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第4話:ちゅーとりある

ゲームがはじまるようではじまらない

「あっさー、だよぅ」


 目覚ましのアラームが鳴る30分前に目がさめたので、自分で朝コールを口ずさみながらむくり、と起き上がる。

 いつもの休日なら、アラームを止めてさらに2時間は寝てるけど、今日はもう眠れそうもない。


「遠足前の小学生か、私」


 ごろん、と転がってぽてん、とベッドから床に置いた大きなビーズクッションへ軟着陸。ふへぇ。


「ねむれない、けど、ねむい、けどねむれない。そしてさむい。ちょうさむい」


 ぶるっ、とふるえながらぐぐっ、と立ち上がり、よろっと着替えを手にして、そのままふらふらと階段を降りる。


「あら、早いのね」とお母さんのすこし驚いたような声。

「今日だけ本気をだす」と応えたら、「むしろ明日から本気をだして欲しいんだけど」と、今度は呆れた声が返ってきた。

 ざんねんだけど、明日はたぶんギリギリまで寝る気がするよ。

 私はやればできる子だけど、やらない子なのだ。ふふん。


 洗面所に入ってパジャマを洗濯機の中に放り込み下着も脱ぎ捨てると、寒さで少し目が冴えた。

 洗濯機のスイッチを入れてからお風呂場に入り、蛇口をひねってシャワーからお湯をだす。

 私は熱めのお湯が好きなので、お風呂場のタイル壁についている給湯器の温度設定を48度に変更、湯温が上がるのを待って頭からシャワーを浴びた。


「うひぃ、しみわたるぅ」


 冬の寒さで冷えた身体に熱いお湯が心地いい。というか、ちょっと痛い。

 10分くらいぼーっとシャワーを浴びつづけ、手足の指の先までほどよく暖まったところでお湯を止め、ハンドタオルで軽く全身をぬぐってお風呂場を出た。


「髪、ちゃんと乾かしなさい、風邪ひくわよ」


 服を着替えてリビングに入った私を見てお母さんが顔をしかめる。


「うはぁい……あ、私を差し置いて朝ごはん食べるとかずるい」

「あなたを待ってたらいつになるかわからないでしょ」


 ぐぬぬ、「あぁ言えばこう言う」とつぶやくと「それはこっちの台詞よ」と返された。ぐぬぬ。


 冷蔵庫から取り出した塩鮭の切り身をグリルに入れて焼き始め、冷めかけたお味噌汁の入った小鍋も火にかける。

 フライパンの中の野菜炒めを耐熱皿に盛りラップをかけて電子レンジで40秒。

 そのあいだに昨日の夕食の残りの冷やご飯を茶碗によそってラップをかけ、野菜炒めと交代でレンジに投入。

 冷蔵庫から小ぶりなトマトを取り出しさっと洗い、8つに切り分けヘタを取ってガラスの器に盛り付けできあがり、と。

 鮭が焼けるまでまだ4分くらいあるけど、食べてる間に焼き上がるでしょう、ということで――


「いただきます」


――――――――


 朝食後、洗い物を済ませて歯を磨き20分ほど近所を散歩、ついでにコンビニでハムとレタスのサンドイッチにアロエ入りのヨーグルト、紙パックの野菜ジュースを購入して帰宅。

 買ってきたものを冷蔵庫に放り込み、洗い終わった洗濯物が入ったカゴを両手で抱えてトトン、と2階へ。

 ベランダに洗濯物を干してから自室に戻り、椅子に腰掛け「ぱーふぇくとだ。私」、と一息。

 ふふふ、これでもう、夕方まで邪魔は入らない。と思った瞬間


「ちょっと、あんた!」すこしトゲのあるお母さんの声。

 私のことを「あんた」と呼ぶのは怒った時だ。


「またお湯の温度上げたまま、下げるのわすれてるでしょ!」


 あぁっ、しまった、のっとぱーふぇくとっ!



 火傷するかと思ったじゃない、と散々怒られて(人間は48℃じゃ火傷しないと思う)、しょげながら部屋に戻りばたん、とベッドに倒れ込む。

「ぐぅ」まだすこし体温の残るベッドが私を安らぎの世界に誘い、その誘惑にあらがう術のない私は、夢の中へと……「ちっがーぅ!」がばっと跳ね起きた。


――――――――


「ろっぐいーん」


 ぴょん、と飛び乗るように椅子に腰掛けて頭にギアをかぶり、コントローラーを手にしてスイッチを入れる。

 視界に表示された「リン・エラント」を選択して、私はついにゲームを開始した。


 暗転、数秒のローディング画面。

 やがて目の前に私の身長より高い柵に囲まれた広場が映し出され、その広場の奥にいくつもの洞窟が口を開けた岩肌が見えた。

 広場には小さな露天のようなものがいくつか出ているけど、朝だからか人の姿は少ない。


「そういえば、オープニングムービー見損ねたから、とりあえず何をすればいいのかよくわからないけど……」


 広場を囲む柵の一角に開いた入り口を通り抜け、奥の洞窟のひとつに向かう道筋を、宙に浮いた矢印が、道案内するかのように続いているのが目に入る。


「この矢印通りに進めばいいのかな? ちゅーとりある?」


 コントローラーの左スティックをグィッと前に倒すと、視界がすこし上下に揺れながら道に沿って進みはじめた。


「おー」


 柵の切れ目をくぐって広場に入ると、視界のまんなかに大きく「工芸の国:ローアース」と表示される。

「旅人さんかい?よって行きなよ」と声をかけてくる露天の店員に、にへら、と曖昧な笑顔を返しながら歩みを進めた。


「んー、たぶんコンピューターだよね、あの店員さん。名前が出てなかったし」


 つぶやきながら矢印の指す洞窟に入る。

 すこし進むと、木製っぽい頑丈そうな両開きの扉に行き着いた。


【冒険者ギルド】


 そう書かれたその扉の前に立つと、自動的に奥へと開いたのでちょっとビクッとする。


「自動ドアとか、意外と文明レベルが高い?」


 おそるおそる部屋の中に入ると、十数人ほどの視線が一斉にこっちを向いた。うひぃ。


 よく見ると中にいる人の大半はコンピューターの人で、プレイヤーは3人くらい、かな?

 矢印はまっすぐ受付ぽい窓口に続いているのでそちらに向かって近寄る。

 窓口にたどり着くとピロンという音と共に矢印が消え、受付に座っていたお姉さんが私を見ながらニッコリ微笑んだ。


「いらっしゃいませ、ローアースの冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですね?」


 表情や声がビックリするくらい人間ぽくてちょっと焦るけど、この人もコンピューターの人だ。

 こういうとき、突拍子もないことを話しかけてみたくなるよね。たぶんスルーされるだけだろうけど。


「スマイルをひとつくださいな。あとポテトとアイスコーヒーを持ち帰りで」

「初めての方ですね、ご用件は冒険者ギルドへの加入ですか?」


 やっぱりスルーされた。このゲームのコンピューターにはアドリブ力が足りない。

 チラッと視線を横に向けると、プレイヤーの1人がこっちを見ながら笑ってる。何かがウケたぽい?


「はい、ギルドへの加入手続をお願いします」

「承ります。ではこちらにお名前を記入いただき、その横に拇印を押してください」


 何も操作してないけど、勝手に手が動いてサインをし、拇印を押す。

 このバーチャルギア2はプレイヤーの動作を読み取る機能がついているけど、読み取ることができるのは首から上の動き、つまり表情と頭の向きだけのはずだ。

 つまりこれは、ゲーム的な演出なのだ。


「【リン・エラント】様ですね、当ギルドへのご加入ありがとうございました」


 ピロン、とまた音が鳴り、【ジョブ:冒険者を取得しました】というメッセージが視界に流れた。


「続いて、クラスを設定しますか?」


 きた、クラス! 戦士とか盗賊とか家事見習いとかいう奴だ。

 参考書によると、回復役を選ぶのがおすすめらしい。ヒーラーとか僧侶とか白魔道士とか、そういうの。

「はいっ」と答えると「ではこちらから選んでください」という声と共に、目の前に3つのクラスが表示された。


「ふぁいたー、きゃすたー、ぷれいやー?」


 あれ? ヒーラーは、どこ?

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