるかもしれない。
…でもちょっと待って。
FPはともかく、ボイラーやアーク溶接やフォークリフトのない時代に工業系の知識はかなり初歩的なものしか役立たないだろう。
溶接技術はかなり重要かもしれないけど、僕はそこまで技術に優れているわけじゃない。
あれを扱うにも機材が必要だ。
この時代に溶接バーナーってまだないよね?
甲種危険物取扱者の資格は持っているが、そこまで沢山火薬なんかを扱う機会はないだろうし…。
鉄砲も伝来しているかもしれないが、まだそこまで数は多くないだろうから火薬の取り扱いに関する事へのアドバイス程度が関の山かもしれない。
あまり積極的にベラベラと話すことは避けた方がいいかも…。
というか、下手になろう系主人公のようにチート能力全開に能書きを語ってマウントを取るようなバカな真似だけは避けたい。
『そんなに技術力があるなら是非とも鉄砲作ってくれ!できなかったら打ち首な!』
なんて言われたら僕は生きていける自信がない。
攻城兵器ならいくつか案がないわけではないけど…。
この時代の技術力を持って何を作れるかと言われたら…。
うーん…そこもしっかりと考えないといけないな。
とりあえずプレゼンは簡単なものでいいかな。
「大丈夫ですよ佑志さん。家臣の方々は皆優しい人たちですよ。自己紹介さえしっかりと行えば問題はありません」
「ええ、その通りですわ佑志様!ご謙遜なさらずに堂々と名前を申し出ればあとは自然と上手くいきますよ!」
「そ、そうだね…が、頑張ります!」
プレゼンを頭の中で考えながら林城へと向かう。
この屋敷から林城までは山道を経由していくのでちょっと時間がかかる。
乗馬ができればいいんだけど…生憎そういった経験は皆無なので小走りで城まで向かうことになった。
何から何まで付き合ってもらってしまい、正直二人には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そんな雰囲気を察したのか紫苑さんが声をかけてくれた。
「…そういえば最初に会った時に私はタイムスリップしてきた佑志さんの事を刻流だと言いましたが…どうも私がこの時代にやってくる前にも刻流…タイムスリップしてきた人はいたみたいですよ…」
何という事だ。
実に興味深い。
話につい食いついてしまう。
「…そ、それは本当ですか?」
「はい、私が調べた限りでは元暦2年と応安6年に平安京で刻流と思われる女性がやってきた記録が残されていました。いずれも10代後半の女性だったらしく、その美しさ故に貴族が身分まで与えて求婚を迫ったと書いてありました。ですが…」
「ですが…?」
「二人とも疱瘡を患ってしまい、一年と経たずに亡くなったそうです」
「疱瘡?疱瘡って…どんな病気なんですか?」
「現代でいう所の天然痘という病気ですね…唯一世界で根絶に成功した病気と言われているものです。ですがまだこの時代を含めて天然痘は存在している病ですから…佑志さんも天然痘は勿論ですが風邪を罹らないように気をつけてください。抗生剤などが無い時代ですから風邪を引いたら命にかかわりますよ…」
…そうだ。
一番厄介な事を忘れていた。
この時代には抗生剤が無いからインフルエンザなんか引いたら重症化しやすいじゃないか。
風邪を引いて重症化するという事は、老人や免疫系の病気を患っている場合を除いて現代では殆ど無縁のパターンだけど…。
この時代には風邪を引いたら動かずにじっと病に耐えないといけないんだった。
うわぁ、風邪菌強し。
一応風邪薬は持ってきてはいるけど…大半が喉痛と咳、下痢止めの薬だ。
貴重な抗生剤だ…大事に使わねば。
「それでも今は漢方薬があります。ある程度の病であれば漢方を煎じて飲んで一週間寝ていれば大方は良くなりますよ!」
雪ちゃんのアドバイスがあってちょっとは希望が持てる。
すでに漢方薬の類は流通しているようだ。
漢方医学を始めとする東洋医学が全国で学ばれていたから風邪の症状緩和に関しては期待できるかもしれない。
風邪を引いた時には漢方薬を使わせてもらうことにしよう
ただし、肺炎や結核を拗らせたら治ることを祈るしかないけどね。
小走りで走ること15分。
山の上にドーンと置かれている4階建ての城はかなり目立つ。
特に盆地の方からみれば一瞬でここに城があるんだなと分かるぐらいに。
流石にアニメTシャツは目立ちすぎるという事で、まともなほうのTシャツを着て城に到着した。
「すごいお城ですね…こんな山の上にあるなんて…」
「基本的にお城は山の上に建設されることが多いです…地の利を生かした防衛戦を行うことに長けているので平地に建設されることは少ないです」
「あ、山にお城があるのがこの時代は普通だったんですねぇ…」
「山城とも呼ばれていますよ…ささっ、時間も差し迫っていることですし急ぎましょう」
門番がすぐに門を開けてくれて城に入ることが出来た。
さて…家臣の人たちにしっかりと良い印象を持てるようにしなければ…。
…腹の中が緊張でキリキリと痛みだす中で、僕は信濃小笠原家の家臣の人たちに会いうことになったのであった。
次回から信濃小笠原家の紹介と勢力図の紹介に入ります