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第3章 洞窟内の大蛇



「ほぉ、たいしたもんだ」

ドラゴン族の小柄な剣士ニックがトカゲ顔で感心していた。

見事、巫女を乗せた自走式荷車が動き出していたからだ。そしてその脇では、体力と精神を使い果たして座り込むメガネの青年ガックがいた。

「やればできるじゃない、ガック」

「無茶ぶりはやめてよねイスピー・・・」

頭を垂れるガックにイスピーが声をかけた。

しかし荷車の修復が叶ったことで、イスピーたちの同行は許されたものの、一行は先を急ぐためと、すぐに動き出したのだった。それにガックは「ちょっと待って」と言うも、絞り出したような声には誰の耳にも届かなかった。

「・・・仕方ない、私のゴーストを使わせてあげるか。それならガック自身は辛くないもんね――よし、来たれゴースト・・・」

と、いきなり何かを唱え始めたイスピーを見た瞬間、ガックは焦りと青ざめた顔を見せて首を何度も横に振った。

「待って!憑りつくやつはやめて!前にそれやって全身筋肉痛が1週間続いたんだからね!」

「――我が言葉に応えたまえ」まだイスピーの口は動いていた。

「わかった!わかったよ!歩くよ!歩きますよ!ほら!だからストップだってばイスピー!」

そうして、やけくそ気味に立ち上がったガックは勢いのままに、何かを唱えるイスピーを抑えた。

集中していたのか、少しビクッと肩をすくめたイスピーは「そっか」とだけ応えると笑顔を見せて動き出した荷車と兵士たちの方へと歩いて行った。

「・・・はぁ」

大蜘蛛の躯の脇を通り抜ける巫女一行を見つめながらに、ガックは一段と大きな溜息をついてから、彼らの後を追いかけるのだった。


                              ※


 やがて森を抜けた一行は、明るい陽射しがさす広い草原へと出た。

共を三人増やした巫女の護衛隊は自走する荷車に付き添っては、黙々と足を進めていく。キュラキュラと荷車の車輪の音と、一行の足音だけが草原に鳴り響いた。

「・・・そういえば」

と、ニックがそんな黙進するだけの中で口を開いた。

「あの森の入口で倒れてた二人・・・あれも記者だったのかわからないが・・・放っておいてよかったのか?」誰に聞くでも言ったニック。

「いいのいいの。いい薬になってるはずだから。自業自得よ」それにイスピーが鼻で笑って答えた。

「そ、そうか・・・」

そうして半ば無理やり納得したニック。しかしそこへガックが慌てた声を出した。

「で、でもまたあのでっかい蜘蛛が出たら・・・!」

「あぁ、それは」

「その点は大丈夫だろう」

すると答えようとしていたニックより先に髭の兵隊長が応えた。

「あの蜘蛛は本来あそこに生息していないはずだ・・・あれは巫女を狙ってきたのだ」

その言葉にガックとイスピーが眉を潜めた。

「巫女を・・・?」二人して問いかけた。

「そうだ」今度はニックが応えた。

「あれは・・・おそらく『魔物』だ」

そう告げた瞬間、兵隊長の睨みがニックに走ったが、反対にニックも睨み返してトカゲ顔の瞳が熱を帯びだした。しかし、そんな視線のぶつかり合いなどどうでもいいとイスピーが割って入った。

「――・・・魔物って魔王との戦いのころにいたっていうやつでしょ?そんなのがまだいるの?」

「・・・生き残っていたのかどうかはわからないが、魔物とは、生き物が魔王の力に『あてられて』怪物と化したものだ・・・」喋るニックに兵隊長の鋭い視線が突き刺さる。

「でも、なんで巫女を狙うの?」イスピーが問うた。

「巫女が眠り姫を起こす・・・そうすれば勇者が――」「そこまでだ」

言いかけたニックを兵隊長が言を強めて遮ると一瞬にして空気が張り詰めて、一行の足取りが重くなった。

 ニックと兵隊長は再び視線をぶつけ合い、無言の論争をしているがごとく険しい表情を作っていた。そんな横ではイスピーが手帳にペンを走らせ満足そうな顔をしていた。




 森を後にして一行は平原をひた進む。先ほどのニックと兵隊長のピリピリとした会話は何かを『隠している』のはイスピーもガックもわかっていた。どうにもセイヌ国側は巫女やそれら関連の事柄をあまり口外したくないよう振舞っているように見える。

 事実、兵隊長のイスピーらを見る目は邪魔者を見る目そのものでしかない。ガックが荷車の修理をできることで置いているにすぎず、その部分が解決できれば追い出されても可笑しくないように思えていた。

 しかし、ガックにはセイヌ兵たちと同じくらいにドラゴン族の剣士ニックが気になっていた。

余りに巫女のことや、眠り姫のことにまで精通しているようだった。しかも先ほどのセリフの中には「勇者」の単語まで出てきた。勇者とは魔王軍討伐の際、魔王本人を討ったとされる戦士である。今は消息不明となっているが、戦いに疲れ平和になった世で騒がれるのを嫌い隠居生活をしているのでは、というのが世間一般の通説である。

この通説にはガックもイスピーも特別、怪しむ点はないと考えていた。

 と、いうよりも魔王軍との戦い自体、二人が産まれるより何十年も前のことで、二人は平和になった今の世の中しか知らず。そんな危ない時代があったことなど、いまいち感覚として把握しきれずにいた。おまけに戦いを勝利に導いたとされる姫は、存在のあやふやな『眠り姫』となり、勇者もまた消息不明。

 そうやって月日の流れとともに世間の記憶は魔王軍に勝ったという事実だけが浮き彫りになり、姫も勇者も蜃気楼のような朧げな存在にしてしまった。


「・・・ねぇイスピー?」「うん?」

一行の最後尾をついて歩くガックが隣のイスピーに話しかけた。

「あのニックてドラゴン族の人、どう思う?」

「どうって?めちゃくちゃ強い剣士なんじゃないなの?あんなでっかい蜘蛛だって一刀両断だし」

「そこだよ。なんでドラゴン族なのに剣を持たなくちゃいけないんだろう?」

「さぁ?あ、でも、ほら言ってたじゃん。人型のほうが動きやすいって」

「・・・うーん、確かに言ってたけどさ」腕を組んで考え込むガックは、一度メガネ越しに前の方を歩く小柄な剣士の背中を眺めてみた。人型のドラゴン族剣士、それしか言いようのない格好にまた唸るだけだった。

「なんか気になるの?」イスピーが問いかけた。

「・・・本来、ドラゴン族は人型になることってないんだよ。必要性がないからね。剣だって、ドラゴン属の爪の方が強度だって上だし」

「ふーん。じゃ、ドラゴン族じゃなくて角の生えたトカゲ族なんじゃない?」

「・・・ま、まぁそういう風にも考えられなくもないけど――それに、すべてのドラゴン族を調べたわけじゃないから確定的なことは言えないけどさ」

ガックに対して、あっけらかんなイスピーが青空を往くワタリペンギンの群れを見つけて、「おー」と感心の声を上げていた。

 そうして謎と違和感を抱えたままのガックは、小さな溜息をつくと一度これらの考えは後回しにしようと、一行の後をついてくことに専念するのだった。


 やがて、太陽が真上に昇るころ、一行の進む景色はわずかだが様変わりしてきていた。草原を作っていた野原は消え去り、代わりに背の高い山が丘が見えるようになり、道のりもしだいにだが、険しくなり今まさに坂道を歩き続けている最中であった。

ガックの顔に疲労の顔が見えてきたのにイスピーが気づいて、キツネ顔を覗き込ませた。

しかし、ちょうどそのとき荷車の先頭で声がした。

「もしかして、ププッコ洞窟を抜けるのか」

ニックの声だ。

しかし、なにやら可愛らしい名前も聞こえてイスピーとガックは前の方を覗き込んでみた。

どうやら先頭をあるく兵隊長にニックが話しかけているようだった。

「そうだ。洞窟を抜ければセイヌは、すぐそこだからな」

「たしかに山を迂回していれば丸一日はかかる―・・・しかし・・・」

兵隊長の静かな声にニックは頷きはしたが、そのまま腕を組んで悩ましそうな顔を見せていた。

「たしかあの洞窟は魔王戦時には作戦地じゃなかったか?まともに道が残っているのか?」そう問いかけたニックだったが返答するはずの兵士長は不思議そうな顔を見せていた。

「・・・・・・ずいぶんと旧い話をするんだな?」「え、え?あ、そ、そうか?」少し慌てたような顔を見せたニック。

「戦後まもなく洞窟内は整地され、今では行商人には必須な商用通路になってる」

そう言うと兵士長は道のりの先の方を指さした。その先には重々しい岩山の麓に大きな縦穴が開いており、ちょうど縦穴の向こうから誰かだやってくるところであった。

 どうやら兵士長の言う通り行商人に用で、老夫婦が二人して大量の荷物をリュックサックに詰めて背負っていた。

そのまま老夫婦は巫女一向に明るく会釈しながらに通り過ぎると、イスピーやガックにも見送られながら一行とは反対方向へと去っていくのだった。

「・・・わかったか?」兵士長が少し口角をあげてニックに問いかけた。

「そ、そうみたいだな・・・」トカゲ顔を焦らせながらに頷くニック。

「まぁ、しかし先ほどの森の件もある――用心するにこしたことはないだろう」

そう、結論づけた兵士長は一度荷車を見つめ、そしてチラリとニックを見てから洞窟の方へと視線を移した。

ぽっかりと空いた暗闇の縦穴は、一行を飲み込むがごとく不気味さを感じさせていた。


                       ※


 『ププッコ洞窟:かつて魔王との戦いで激戦地となったのが、この洞窟です。その激戦の中でも王国軍の猛者と言われたのが戦士ププッコである。ここはそんな戦士ププッコから名付けられた洞窟である』

洞窟を入ってすぐにあった立札を読んでイスピーが「ふーん」と頷いた。立札にあるとおり薄暗い洞窟内にはいたるところに焦げた跡や刃の跡などが残されている。それに今歩いている道は新道で、脇の方には立ち入り禁止と鎖で閉ざされた細めの道があるのに気が付いた。きっとそれが旧同だろうと、納得して、洞窟内を進む一向についていく。

 荷車は洞窟の天井すれすれを掠めながらに前へ前へと進んでいく。脇の兵士たちもここを抜ければ国はすぐだと僅かだが嬉々としていた。

「イスピーはこの洞窟通ったことないんだ?」足並みを揃えてガックが聞いた。

「そうね。まぁでも、いくらセイヌまでの最短距離だからってわざわざ洞窟越えする人も少ないでしょ?いまなら街を抜けていく大通りがあるんだから」

確かに。とガックが頷く。

 行商人の様に時間にシビアな人たちには、少しでも早く目的地に達することができるこの道を使う者が多い。無論、それ以外でも洞窟越えをするものはいる。普通の平地なんかの道と比べれば険しいのは否定できないが、脇に伸びている旧道を見れば、まだこの新道の方が路面は綺麗な方だと理解できた。

 そうして黙々と洞窟を進みゆく一行にイスピーとガックは巫女と、そしてニックにも目を凝らして追従を続けた。

「あ、あれって旧道かな」

と、ある程度進んだころ、ガックが何かを見やってつぶやいた。イスピーも気が付いて彼の差す方向に視線を向けた。

 今いる新道を上に、そして旧道を下にして道同士が橋の造りで交差していた。ガックはその下の道を見つけて言っていたのだ。おそらく先ほどの脇道の続きなのだろう。完全に廃れているようにも見えた。

手入れするものなどのいないのだろう、岩崩れや瓦礫なんかが道中に散乱している。更には朽ち果てた年代物の武具の類なんかも転がっており、かつては戦地だったことを教えていた。

「・・・・・・・転がってるのはガラクタだけよね?」

「怖いこと言わないでよ」

すこし冗談交じりに言うイスピーに、ガックは声を小さくして言い返した。

しかし、イスピーが旧道の方を眺めると同時に、ふとニックの方へと目を向けた。そこには自分たちと同じように旧道を目を向ける姿があったが、何故だかどこか物悲しげな瞳にも見えたのだった。

その時。

ゴォン!

「え?」

どこかで大きな音が鳴った。まるで巨大な何かが壁にでもぶつかったような音だ。

全員がそれに気づき警戒を強めた。洞窟故に音は反響して皆の注意力をグングンと高めていく。

中でも兵士長とニックの意気込みは目に見えてすさまじく、近寄るもの全てを屠る勢いであった。

そこへ。

ズルズルズル。ズルズルズル。

また音が鳴った。それも今度は不気味な地を這うような音である。そしてその音は目下の旧道の奥の方から聞こえてきていた。おそらく先の大音と同じ主であろう。

全員の視線が音の方向へと集まった。その時。

シャーーッ!!!!!

正体である、巨大な蛇が姿を現したのだった。

鋭く細い目が巫女一行を睨みつけると、不気味にギラリと輝かせた。そして全員が驚きの中ある中、巨大な蛇をその身を屈めると弾丸の様に突進してきたのだった。

ガツン!!と巨大な体当たりは一行のいる橋形の新道を横腹から揺らした。それによって全員が地震のごとく揺れる足元に踏ん張っていた。――が。

「まずい!崩れるぞ!!」ニックが叫んだ。

その瞬間、新道の橋にはひび割れが走った。全員の顔が青ざめる。

「イスピー!ここから落ちたらさすがに荷車はもたないよ!」

「・・・そ、それは困るわ――ええい仕方ない・・・来たれゴース・・・」ガコンッ!!

イスピーが荷車に近づき何かを言い終えるより先に、嫌な音を立てて新道の崩落が始まった。「うわぁああ!」と兵士やガックらが転げて落ちていく悲鳴が聞こえる。ニックと兵隊長は驚きつつも、崩落に合わせて身軽に旧道の方へと降っていく。そしてイスピーは。

「よかった間に合った」

なんと、彼女の身は宙を舞っていたのだ。それも荷車ごとである。薄緑の靄に乗っかるように身を預けていた。そうして皆が瓦礫に混ざって旧道にまで転げ落ちているところをイスピーと荷車はふわりふわりと、ゆっくり下降してきて靄を消し去りながらに見事に着地するのだった。

 

 もちろん、その光景に巨大蛇の対処もあるが不思議な芸当にニックや兵隊長はじめ皆の注目が集まった。

「すごいな・・・そんなツールを持っていたのか?」

「魔術か?魔法族の血筋なのか?」

ニック、兵隊長と続いて問いかけた。後ろでは瓦礫に混じって残りの兵士たちとガックが痛みに声を上げながらも起き上がってイスピーと荷車に近寄ってきた。

「えっへへー!遠からず近からず!私はキツネ族の中でも降霊術・・・――ゴーストを操る種族なんです!」

と、イスピーは自慢げに狐耳をピピンと動かして鼻高々に胸を張った。

そんな彼女の頭の上にはいつの間にか薄緑色の丸い塊が乗っかっていた。まるで短い手足の生えた木の実である。狐耳の間に挟まって可愛らしい顔で皆に目配せしている。しかし、それはどこか実体がないようで靄の様にゆらゆらしていた。

「降霊・・・?その頭に乗っているのがそうなのか?」兵隊長が聞いた。

「あぁ、でも実際は幽霊じゃなくてヒィアートの塊で・・・」

シャーーッ!!!!

またしてもイスピーの言葉は最後まで続かなかった。

巨大蛇は瓦礫となった新道を乗り越えnて、いまだ体勢を戻していない一行へと襲い掛かろうとしていた。それに位早く反応したニックは剣を引き抜くと、蛇の前に立ちはだかって睨みあった。

「話は後だ!こいつは俺が引き受ける!その間に巫女を連れていけ!旧道でも出口にはつながっているはずだ!」

「ごご、ごもっとも!ほら行くよ!ガック!」

「え?う、うん・・・でも」

とイスピーに急かされ痛む体に鞭を打って足を動かすガックだったが、一度剣を構えたニックの方を振り返ってみた。そこにはドラゴンの顔に力強い眼光を光らせる剣士がいるだけだった。

 そうして、ガックはイスピーに手を引かれ半ば半強制的に蛇と剣士が対峙する戦地からは遠ざかることになるのだった。

自走式の荷車が路面状態の悪い洞窟内旧道を進んでいく。それを囲むように兵士たちも走っては戦地より遠ざかる。今は、ニックの腕にかけることにしようと、皆が思っていた。

「なんなんだあのバカでかい蛇は!?」兵士の一人が走りながらに言った。

「知らん!あの蜘蛛といい蛇といい、なんだって俺たちに構わうんだ?!」別の兵士が言った。

「それにあのドラゴン剣士も殿を買って出たけど、大丈夫なのか!?ねぇ隊長?!」更に別の兵士が言って兵隊長に問いかけた。

――しかし、兵隊長からの返答はなかった。

「隊長?・・・ん?」そこで皆が違和感を覚えた。

「あれ?」「え?」皆が足を止めてあたりを見渡し始めた。

「んんん?」

イスピーも同じく、違和感の原因を突き止め首を傾げた。

「兵隊長さんがいない・・・?」

そしてガックが皆を代表して原因を口にするのだった。


                           ※


「あんたが残って大丈夫なのか?」

「うちの兵たちは優秀だ――洞窟を抜けるくらい訳はないさ」

巨大蛇と対峙していたニックの横には、同じく剣を構えた兵隊長が並び立っていた。ニックに倣うように蛇を睨みつけては一度大きく息を呑む。

「こいつも魔物の匂いに『当てられた』」くちかもしれん・・・」

「あぁ・・・そ」

シャー―――ッッ!!ガラガラ!バシン!!

と、兵隊長の言葉を割いて大蛇が動いた。その実を瓦礫の上から激しく引きずらせたかと思うと、巨大な尾で二人目がけて振り下ろしたのだった。衝撃で地響きが鳴り響き、土ぼこりが舞う。

 兵隊長は横っ跳びに転がって回避に成功した。一方でニックは軽く跳躍して尻尾攻撃を避けると、丁度蛇の頭上を眺める位置にまで飛び上がっていた。

「・・・あれは?」と、蛇の頭を覗き込んだ時にニックの目には何かが飛び込んだ。

蛇の頭には小さいが奇妙な印が描かれていた。あまり形らしい形を成していないが、どうも何かのマークにも見えなくなかった。

 だが、そんなことも思考させまいと大蛇の牙が空中のニックに迫った。

飛び上がったがゆえ、そのまま降下してくるところ狙ったのであろう、そのまま飲み込んでやろうと大きな口をかっぽりと開けてニックを飲み込みにかかった。

「・・・この!!」

ガキン!とニックが一閃。迫ってきた蛇の口目がけて剣をふるった。斬撃は蛇の牙に命中して見事へし折ってしまうのだった。

グォオオオ!!

瞬間、蛇が吠えた。折れた牙は地に刺さり、ニックを飲み込まんとしていた行動を取りやめて地をのたうち回った。更に地響きを鳴らしまわっては洞窟内は騒がしくなる。

「・・・効いてるみたいだな」と、着地を果たしたニックが呟いた。しかし、次には兵隊長の方が気になった。彼の方と言えば、のた打ち回る大蛇によって洞窟の壁が崩されて、そこから落ちてくる瓦礫に対処していた。次々に迫る岩壁をひらりひらと回避して、さらには蛇の無差別な攻撃にも持っていた盾も使ってなんとか防いでいた。

「・・・ッ!?」

が、次の瞬間。瓦礫の落下と大蛇の尾の薙ぎ払いが同時に迫ったのだった。

先に瓦礫の対処に体を動かしていた兵隊長は尾の薙ぎ払いに反応できずに、直撃を受ける形になってしまっていた。

しかしそこへ「危ない!!」とニックの声と共に彼の剣が『飛んできた』。飛来した剣は兵隊長を通り過ぎ、そのまま蛇の尾を貫いて、更には切断すると薙ぎ払いを止めて見せたのだった。

再び痛みに吠える巨大蛇。それに兵隊長が無事だったことに安堵していたニックだったが、次に意識を蛇の方に向けた時には、怒り心頭の蛇頭がすぐ頭上にあるの気が付いた。

「・・・しまった!剣が・・・!」

急ぎ反撃と、思わず構えたニックだったが剣を持っていないことを思い出した。剣は今しがた投げて、蛇の尻尾と共に地に突き刺さっている。

そこへ。

シャーーッ!!と、報復だと巨大蛇はすさまじい勢いで頭を振って、ニックに渾身の体当たりをかました。

「ぐぁ!!」あまりの衝撃に小さな体のニックは吹き飛んで、岩壁に激突、瓦礫の中に埋もれてしまうのだった。

瓦礫のせいで姿が見えなくなってしまったニックを、熱心に探すよりも大蛇は未だ姿をさらし続ける兵隊長に狙いを替えた。

「くっ!」迫る大蛇に向けて、剣を構えるも、相手はまったく止まる気配を見せない。尾を切られた痛みを発散させるがごとく、身をうねらせ兵隊長に向け口を開いた。

瞬間。

カッ!と、兵隊長の瞳が赤黒く輝きそれまでの「人」らしかった色を失って、禍禍しい色味を放って大蛇を睨み返したのだった。

すると、どうしたことか大蛇はそれまでの猛威を打ち消してしまい、まるで震えているかのような仕草を見せたのだった。

「―――立ち去れ――時を待て――」兵隊長から人ならざる声が響く。

大蛇はその声にひどく怯えているようで、ズルリと巨体を後ずさりし逃げる仕草を見せたのだった。

そこへ――。

ガラリ、瓦礫の崩れる音がした。それに大蛇も、兵隊長も視線を向けた。

「必殺!!」

そこには剣を拾い上げ、剣を構えて叫ぶニックの姿があった。

「・・・・・・・え、と、――へ!蛇斬り!」

次の瞬間、今思いついたような技名を叫んでニックが飛び出した。怯んでいた大蛇だったが、既に逃げの体勢であったためすぐに逃亡を図ると、ニックが振るった斬撃は蛇の身を掠めて終わってしまうのだった。

ザク!と代わりに岩壁を切り裂いてしまい、またしても瓦礫を作ってしまう。それによって、逃げだした蛇を追う通路が塞がれてしまい、ニックと兵士長は瓦礫だらけの旧道に残されてしまうのだった。


「・・・逃げたか」剣を収めてニックが呟いた。

それに合わせて兵隊長も武器と盾を拾い上げた。その眼にはもう、あの禍禍しい色は完全に消え去っていた。

「無事だったか?」

「あぁ、なんとかな。すまない、また助けられたようだ」

短く感謝の言葉を返して兵隊長が進むべき道を確認する。大蛇の退散もあまり気に掛けず巫女らの跡を追いかけることだけを考えていた。

 しかし、横ではニックがどこか不満なのか、顎に手を当てて考え込むポーズを見せていた。

「なんで逃げたんだ・・・?」小さくつぶやくニック。

「命があっただけでいいさ。それより巫女を追わなければ」

そうやって、考え込むニックを制した兵隊長が進むべき道を決めて、次の行動に移るよう促した。

ニックもまた考え込んでもしかたないと兵隊長に続いて洞窟旧道を、巫女をはじめイスピーとガックを追って足を進めだすのだった。


                    ※


 「ねぇ、二人を待ってなくてよかったのかな?」ガックが問いかけていた。

ニックと兵隊長を失った巫女一行は今、洞窟な旧道をゆっくりと出口へ向けて進んでいた。イスピーは『ゴースト』と呼ぶ靄のような木の実のお化けを使役して、巫女が乗る荷車が進みやすいように荒れ放題の路面を風を起こして露払いしていっている。

「大丈夫でしょ・・・きっとニックを手伝ってるのよ。それにニックだってあのでっかい蛇を倒せると思ったから残ったんでしょ?」

「そりゃそうだろうけどさ」

イスピーの言葉にガックが情けない声を出す。だがしかし、他の兵士たちもガックと思いは同じなのか心なしか先程よりは活気のないように思えた。

 しかし、それでも一行は出口目指して歩み続けて、進んでいく。

「ねぇ?」と、そこでイスピーが急に兵士たちに向けて問いかけた。

「あの強面兵長さんがいないから聞くけど・・・、巫女って何者なの?」

その問に兵士たちがざわめいた。

「森にいた蜘蛛もそうだけど、さっきの蛇だって可笑しいわ。どっちも最近まで見かけたなんて情報はないはずよ?森もこの洞窟も街道として使われてるのに、あんな大きいのがいたなら噂ぐらいはあってもいいはずよ」

「た、確かにそうだね――あ、でも、ニックは魔王の毒に当てられたとかって・・・」

ガックが考え込むように言ったところで、ざわついていた兵士たちの中からひとりが声を上げた。

「お、俺達もよくは知らないんだ・・・、ただ国から命令があって隊長が外から連れてきたんだ。俺達は、そこから一緒に護衛に当たっているにすぎないんだ」

「・・・『外』ねぇ」呟きながらにイスピーは、またひとつ通路の石や瓦礫を風で吹き飛ばす。

「うーん、あのさぁ――ニックも言ってたけど・・・やっぱりこの巫女さんって狙われてるんじゃないの?」

と、狐耳をピピンと動かしてイスピーが人差し指を立てた。

「狙われてるって・・・あの蜘蛛とか蛇に?どうして?」ガックが聞いた。

「理由まではわからないけど・・・偶然にしてはちょっとねぇ・・・」

今、一度、「ふーむ」と考え込むイスピー。足元では木の実のお化けが指示をくれとピョコピョコはねていた。

そこへ――。

ドンッ!と背後から地を蹴るような音が聞こえた。

イスピーが「狙われている」などと言ったせいで、全員が驚きつつも警戒を強めてそちらへ意識を向けた。ゴーストもビビり上がり、イスピーの頭の上に飛び乗って震えだした。

そうして全員が目を凝らす中、音の主は颯爽と現れた。

「いた!無事だったか!」

地を走るというよりはまるで等間隔に地を蹴り飛んで来たニックがそこにはいた。

そんな彼の後ろを少し遅れて兵隊長も、重苦しい装備の中、腿をあげては走ってきていた。

「ニックさん!」「隊長!」

ガックと兵士たちが騒いで合流を果たした二人に歓喜した。

「あの化け蛇やっつけたんですか!?」「・・・あ、あぁニックが、だがな」

ワーワーと騒ぎながらに兵隊長を囲む兵士たち、隊長は困り顔で頷きながらも手柄はニックのものだと説明する。

 すると安堵の息をついていたニックのもとへ、イスピーが一歩踏みよっては、じーっと顔を覗き込んできた。

「ねぇ、さっきの蛇も魔王軍くずれとかだったの?」

「・・・え?あ、・・・・あぁ、おそらくそうだろうと思うが確証はない・・・」

イスピーの問いに思い出しながらに応えるニック。その視線は少しだけ兵隊長を見てから、すぐに狐顔の彼女に戻った。

「ふーむ、私の思い違いかな・・・」

と、今度は急に考え込むイスピー。そんな行動の切り替えの早い彼女に苦笑いながらもニックが咳ばらいをした。

「え、えーとだ。敵は追っ払っただけで倒したわけじゃないんだ。またいつ襲ってくるかもわからない、急いで洞窟を出た方がいいだろう」

そう言って、皆に注意を促したニック。

兵隊長が「その通りだ」と言葉を続けて、皆が再び警戒と不安を心を宿し直した。

そうすると、ふたたび巫女の荷車を守るように編隊が組まれて、洞窟内旧道を出口目指して再出発するのだった。


                     ※


 荷車を守る隊列は兵士長らの隊が前方を、そしてニックが殿を守る形で進んでいた。

イスピーとガックはちょうどその間、ニックの前を歩く形で追従していた。その間もイスピーのゴーストである木の実の幽霊が彼女の肩の上で踊っている。

「・・・なぁ、イスピー君、それは幽霊なのか?」と、そんな彼女へと背後からニックの声が飛んで来た。

もちろん、最後尾の更に後ろを警戒しながらのニック本人からの質問であることに、ちょっとだけ驚いてイスピーは振り向くと、歩きながらに説明を始めた。

「イスピーでいいわ、私もニックって呼ぶから。ねぇガック?」

「え?うん、そうだね、道中一緒にいるんだし気楽の方が良いと思うよ」

「・・・・・・・そうか、ならイスピー。それは魔法ではないのか?」

改めて一度瞬いたニックが問いかけた。

「魔法族のって意味よね?その通りと言えるような、そうじゃないようなってところね」

「・・・どういう意味だ?」ニックの声が低くなる。

しかし反比例するようにイスピーの肩のゴーストの踊りはキレが増していく。

「私の一族の遠い祖先に魔法族がいたらしいのよ。確認できないんだけどね。それで、もともとキツネ族は古くから空中絵画ってのを伝統技法にしてたの」

「空中絵画?」「体内のヒィアートを使って空中に絵を描く技法だよ。形のないヒィアートで物を象るアートみたいなものさ」思わず尋ねたニックに、傍のガックが代わりに応えた。それにニックはトカゲ顔の大きな口を閉じて「ふむ」と頷いた。

「・・・それで、どこで魔法族の血が混ざったかわからないけど、私の何代か前のご先祖様は空中絵画と魔法族の魔法を組み合わせた技術を生み出したの」

「それがゴーストか?」

「えぇ」と頷くイスピーの肩のゴーストは遂にはブレイクダンスに突入していた。、

「魔法は体内以外の自然界にあるヒィアートを操れるの、そして空中絵画はヒィアートを形にできる。つまり空気中のヒィアートを形にできるってわけ」

言い終えると同時にゴーストはダンスのフィニッシュを決めて誇らしげな顔を見せていた。

「そうやって出来上がった降霊術を更に何代にもわたって磨きあげて、パートナー的な存在にまで押し上げることに成功したのよ」お疲れと言わんばかりにゴーストの小さな額をぬぐってあげて、イスピーは小指でハイタッチを交わす。


「・・・だから厳密には魔法ではないの、根っこの仕組みはそうかもしれないけど。ツールだってだいたいのもは触れるし」

「――・・・そうか」ニックは深く頷きながらに険しい顔を見せていた。

「魔法がなにか気になるの?」と、ガックが何気に問いかけたが、「いや、なんでもない」と反射的に答えたニックはそのまま二人から一歩下がって、再び殿の役目を果たそうと警戒を始めるのだった。


「・・・・・・・魔法が気になるドラゴン剣士、か」

「それを見れば誰でも気になるんじゃない?」

怪しいむイスピーに、ガックはゴーストを指さして言った。木の実のゴーストは深々とお辞儀して、アンコールには応えられないと遠慮がちの笑顔を見せて、シュン!と靄になって消え去るのだった。

そうやって、すこしのやり取りに溜息交じりのイスピーらだったが、進行方向の向こうから光が差しているのがわかってそちらに視線を向けた。

外の光である。

どうやら無事、洞窟を抜けたようであった。



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