第9章 ニックの正体?
日が昇り始めて、城下町を朝日が照らし始めていた。
すると、そんな城下町を小高い丘にて眺める男がいた。大きな馬に乗り、ボロボロの剣士の装備をしている。しかしながら、その逞しい体つきと鋭い目つきは、まさいく歴戦の戦士といったただ住まいであった。
「・・・・・・封印のツールは壊れたと見ていいだろう」
そうしてぼそりと呟いて、城の方を睨む男。
そんな彼の背後より、もうひとり息をきらした男がやってきた。
「・・・・はぁ、はぁ・・・さすがはビリオントルク・・・いや、そこまで真価を引き出す、あなたのほうが凄いのか・・・」兵士長は肩で息を切って男に尊敬の眼差しを送っていた。
「・・・あぁ、良い馬だ・・・それで、向こうはどうだった?」そんな兵士長に男が聞いた。
「はい・・・やはりあの遺跡の塔は完全に沈黙していました・・・あの激戦の余波では仕方ありません」
「・・・そうだろうな・・・しかしもったいない・・・貴重な古代ツールの遺跡だったのにな・・・まぁ、いい、それで軍の方は?」
「はっ・・・バドマ様・・・いえ、魔王様復活の報で魔族の連中もおのずとここに集まってくる手筈です」
「ふっ・・・そうか、そちらは任せよう」
言いながらに改めて城下町のほうを眺めるロザム姿の魔王。
「・・・あのペンダントの出所がこの地だとすれば・・・遺跡同等の技術が眠っていても可笑しくはない・・・」
そうして怪しく笑って、その手に禍禍しい剣を携えるのだった。
※
城の地下牢にて、イスピーとガックは未だにニックの救出を行えてはいなかった。
と、言うのも見張りの兵士が頑なに持ち場を離れずにしっかりと仕事をこなしているせいである。
「・・・うう・・・どーすんのよ・・・これ」
「ニックも堪えてるんだからさ、我慢してよイスピー」
小声で話す二人は見張りからは死角になる牢獄敷地の隅に縮こまっていた。
中でもイスピーは、どうにもこうにも我慢の限界であった。このままなんとか見張りを気絶でもさせて、さっさとニックを救い出した方が早いのではないかと、何度も意見を出すイスピーだったが、すぐにガックに「無理だって」と諭されて断念を繰り返していた。
「ほら、見張りが後ろ向いてるじゃない?背後から首元をチョップすればいけそうじゃない?」
「そういうのは武術の達人とかじゃないと無理だってば」
「い、意外と上手くいくかもしれないでしょ?」
「だから無理だって」
またしても諭されて肩を落とすイスピー。
と、そこへ。
壁を抜けてゴーストがやってきたのだった。
木の実の妖精のような身なりを揺らして主であるイスピーに何かを伝えるゴースト。
「・・・え?城の中が慌ただしい?姫様が兵士を集めてるって?姫?」
「なんて言ってるの?」問いかけるガック。
「ちょっと待って、どうもよくわからない部分があって・・・」
すると、今度は、見張りの方に動きがあって、そちらに意識が向いた。
「おい、招集だ!兵士は全員城門前に集合だ!姫様の命令だとよ!」
あらたにやってきた兵士が見張りの兵に伝言していたのだった。
「・・・姫様?誰のこと言ってるんだ?」
「マリー姫様だよ!目覚めたんだ!!」
「ほ、本当か!?」
「あぁ急げ!!」
そうすると見張りをしていた兵士は、やってきた兵士と共に新たな役目を得て共に駆け去っていくのであった。
「・・・・ぷは!!」
そんな二人がいなくなったのを確認して、イスピーは密着していたガックをひっぺがすと深呼吸と一緒にようやく解放された身体を大きく背伸びさせた。
「やっといなくなったわね!!」
「・・・今の話、本当かな?だとしたら・・・」
解放感と共に兵士の言葉に不安を覚える二人。
するとそこへニックの投獄されているツール式の檻がドガン!!と大きな音を立てたのだった。
「イスピー!ガック!今の話は本当か!?」続けて中からニックの声が轟いた。
「・・・わ、わかんないわよ!とりあえずガック!今のうちに檻を開けちゃって!」
「う、うん!わかってる!!」
言われてガックが檻に近寄ってツールの操作の続きを始めようとした。その時。
カツンと、それまでいた兵士の足音とは違う音が響いてイスピーとガックが思わず振り向いた。
「・・・む・・・?君たちは・・・?」足音の主が二人を見て何度か瞬いた。
「・・・ト!」「トワネット王!?」
反対にイスピーとガックは飛び上がるほど驚いて、思わず叫んでは指を差してしまった。
そこにいたのは紛れもなくこの城の主であり、国王であるトワネット王であった。そんな彼が、一振りの剣を携えて牢獄へとやってきたのだった。
「あ、あとちょっとだったのに・・・」ガックが手を止めてしまって呟く。
「き・・・きっと王様じきじきに処刑に来たのよ・・・あぁ、私たちニックもろとも処刑されるのよ・・・」
ヘナヘナとガックにもたれかかってイスピーは嘆きの声をあげた。
「・・・君たちはいったい・・・?」
「トワネット王!!」
するとそこへイスピーらに疑問だらけの王へと牢屋からニックが叫んだのだった。
「その二人を巻き込んだのは私だ!責任はすべて私にある!!あらゆる処分は私が受けよう!!」
ドゴン!と檻を叩いて訴えるニックの瞳が、檻を通してトワネット王をとらえた。
その言葉にイスピーらと檻の中のニックを何度か見やってトワネット王は、小さく「ふむ」と呟いてから口を開いた。
「そ、そうか・・・彼を城に入れたのは君たちということか・・・しかし、どこから・・・」
「あの外まで続いてる抜け穴みたいなところからで、古い倉庫みたいな・・・」
「イスピー!」ガックが言うなと言わばかりに怒鳴った。
「古い倉庫・・・?姉さまがよく遊びに使っていた部屋のことか・・・?・・・いや、しかし・・・だとしたら・・・」と、トワネットは何故だか考え込んだように顎に手をつくと、一度握っていた剣を眺めて大きく頷いた。
「やはりそうとしか考えられない」
そうして今一度牢屋の方を見やった。
「あなたはドラゴン族の剣士ニックと名乗ったが・・・本当は勇者ロザム様ではありませんか?」
「「え!?」」
突然の王の発言にイスピーとガックが声をそろえて驚いた。
「・・・・・・・・・・」
一方で檻の中のニックからは回答はなく、黙ったままであった。
※
「兵士はこれで全部!?」
マリーは、突然の招集だということも頭に入れて集まった兵士たちの数を確認していた。
だが、結果は圧倒的に少なかったのである。
おまけに誰もかれもまともな戦闘経験を持っていないようで、装備している剣や槍を振るっている者もいるがマリーが討伐隊で見てきた戦士らに比べれば雲泥の差に見えてしまう。
「魔王だけなら・・・しのげるかもしれないけど・・・魔物までとなると危険ね・・・」
眉を潜めて悩むマリー。
と、そんな彼女の脇で何かを話し合う兵士の声が聞こえて耳を傾けた。
「・・・はぁ、もしかしてまた大蜘蛛やデカイ蛇と戦うのか?」
「だとしたらどうするんだ?兵士長はいない・・・・」
「そういやトカゲ剣士はどうした?」
「ニックだっけか?」
「そいつ城に不法侵入で捕まってなかったか?」
そんな会話の中でマリーは気になる単語があって、頭の中でそれを拾い上げていた。
(・・・ニック?・・・それにトカゲ・・・で、剣士?・・・・・・)
更に眉を潜めて考え込むマリー。
「・・・きっと名前が同じだけよ・・・それにニッくんはドラゴン族だし・・・」
そう呟いてマリーは、集まった兵士らに注目するように手を掲げた。
「聞きなさい!つい先ほど、魔王バドマは蘇った!そしてこの国に迫りつつあります!やつがどういった手で攻めてくるかわかりません!だからこそ!この国を守るため、全身全霊で立ち向かうのです!」
姫の檄と同時に少人数の兵士たちは、それでも活気づいて一斉に唸りの呼応を発するのだった。
※
士気が高まるマリー姫側と打って変わって、地下牢では奇妙な雰囲気の空気が流れていた。
それもそのはず、何故だか牢獄にまでやってきたトワネット王がドラゴン剣士を勇者ロザムではないかと言い出したからである。
その発言にイスピーとガックは、顔を見あせて何度も瞬きをしてしまっていた。
「ニックが勇者ってどいうこと・・・?」イスピーが思わず呟いた。
「・・・で、でもさっきのニックの話だと、最後の戦いのとき魔王と勇者は体が入れ替わったんでしょ?・・・で、あの巫女の映像では・・・その魔王の身体に入ったはずの勇者様にとどめがさされてたから・・・」続けてガックが記憶を思い返して告げた。
そうして二人して言葉を尻切れトンボにしてトワネット王へと視線を移した。
「・・・・・・驚いた、姉上の言っていたことと全く同じことを・・・それもニック・・・あなたが知っていたというのは・・・やはり・・・」王がまた牢の奥の剣士に問いかけた。
が。
「・・・私はドラゴン族の剣士ニックだ・・・それに聞いたのだろう?勇者はもう死んだ、いないのだ」
ニックからは静かにして残念な応えが返ってくるだけであった。
「た、たしかに・・・!姉上やあなたの話が真実ならそうなのかもしれませんが、私にはまだ疑ってしまう物証があるのです!」
と、王は口早にいいながらに持っていた剣を取り出して、柄の部分を確認するように目を凝らし始めた。
「これは先ほど押収したあなたの剣です。この剣の柄の部分・・・ここに特殊な印があるのを見つけました・・・これは、姉上の・・・マリー姫のまじないの印ではありませんか?」
そう言って柄の部分を強調させるように握っては問いかけるトワネット王。
「まじないの印?」「映像の中でもそんなことしてたような・・・」
それにイスピーらも気になって近寄ると剣の柄の部分を確認する。たしかに、柄の一部にハートマークの様な可愛らしい文様が描かれており、何かしらの印であろうことはわかったのだった。
「巫女殿の映像の中で姉上はこの印をつけていました・・・そう、紛れもない勇者ロザム様の剣にです!すなわちこれは勇者様の剣であり、あなたは・・・・!」
「言ったはずだ私はニック。ドラゴンニックだと」
王の声を遮ってニックが告げた。
「しかし・・・・」
「・・・たしかに」
するとそれまで沈黙気味であったニックが、ようやく口を開きだすのだった。
「トワネット王、あなたが言う通りそれは勇者の持っていた剣であることは確かだ。だが、私は勇者ではない・・・・あの映像の中で勇者と共にいた小さなドラゴンがいたのを覚えているか?」
「え?えぇ・・・」
突然のニックからの問いかけに戸惑いながらも頷く王。
イスピーとガックも顔を見合わせて、映像を思い返してはそんなのがいたと確認しあう。
「あーいたいた、なんかお調子者っぽいドラゴン」
「そういや、あのドラゴンが映ったときニックの様子変だったよね」
同時に王も含めた3人は合点がいったように「まさか!」と閃いた顔を見せた。
「そうだ、あのドラゴンが私だ・・・修行で変化術を学んで人型に変化しているんだ」
「そ・・・そんな・・・で、でもこの剣は・・・」王が信じられないといった声で呟く。
「私は魔王と勇者、そして姫様の戦いの唯一の目撃者なのだよ。とはいえ戦禍に巻き込まれて手助け叶わず・・・その剣を回収するのがやっとだった・・・」
「なるほど・・・それで詳しいわけだ」ガックが言った。
「うーん・・・でも、なんかまだ引っかかるところあるような・・・・」そこへイスピーが眉間にしわを寄せ呟く。
「確かに勇者は死んだが、私は勇者の意思を継ぎ剣士となった。そうして更に修行を積み、夢だった闘士となったのだ。だからこの剣は、意思を継いだものとして、かつての勇者や姫様のために振るうと誓っているのだ」
牢の奥から実直な声が響いて3人は、押し黙ったように頷いてしまった。
そうすると、少しの沈黙の後でガックが口を開いた。
「ね、ねぇ王様?たぶんこれが勇者と魔王の戦いの真実だよ・・・ニックは姫様の目覚めが魔王の復活に繋がるとわかって阻止しようとしてたんだよ・・・だからさ見逃してくれないかな?」
「・・・そうね、世のため人のためとやった行為で捕まるのは癪だろうし・・・それに冤罪で記事にしちゃおうかしら?」
「イスピー!それじゃ脅しだよ!」
王様相手に何言ってるんだと怒るガックに、イスピーは「冗談冗談」と笑って返しては頭を掻いた。
と、そんな二人の傍で難しい顔をしては話を聞いていたトワネット王が、一度大きく瞬いてから握っていた勇者の剣を今一度大きく握り返すと、そのまま一歩牢屋に歩み寄った。
そうして牢に備え付けられたツール式の操作盤に手をかざすと、流れるようにパスコードを入力。そのまま牢は音を立てて開錠されるのであった。
ズズズズズズ・・・・。
重い音を立ててニックを捕えていた王の扉が開いていく。
同時に中からは小柄なドラゴン族の剣士・ニックが現れて、その真っすぐな眼差しを王へと向けるのだった。
「・・・私を出していいのか?」
「・・・あぁ。責任は私がとるのでな」こたえながらに剣を差し出すトワネット王。
「恩に着る」
それだけ告げて剣を受け取ったニックは、愛剣を装備し直して納得したように大きく頷いた。
「・・・けれども、あなたを解放したのには別の理由があります」すると再び王が告げた。
「・・・・・・魔王のことだろう」わかっていたとばかりにニックが応えた。
「・・・はい。姉上が全兵に召集をかけています・・・あなたもその招集に加わってください」
「あぁ、もちろんそのつもりだ」
「・・・・よかった、本当なら兵士長も一緒ならもっと心強いのですが、少し前から姿が見えなくて・・・」
「おそらくあいつは魔王の手先だ・・・なにかよからぬ命令を受けているかもしれない」
「え!?」王が思わず驚いて声を荒げた。
それにイスピーもガックも同意見だと首を縦に降った。
「細かい説明は後だ!私は姫の元へ向かう!イスピー!ガック!君らは危険だから帰るんだ!」
それだけ大声で告げたニックは息を吹き返したように駆けだすと、一気に地下牢を飛び出して姫の元へと向かって行ってしまうのだった。
「帰れだって?ここまできといて!」イスピーが愚痴気味で言った。
「でも、言う通りかも・・・魔王や魔物の類は僕らじゃ対処できないよ」それにガックが少々情けない声で返した。
「・・・いいえ、なにかできるはずよ!・・・そうね、ニックが魔王を相手にするってんなら・・・あの兵士長の企みとやら暴いてやろうじゃないの!」
グっ!と握り拳を作って声を張るイスピー。
横では「できるのそんなこと?」と、ガックの弱気な発言が飛んでいた。
※
城下町を見下ろせる城の高台に立って、マリー姫は城下町の入り口付近を注意深く睨んでいた。
まだ朝早く人々の生活もまともには始まってはいない。
だからこそ、早々に魔王の事柄を片付けて町に被害がでないようにしなくてはいけない。
「・・・どう攻めてくる気?魔物を再編成でもしてくるのか・・・」
言いながらに目を皿にして町を見渡すマリー姫。
すると横で一緒になって探索していた兵士のひとりが一か所を指さしたのだった。
「姫様!あれを!」
と、兵士の指さす位置を急ぎを目で追って確認する姫。
「・・・!来たわね・・・!それそれも堂々と・・・!」
瞬間、姫の目つきは更に鋭いものとなった。
彼女の視線の先には城下町の入口より、大きな馬に乗った青年が見えていた。
そう、姿形は忘れもしない勇者ロザム。
しかしその中身は――。
「魔王バドマ・・・!」
マリー姫は怒りのままに思わずつぶやくのだった。