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第7話:ちゅーとりある4

「しっぱいした」


 ピピピッと鳴ったアラームに意識を引き戻され、ふと時計を見るともうお昼だったので一旦ログアウトした。

 冷蔵庫から取り出したパックの野菜ジュースにストローを刺し、チュルッとひと口吸い上げながらサンドイッチの包装をはがす。

 ログアウトする直前に見たフレンドリストに、見知らぬ名前が10人くらい並んでいたのも頭が痛い。

 いつの間にこんなに大勢わいてたのかわからないけど、これ、たぶん全員に素の状態見られてるよね。

 はぐっとサンドイッチにかじりつき、レタスの歯触りとハムの塩味を楽しみながらうなった。


「失敗した場合、どうすればいいのかなっと」


 スマホを取り出して電子書籍のアプリを立ち上げ、“参考書”の目次を開いて眺めながらもうひと口。


「んー、『別のサーバーに移転する』『アカウントを消して作り直す』『別のゲームを始める』……だめだこれ、役に立たない」


 定価1,500円がセールで98円になってた本だし、こんなものか。

 ぽいっ、とスマホをベッドに放り投げ、ぱくぱくっと残ったサンドイッチを片付ける。


「せっかく会話のさしすせそ、とかもおぼえたのに」


 なんだっけ、相手をほめるテクニック。最高かよ、とか信頼してるぜ、とかだっけ。うん、ちょっと違う気がする。

 ぺりぺりとヨーグルトのふたをはがして半透明なアロエの粒をすくいとりひと口、もうひと口。くっ、アロエ、最高かよ。



「そういえば、なんか前にも似たような失敗したような?」


 残ったジュースを流し込んで昼食を終え、洗面所で歯を磨きながらふと思い出す。

 えっと、あれはいつだっけ……そうそう、高校に入学して、クラスに知らない人ばっかりだったから可愛い系のキャラを演じようとしたんだ。

 でもそこに部活の勧誘をしにセンパイが現れて、一瞬で化けの皮が剥がれたのです。

 思い出したら腹が立ってきた、来週のバレンタインはワサビとタバスコ入りで決定かな。


 うがいをして部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

 もうちょっとネットで色々対策を調べてみようかと思ったけど、面倒くさいからやめにした。


「可愛いお姫様系は失敗でも、毒舌妹キャラならまだワンチャンあるはず」


 それ、もうhimechanではないんじゃ? とジト目でこっちを見るセンパイ(脳内)に得意の右ストレートを叩き込みながら、椅子に座り直してギアとコントローラを用意し、いざ、ゲーム再開。


――――――――


 さっきログアウトした冒険者ギルドの部屋の中にふたたび降り立つ私。

 ぐるっと見渡すと部屋の中にはコンピ……NPCしかいないみたいで閑散としてた。


「お昼すぎてるのに人が少ない気がする」


 少ないというか、いない。午前中でさえそれなりに人がいたのに。


「まさか、みんな徹夜ゲームで、全員寝てるとか?」


 いやいや、まさか、さすがにそれは。

 まぁいいや、と視線を部屋の出口に向かって伸びる矢印に向けた。


「でもだいじょうぶ、私にはチュートリアルがついてる」


 てってって、と矢印に沿って歩き出す。

 部屋を出て、洞窟から外に抜けた矢印は、ぐるっと回って岩壁に掘られた通路を伝い、岩山の少し上の方の別の洞窟に向かっていた。


「現実ではお昼なのに、ゲームの中はお昼じゃないという」


 外はいつの間にか薄暗く、夕方の風景になっていた。

 朝ゲームを始めた時は明るかったから気にならなかったけど、現実とゲームの時間違うのか。


 岩壁の通路をそろそろと進み、歩幅に合わせて揺れる視界に軽い浮遊感をおぼえながら、思考入力モードというものをいろいろ試してみる。


「右パンチはだせる、他はできない」


 王国には完璧に使いこなしてる人がいて、創作ダンスとか踊って見せてるらしい。


「エモートのコマンドにもダンスのアクションがいくつかあるなー」


 試しに【社交ダンス1】というのをピッと押す。

 両手が持ち上がって視界がゆったり揺れ始め、やがてクルクルと緩急をつけて回り出した。


「自分の姿見えないけど、これはワルツ、かな……うわわっ?」


 岩壁の狭い通路から踊りながら飛び出したらしい。

 私はクルクル回りながら広場上空へと――どさっ。


 ……教訓。狭い道で自動的に踊ってはいけない。


――――――――


「いた、くはないけど、気分的に痛い。そしてHPが1になった」


 さっきまで「25」と書かれていた緑色のHPバーが、「1」と書かれた真っ赤な細い線に変わってる。

 これ、もうちょっとで死ぬ奴だ。

 ふと気になってしばらくバーを眺めていたら、じわっと伸びて数字も「2」になった。


「だいたい3分で1回復。25まで回復するのに……1時間、ちょっと?」


 時間かかりすぎじゃない? あ、そこで回復魔法か。


 ピッと魔法ウィンドウを開く。

 冒険者ギルドで登録するまでは空っぽだったけど、冒険者登録した時点で魔法をおぼえるらしく、今は2個魔法が並んでいる。


【ファイアボール(100)】【ヒール(100+50)】


 船長が言うには、ファイアボールが攻撃魔法、ヒールが回復魔法らしい。

 うしろの括弧の中の数字がそれぞれ攻撃力と回復力。

 基本の数値は両方とも100なんだけど、【プレイヤー】を選んだ私は回復魔法の回復力に50%のボーナスがつくので、ヒールだけ+50されて合計150になる。

 【キャスター】を選んでいたらファイアボールの方が+50になっていたということだ。


 ちなみにプレイヤーは、PlayerじゃなくてPrayerらしい。

 魔法の呪文を唱えるキャスターと、神様にお祈りするプレイヤー。


 リストから【ヒール】を選ぶと、足元に光の輪っかが表示された。

 この状態で決定すると、ヒールの魔法が発動してHPが回復するそうだけど……一度魔法ウィンドウを閉じて、コントローラー右奥のボタンを押す。

 左奥のボタンは思考入力モードだったけど、右奥は魔法詠唱モードだ。


 ちょっとわくわくしながら、小さく「ヒール」とつぶやく。


 足元の光の輪から一瞬白い輝きが吹き上がり、私の身体を包みこんだ。

 【+150】という緑の文字がふわりと浮き上がるのと同時に、HPのバーが最大まで回復する。

 そしてHPの下の、「GP」と書かれた欄にならんだ白く光る丸い5つのアイコンが、チカッと明滅してひとつ灰色になった。


「すごい、魔法使いぽい。ファンタジー」


 じわじわとテンションが上がってくるのを感じる、もっと魔法を使ってみたい。

 でもさすがにまた飛び降り自殺するのはちょっとだし……。

 チラッとチュートリアルの矢印に目を向けと、「次こっちね」みたいな感じでびよんびよんしてる。


 ごめんね、矢印。

 チュートリアルはあとでもできるけど、この魔法な気分はいま満たさないとガマンできないのだ。

 私はサッと踵を返し、広場の外へ、初めての冒険へと飛び出した。


――なお、矢印はめげずにどこまでもついてきました。けなげ。

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