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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の娘と黒い猫、桃に葡萄を捧げよう

作者: 花柳夏景

少しだけ、背筋のすっとするようなお話はいかがですか。

とある国のとある村に、それはそれは美しい娘がおりました。艶めく黒髪に、幼いながらも艶美な黒い瞳を持った子どもでした。


娘は体が弱いらしく、外に出してもらえません。豪華な調度品の数々で埋め尽くされた部屋に一日中いなければなりませんでした。彼女は、鉄格子のついた小さな窓から見える外の景色を、ぼんやりと眺めるだけの毎日を過ごしていました。


ある時。

娘の部屋の窓から、何かが落ちてきました。

恐る恐る近づき確かめてみると、なんとひどく痩せ細った猫ではありませんか。

背骨や肋骨が浮いたみすぼらしい姿でしたが、自分の髪と同じ、黒色の毛皮を持っていたので、彼女は一目でその猫を気に入りましたとさ。


甲斐甲斐しく世話をしてくれる娘に、黒猫もすぐに懐きました。そうして一人と一匹は、緩やかに、穏やかな時間を過ごしたのです。





しばらく経ってから、娘は、猫の背骨の浮いた背中をゆっくりと撫でながら言いました。


「お前の背中は等間隔にぼこぼこしてるのね。ものさしみたいだわ」


真っ黒な瞳を細めてゆっくりと笑う彼女。

その姿を見た猫は、言葉の意味もわからないままに「にゃあ」と返事をしました。


「お前の首から腰にかけてがね、たぶんお母さまの手とおんなじ長さなの」


人差し指と親指で少しだけ隙間をつくって、娘は猫の背中の長さをいーち、にーい、と数えます。


「私の手がお母さまと同じくらい大きくなったら、このお部屋を出れるんですって」


このお部屋は寂しい。お外に出たいわ。

そう零した彼女の頬は、猫が出会った時よりも顔色が悪い。そういえば、部屋の中を歩き回ったときにも、前よりつまずく回数が多いように感じます。



猫は彼女が心配でした。




日に二度の食事時は、部屋の重い扉が開かれる唯一の時です。娘はその時間が近づくと憂鬱になりました。彼女は「ご飯」が苦手だったので、大きく重い溜息を何回もつきました。


「毎日毎日、おんなじ食べものよ。こんなのじゃ飽きるに決まってるわよね、猫」


彼女の声色に呼応したかのように、にゃん、と猫は悲しげに鳴きました。猫は背中を丸めて落ち込む娘の気を逸らしたくて、黒髪にじゃれつきました。


そしてもう一度、

(にゃん)と鳴きました。



その後からです。

部屋の窓のへりに何かが置かれるようになりました。猫の姿は見えません。


濃い紫色で、丸くてつぶつぶしたものがたくさん連なっています。


それは山葡萄でしたが、物心ついてから外に出ず、「ご飯」以外のものを食べた覚えのない彼女には何か分かりません。ただ、食べられるものだとはなんとなく分かりました。


「猫の瞳とおんなじ色だわ」


美しく照り映えるような濃い紫のつぶ。あの猫の高貴さと凛々しさを併せ持った色。


きっと猫が私のために届けてくれたのだ。そう考えると嬉しくなって、娘はひと粒ずつゆっくりと口に運びます。黒曜石の瞳を緩ませて、じわりと広がった未知の甘い汁に、娘はこの上ない幸せを感じました。



猫はせっせと毎日、娘のために山になる様々なものを獲りました。猫は体が小さいので、食べ物を探すのも一苦労です。見つけた食べ物を彼女の部屋の窓のところに置いて、またすぐ新しく探さねばなりません。だから、猫と娘は一日にその時しか会うことが出来ませんでした。そんなに毎日持ってこなくてもよいと娘は猫に言いましたが、前と比べて見るからに、体調の良さそうな娘の様子を見た猫は、贈り物をやめようとしませんでした。



ある日のこと。夜遅くなってから猫が新しい山葡萄を贈りに、娘の屋敷に向かっていた時。いつもの部屋から娘の叫び声と耳慣れない男の声が聞こえるではありませんか。



急いで窓の鉄格子の間から飛び込んだ猫は、彼女に覆い被さっていた男を見ました。寝床に広がる彼女の黒髪と、こちらを見る涙に歪んだ黒い瞳。娘は夜の闇に溶けるようで美しく、妖艶で、



あまりにも哀れでありました。



一瞬にして心が男への怒りで染まり、なけなしの理性など吹っ飛んだ猫は、男を引っ掻き、彼が怯んだところで首筋にむかって鋭い牙をもって噛み付きました。


ひたすらに噛み続けました。


血が出ても、男が呻いても、離れません。


深く、深く。どこまでも。


男が無理やり猫を引き剥がそうとして、





ぶつり、と嫌な音がしました。





夜が明け、数日が過ぎて、村にはある噂が駆け巡りました。


『村長が養子に迎えた娘、気が狂ってしまったそうな』


なんでも、娘を「買った」男が翌朝、

首を噛み千切られた血だらけの状態で死んでいるのが見つかったらしい。

さらに、飛び散った男の体液で彩られた豪奢な部屋には、口元を真っ赤に染めた娘が鎮座していたそうな。

無理やり「結婚」させられそうになった女が、男を噛み殺したということでしょうか。

涙を流し、何かを呟き続ける娘は到底正気には見えなかったとか。



娘はすぐに屋敷の奥深くの牢屋に閉じ込められました。村のちんけな木造の牢屋では危ないという話でまとまった結果だそうです。


娘の美しかった黒髪はすっかりと色褪せて、頬もこけてしまいました。支給される「食事」に一切手を付けなかったからです。


聞き取れないほど小さく呟く娘の姿を、見張りは気味悪く思いました。それでも娘は言葉を零し続けます。周りの人間には意味のわからない言葉を。それでいい、伝わらなくていい。


「たお、たお、…たお」


たお。たお、たお。


桃、逃(たお、たお)


もものむすめ、にげておくれ


娘の姿をした『何か』は、()()()()()を歪ませて、遠い遠い誰かに、語りかけました。








…とさ。お話は以上です。お楽しみ頂けましたか。

しかし、モチーフになっただろう桃娘は本当に……人は時々おかしなことを考えますよね。


おや、桃娘をご存知でないと。ではご説明致しましょうか。


桃娘は乳離れしてから、桃だけを食事に与えられた少女のことです。彼女たちの体液は桃のように甘く、また不老長寿の効果があると信じられていました。

桃しか口に出来ない彼女たちの多くは、糖尿病などの病に体を侵され、若くして亡くなってしまうそうですけれども。


金持ちの男たちは不老長寿を求めて、桃娘を買い、体液を貪り、挙げ句の果てには死にそうな桃娘を丸々食べてしまったとか。いやぁ、怖いですね。



不老長寿(そんなこと)、あるはずがないのにね。


そもそも。その力を持つ彼女たちが若くして死ぬこと自体、おかしいとは思いませんか。



ね。



………この話の後、本物の娘はどこへ行ったのかって?それは誰も知らないことですねぇ。


猫が逃したのか。はたまた猫が娘を




骨一本残さず食べてしまったとか?






…そんなにあからさまに怯えた顔をしないでくださいよ。でもあり得ないことではないと思うんですが。


他の男に奪われるくらいなら、とか思いませんか。

猫もひょっとしたらこんな気持ちだったかもしれませんよ。


『何か』の言葉に「桃、逃(たお、たお)」ってあったでしょう。あれ、もう一つ伝わっている違うバージョンがあるんです。



それはね、


『もものむすめ、わたしからにげないでおくれ』。




…どっちともとれるんですよね。漢字だけじゃあその真意はわからないけれど。



まぁ、この続きはお好きなように考えてみてください。貴方が納得する、この話の終焉を。



わたしの瞳と同じ色の、『葡萄』にふさわしい結末を。














ねこ、ものさし、ぶどうの3つのお題を頂いたので書いてみました。ぶどうをメインにしようと思っていたのに、いつの間にか桃のほうが出ばってしまいました。桃娘が書きたかっただけです。


書いたあとで葡萄の花言葉を調べてみると、あっこれ結構話と合ってるんじゃない?と思ったので、何となく後付けしました。お話を語ってくれた人の最後のセリフは花言葉を調べてみてね的な意味です。

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