第8章 姫の目覚めと救出作戦
「くっ!離せ!このままでは・・・!」
縛り上げられたニックは連行され、兵たちに引きづられてながらに城の奥深くの牢獄へと放り込まれてしまっていた。
ガシャン!!と頑丈な檻が降ろされて、小さなドンゴン剣士は薄暗く狭い牢屋の床を転がるのだった。
牢屋はただの鋼鉄製というわけではなく古いタイプのヒィアートツールで出来ており、檻の開閉も認証式の機械づくりである。
「待て!聞くんだ!姫を目覚めさせてはいけない!」
それでもと、すぐに立ち上がって檻に体当たりを仕掛け叫ぶニック。
檻を揺らす音と叫び声牢獄内に響いて、連行してきた兵士たちにどよめきを与える。
が、しかし、そこへ後からやってきた兵士長が現れると兵士たちを下がらせて、ニックと一対一になて口を開くのだった。
「・・・・・・ニック殿、いったいどうしたというのだ?どうやって城に忍び込んだかは置いておくとしても、姫様にお目覚めを妨害するなど」
「兵士長!私の話を聞いてくれ!このまま姫が目覚めれば・・・!」
「なんです?王家の方々も、そして民も皆それを望んでいるはずです。姫が目覚めて何の問題があるのです?」
ニックの言葉に食って掛からるぐらいの速さで返答する兵士長。
そんな彼がどこか怪しく笑みを作っていることに気が付いてニックは眉を潜めた。
「姫様が目覚めて何が起こるというのです?・・・あぁ、そうだ、もしかたしら勇者が帰ってくるとか?」
「・・・ッ!!兵士長・・・君は・・・!」ニックの目つきが一気に変わる。
「おっと失礼・・・そうだそうだ帰ってくるのは・・・そう・・・―――魔王様でしたね」
瞬間
悍ましいまでに目を血走った目を見せたニックは渾身の頭突きを檻に炸裂させた。
ガガーン!!と盛大に衝撃音を響かせたが、それでも檻は壊れることなく。ニックは額から流血してなお兵士長を睨んでいた。
「・・・お前・・・!魔族の・・・!そうかお前が王たちに巫女の情報を・・・!」
「私だってやっとつかんだ情報だったんだ・・・『外』にまで出向いた苦労がやっと報われる・・・」
フフと笑みを含んで兵士長は踵を返した。
「まぁ、そこで姫の目覚めを祝福していてくれたまえ、『ドラゴンニック』・・・」
背を向けながらに、そう言い残すと兵士長は牢獄から姿を消してしまうのだった。
一人残されたニックは、即座に体当たりと頭突きを繰り返した。
「くそ!」
しかし、ガン!ガン!ガン!と虚しい激突音が牢獄に響くだけで状況は何も変わらないのであった。
「なんとかしなければ・・・!」
それでもあきらめはしないと、再び檻に向かって激突を繰り返すのだった。
※
「・・・今よ、ガックこっち!」
「う、うん!」
姫と巫女、そして賊の侵入とで少々騒がしくなった、夜の城内。
甲冑を来た兵士たちが警備の強化を指示されたのかあっちこっちに右往左往している。
そうして、そんな危険地帯をイスピーとガックは、どうにかこうにかニック救出のために城の奥目指して進んでいた。
「や、やばい!とまって!」
「・・・・うへ!」
柱の陰から柱の陰に移ろうとしていたガックをイスピーが間一髪でとめた。
ちょうど兵士の一人がこちらを振り向いたところであり、今、飛び出していれば発見されていただろう。
「あ・・・あぶない・・・」
冷や汗をだらだらに兵士が去っていくのを息を殺して待つガック。
そうしてこちらから視線を外して何処かへと歩み去っていく兵士を確認すると、一気にイスピーのいる陰にまで駆けだした。
「・・・はぁ・・・はぁ」
「もう、この調子じゃたどり着くの朝になるわよ?」
床に手をついて、呼吸を荒くするガックにイスピーが溜息をつく。
「しかたないじゃないか・・・僕、こういうの苦手なんだし・・・はぁ・・・」呼吸を整え愚痴を漏らすガックは額の汗をぬぐう。
「でもこれじゃ、流石に時間がかかりすぎるわね・・・」
「ねぇ、ゴースト使ったら・・・?あれって壁でも通り抜けられるでしょ?」
と、ガックの声にイスピーはポンと手を叩いた。
「そうよ、せめて牢屋の場所さえ分かればずっと楽だし」言いながらに早速準備に取り掛かる。
「ガックは、その間兵士たちがこないか見張っててね」
「・・・わ、わかったよ・・・!」
そうしてイスピーらはニック探索作戦を始めるのだった。
※
牢獄とは正反対に、城の上層に位置する一室では王たちが集まっていた。
無論、マリー姫を起こす算段を行うためである。
3巫女が姫を囲み、それをアンとトワネット王が見守っていた。
巫女の言うにはツールでもあるペンダントに介入して、その機能を解除するのだと言う。どうやってツールに介入するのかは具体的にはわからないが、彼女らの不思議な能力は先ほどの記憶の再生で堪能している。
王たちには、ここまできて疑うということは微塵もなかった。
「それでは始めます・・・」とスプリが言って王らに視線を向けた。
「だけどひとつ注意があります」続いてウィンティアが言った。
「注意?」アンが思わず問いかけた。
「そうだ。このペンダントに介入するんだけど、それは無理矢理なことなんだ。だからたぶん機能を解除したと同時にぶっ壊れる」サーマが告げて姫の胸元で薄っすら輝くペンダントを指さした。
「こ、壊れる・・・というのは・・・その・・・木っ端微塵に吹き飛ぶということか?」突然の言葉に今度はトワネット王が尋ねた。
「いえ・・・おそらく形はそのままに再起動不能に陥ると思います・・・ですが王家に伝わる形見の品なのでしょう?」それにスプリが言って悲し気な瞳を見せる。
「・・・いや、それなら構わないさ。元々お守りとして持っていたものだ・・・形が残っていれば、その役目は果たせるさ」
「・・・そうですか、それなら」
トワネットの言葉に静かに頷いたスプリ。するとそのまま二人の巫女にも合図して頷かせると、一斉に姫へ向けて手をかざした。
同時に巫女たちから体内に流れる自然エネルギー・ヒィアートがペンダントへと送り込まれていく。
そうして巫女と姫を包むように多色が織り交ざった光の靄が拡がると、一気にペンダントに吸収されて――最後にキン!と何か硬いものを弾いたような音がしたかと思うとペンダントが一瞬震えたのだった。
と、不思議な異変はそこで終わって、光の靄も綺麗に消え去り、元の静寂を取り戻した。
だが。
「え?」「ん?」新たな異変に気づいて王らが声を漏らした。
サーマとウィンティア、二人の巫女がいなくなっていたのである。そうして残さた巫女スプリは疲れ切った表情で一人、そこにへたり込んでいた。
「み、巫女様!大丈夫ですか!?」思わずアンが駆け寄った。
「す、すみません・・・ちょっと張りきりすぎたみたいで、サーマもウィンティアも私の中で休んでますから、大丈夫です・・・」
アンの肩を借りて疲れきった顔を見せながらもヨロヨロと立ち上がるスプリ。
「あ・・・あの、それで姉は・・・どうなったのでしょう・・・?」そこへトワネットが居てもたってもいられず問いかけた。無論、巫女が疲弊して応えるにもやっとなところもあるのだろうが、それでも我慢できなかった、今にも目を覚ましてくれるのではと喜びに気が早ってしまったのだった。
「だ・・・大丈夫です・・・ペンダントの機能は解除に成功しています・・・今は、ただ眠っているだけです・・・時が経てばしだいに目を覚ますはずです」
それだけなんとか言ってのけてスプリはアンの肩を借りて、傍に会ったソファで横になるのだった。
「・・・よかった、これで本当にマリー姉さまが目を覚ますのね兄さま?」
力尽きてこちらも眠ってしまったスプリに毛布を掛けると、アンが兄へと涙を浮かべながらに問いかけていた。
「あぁ、長かったな・・・俺たちも姉上より随分と年上になってしまった」
「ふふ・・・姉さま、私たちを見てもわからないんじゃないかしら」
静かに眠ったままの姉を見やって、嬉しそうに二人を喋りある。
と、そこへ。
コンコン。
入口ドアからノック音が響いて、すぐに言葉も続けて響いてきたのだった。
「トワネット王・・・賊を投獄いたしました・・・処分はいかほどに・・・」
「・・・そうか」
ドアの向こうから聞こえてきた声にトワネット王はすぐに兵士長と気が付いて、部屋を出るのだった。
「ご苦労だったな」
「・・・いえ、当然のことをしたまで」
戸を閉めて廊下で話し合う王と兵士長。
「処分は追って降す・・・今は姫の目覚めの発表方法を考えるのが優先だ」
「・・・!ということはマリー姫がお目覚めに・・・!」
珍しく興奮気味の兵士長に王は軽く笑って返す。
「あぁ、姫を縛っていた眠りの呪いは解けたらしい・・・あとは自然に目を覚ますの待つだけだと」
「おぉ!やはり巫女を連れてきて正解だった!!」
夜の城内に兵士長の声が響き渡った。
「気が早いぞ・・・それに声もでかい、巫女殿も疲れて眠っておられるのだ」
「こ、これはご無礼を・・・」
思わず声量を最小限にして頭を下げる兵士長。
「そ・・・それでは私は更なる賊が現れないよう、城周りを警備してきます」
すると、ビシッと敬礼を行って兵士長はそのまま新たな任務を作って、そそくさと去って行ってしまう。
「・・・ふむ、仕事熱心な男だ・・・が、あそこまで入れ込むような奴だったか・・?」
どこか兵士長に違和感を覚えながらもトワネット王は再び部屋へと戻っていくのだった。
※
再び地下牢獄。
ニックは未だあきらめず幾度もその身を檻にぶつけていた。
「くそ・・・!ダメか・・!」
「おい!うるさいぞ!いい加減あきらめろ!」
何度も響く激突音に、頭にきた衛兵が怒鳴り声をあげるが、それももう数十回に渡っていた。
いくら言っても静かにならないニックに対して衛兵も憤りを募らせて、こうなれば兵士長を連れてきて直接『仕置き』を行ってもらおうという結論に至っていた。
「・・・そうだ、兵士長ならなんとかなさってくれるはず」
そう、一人ぶつぶつ呟く衛兵のその奥では、牢屋の中のドラゴン剣士は疲れて一時的に倒れこんでしまっていた。
「・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・どうする・・・あれをやるか・・・しかしそれではマリーにまで被害が及ぶかもしれん・・・」
今一度踏ん張って、立ち上がると機械仕掛けの檻を睨んで何かを呟くニック。
と、そこへ。
突如視界の端に妙な灯りが見えたのに気が付いた。
「・・・これは」
なんと頭上の天井を突き抜けて淡く小さな灯りがふわりとニックの肩に泊まると、随分のコミカルな動きを見せ始めたのだった。
「・・・たしか、イスピー君の・・・!」
肩に乗ったそれにニックを目を見開いて言った。
そこにいたのは小さな木の実の要請のようでもあり、その実のイスピーの降霊術によるヒィアートの塊・ゴーストであった。
ゴーストは細い腕をくるくる回てからピタッと止めてサムズアップを決める。さらにはウィンク付きで、場の重苦しい雰囲気を和らげてくれる。
「・・・そうか、彼女たちまだ城の中にいるのか・・・」言いながらにゴーストを見つめるニックは、それが興味津々にツール制の檻に近づこうとしているのが見えて、慌てて制止に入った。
「ま、待て・・・君はヒィアートの塊なんだろう?その檻はツールなんだ、君が触れれば異常を致して開錠するよりも、もしかしたら永久に閉じ込められてしまうかもしれない」
その言葉にピタリと動きを止めて振り返るゴースト。
そして可愛く首を傾げた。
「・・・よ、よし、イスピー君たちが私を逃がそうとしてくれているのはわかった・・・いいかい、それならここの場所を伝えてくれ・・・・城の地下であり正確な位置は・・・・・・――」
と、ニックの言葉をフムフムと頷いて聞いてOKサインを見せたゴースト。
すると小さな身をふわりと浮かばせて、そのまま元来た道を戻るよう天井をすり抜けて消え去るのだった。
「・・・・・・・すまない君たちだけが頼りだ・・・急いでくれ」
そうして壁にもたれかかってニックは大きく息を付くのだった。
※
「あ、戻ってきた」
今度は床を突き抜けてきたゴーストにイスピーが語り掛けていた。
場所をより隠れやすいように物置のような部屋に移して、窮屈なままでゴーストの帰りを待っていたのである。
「しょ、しょれで・・・?」ニックが狭さの限界に口を尖らせて聞いた。
「ふんふん・・・え・・・と・・・地下で・・・ああ行ってこう行って・・・」
と、ゴーストの可愛いジェスチャーから伝言を読み取るイスピーは大きく頷きながらに、どんどんと情報を得ていき口角も上がっていく。
そうして軽いジェスチャーダンスと化してしまった伝言を終えるとゴーストはお疲れと言わんばかりに一礼をしてふわりと消え去るのだった。
「よし、わかったわ!ニックは地下の牢屋よ、ルートも把握できたわ!」
ニックに振り返って笑顔で言うイスピー。同時に狭さ故振り返ると同時に腕がガックの頭を小突いたが、彼女はお構いなしに「さぁ行くわよ」とそそくさと狭い部屋を脱してしまうのだった。
「あ・・・ちょ、ちょっと待ってよ・・・!」
それに窮屈さに圧迫されていたガックは掃除道具なんかを押しのけて急いでイスピーの跡を追うのだった。
※
一方、城の外。
城門に馬に乗った兵士長の姿があった。
「・・・あれ?兵士長どうしました?」
それを城門を守る衛兵が見つけて問いかけた。
「・・・あぁ、念のため城外も警備しておこうと思ってな」
言いながらに馬を撫でてにやりと笑みをこぼす。
「はぁ・・・それはまぁ・・・用心に越したことはありませんが・・・でもそれビリオントルクですよね?ツールモービルよりも速い馬まで引っ張り出してそんなに重要なことなんですか?」
「なぁに、姫の目覚めが近づいて気が早っているだけさ・・・すぐに終わらせるさ」
「姫がお目覚めになられるのですか!?」
衛兵は驚いた様子で声を大にした。
「あぁ、朝には世界が変わるかもしれんぞ・・・だからしっかり守っておけよ」
「は、はい!」
大きくビシッ!と敬礼を行った兵士。それに同じく敬礼で返した兵士長は、そのまま最速馬・ビリオントルクの手綱を引くと、まるで光の速度で城門を飛び出して一気に城の外の夜闇の中に消えていってしまうのだった。
※
ガン!ガン!ガン!
「あぁもう!これ以上面倒見切れん!兵士長呼んできてやるからな!」
牢獄の方では見張りの衛兵が遂にしびれを切らして檻の向こうのニックに怒鳴って告げると、そのまま兵士長を呼びにのしのしと歩いて行くところだった。
「よ・・・よし、今のうちよ」「・・・う、うん」
そんな衛兵の動きを物陰から覗いていた者がいた。
イスピーとガックである。
二人は牢屋から衛兵が離れたのを確認すると、気配を殺しつつも急ぎ牢屋へと駆け入って目的の人物へと一段と迫ったのだった。
「す・・・すごいツール式の牢屋だよ、この星ではすごく珍しいことだよ・・・」
思わずガックが呟いた。目の前に広がったのは特殊な形を檻の数々で、そのどれもがほとんど、解放されていた。
しかし、一つだけ扉が閉ざされている檻があったのだ。
「あそこね」
同時に目星をつけてイスピーがダッシュ。ガックもそれになんとか追従して、閉ざされた檻の前に立つのだった。
「ニック・・・!いる?!」
イスピーが囚人の様子を伺がうための覗き窓から狐顔を、ひょっこりと出して中の人物の名を呼んだ。
「イスピー・・・ガック・・・やはりまだ城にいたのか」
すると檻の向こうから、知っているドラゴン族の声が聞こえて二人は顔を見合わせて笑顔を作った。
「ニック助けに来たわよ」「大丈夫ニック?」
覗き窓に詰め寄せてイスピーとガックがぎゅうぎゅうに、顔を推し合わせる。そうして窓から辛うじて見えたのは額から血を流すニックの姿であった。
「ニック怪我してるの?!」ガックが抑えた声量で驚いた声をあげた。
「あいつら酷いことするわね・・・記事してやろうかしら・・・」イスピーも同感だと大きく頷く。
「・・・傷のことはいい自分でやったんだ。それよりも姫はどうなった?もう目覚めたのか・・・?」
「え?いや・・・わからないわ・・・すぐにここに向かってきたから・・・」
「・・・そうか・・・わからないならいいんだ。それに助けに来てくれたことには本当に感謝している」
檻の中で、縛られたままにお辞儀するニックが見えた。
「待ってて、すぐ出してあげるから・・・って・・・」
と、イスピーが牢扉に手をかけようとしたが、改めてその特殊な扉に一度大きく瞬いた。
「・・・なにこれ取っ手がない?ていうかどうやって鍵かけてんの?」
扉というよりは一枚の壁と化している牢扉にどうしていいかわからず、頭上にたくさんの疑問符を浮かべるイスピー。
「この扉もツールなんだよ、あの隠し通路にあったみたいなやつだけど・・・もっと厳重でセキュリティも高いやつだよ」
「その通りだ、認証式の扉だ。開錠出来るのはさっきの衛兵か兵士長ぐらいだろう」
ガックとニックと続いて、扉の仕様を解説する。
「うぬぬ・・・そ、そうだこんな時のガックよ!荷車の時みたいになんとかできない?」
「う・・・うーん、やってみるけど・・・時間かかりそう・・・」
扉に張り付いてガックは唸った声をあげる。
「何言ってんのよ、あの兵士が戻ってくる前にやならきゃ意味ないでしょ」
「そんなこと言ったって・・・」
どこから手を付けていいものかと悩むガックにイスピーから怒声が飛ぶ。
それに「わかったよ・・・」と、できるかもわからない扉の開錠に本格的に取り掛かるガックであった。
「・・・・・・君たち、協力は嬉しいのだが・・・無理だと判断したならすぐにここから立ち去るんだ」
すると扉の向こうから弱弱しい声が聞こえてイスピーらは、少々動きを止めた。
「おそらく姫の目覚めはもう防げない・・・そうなればここにいては危険だ・・・遠くに逃げるんだ」
そこまで聞いてイスピーとガックは顔を見合わせると、もう一度扉の方へと視線を戻した。
「ニック・・・あなた、なにをもったいぶってるから知らないけど、いい加減隠してること話したらどうなの?」
「・・・なに?」
突然のイスピーの声に思わず聞き返すニック。
「魔物を倒せる強さもそうだし、城への抜け道を知ってるし・・・それに姫の記憶えお見ているときのあなた普通じゃなかったわ・・・そしてあの襲撃失敗・・・怪しむなというほうが無理よ」
「・・・そうだよニック。僕らで何か力になれるなら協力するよ」
二人からの意見に思わず声を失って、少々の間を開けてしまうニック。
「・・・そうだな・・・・君たちになら・・・話してもいいのかもしれないな」
と、どこか物腰のやわらかくなった声にイスピーらは薄っすらと安堵の表情を見せた。
「・・・いいか、あの姫の記憶・・・音声がなかったため伝わらなかったが・・・最後の勇者と魔王の激突・・・勝ったのは魔王の方なんだ・・・」
「へ?」「えぇ?!」
いきなりの告白に先ほどみた映像を、何度も記憶に蘇らせて彼の言葉との差異を見つけてしまう。
「なに言ってるのよ?!」
「そうだよ、最後に立ち上がったの勇者様だったでしょ?魔王にもとどめさしてたし・・!」
「あれは勇者であって勇者でないのだ・・・つまり・・・」
と、ニックが語っている最中、イスピーの背後から足音が聞こえてきたのだった。
「―――まずい!戻ってきたんだわ!」
「いいところなのに・・・!」
「君たち早く隠れるんだ!」
足音の主に気付かれぬよう、小声で騒ぐとイスピラーは急いで物陰に隠れるのだった。
そうして見た目には閉じた牢屋の前には誰もいない牢獄に戻って、ちょうどそこに衛兵が足音を響かせてやってくるのだった。
「おっかしーなぁ・・・兵士長どこいったんだ?」
何かを愚痴りながらの衛兵は、そのまま定位置に戻るとそのままニックの牢屋の方を眺めたまま、再び任務を全うし始めるのだった。
「おい!ちびっこドラゴン!また騒ぐんじゃないぞ!夜なんだし寝てる人もいるんだからな!」
そう忠告して衛兵は胸を張っては牢屋を見張り続けるのだった。
「・・・まいったわね・・・話の途中だったのに・・・」
「後ろからポカンとか・・・無理かな」
隠れて再び窮屈状態になった二人は、どうにかこの状態を打開できないかと案を出していた。
「まず後ろに回れるか・・・ね、それに相手は鎧着てるわけだし、そうとうの力じゃないと気絶なんて無理よ」
「・・・そ、それもそうか・・・けど、このままじゃずっとここにいることになっちゃうよ・・・」
「・・・ゴーストで誘い出すか・・・うーん・・・でも余計に騒ぎになったら逆効果だし・・・・・・―――と、とりあえずもう一度この場を離れるのを待つしかないわね・・・」
その結論にガックは残念そうに頷いて聞こえないように溜息を漏らすのだった。
※
姫の眠る部屋。同様に疲れた巫女も眠りにつき、同じく隣で世話をしていたアンも睡魔に勝てず、そのまま寄り添おうように眠ってしまっていた。
そうして一人残されたトワネット王は、姉のマリーが目を覚ますまで一刻も目を離さず、すぐに対応しようと椅子にドカっと座って待ち構ええていた。
「よし・・・」
が、しかし―――。
「・・・・・・・ん・・・・っ!は・・・!」
――結局のところは睡魔に襲われて座ったまま眠ってしまっていたのだった。
何度か船を漕いで体大きく揺れたところで目を覚まして、いつの間にか眠ってしまっていたことに気が付いた。
「・・・し、しまった」眠気眼に姫の方を確認するトワネット王。
彼女が眠っていたベッドには窓からうっすらと朝日が差し込んで、やんわりと照らされていた。
しかしその照りは、ベッドだけに当たっておりそこで横になっているはずの姫には当たっていなかったのである。
「・・・おぉ」
なぜならば、既にマリー姫は上体を起こして部屋の中を見渡していたからであった。
「・・・・・・こ・・・こ・・・は・・・」
長いブロンドを朝日に照らして、未だ理解が追いつかないままにずーっと部屋の隅々まで眺めている。そうしてその動きの中で、ようやくトワネット王と目があったのだった。
「・・・・・・・・あな・・・た・・・・お父様?・・・・・・いえ、似ているけど・・・・・・・??それにここ、私の部屋?・・・・・・・あれ、私確か・・・魔王討伐に・・・・」
トワネットと目があったが記憶が錯綜しているのか頭を押さえてベッドに蹲るマリー姫。
そんな彼女に心配の目を向けながらもトワネットはすぐに妹を揺さぶって起こした。
「アン!起きろアン!姉さまが!マリー姉さまが!」
「・・・・ふぇ・・・・?あ、ごめんなさい・・・私ったら眠ってしまって・・・・っ!」と寝起きながらも目の前の光景に一気に眠気が吹き飛んだアンは思わずソファから飛び上がって、一歩姉へと歩み寄った。
「姉さま?マリー姉さま!本当に目を覚ましたのですね!?」
そうしてアンは涙目を浮かべてベッドに蹲る姉へと、手を添えようと背から迫った。
その瞬間。
「思い出した!!」
「「っ!?」」
突如としてガバっと上体を起こしたマリー姫は大声で叫んだのだった。
「そうだ、あの時!ペンダントの封印術が発動して・・・!」と急に呟きながらに首から下げたままのペンダントを握るマリー姫。
「動かない・・・そうか、これが壊れたから私が目覚めたわけ・・・ということは・・・!」
そうしてそのままグルン!と振り向いてアンとトワネットを睨んだ。
「あんたたちね!!どうして私を起こしたの!!」
それまでのどの声よりも大音量で二人を怒鳴りつけたのだった。
無論、その衝撃に兄妹二人は驚愕と戸惑いに固まってしまい、何も言い返すことができないでいたのだった。
※
「・・・ふわぁぁぁ、もう真面目な奴って合わないわ・・・」
「あの人だって仕事なんだよ」
結局、まったくもって動きを見せなかった衛兵を覗きながらにイスピーとガックは大あくびしながらも、彼がいつか移動してくれないかと待ち続けていたのだった。
しかしそれは叶わず、どれくらい時間が経ったか完全に待ち疲れてぐったりとしていた。
ニックの方も動きを見せず、牢屋は静かのままだった。おそらくまた騒げば衛兵が牢屋に近づいてきてこちらに気付してしまう、そんな可能性をなくすためであろう。
事実、衛兵は黙った真相手には黙ったままで応対しており、牢獄は静寂そのものであった。
だが、それでもいい加減に動きを見せてくれてと痺れを切らしてきたイスピー。「あっちも寝てるんじゃないの?」と思い付いて確認しに行こうとしたところをガックが抑えていた。
そこへ。
新たな足音が響いて、二人に緊張の糸を張らせた。
「・・・おい、交代だ」
「ん?あぁもうそんな時間か」
どうやら交代要員のようだった。それまでいた衛兵と交代で、あらたな衛兵がここの見張りを務めるのだろう、同じ鎧姿の男が入れ替わっている。
「・・・なぁ兵士長見てないか?」と、それまで衛兵が尋ねた。
「あぁ、城の外まで警備を行ってるのさ、また変な賊が出ても迷惑だからってな」
「あぁなるほど・・・」
「けどよ、夜中城門の警備してたやうに聞いたんだけどよ・・・城の外の方から気味の悪い化物の遠吠えみたいのが聞こえたんだってよ・・・姫様の目覚めに対する魔王の呪いじゃないかってさ」
「怖いこというなよ・・・なんか風の音とかの聞き違いだろ?」
「・・・だろうな、ま、あんま気にすることでもないか」
それだけ小さな雑談を終えると、交代行為を終えて元居た衛兵は、別のどこかへと去っていくのだった。
「・・・なによ、チャンスかと思ったらこれじゃ同じじゃない」
「しかたないよ・・・でも、魔王の呪いって本当かな・・・」
結果的に状況が何も進展しなかったことに溜息の二人。
だが、衛兵のセリフに思うところもあって少々思考を巡らせてみた。
ニックが言った「勇者は勇者ではなかった」というセリフと何か繋がりあるのかとおもうが、やはり解はでない。
イスピーは、じっと牢屋の方を見つめたが、ただただ静寂なままであった。
※
一方、王達は思いがけない出来事に時が止まったような思いでいた。
姉であるマリー姫が目覚めたことで、感動の再開が待っていると思っていたばかりに、動揺が大きく、とても彼女が何を言っているのか理解できなかった。
姉はまるで、記憶の映像で見せていた魔物と戦っているときのような目つきで兄妹を睨んでいた。
「ね、姉さま・・・落ち着いてください・・・私です・・・妹のアンです。随分と年上になってしまいましたが・・・」そこで、アンを思い切って切り出して姉に告げた。
「え・・・!?アン・・・ですって?・・・たしかに母上に似ているし、面影もあるけど・・・・」
その言葉にようやく敵視の睨みを解いて、何度も目をパチパチとさせてアンの姿を確認する。
そうしてそのまま、今度はトワネットへと視線を移した。
「・・・え、ということは・・・そっちの父上似のは・・・・」
「弟のトワネットです。マリー姉様・・・わかならくても無理もありません・・・姉さまが魔王との戦いから眠りついて30年が経っているのです。昨夜、巫女の協力でようやくその呪縛が解かれたのですから」
その言葉にソファで眠る少女を一度、視界に入れながらも「30年」という事実に、ゾクっとした表情を見せるも、すぐに強い眼差しを取り戻して口を開いた。
「・・・そ、そう・・・あなたたちが悪意を持って私を起こしたのではということは、わかったわ・・・」
「悪意・・・?」妙なセリフを吐く姉にアンが問いかけた。
「先程も『何故起こした』と言っていましたね?どういう意味ですか?姉上は目覚めたくなかったというわけですか・・・?」トワネットも続いた。
「・・・・―――目覚めたくない・・・というよりは目覚めてはいけないと思ってた・・・」
そう静かに囁いた姉の言葉にアンとトワネットは顔を見合わせて首を傾げる。
「・・・あの姉さま、私たち、その・・・まことに勝手なんですが、巫女様の力で姉さまの記憶を見せてもらったの・・・だから何か秘めていることがあるならお力に・・・・」
と、巫女とのことを簡潔に教えながら言うアンだったが、次にはマリーが顔を赤らめて身乗り出したのがわかった。
「き、記憶を見たって・・・!そ、その・・・どこまで!?」先程とはうってかわって真剣な眼差しの奥に凄まじいまでの照れが見えた。
「・・・・・・魔王討伐の一部始終ですよ。最後、勇者様が魔王にとどめをさして、そしてどういう理由かペンダント・・・そのツールが発動したところで記憶は終わっていました」
「あぁ、勇者様とのイチャイチャ場面は巫女様の計らいでカットされてましたからご安心を」
同時に、兄妹そろってマリーが聞きたいことをあっさりと述べて、ようやく少し笑みを作ることができていた。
「・・・・・・・・そ、そう」明後日を向いて、頬をポリポリと掻くマリー。顔は紅いままだが、いちど「オホン」と咳ばらいをすると、再び眼差しを強いモノにもどして二人をみやった。
「見たのね・・・『勇者』と『魔王』の最後を?」改めて静かで落ち着いたトーンで尋ねるマリー。
「はい・・・ですがわからないのは、やはり最後のツールの発動です。我々が見たのは音声がなかったため、何を言っているのかわからなかったのですが・・・姉上と勇者様の間でなにが・・・?」
トワネットは巫女に見せられた映像の結末を述べて尋ね返す。同時に、姉からは哀しみの視線が返ってきたのだった。
「・・・結論から言うわ。魔王にとどめをさし私に迫ってきたのは『勇者ロザム』ではありません」
「え!?そ、それは・・・どういう・・・・?」アンが思わず尋ねた。
トワネットも同意見だと首を縦に降って聞き耳を立てる。
「あいつは、あの時、勇者の姿でこう言ったわ・・・『ここを見つけて正解だった!神は私に生きろと言っている!この魔王バドマにな!』・・・と」
言葉を失って聞き入る二人にマリーは話を続ける。
「私は直感した・・・どうやったかわからないが、二人の精神が入れ替わったのだと・・・」
「そ、そんなことが・・・、しかし操られていただけという可能性は・・・」
「それなら『魔王の方』にとどめを差す必要がないわ・・・あいつは実力均衡のロザムを消し去る好機を逃さなかったのよ・・・!」言いながらに声が震えているのがわかる。
「・・・だからだと思うの・・・私の絶望に応えてペンダントの封印術が発動したのは、おかげで私も含めてあの勇者姿の魔王も同時に封じ込めるのに成功したはず・・・」
言い終えてペンダントを握りしめるマリー。
その姿に言いようのない暗い影を落とされて、アンもトワネットも思わず視線を下に向けてしまう。
「・・・そ、そうか・・・姉上の封印術が解けたということは、魔王のほうのも・・・」
「そうよ、私の目覚めは奴の目覚めを意味するわ」
「それで怒っていたのですね・・」
アンもトワネットも姉の目覚めがまさか魔王の目覚めに繋がるとは思いもよらず。
いったいどうすべきなのかと、険しい顔を見せていた。
そこへ。
ドンドンドン!とけたたましいノックが聞こえて3人の視線は扉に集まったのだった。
「トワネット王!大変です!城下町の入口に不審者が!」
「・・・それは、そんな切羽詰まった事態なのか?」
ガチャと扉を開けて伝令の兵士を確認するトワネット王。
「は、はっ!それが・・情報によればその不審者・・・・勇者ロザム様ではないかということで!」
「「「!!!!」」」
一瞬にしてマリー達の顔が青ざめた。
「まさか・・・!」マリーは険しい顔を見せてベッドから立ち上がった。
「・・・それでその不審者は目撃情報だけか?」今にも部屋を飛び出しそうなマリーを抑えてトワネットは兵士に問いかけた。
「え・・・あ、あと、ビリオントルクに乗っていたとの情報も・・・・少し前に兵士長が警備のために使っていたのを見たもの者もいます・・・・もしかしたら兵士長が・・・・」兵士は己の考えを最後まで言葉にはしなかった。
しかし、それは王達には嫌な予感をさせるには充分であった。
「・・・私が行って確認します!!」
「あ、姉上・・・!」
するとマリーが抑えていたトワネットを振り切って、部屋を飛び出すとそのまま城の外向けて駆けて行ってしまうのだった。
「え?え?今のは・・・?まさかマリー姫さま・・・?」
突然のことに混乱気味の兵士は走り去った女性を何度も何度も確認していた。
「兄さま・・・!あの話が本当なら危険です!!」
「・・・わかってる」
アンがやってきて同じ思いを告げる。
「アン・・・お前は巫女殿を連れて避難しておくんだ」と指示を飛ばすと、今度は兵士に視線を向ける王。
「兵士長不在のようだが仕方あるまい・・・今すぐ全兵士を集めマリー姫の援護に向かうのだ」
「え?マリーというのは・・・するとやはりさっきのは・・・」
「急げ!」
王の一喝に「はいぃ!」と背筋を伸ばして敬礼した兵士は、即座に踵を返すと急いでマリーを追いかけていくのだった。
そんな兵士を見送ると、トワネットは再び部屋へと足を踏み入れた。
そうして部屋の隅に立て掛けたままの一本の剣を手に取ったのだった。
「・・・兄さま、それは・・・」「あの賊のモノだ」
それはニックから回収した剣であった。あの場で取り押さえられたニックが手放したのを、そのまま持ってきていたのだ。
「・・・・ふむ」
それも、柄に付けられた見覚えある印のせいもあったからだ。
「・・・少し、寄りたいところがある。なに私もすぐに姉上のところに向かうさ」
そう言い残すと、トワネットは剣を持ったままで城の何処かへと消えていくのだった。
「・・・・・・・どうなるのかしら」
そうしてアンは、兵士のノックでも起きなかった巫女をどうにか揺さぶって起こすと、避難のためにと移動を始めるのだった。