4:アフター
口の中に広がってくる鮎の食感は最高だった。
あっさりしていて、噛めば噛むほど味が染み渡る。
そして最大の特徴といえばやっぱり「塩」の味かな…。
昔ながらの天日製塩法で作られているのか、塩の味もかなりいい感じだ。
今まで感じた塩よりもかなり味が違う。
どう違うのかって?
こう…コクが増していてミネラルがたっぷり入っているおかげか…。
とにかく一言で言えば奥深い感じの味なんだよ。
スパイスとしては最高だと思う。
自然の空気を味わいながらこうして天然ものの食事にありつこうものなら、令和時代であれば高級旅館などでしか味わえないだろう。
うーむ、しかしこの食レポではないが、どうやってこの素晴らしい鮎の食感というか信忠さんに気持ちを伝えればいいのか。
某グルメ漫画みたいにポエム風に語るのがいいのか…。
いや、流石にそれはふざけ過ぎだ。
普通に感じた感想を述べればいいな。
わざわざご馳走までしてもらったんだ。
僕は二人に鮎を食べた味の感想を述べた。
「こう…ぱさっとした食感が…美味しいですねぇ!!!今まで食べてきた焼き魚の中でも一番美味しいです!」
「そうじゃろ?そうじゃろ?!だけどもう少ししたら油が乗って更に美味いぞ!(※)葉月になればもっと美味い鮎を食べさせてやる!」
「まだ鮎はありますから、おかわりが欲しいようであれば申し出て下さい」
「ありがとうございます!!!」
それから僕は黙々と鮎を食べた。
とにかくお腹が空いていたんだ。
朝食兼昼食…といった所か。
いやぁ、本当に鮎が美味しい。
気がつけば3匹もぺろりと食べたので信忠さんが笑いながらこう言った。
「そんなにがっつかなくても焼かれた鮎は逃げはしないぞ、俺のようにゆっくりと味わって食べるのが鮎の食べ方ぞ」
「あら?信忠様もこの前鮎を食べた時は4匹もあっという間に平らげたではありませんか。こんなに美味しい鮎であれば食は進みますわ」
「ハハハハハ、紫苑に言われたらかなわんわ!!!紫苑も鮎をもっと食べても良いぞ」
「ではお言葉に甘えまして、追加で5匹貰いましょう」
「「5匹!?」」
紫苑さん。
ここで鮎を4匹追加した。
4匹という数字に僕と気前よく食べても良いと言った信忠さんと言葉が重なる。
鮎は結構大きい魚で30センチぐらいはある。
僕ですら3匹目でお腹が溜まってきたのに、その倍の量を食べるようだ。
「5匹は…流石にちと食べ過ぎではないか?」
「いえ、これから佑志さんが刻流として流れ着いた場所で色々と検証したいことがあります故、精をつけておこうと思っているのです。一刻ほど食休みをしてから佑志さんと一緒に行きますが、連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ、佑志の事は紫苑に任せよう…俺は一旦城に戻っておるからな。紫苑、佑志の事を任せるぞ」
「かしこまりました」
食事を済ませた信忠さんはこれから城のほうに向かうらしい。
城かぁ…。
どんなお城なのか気になる所だけど、まずはタイムスリップしてきた場所がどうなっているか確かめないといけない。
信忠さんを見送ってから、僕は紫苑さんにいつ行くのか尋ねた。
「紫苑さん。この後タイムスリップしてきた場所にいくみたいですけど…あとどのくらいしたら行く予定ですか?」
「一刻はだいたい30分ぐらいですからね。先程部下になるべく現場を踏み荒らさぬようにと伝言を伝えに行きましたので、丁度一刻経てば戻ってくる頃合いです。部下が帰り次第様子がどうなっているのか聞いてから行きましょう」
「分かりました」
鮎を食べて終えると、僕はキャンプをしていた場所がどうなっているのか少しずつ気になり始めてきた。
翌々考えたらこの時代の侍って普通に物色とかするよね…。
戦利品の略奪とかも日常茶飯事だったみたいだし。
というか、元々武士の大半は農民を徴兵していたようなものだから…。
『相手の所持品は俺の物!』
…というスタイルが普通だったような気がする。
というか足軽クラスの武士は戦に参加して勝った際には敵兵の捕虜や死体から武器や金になりそうなものを物色しても問題なかったはず。
ジュネーブ条約とかない時代だから基本的に敗北者は勝者によって裁定が決まる時代。
下手したら僕の車とかキャンプ用品とか荒らされそうだな…。
まだ土足でテントの中を歩きまわるぐらいなら洗えば済むけど、スマホや車を壊されたらどうしよう…。
うーん、考えたらどんどん胃が痛くなってきた。
キャンプ用品に関しては友人の所有物だし、車は親が大学の入学祝で買ってくれた車だ。
もし強引に開けようとして傷つけられていたら怖い。
「佑志さん。今部下が帰ってきました…。えっと…大丈夫ですか?」
僕の様子を見かねて紫苑さんが心配そうに尋ねてきた。
大丈夫じゃないです。
ハイ。
メンタル的な意味合いで。
心配事が重なるとお腹が痛くなるんです。
本当に…。
なので、僕は拘束されて連れ去られた際に残してきたキャンプ用品や車が無事かどうか尋ねた。
「すみません紫苑さん…。あの、キャンプ用品とか車は無事なのでしょうか?」
「ええ、今入ってきた報告では無事のようです。やはり見張りの兵が妖術を使っているかもしれないと思い、ずっと警戒していて手を付けていなかったそうです」
どうやら無事のようだ。
その一報を聞いてさっきまで腹の中をくすぶっていた痛みがスッと消えていく。
良かった…。
でも、現場がどうなっているのか確かめないといけない。
それに、できればこちらの屋敷のほうに置いておいたほうがいいだろう。
野ざらしにしておくのはいけないからね。
僕は紫苑さんと共にタイムスリップしてきた場所に戻ることになった。
(※)葉月は旧暦の八月…現在の8月後半から9月前半の時期を差す。