第7章 裏切りのニック
改めて姫の記憶の再生が始まった。
三巫女達がそれぞれに手を添える様を、皆が集中して視線が集まっている。
無論、隠れて見ているイスピーとガック、そしてニックも同じように息を殺してそれを見守っている。
だがイスピーは隣で見張るドラゴン剣士の視線がそれまでの眼光より強まっているのを感じた。まるでこれから始まる映像を射殺すような危ない視線。殺気を帯びていると言ってもいい。
「・・・ニック?」
呟いたがニックからの返答はなかった、代わりに彼が装備している剣の柄を握るのが見えるだけだった。
※
再び過去の映像が上映される。
しかし、それまでとは違い映像は荒く、音声はとぎれとぎれであった。
これが姫が記憶を閉ざしている故の影響なのかと皆、それぞれに納得したうえで映像の続きを見やる。
「見つ・・・たぞ!・・・魔王・・・ッ!」
なにか古い塔のようで遺跡にも見える内部で勇者が叫んでいた。
すぐ後ろに姫を下がらせて、自分は愛剣抜き、その剣先を『敵』に向けていた。
「・・・ここまで・・・こ・・・るやつ・・・が・・・いる・・・は・・・・」
剣先の向こう。倒すべき敵、魔王がそこにいて薄ら笑いを浮かべていた。
長いブロンドの髪を揺らし、浅黒い肌に更に笑みを作る。
遺跡内部のような場所の中央で、勇者らが来たことにさえなんの動揺を見せてはいなかった。
「今す・・・軍を引け・・・!」
「今更遅い・・・ここ・・・解析・・・で、全てを・・・掌握する・・・力が・・・!」
魔王が手を広げ、大袈裟な身振りを見せると胸元に備えた奇妙な機械が光り、それと同時に魔王の姿がみるみると異形に変わっていった。
大きな角が生え身体は大きく獣のようになり、顔つきも悍ましく鋭い怪物へと変貌した。
野生を象徴する爪や牙が光り、それらが勇者らに向けてギラリと輝くのだった。
その魔王の変化に勇者も姫もたじろいて、顔を青くする。
そうしてそれと同時に、記憶映像から音声が消えた。そして映像もまた荒々しくなるのだった。
荒ぶる魔王が咆哮し、獲物を捕らえようと身を屈めた。同じく勇者も奮起して剣を構えると、じっと相手を捕らえた。
瞬間、同時に駆けだした勇者と魔王。
輝く剣と爪が激しくぶつかって、遺跡の場を揺らした。
音はないが轟々しく揺れる場がその凄まじさを見ているものに伝える。
激闘は続き、魔王の爪を剣でいなしては勇者が急所を狙って攻撃する。
しかしそれらは強靭な体の前に弾かれてしまい、勇者に隙を作らせてしまう。
刹那、それを魔王が見過ごすわけもなく笑みを交えて高速の突きを繰り出した。
「・・・・!」
間一髪、身をのけ反らせて回避した勇者は反撃の蹴りを魔王の腕に喰らわせて、そのまま地を滑って距離をとった。
再び睨みあう二人。まるで認め合うライバルが如きにも見えるが、当人たちはそうでもないようで、笑みを作る魔王と、曇った顔を見せる勇者。
今一度、衝突かと、両者、力強く踏み込んだ。――その時。
「「―――ッ!!」」
映像が激しく揺さぶられた。
彼らが戦う場全体が揺れているのだ。
おそらく外で戦っている魔王軍と討伐隊の戦火がこの塔遺跡にまで飛び火してきたのだろう、激化して何度も何度も内部を揺らしている。
その影響で勇者も魔王も、足場が揺らぐことタイミングを計りにくくなってしまっている。
そんな中で塔内部の背景としてあった、妙な機械的な部分がポツリポツリと光り出して、赤や緑の色を落とし始めていた。
だが、そんな光景など雌雄を決しようとする二人は気に留めることもなく、振動が激しさを増していく中で、これで決着だと覚悟を決めた。
聞こえはしないが二人が咆哮する姿が映った。
同時に両者全身全霊の剣と爪を振り下ろして、最大級の鍔迫り合いに突入した。
火花を散らして、刃越しに睨みあう勇者と魔王。
これが最後の攻防だと全力でぶつかり合う―――が、その瞬間。
「・・・・!?」
なんと勇者と魔王の立つ足場が青く光ったのだった。
足場全体に光るそれは魔法陣のようにも見えて、そのまま勇者たちを包み込んで、やがてはその姿さえ眩ませてしまった。
「ーーーー!!」
おそらく勇者の名を呼んでいるのだろう、姫の顔が映し出さられる。
映像を見ている皆も、なにがどうなっているのか理解できずに見守るだけで、映像の続きが気になって見入るのだった。
そして。
青い光るが治まって、緩やかに消えてゆく中で、そこには勇者と魔王、二人の倒れた姿があった。
いったいどうなったのかと、姫も見ている皆も同じ気持ちで見つめている。
そうして心配そうな姫の視線を受けて、先に立ち上がったのは――。
「ーー!」
――勇者であった。
その光景に皆からも歓声があがった。
無論、姫からも安堵の表情が見て取れる。
だが、次に勇者がとった行動に全員が息を呑んだ。
立ち上がった勇者は、向いに倒れている魔王を確認すると、にやりと笑い。
そのまま何の躊躇もなく魔王の心臓を一突きに剣を突き刺したのだった。
完全に息の根を止めたのだろう、魔王はピクリとも動きはしなかった。
当然、それまで穏やかだった勇者の行動からは考えにくいことであり、皆も困惑の表情を見せている。
「・・・・・・ニック」と、イスピーは隣でニックが険しい表情で何かを呟いているのに、気が付いた。
何故自分の名前を呟いているのかと聞こうとしたが、映像はまだ続きを見せており、先にそちらだと意識を映像へと戻した。
魔王に止めを差した勇者は、まだ血液の付着した剣をひっさげて姫の元へと戻ってくる。
しかし魔王を倒したことで決着が付き歓喜するはずの姫の顔は曇ったままであった。そうして彼女の目の前にまでやってきた勇者は一言二言、なにか言い放ち、そのまま高笑いを始めた。
長い緊張状態が解けたせいからの笑いなのか、なにより姫が引きっつった顔を見せている。
そうして姫が何かを言った。きっと見ているものと同じ、「どうしたのか?」という質問だろう。
その言葉に笑っていた勇者は笑みを止めると、怪しい目つきで姫を睨んだ。
そして。
「――――。」
「・・・・ッッ!!」
勇者が何かを言った。
すると反射的に姫の顔色が一気に青ざめた。
「ーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
瞬間、悲鳴を上げたのであろう姫の叫んだ姿が映り、それ共に彼女が首から下げていたペンダントが勢いよく輝きだした。
その輝きは全てを照らし・・・魔王を、勇者を、そして姫自身さえも見えなくなるほどに輝きを増していくと――やがて全部を真っ白に染め上げて映像を終わらせてしまうのだった。
※
「・・・お、終わったのか?」トワネット王が言った。
映像が消え、薄暗い室内に戻ったところで皆の意見を代表したように、王は巫女たちへと一歩歩み寄っては問いかけていた。
「・・・・はい、ここで姫は眠りについたようです」言いながらに巫女のひとり、スプリに差し伸ばしていた手をマリー姫から遠ざけた。
同様に、サーマとウィンティアも手を降ろして視線を王へと向ける。
「結果だけ見れば勇者様が魔王を討伐して終わったように見えますが・・・ただあの光や、勇者様が魔王にとどめを刺すあたりや、それに最後の姉さまのペンダントなど・・・気になる点はいくつかありましたわ」
そう言ってアンは兄に映像から得た疑問を投げかけた。
「・・・た、たしかに、・・・ただ魔王にとどめを刺したのは、あの瞬間しか好機がなかったのかもしれないな・・・それまで拮抗した勝負を繰り広げていたのだ・・チャンスを逃すわけにもいかなかったのだろう」
「・・・そうですが・・・それまでに見てきた勇者殿とはどこか印象が違うというか・・・」
兄妹で意見を出し合う王族。その後方では兵士長が無言で佇み様子を見守っている。
同じく隠れながらに盗み見みしているイスピーたちも王たち同意見であった。
「王様の言ってることももっともだと思うけど・・・」ガックが小声で言った。
「でも、その通りだとしたら姫様の反応おかしくない?」同じく小声でイスピーが返答する。
「・・・・・・・・・・」ニックは、押し黙ったままで姫たちの方を睨んだままであった。
イスピーには先ほどよりも、視線の鋭さが増しているように思えて不安を覚えてしまう。
「私たちからみて、わかることが二つあります」
と、そこへ巫女スプリの声があがって皆の注目を集めた。
「み、巫女殿!本当ですか?!」
「ふたつとは!?」
トワネット等が真剣な眼差しであ問いかけた。
「・・・はい。ウィンティア、記録を」するとスプリはウィンティアに指示。
ウィンティアは細腕ひ嵌めた腕輪ツールを操作すると、先ほどと同じように映像を映し出した。
ただし今回は静止画である。
「・・・これは、あの塔のような遺跡のような・・・」
「はい」
映し出されたのは勇者たちが戦っていた塔であった。
「これはおそらく古代のツール研究施設の一部だと思われます」
「ツールの研究施設・・・それも古代の・・・」
巫女からの思いがけない言葉に王たちは言葉が詰まりただ聞き返すだけ。
一方でガックは少し興奮しかけた挙動をイスピーに咎められ、まだ黙ってろと押さえつけられていた。
「あの青い光・・・効果まではわかりませんが、あれも古代ツールが起動した光だと思います」
「あの遺跡がもとからこの星にあるのか、それこそ古代に他所から降ってきたのかは分かんねぇけどな」
「この星の外にはもっと多くのツール技術が普及している・・・古代ツールの情報も少しは出回ってる」
巫女が立て続けに答えて、戦場であった塔遺跡についての意見を述べてゆく。
しかし王たちはそれにそのまま頷くことしかできず、反対意見のひとつも思い付きはしなかった。
とはいえ、あの塔遺跡が古代ツール研究施設だというのがわかったからと言って、マリー姫の眠りの謎が解けたわけではない・・・。
王は、巫女がわかったという、もうひとつについて問いかけた。
「あとひとつわかったというのは?」
「・・・姫のペンダントです」
スプリがマリー姫の首元にかかったペンダントを指さした。
「・・・それが?たしか討伐作戦前に母様から受け継いでいた、代々王家に伝わるものでしたよね」
「はい。このペンダントがどういう経緯で伝わったかまではわかりませんが、これもまたツールの一つです」
「・・・な、なんと!」王が眠る姉にこれでもかと近寄ってペンダントを覗き込んだ。
「はっきり言って、姫様が眠っているのはそいつのせいだな」サーマが告げる。
「・・・と、いうと?」思わずアンが問いかけた。
「そのペンダントもまた古代のヒィアートツール・・・そして正確には眠っているんじゃなくて、封印・・・いわば完全な凍結状態で時間が止まっていると言っていい」
ウィンティアの言葉に全員が、驚きの顔を見せてマリー姫の方を今一度確認するのだった。
「・・・やはり、そういうことだったか」
「え?」
と、ペンダントの驚きの効果に同じように驚愕していたイスピーは、ニックからこれまでより低い声で呟いているのが聞こえて眉を潜めた。
そこへ。
「姉上が眠り・・・止まっているのがこのツールのせいだとするなら、解除すれば姉上は・・・!」
希望の目をしたトワネット王の声が飛んだ。
「はい、おそらく効果がきれて目を覚まします」
「そ、それじゃぁ!」アンもまた目を涙ぐませて巫女らを見やった。
「・・・ただ、私たちはツールの専門家ではないので、すぐに解除するのは難しいと思います。おそらく起動したのも王族専用のキーかなにかでだと思います・・・それを解析しないと」
「ま、せめて一晩はくれないとな!」
サーマが人差し指を立てて、王たちに言った。
「ひ、一晩!たった一晩で姉上が目覚めるのか!?」
「・・・確実ではありませんが・・・おそらくです」
ウィンティアが言葉を添えるが、兄妹は余り耳に入っていないのかお互いに手を取って、姉の帰還に心を躍らせていた。
そんな光景をひたすら無言で見守っていた兵士長は・・・いま、この時だけ怪しく口角を吊り上げていた。
そうして――。
※
「す・・・すごい・・・あの巫女ちゃんたち姫様起こせるんだって・・・」イスピーが言った。
「やっぱ外の情報ってすごいんだね・・・僕もいつかは・・・」とそこまで言ったところで、なにか違和感があるのに気が付いて言葉をやめた。
「ねぇ、ニック、さっきから怖い顔してるけどさ・・・あの姫様になんか・・・」「イスピー!」
すると、ドラゴン剣士に話しかけているつもりだったイスピーだったが、ガックの声に遮られたことに不満げで振り返った。
「なによガック、大きな声出すなって・・・」
「ニックがいない!」
「え!?」
ガックのセリフに狐耳の先までビリビリと尖らせたイスピーは目を何度もパチクリさせた。
同時に先ほどまで危うい目つきや、怪しいセリフが脳裏をよぎる。
そして、あれこれと考えるよりも先に、姫たちのいる室内の中央で、ダン!!と何かが着地するような音が聞こえたのだった。
※
それは誰にも予想できない出来事であった。
そう特にイスピー達にとっては。
響いた着地音の中心、その先に「彼」はいた。
小柄な身を起こし、鋭いドラゴンの瞳での己に集まる集中の目を反対に睨み返す。
ドラゴン剣士――闘士ドラゴンニックは剣を引き抜き、王たちへと向けていた。
もちろん、トワネット達も、巫女も、そして兵士長さえも驚きで固まってしまっている。
「・・・・!」「・・・・だ、だれ!?」
「トカゲ?」「蛇だろ?」「・・・だぶんドラゴン」
王や巫女たちがそれぞれに言うが、兵士長だけは突如として現れた、その顔に眉を潜めて一歩踏み込んだ。
「・・・お前!ニック!?なぜここに!?ど、どうやって城に!?」携えていた剣に手をかけ、兵士長が叫んだ。
だが、それにニックは何も応えずマリー姫の方を睨むだけ。
そして。
「マリー姫を目覚めさせるわけにはいかない!!こちらに引き渡してもらおう!!」
大声が部屋中に木霊した。
無論、その言葉に全員に衝撃が走り、それは隠れていたイスピーたちにも同じく驚愕を与えた。
「はぁぁああ!?ニックなにやってんの!?どういうこと!?」
「静かにイスピー!見つかっちゃう!」
今はどうにかニックに注目が集まっているので、こちらに目が向くことはないだろうが、それでもとガックは混乱気味のイスピーを押させて物陰に奥に隠れる。
しかし、そんな二人のやりとりなど無視して、ニックの方は事が進んでいく。
「き!君!!どういうつもりだ!!賊の類か!?兵士長!!」王が叫んだ。
「・・・トワネット王・・・!その者は巫女の護衛に付き添ってくれた剣士であり・・・我々の命の恩人でもあります・・・!」
「な・・・なんと・・・!」
兵士長から簡潔に目の前のドラゴン剣士の素性を教えられたトワネット王は、何度も目を瞬かせて彼を見やった。
「あ・・・あなた!どうやって忍び込んだか知りませんが、なぜ姫様の目覚めを邪魔するのです!」アンが言って強く睨んだ。
しかしそれに対してもニックは一切動じず剣先を向けたままであった。
「説明しても信じまい・・・!おとなしく彼女を渡してくれ!そうしてくれれば、魔王は・・・」
「今だ!!取り押さえろ!!」
瞬間、声を荒げていたニックの話を割って兵士長の声が飛んだかと思うと、なだれ込むように衛兵たちがやってきてニックを取り囲んだのであった。
「神妙にしろニック!これは重罪だぞ!!」
「・・・ちっ」
初めて姫以外に視線を移して、取り囲む衛兵達を確認するニック。
「魔物を倒せる腕前のお前にとって、この程度の包囲など何も感じもしないだろうが・・・魔物と違って兵らの命を奪うことはできまい」
兵士たちを指示しながらに兵士長は、少しずつニックへと近寄っていく。
すると物々しい雰囲気の中で、巫女たちはマイペースになにやら会話をしていた。
「ど、どうしよう・・・」スプリが困り顔を見せている。
「起こすって約束したんだ、やらなきゃ巫女の面子がたたねいぞ?」サーマが告げる。
「・・・姫様奪われたら、終わり」ウィンティアが続く。
そうして首を何度か横に振ったり上下させたり、忙しく悩んだスプリは「よし」と決断した。
「姫様を守ろう!サーマお願い!」
「あいよ!」
スプリの声に頷いたサーマは再び姫の方へと手をかざすのだった。
※
「兵士長、君の言うことはその通りだが、私とて無理に戦うつもりはない。こなれば、強引だが
姫を攫って逃げ果せるだけだ!」
すると言い終わると同時にニックは素早く飛び上がった。
そうして包囲も王様たちも飛び越えて一気にマリー姫の横たわる寝台にまで跳躍したのだった。
皆が「しまった!」と騒めく中でもニックは己が行動が最優先と聞く耳持たず、そのままマリー姫へと手を伸ばした。
―――が。
ブゥン・・・
「・・・!?」
マリー姫が突如として消え去ったのでニックは目を丸くして驚いた。そこへ。
「今です!王様!」
スプリの声が飛んだことに驚いて振り向いたニックだったが、既に時は遅かった。
そこにはもう渾身の体当たりを決行中のトワネット王がいて、姫の消失に気を取られていたニックはものの見事に背後より王の体当たりをお見舞いされてしまったのだった。
「だぁああ!」
「・・・・ぐっ!」
ドカ!!と激突音を立てて床に倒れたニック。
するとそこへ間髪入れずに衛兵たちが抑え込みに何人もが覆い被さってきた。
「・・・・・・くっ!どけ!このままでは!」
もがいて叫ぶニックだが、十数人にも及ぶ衛兵たちの全体充分を払いぬける腕力はなく、そのまま身動きの取れない形になってしまうのだった。
そこへ。
「へへーん、騙されたなトカゲ野郎!」サーマの声が飛んできた。
その腕にはウィンティアと一緒になってマリー姫を抱えている光景が拡がっていた。
「あんたが触ったのは私が作った記憶映像さ!平面より立体で映す方がかなりテクニックいるんだぜ?」
言い終えて勝ち誇った笑顔を見せるサーマとウィンティア、横ではスプリが一生懸命謝っている。
「・・・そ、そんなことができるとは・・・」
巫女たちの能力に思わず声が漏れたニックは、諦めたように首を横に振った。
するとそこへトワネット王が彼に視線を合わせた。
「・・・・・・ニックとやら、後で事情を聞かせてくれ・・・姉上が目を覚ました後でな」
きつく縛り上げられ、捕縛されたニックに優しく告げると王は踵を返して今度は兵士長に目を向けた。
「兵士長!あとを頼む・・」
「はっ!!」
ビシッと敬礼をとる兵士長。
すると即座に兵たちに指示を飛ばして、ニックの連行に動くのだった。
「・・・くそ!待て!」遠ざかってゆく姫にニックが叫ぶも、無言の返事で終わり彼に悔しさが沸き上がっていく。
だが、部屋の出口近くまで連れてこられたところで、そっと兵士長が近寄ってきて耳元で何かを囁きだした。
「危なかったよニック・・・君がどんな理由で邪魔しようとしてたか知らないが、これで姫は目覚めることができる・・・・・・」
それは結果的そうなったことで、わざわざ小声で言わなくてもわかりきったことであった。
嫌味で改めて聞かせているかと考えたニックだったが、兵士長の言葉はまだ続いていた。
「・・・・・・・つまり魔王様が復活する」
「・・・――なっ!?」
瞬間、ニックは心臓が止まるくらいに驚いて声を詰まらせた。
「兵士長!お前まさか!!」
「連れていけ!独房だ!!」
ニックが叫ぶより強く、威圧した声で叫んだ兵士長は、小声だっために会話が聞こえていなかった兵士らに指示をおくると、未だなにか言いたそうなニックをそのまま部屋の外へと追い出してしまうのだった。
あとには王らと巫女と姫が残されていた。
一同は騒ぎが治まったことに、それぞれ溜息をついて次なる作業の準備とりかかろうと動き始める。
と、そんな中でトワネット王は足元に何かが落ちているのに気が付いて拾い上げた。
「・・・これは、あのドラゴン剣士の剣か?」
あったのは一本の剣であった。彼の身丈にあったサイズ故、普通のものより小柄だが、ずっしりと重く鋭さも相当なものに見えた。
とはいえ賊が持っていた武器というだけで、これといって特別性なものがあるわけではない。
ならば何か剣に施された模様や紋章なんかで彼の身元に繋がるものがないかと、ぐるりと一回り確認してみた。
「・・・ん?」
すると、ちょうど剣の真裏、柄の下部分に妙な印が刻まれているが見えた。
しかしそれは模様や紋章というよりは、いたずら書きにようで、素人が削って描いたような印であった。
「・・・これ・・・どこかで・・・」
印に既視感があるのか、王はしばらく考え込んだが、妹からの「移動する」という声が聞こえて、疑問をそのままに剣を持ったままその場から立ち去ってしまうのだった。
※
そうして、誰もいなくなった室内の上層片隅で、ようやく動く影があった。
「ど、どうしよう・・・」「ニックが捕まるなんて・・・」
イスピーとガックであった。
二人は今の一連の騒ぎの中、息を殺し、気配を消しては事が治まるのひたすらに待っていたのだった。
「このまま帰る?姫様の目覚めを出すとか・・・独占記事を書くとか・・・」
「ダメよ・・・そんなの書いたら、すぐに疑われるわ・・・」
「で、でも・・・それじゃ、なんのためにここまで潜入したのか・・・それに一晩経ったら姫様は目をさますんでしょ?」
「・・・・・・・・・それは、そうだけど・・・」
ガックの言葉に、難しい顔を見せるイスピー。狐耳も折れ曲がって落ち込んでいるようにも見える。
「・・・ねぇ、ニックは何がしたかったと思う?」すると突然イスピーが問いかけた。
「え?何を・・・って?姫様を目覚めさせたくなかったってことかな・・・」
「・・・だよね。でもなんで?姫様を起こすための護衛までやっといて、それと真逆の事をするなんて・・・」
「そ・・・そういえば・・・そうだね・・・」
イスピーの言葉に今度はガックが首を傾げる。
「・・・・・・これは何か裏があるはずよ」キッ!と目つきが変わるイスピー。
「決めた!ニックを助けるわよ!」
「え!えぇ!?」
イスピーの思いがけない考えにガックは驚いて眼鏡がずれてしまう。
「ここに入れた恩返しみたいもんよ!それに絶対、姫様以上のスクープだってあるはずよ!」
握りこぶしを作って意気込むイスピーにガックはズレたメガネを直して一度唾を飲み込んだ。
「ほ・・・本当にやるの?・・・というかできるのかが・・・」
「やるわよ!できるわよ!さぁ行くよ!」
そうして引っ込みがちのガックを引っぱたいて、イスピーはニック救出に動き出すのだった。