第1章 竜の剣士
第1章
『かつてこの世界は魔王とそれに準ずる軍隊によって侵略を受けていた。中でも大国セイヌは魔王討伐のために戦士を集った。それによって集められた戦士たちの中に勇者ロザムがいた。
かくして勇者ロザムと、太古の秘術をもつセイヌ国の姫マリーの活躍よって魔王は葬られた。
しかし、魔王討伐後勇者は姿を消してしまった。
そしてなんとマリー姫は『呪い』によって眠り続けるようになってしまったのだった。』
古めいた書類に目を通しながらにガックは『ふーむ』と頷いた。角ばったメガネから真面目な視線を向けて、また一段と童顔に皺を作っている。
ここルトガルの町は奇妙な盛り上がりに似たものを孕んでいた。有名人がくるとい噂に近いものだが、その有名人が真なるものかが疑わしくもあったからだ。
そんないつもと違う街の空気を感じながらにガックとイスピーは、働いている雑誌社を飛び出してキョロキョロとあたりを見渡していた。二人は、この大きくも小さくもない町にある『ウィークル』という雑誌社の新米記者である。イスピーの方がガックよりは少し先輩で、いつも彼を扱き使っているが、今回ばかりは彼が『特ダネ情報』を有しているため少々控えめではあった。
「それで、巫女ってあれでしょ?噂の・・・眠り姫の呪いを解けるって」
「噂ではね――けど、正直マリー姫の呪い自体、今じゃ信憑性ないからねぇ」
書類をショルダーバックに片付けてガックが息をついた。
「ま、たしかにそうね。魔王との戦いなんて30年も前だし、それに姫様だって本当にいるの?」
イスピーが肩をすくめて言った。
「それについては当時から情報が少ないようだね。セイヌ国は情報規制したのかもしれないけど――それも噂の域を出ないね」
その言葉にイスピーが面白くなさそうな顔で溜息を洩らした。尖がった耳が残念そうにへ垂た。
「うーん、勢いで出てきたけど実際どうなんだろう?そんな特ダネだと思う?」
イスピーは振り返ってガックに問いかけた。
「姫の存在が本当ならそりゃ大ニュースになるさ、誰にも解けなかったっていう呪いなんだからね」
うむむ。とイスピーは手を顎に当てて考え込んだ。
はっきり言って半信半疑である。とはいえ気にならないと言えば嘘になる。そうして、「うーん、うーん」と何度かうなった後で彼女は頭を横に振った。ふさふさの狐耳と尻尾も一緒に揺れる。
「いいわ、とりあえず見てみましょう。その巫女っての」
イスピーは、よし!と上着の腕をまくって強く言った。しかし、それに対してガックは慌てたように身を乗りだして制止のために両腕を動かした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そりゃネタを持ってきたのは僕だけどさ!--編集長からの仕事はどうするのさ!?」
「いいわよあんな眠たい仕事。それに眠り姫の真相が明かされるなら、そっちのほうが編集長的にも得するってわけよ」
「そ、そんなことしらまた怒られるよ!」
「もう慣れたわ。さ、行くよ――巫女はどこにいるって?」
それだけ返すとイスピーは渋るガックを伴って巫女捜索へと動き出すのだった。
*
町のはずれ、平野の中にある道を行く一行があった。数名の武器を携えた兵士のような男たちが中央に大きな籠車を有して行進している。まさしく警護していると言えるだろう。
ガックを連れ立って町はずれまでやってきたイスピーは、遠くに見えた一向に頷いていた。
「あれね」
「ねぇイスピー、やっぱりさ」
ガックが息を切らせて再び思いとどまるように告げるが、彼女はく耳を持っていなかった。
「やっぱりあの籠に乗ってるのかしら?
イスピーが狐耳をピョコピョコさせながら言った。ガックも半分あきらめて彼女の言う一行の中央にある籠車に視線を合わせた。
車輪のついた大きな籠は、摩訶不思議な装飾に包まれて、いかにも位の高い人物を乗せているのだと主張しているようだった。
「た、たぶんそうだろうけどさ――見てよあの警護の人たち」
ガックがいうとイスピーが一度首をかしげた。
「セイヌ国の兵隊だよ。それも、たぶんだけど階級は高めだと思う。」
「・・・ふーん、どれどれ」
と、イスピーは腰に下げたポーチから小型の望遠鏡を取り出すと、カツカツと筒先を伸ばしてレンズに目を当てた。
ズームアップされた光景にイスピーはパチクリと瞬きする。堅苦しく行進を続けるの一行の先頭を行く男が見えた。ナチュラルブラウンな短めな髪と蓄えた顎髭が威厳さを確かにしている。渋く厳つい顔立ちに合うように体格も大きく、それらを覆う銀の鎧もまた怪訝なものとなって見えた。そしてなにより、鎧の一部には確かにセイヌ国の証である剣を象った紋章が記されていた。
「確かに・・・」望遠鏡を片付けてイスピーがつぶやいた。
「でもさ、セイヌ国が警護しているってことは巫女も本当で、眠り姫も本当にいるってことじゃない?
「そのまま結びつくってことでもないと思うけど・・・」ガックが少し呆れ気味に言った。
イスピーは、今一度腕を組んで「うーん」と唸ると、次には面倒くさいと頭をかいて望遠鏡を片付けた。
「直接聞くわ、そのほうが記者らしいでしょ?」
「そ、そうだけど・・・国家機密とかだったら一大事になりかねないんだよ?」
「そ、その時はその時よ・・・」
少々、出鼻をくじかれたが、それでもとイスピーは一歩踏み出した。
その時。
「あらあら、2流雑誌の3流記者さんじゃないの?」
二人の背後から嘲笑った女性の声が飛んで、振り向かせた。
「げ・・・!リベリア!」イスピーの顔が引きつった。
現れたのは一組の男女であった。長いブロンド髪を掻き揚げた色っぽい女性と、筋肉粒々の逞しい男性。どちらも胸に業界一の雑誌社『トップ』を示す鷹をあしらったバッジをつけていた。
「さすがに下流雑誌社でも巫女の情報を聞きつけたようね・・・それも居場所まで突き止めるなんて、やるじゃない」リベリアが長い髪を揺らして上から目線で言った。
「・・・あんたらつけてきたわね。トップの記者がセコイ真似するじゃない?」イスピーが負けじと怒気を混ぜて言い返した。狐耳も尻尾もわずかに逆立っており、後ろではガックがハラハラと落ちつかない様子を見せていた。
「あら?あらあら?知らないのかしら新米狐っ子ちゃん?この業界、何事も情報が全てよ?読者が求める遍く事実を、フィクション、ノンフィクションを織り交ぜつつ世間に伝える。それがジャーナリストの仕事ってやつよ。わかるかしら?」ふふん、リベリアが鼻で笑った。
「あいにくと、ノンフィクションで通すつもりなんで、お構いなく!」イスピーは今にも噛みつく勢いで言い返した。
そうしてイスピーとリベリアはいがみ合って何度も激しい言葉をぶつけ合った。ガックは、やかましさに耳を塞いでいたが、ふと、思い返して巫女の一行が通っていた方を見やってみた。
「あれ?」ガックはメガネの下で瞬きして声を漏らした。
思わず、耳に突っ込んでいた指を抜くと、未だいがみ合うイスピーを制止するように口を大きく開いた。
「イスピー!巫女たちがいないよ!」ガックが叫んだ。
それと同時に、イスピー。そしてリベリアと御付きの男も振り向いた。
「なんでよ!町に寄るんじゃないの?!」
リベリアから直ぐに、意識を切り替えたイスピーが再び望遠鏡を取り出して確認してみた。たし
かに一行の姿はなく、町の入口方面にもそれらしい後姿を見ることもできなかった。
「手前で道を変えた、とか?」イスピーが望遠鏡を覗き込んだままに探す位置を変えた。町の方から少しさがって、整備された道に注目した。町に続く道は一本だが、その手前では三叉路になっていた。脇にか備えられた標識には『ルトガル』『パーニア』『ボナボナ』と三つの地名が書かれていた。表示の通り三つに分かれた道は、その名の方面へと向いている。一行が、そのまま直進していればルトガルにやってきたはずだが、どうも的を外したらしい。
急ぎ、あとの二つの道の先をイスピーが望遠鏡で追いかけた。ボナボナ方面は山越えとなる道でその先には緑多い多い山がそびえている。そして、パーニアへ抜ける道は、道こそ平坦だが森を抜ける道となっていた。
「見つけた!パーニア方面!森を抜ける気よ!」とイスピーが歓喜の声で言った。
パタパタと手を動かして、ガックに一行が森へと入っていく様子を指さして教えるイスピー。しかし、そんな彼女に、またしても鼻につく「ふふん」と嘲った笑い声が聞こえて、カチンときた。
「情報ありがとう、キツネちゃん♪」リベリアがにんまりと笑い、おまけにウィンクまでして見せた。
「いくわよ」
「はい」
首を垂れる付き人に、偉そうに一言指示したリベリア。すると男は慣れたように指笛を鳴らした。
ピー!と甲高い音が響くとともに、どこからか蹄の音が聞こえてきた。
イスピーとガックが頭に疑問符を浮かべるところへ、パカラ!パカラ!と音は大きく、そして近づいてきた。次の瞬間。
ヒヒーン!!
独特な車を引いた、黒い馬が嘶いた。
それにイスピーとガックは驚いたが、ガックだけはメガネに手を添えて「すごい」と感心していた。
漆黒の馬は普通の馬とは見た目が少し違い、皮膚にはところどころ鱗のようなものが見え、瞳はギョロリとおぞましく、なにより鬣の代わりに刺々しい角が生えそろっていた。
「億万馬だ・・・初めて見たよ」思わずガックがつぶやいた。
「・・・ミリオン――って、あれでしょ?世界に数頭しかいないっていう」イスピーが問うた。
「そうだよ!世界最速の動物って言われてて、ドラゴン族の血筋が入ってるとも言われてるんだよ」
興奮するガックだったが、リベリアのやる気のない拍手で言葉は遮られた。
「はいはい、よくできました新米オタク記者さん」嫌味な笑顔を見せてリベリアは言うと、そのまま男と共に黒馬の引く馬車に乗り込んだ。
「それじゃ、あなたたちは―ー・・・あぁ、その、俗に言う・・・『徒歩』で頑張ってみて?」また一段と悪い笑みを見せると、男に出発の合図を送った。
「じゃあね、バーイ」リベリアが手を振った。
同時に男が馬に鞭を振るって、再び嘶きを轟かせた。
ギザギザな蹄が地をえぐり、ミリオントルクは馬車ごと漆黒の風に変わって飛び出した。
蹄の音と、風を切る音が混じりあい馬車の速度を演出する。
「凄い・・・さすが世界最速・・・!」ガックが言った。
「なに感心してるの!」それにイスピーが怒鳴った。
馬車は猛スピードで、巫女一向に迫っている。一行自体はすでに森に入って姿は見えないが、リベリア達が追いつくのはすぐだろう。イスピーは悔しそうに顔をしかめた。
「おのれ、売れてるからって金と権利で好き放題して・・・!ガック!あんたも何かないの!?いつも機械いじりしてるでしょ!?」
「してるけど、さすがに乗り物はないよ!」
むむむ、とイスピーが眉をひそめた。狐耳と尻尾が一緒になって縮こまった。
「あのさ、それならイスピーだって、あれがあるじゃない?ほら、狐憑きのやつ」
「ゴースト!ゴーストよ!狐憑きなんて、そんな古臭い言い方しないで!それに使っても、あの黒馬に追いつけるはずないわ」
「・・・あのさ、別に競争じゃないんだから、リベリアが取材した後でも話を聞ければいいんじゃない?」
「あの女に負けるのが嫌なのよ!」
吠えたイスピーが尻尾をピンと立てた。
そしていら立ちながらに、森の方に視線を送った。既にミリオントルクが森中へと突入するところであった。
「・・・・・・仕方ないわ」とイスピーがため息交じりに呟いた。
「もしかして――・・・歩くの?」
「誰があの女の言う通りするもんですかっての・・・!だからね、走るのよ!」
その結論にガックは心底、嫌な表情と声を漏らした。
「それも全速力よ!」
意意気込むイスピーだったが、ガックは「えぇ・・・」と残念な声を漏らし続けた。
*
野を駆けるイスピーとガック。イスピーの方は獣の本来のあり方というべきか、走ることに何の抵抗もなくグングンと森の方へと近づいていく。しかし、反対にガックの方は、もうすでに疲れ果てていた。ゼエゼエと息を吐き、イスピーからはかなり遅れを取ってしまい汗のせいでメガネは曇ってしまっていた。
「ガック!なにやっての!?早く!」
「そんなこと・・・言われて・・・も・・・」
急くイスピーがガックに叫んだ。彼も悪いと思いながらも、身体がついてこれず足を止めてしまった。
「もう!男のくせに・・・だらしな」
その時だった。
ドカン!!
森の方から何か大きな音が聞こえた。そして。
バサバサバサ!と森の木々から野鳥たちが一斉に飛び去って行くのが見えた。その音に混じって悲鳴のようなもの聞こえて二人は息をのんだ。
「な、なに・・・?」イスピーが言った。
「・・・あ、あれ!何か来るよ!」と、ガックがメガネを拭きながらに森の方を指さした。
確かに、森の方から何かがやってくるのが見えた。
パカラパカラと蹄の音をかき鳴らし漆黒の風が『戻って』来るところであった。
「ミリオントルクだよ!」ガックが声を上げた。
「・・・様子が可笑しいわ」と、イスピーも森からやってきた黒馬を確認して声を漏らした。漆黒の馬は興奮した様子で駆けており、なにより後部に備えていた馬車部分が半壊している。無論、中身はなく、あの高飛車女と男のコンビの姿は無かった。
そうして、すばやく思考を巡らせたイスピーはとある考えを思い付いた。狐耳がピンと立ち上がる。
「・・・ガック!掴まって!」
「へ?」
瞬間、イスピーはガックの元まで駆けるとそのまま彼の手を掴んだ。
同時に迫ってくるミリオントルクに向けて正面から走り出すと、タイミングを見計らって地を引きずっている手綱をつかんだ。
「うゎあ!?」ガコン!とガックは勢いのままに半壊した荷車の方に放られた。
「こ、んの・・・!」一方でイスピーはガックを手放したと同時に両手で手綱を手繰り寄せて、なんとか黒馬の操縦を担うための位置につくことができた。
しかし、かなりの暴れ馬のため手綱を握る手に強く力が入ってしまう。
イスピーは、それでもなんとかしてみせると手綱を根性で一度しならせた。ピシャン!と心地よい音が響くと、ミリオントルクが旋回、なんと再び森の方へと足を向けだしたのだった。
「ふふん、どんなもんよ」
風を切り、で二人を乗せたミリオントルクは猛スピードで森に迫っていく。その光景にご満悦のイスピーだったが。
「すごいねイスピー!」
「でしょう?」
「で、どうやって止まるの?」
「は?」
ガックの問いがイスピーの顔を青ざめさせた。
そしてお互い顔を、見合わせあってわずかな沈黙を作る中、馬車は森へと突入し――。
バッカーン!!
――つんざくような音を張り上げて馬車の荷車は木々の一つに衝突し大破してしまった。その衝撃で自由の身となったミリオントルクは猛烈な速度で走り去ってしまい、あとには荷車の破片の下敷きになったイスぷーとガックだけが残されていた。
「あたた・・・大丈夫?イスピー?」
「え、えぇ・・・なんとか」
後頭部を抑えながらのガックに引き起こされてイスピーも痛みの走る箇所をいくつかさすっていた。
二人ともに軽傷で済んだものの、ミリオントルクに逃げられたのは惜しいことをしたと少しだけ肩を落とした。
「・・・あ!そういえばミリオントルクって、トップ社の持ち物だったんだよね・・・大丈夫かな?」
「いいんじゃない?初めに乗り捨てたのは私たちじゃないんだし。それに世界に数頭ってんなら絶滅危惧種よ――保護しなきゃ」かわいく言って自らを正当化するイスピー。しかし、意識は森の奥の方へと向いていた。
二人が森の奥に進むにつれ、薄暗さは増していき不気味さは増していく。特別のなにか言われある森でもなく、ただの通路を覆う木々の群れというだけである。まともに道を辿っていけば、なんなく森を抜けて、次の景色が目に入るはずである・
しかし、どうにも巫女の一行も、リベリアコンビも通った形跡がない。
「ふーむ」と首をかしげるイスピー。
「イスピーあっち!」すると横で何かに気付いたガックが叫んだ。
その声に彼が指さす方に顔を向けた。
ワー!キャー!と悲鳴が聞こえ、更には剣がぶつかり合う金属音まで聞こえてきた。
イスピーは、「よし」と頷くが横では不安がげな顔を見せていた。
「あっちね!」狐耳をピピンと動かして、イスピーは駆けだす姿勢をとった。
「・・・やっぱり、行くんだよね」
ガックはそんな彼女に呆れ声で言って、また駆けだしたイスピーを必死に追いかけるのだった。
※
木々を縫って駆けるイスピーとガック。好奇心と不安感を織り交ぜながらに、何かが起きているだろう現場へと急いだ。イスピーの狐耳も尻尾も後ろに流れるように靡いている。そして。
グォォォオォオオ!
「なにこれ?!」
「うえええ?!」
おぞましいうめき声が聞こえたと同時に二人は『現場』にたどり着いた。
まず見えたのはリベリアである。コンビの男は傍らで伏せており反応がない、そんな彼に腰を抜かした彼女がしがみ付いては甲高い悲鳴を上げている。
次には巫女の一行である。横転した荷車と、それを守るように剣や槍と各々に武器を構える警護の兵士たち。そんな彼らが相対しているのが、イスピーらも衝撃を受けたうめき声の主。
巨大な蜘蛛であった。
見上げるような大蜘蛛は気味の悪い六本足を動かすと、少し兵士たちに迫ると気色悪い口を動かした。同時に口元から糸から吐き出された。それは一直線に荷車の方へと飛んだ。
「でやぁ!」と、そんな糸を兵士の一人が一刀のもとに断ち切ってしまった。
勢いを失って地に落ちる糸。だが、よく見ればそこら中糸だらけで、兵士たちもところどころ糸をかぶっていたり、荷車自体にも糸の破片が掛かっている。どうやら何度か糸を吐いては見たものの、兵士たちの奮闘で阻止されてきたようだった。
ォオオォオオオ!
怒り心頭か、それとも腹が減って我慢ができないのか大蜘蛛を吠えると、今度は足の一本を振り下ろした。尖った足先は鎌のように鋭く、木々を裂きながらに兵士たちに迫った。
それに対して、兵隊長であろう屈強な兵士が盾を構えた。
ガキン!!
「ぬあッ!」
すさまじい衝撃音の後で、兵隊長はものの見事に吹き飛ばされてしまった。
それにどよめく兵たちと、それまで悲鳴を上げていたリベリアは遂に気を失ってしまった。
イスピーとガックも事態の恐ろしさに息をひそめて見守るだけであった。
「ね、ねぇ・・・ガック、こんな化け物がいるなんて、いままで聞いたことあった?」
「ないよ・・・それにこんなサイズの蜘蛛なんて・・・戦時期ぐらいにしか存在しないはず」
ガックが思い出しながらに小声で呟いたが、大蜘蛛の顔がこちらに向いた気がしてすぐに口に手をあて蓋をした。
不気味な六角形の瞳がイスピーたちがいる木々の方を睨む。が、それは彼女らを見ているのではなかった。
「・・・・・・なに?」イスピーはい異変に気が付いた。
大蜘蛛はこちらを睨んでいるわけではない。正確にはこちら側近づいてい来る奇妙な気配に警戒しだしたのだ。
「なんだろう・・・なにかいる?」ガックも気づいて呟いた。
森の中を何かが飛び交うように動いている。もの凄く素早く、姿なき何かが、風の様に木々を揺らしながらに確実に大蜘蛛に迫っている。
そして、木々の揺れが止まったと同時に大蜘蛛は上を向いていた。全員の視線も大蜘蛛の視線の先に集まった。
刹那。空より何かが飛来した。木々の隙間から見える太陽を背に、逆光を浴びた影は『剣』を構えていた。
「とぉおりゃあ!」
次の瞬間、大蜘蛛は断末魔をわめく暇もなく、飛来した陰によって真っ二つに一刀両断されてしまったのだった。
二つに分かれた巨体が、力なくその場に崩れて全員に衝撃を与えた。しかし、もちろん皆の注目は、現れた謎の影である。兵士たちも呆然としながらも警戒を強めている。
影は、ずいぶんと小柄であり、まるで子供のような大きさである。全身をフードのついたコートに包み、手にした剣も身の丈と同じくらいであった。
「・・・・し、しまった・・・技名、言うんだっけっか――え、えーと・・・『蜘蛛斬り』とかで良いだろ」
すると、なにかを呟きながらに影の人物は背負った鞘に剣を収めると、くるりと踵を返した。
「わ、我が名はニック!古が戦士!ウォリアーである!」
突然、フードの剣士は声を大にして叫んだ。
その時、イスピーとガックはちょうどフードの下の顔が見えた。
そこに見えたのはトカゲのような顔であった。