14:九矢式拡散投擲機
「思っていたよりも今川の勢いはこちらが予想していた以上に緊急を有する事態だろう…川に沿ってこちらにやってくれば諏訪氏は孤立する。そうなれば今川と武田が諏訪を掠め取り、我が信濃小笠原家は強力な軍勢を二つ同時に相手にせねばならない…上杉氏へ連絡の馬を走らせたが…もしかしたら近いうちに総攻撃があるやもしれん…」
信忠さんの表情は暗かった。
甲斐の虎として、あの魔王織田信長すら鮮麗された騎馬隊を駆使する軍勢に畏怖したとさえ言われている武田信玄だ。
特に、武田信玄は苛烈な攻撃をすることで有名であり、越後の龍としての異名を持つ上杉謙信と何度も対決した川中島の戦いは有名だろう。
なにかと戦国ゲームでは騎馬隊スキルMAXという優遇っぷりを発揮しているが、これは史実に基づいているとか…。
史実か…。
少なくとも、僕の知っている歴史とは異なっている状況なので外交関連は専門の人達に任せるしかない。
タイムスリップして3日後に知ったのだけど…。
僕の知っている歴史とは若干…いやかなり異なっているという事に気が付いたんだ。
なぜなら、この世界には織田信長がいないからだ。
もう一度繰り返す。
織田信長はこの世界には存在しない。
というか、織田信長は死亡していました。
しかも病死などではなく処刑されていました。
三年前に織田家は今川家によって滅ぼされており、尾張は今川が支配している。
ここだけでも違うのに、今川が尾張を占領した際に織田家の大半が処刑されており、処刑された者の中に信長の名前があったという。
これは紫苑さんが確認してくれた情報だ。
何かの間違いだと思ったが、信濃小笠原家で記録されていた近隣諸国の情勢を纏めた本に、天文23年7月11日に勝幡城が今川の猛攻を受けて落城、織田信秀や織田信長など織田家のうち反今川派であった13名が処刑され、現在尾張は今川に寝返った織田信勝が今川の傀儡となっているとか…。
つまり、僕の知っている歴史とはかなり異なってしまっているというわけだ。
よく異なる世界を持つ歴史…パラレルワールドというものがあるならば、今僕がいるこの世界は歴史上最重要人物が死亡したことにより、分岐してしまった世界だといえる。
今でいう所の愛知県の戦略拠点の大半が占領されている上に、史実よりも今川家の勢力が拡大している。
おまけに今川は武田と後北条家の三国で武蔵連合国という同盟関係を結んでいる。
単独ですらかなり強いのに、それ以上強くならなくていいから…。
評定は進んでおり、相手の戦力などを見極めて諏訪氏に援軍を送るかどうか話し合いが行われていた。
「木曽氏の家臣団も殆どが討たれたか捕縛されたようだ…諏訪氏に頼って天竜川経由で馬を駆けていたら既に和睦派の兵に取り囲まれていたらしい…和睦派の連中が先回りしていたのだろう。使者と岩姫様は部下たちの決死の突破を行い、その隙に脱出したそうだ…」
「なんと…では、すでに諏訪にも迫る勢い…ということですな」
「無論、諏訪氏は陣を張って和睦派を待ち構えておられる。何分急ぎ故に兵力は動かせる兵のみを向かわせているそうじゃ…およそ2千といったところか…今川は先発隊だけで数千…和睦派についた兵を含めれば一万以上にもなるやもしれん。そうなれば諏訪に攻め込まれれば、次はこちらにやってまいりますぞ」
「信忠様、では…諏訪氏に援軍を送りますか?」
信忠さんが今後の方針を決めるのだ。
戦国時代では大名に最終的な決定権がある。
ここで対武蔵連合国への牽制を行われなければ、すぐにせめてくるかもしれない。
しばし沈黙の後。
信忠さんは諏訪氏への援軍派兵を決定した。
「諏訪氏が落ちれば、今川の軍勢がこちらに来るのは火を見るよりも明らかだ。援軍として2千…送ることにしよう。忠助、援軍の指揮はお主に任せる」
「ははっ!!直ちに兵を纏めておきまする!!」
「それに、幸いにも佑志が開発している兵器も図面が殆ど出来上がったと紫苑から聞いている。佑志、今すぐにあの「かちゅうしゃ」なる兵器を作り上げることは可能か?」
あ、僕に話が振られましたね…。
火中車…。
現在図面は完全に出来上がっているので図面を見ながらやれば、素材さえあれば3日ぐらいで最初の一台は出来上がるでしょう。
それからさらに試験をしなければならないので、可能であれば1週間は欲しいのですが…。
どうやら、その余裕はないみたいだ。