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第2章 行き先はセイヌ国



 事切れた大蜘蛛が割れた身体から紫の体液を噴出している。それらが周りの木々や草花に飛び散っては新緑のキャンバスを汚し切っている。

しかし、皆の注目は蜘蛛自体ではなかった。それを屠った一人の人物にあった。

剣を背負った小柄な人物。フードを被ったその下からはトカゲの顔が覗いてる。イスピーとガックも、そして兵士たちも、そんな彼に興味と警戒をもって見やっていた。

すると小柄な剣士が口を開いた。

「なぁ、あんた達・・・巫女を連れてるんだろ?」

その言葉に兵士たちはザワつき、警戒の目が強くなった。すると自分の問いに応えてくれない兵士たちに溜息の剣士は首を横に振った。

「別に答えなくてもいいけどさ・・・もう噂になってるし。それに――」と剣士が横転した荷車の方を指さした。

「巫女さま、出てきてるぞ?」

「なに!?」

兵士たちが一同に振り返った。イスピーも見逃さない!と彼らの視線を追いかけた。

横転した荷車の横扉が天に向いて開いて、ちょうどそこから誰かが上半身を見せていた。白い装束に白い髪の少女。青の瞳が心象的で、儚さの中に清らかさを含んでいるようだった。

そんな白の少女が、身を乗り出してキョロキョロとあたりを見渡していた。

しかし、それに兵士たちが一斉に息を呑むと彼らは一斉に頷いた。

「巫女様!中に戻って、何かに掴まってください!荷車を元に戻します!」兵士の一人が言った。

「・・・え?あ、は、はい」と、少女は小さく驚いた様子で答えると、飛び出ていた身体を素早く車内に戻した。

 それと同時に兵士たちが横転した荷車に集まると、それぞれに位置についた。

「せーの!」荷車の脇に、下にと一度った兵たちが掛け声を上げた。地に寄った側面から兵士たちが持ち上げて車体は、グングンと正しい傾きを取り戻していく。そうして、斜めになった車体が元の向きに直るとともにそのまま地にぶつかるのを防ぐため、荷車の下に一度っていた兵士が車体を支えた。

「よーし、ゆっくりだ」

そんな掛け声の中、横転していた荷車は元の状態に戻って車輪を地につけたのだった。とはいえ蜘蛛の攻撃を受けたのか傷や汚れが痛ましく化粧されていた。

 そんな光景を腰に手を当て黙って見守る剣士。そんな後方の木々に隠れながらにイスピーは、先ほど少しだけ姿を見せた少女が巫女なのかと勘ぐっていた。

「ねぇ、やっぱりさっきのが巫女だと思う?」

「そうだろうね・・・それより」

イスピーの問いに短く答えたガック。彼の眼鏡越しの目は何故だか荷車をとらえていた。


「もしかして、あれ・・・」

「これ、自走式のツールか?」

何かを言おうとしたガックの言葉は、剣士の言葉で途切れてしまった。ガックは目を丸くした。まさに剣士が言ったことを言おうとしていたところだったからだ。

しかし、その言葉にまたしても兵士たちがザワついた。

「・・・・・・たしかにそうだが――なぜ知っている?」

「おいおい怖い顔するなよ。前に一度見たことあるだけだ」

鋭い目つきの髭の兵士に、なだめて言う剣士が身振りをつけて応える。

 すると怪しむ兵士たちの視線も気にかけず、剣士は徐にフードを取り払って素顔を見せたのだった。

 トカゲの顔がはっきり見えて皆の視線が彼に集まった。トカゲ族の物など別段珍しくはないが、彼の特徴として鼻先と頭部分にちょっぴりと角が伸びていた。

「・・・まさかドラゴン族か?」

「あぁ一応な。ドラゴン族の中でも最弱の種族だけどな。それとこの姿は、こっちの方が剣も振れるし仕事もしやすいからだ。――と、いうことでひとつ提案があるんだ」

ドラゴン族の剣士が、またひとつ切り出した。

「俺も巫女の警護に加えてくれないか?剣の腕には自信があるんだ。それにセイヌにも用があるし」

一度、倒れた大蜘蛛の方へと視線を促すと笑顔を見せて兵士たち「どうだ?」問いかけてみた。

それにざわつく兵士たちだったが、あの髭の体調が一歩歩み寄って剣士と向き合った。

「――腕が立つのは認めよう・・・あぁ・・・」

「ニック。ドラゴン族のニックだ」名を呼ぼうとして兵隊長が口ごもったのに剣士が己の名を添えた。

「そうか。では、ニック。嬉しい申し出だが――」

「あの蜘蛛は魔族の生き残りだ」

剣士ニックは断ろうとした隊長の声をさえぎって低い声で言った。

同時に隊長の顔が曇ったのがわかった。ニックと隊長は、少々視線を合わせあい無言の対話を続けた。そして。

「――国に戻るまでに、あんなのがまだ出てくるぞ?」ニックが強めに言った。

髭の隊長は難しい顔を見せると、腕を組み「むむむ」と唸た。そうして深く考え込んだあとで、ようやっと口を開いた。

「・・・いいだろう、部隊に加わってくれ」

ぼそっと告げて隊長は踵を返すとそのまま荷車の方へと歩んでいった。

ニックは軽く笑って「了解」の意思を表すと隊長に連れ立った。


 そんなやりとりを覗いていたイスピーは、必死に手帳にペンを走らせていた。

「ドラゴン族の剣士、巫女一行を助ける!その正体は―ー・・・ふふ、イケそうね」見出しを考えながらに気味の悪い笑みをこぼすイスピー。

 その横でガックもまた双眼鏡で荷車の方を確認していた。

「すごい・・・あれ、戦時中のころのツールだよ!」

「はいはい、オタク心で元気になったのは良しとしてあげるわ」

一人、盛り上がっているガックを諫めてイスピーはペンと手帳を片付けると、再び巫女一行を見張った。

 ドラゴン剣士を加えることになって、いざ再出発といったところなのだろうが、どうにもその気配がない。それどころか、荷車の前に集まってなにやら話し合っていた。

イスピーは狐耳をピンと立てて、集中力を高めた。


                       ※

「・・・どうした?」

隊長が、荷車を眺めて困り顔の兵士に問いかけていた。

「はい、どうにもツールに異常があるようでして――このままだと押すか引くかして運ばなければなりません」

と、兵士が簡潔に説明すると荷車についた大きな傷跡を示した。大蜘蛛の爪痕とでも言うべき切り傷が痛々しく残っている。そこから、ちょうど装甲がはがれて、異常の証をあらわしていた。

「エンジニアは連れてこなかったのか?」ニックが聞いた。

「生憎とな。別件でそちらに全て回されたんだ――・・・・・・ふむ。しかたない、近くの町で直そう。それまで押していくぞ」と、隊長が告げると兵たちはトーンダウンした返事をして頷いた。

ニックも「それしかないか」と頷いた。

そんな彼を荷車の窓から巫女の少女が覗き込んでいた。トカゲ姿のニックが気に入ったのか嬉しそうに手を振っており、ニックもまた笑顔で手を振り返した。

そこへ――。

 「ちょーーっと待ったぁ!!」

――突然、キツネ族の女性と、メガネの男が飛び込んできた。男の方は女性に無理やり手を引かれて驚いたままの顔をしていた。

 無論、またしても兵たちは警戒のために武器に手を添えた。

「はいはいはいはい!その自走ツール!私たちが直します!ね?ガック!」

「へ?えええええ?!イスピー・・・・ちょ」

「ね?ガック!!」キツネ族の声が一段強まる。

「ちょ、え・・・あ、はい」冷や汗交じりでメガネの男は頷いた。

そうしてメガネの男を優しく嗜めたキツネ族の女性は代表するように兵たちに歩み寄った。

「・・・誰かな、君たちは?」隊長が尋ねた。

「私、記者のイスピーって言います。あ、こっちはガック。それでですね、その自走ツールを直す代わりになんですが――」イスピーが少し、言葉を溜めた。

「――私たちも同行させて欲しいんです」

「なんだと?!」

隊長を含め、兵たちも驚いた。ニックも驚いたようだったが少し目を見張っただけで、すぐに優しいまなざしに戻るとイスピーらを見ているだけだった。

「何を言っている!我々が何の――」

「知ってます」イスピーが低い声で言って隊長の言を奪った。

「セイヌ国に伝わる『眠り姫』、彼女の呪いを解くために巫女が必要なんですよね?そして、今、そこに巫女が乗っている――ま、記者としては当然の知識ですけどね」

自慢げに言うイスピーと、一方でハラハラした気持でいっぱいのガックが不安げな顔を見せている。

「姫の存在自体、眉唾だったけど――巫女は本当に連れているみたいだし、ということは姫も本当なんでしょう?セイヌ国としては姫の存在を隠しておきたいのかは知らないけど、出回るとやっかいな情報になるんじゃなくて?」

「・・・何が目的だ?」隊長がイスピーを睨んだ。

「ただ同行させてくれればいいの。推測で物書きするのは好きじゃないし、真実をこの目で確かめたいのよ」

目に熱いモノを燃やしてイスピーが言ってのけた。

仕事にかける情熱があふれたようだが、髭の体調にとっては悩みの種が増えただけだった。

と、そこへ。

「いいんじゃないか?」ニックが言った。

「直せるんなら直してもらおう――それに今の時点で情報が洩れても噂のままで終わるさ」

その言葉に隊長が唸って頭をかいた。

「大丈夫、邪魔にはならないようにするから!」

イスピーが「お願い」と手を組んで言うが、隊長は二つ返事をするはずもなく考え込んでいた。

そして一段と大きく唸った後で。

「とりあえず荷車を直して見せろ!」

野太い声でイスピーとガックに吠えのだった。


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