第33話:でぃふぇんしぶ・ばとる
1日遅れのあけましておめでとうございます。
――日曜夜、ログインすると、戦場だった。
「え、なに、これ?」
すごい数の魔族と魔物が広場で暴れ回っている。
大勢の冒険者が抵抗しているけど、数が多すぎて手が回っていない。
露店を出していたNPCが逃げ惑い、逃げ切れなかった人達が襲われ、打ち倒され、光となって消える。何が起こっているのか理解が追いつかない。
わたわたしているうちに、ログイン直後の無敵時間がすぎたのか何匹かの魔物が群がってきた。
「ちょっと、誰か状況説明してぇ!」
叫びながら群がる魔物を追い払う。
レベル15-20くらいの魔物なので自分の身を守るのは問題ないけど、こんなところにいたらダメな奴だ。
何が起こっているんだろ?
1週間前、騎竜開放の実績をランク3にした私は大喜びでサーターちゃんたちに乗ろうとして、レベル30ないと乗れないことを教えられ絶望した。
私が最初に開放したのに、ジルさんたちが私より先に騎竜に乗っているのを見て、思わず「ずるい!」と叫んでもう1回絶望した。
それから1週間、私は頑張ったのだ。
頑張ってレベルを上げて、上げて、上げ続けた。
寝るギリギリまでレベル上げパーティに参加して、その場でログアウトして、翌日ログインしたらまたレベル上げをして……そうして、やっとレベル28になったのが今日の夕方。
あと2つ、たぶんギルドの魔物討伐と素材納品の報酬で上がるはず、と思って久しぶりに街まで戻り、夕食を済ませて戻ってきたのが、今。
「これ、無理矢理ギルドまで行ったら報酬もらえるかなぁ?」
冒険者ギルドのある洞窟の方は特に混戦に見える そもそも行くのが無理っぽいかも。
商業ギルドのテントを襲撃しようとしていた魔族に剣を突き立て、周囲の魔物をなぎ払う。
一息ついてカンパニーメンバーのリストを開いて確認しても、この街には私だけしかいないうえに、こんな時に限ってジルさんたちは夕食からまだもどっていないのか離席中になっている。
それでもあきらめきれずに辺りを見渡すと……あ、船長さん発見。
「船長さん、船長さん、何がどうなってこうなったんですか?」
ひょいひょいっと近づいて声をかけると、「おっ」というような顔をしたあと、ちょっと待って、と言って誰かとひとことふたこと話す素振り。
「いい所に来た、毒っ子。パーティの誘いが行くから入ってくれ」
「え? あ、はい」
そう答えると同時にパーティへの誘いが飛んできたので承諾する、視界の隅に20人ほどのパーティリストがずらっと表示された。
「悪いが、この状況なんで補助を頼む」
「できれば状況説明を……いえ、そんなヒマないですよね、わかりました」
こうしている間にもそこら中で魔族が暴れている。
辻ヒール、もうちょっとで100回になるはずだからあんまり気が進まないんだけど、確かに『この状況』じゃしかたない。
「じゃぁ、手を離せる人は私の周りに集まってください」
声をかけると、パラパラと10人ほどがあちこちから寄ってくる。
ある程度そろったのを見て「では行きます」と魔法の思考詠唱を開始、レベル26でおぼえた、コマンド詠唱だと18秒かかる魔法が5秒で発動。
「【サークル・リジェネレート】」
私を中心に半径10メートルほどの範囲に光の円が広がり、その範囲内にいたパーティメンバー全員に+36のHP継続回復効果が付与された。
今の私の魔法回復量の倍率は、レベル25までの実績解除でついた回復量ボーナスも合わせて362%という、なんだかよくわからない数値に達している。
ちなみにジルさんの計算では、レベル30になると426%になるらしい。われながら意味がわからない。
「うぉ、なんだこれ回復量やべぇ」
「今まで見た最高が+21なんだけど、36ってこれどうなってるの」
「それより詠唱早すぎね?」
「うるせぇ、お前ら、そんなの後でいいからさっさと散って片付けろ!」
私の魔法を初めて見た何人かが騒ぎかけたけど、船長さんの一喝であわてて戦闘に戻っていくみなさん。
防御や回復を考えなくてよくなったので、目に見えて殲滅速度が上がってる……ような気がする。たぶん。
「なんか偉そう、私の知ってる船長と違う……」
「お前もうるせぇ、この辺の片付けるの手伝え」
「初めて会った時は土下座してたのに」
「してねぇ! 記憶捏造するな!」
あれ、そうだっけ。
「……ところで、さっきの詠唱、なんだ?」
「土下座したら教えて……いえ、冗談です」
目が怖い。
初めて会った時はすごく親切だったのに、日に日に私への対応が雑になっていってる気がする。詐欺か。
「たぶんそろそろネットの掲示板かどこかに詳しく書かれてると思うので、探してみてください」
「……聖女スレ、か」
心底嫌そうな顔しながら当てられた、確認してないけど多分そこ。
「あそこ、見るの気持ち悪いんだよな。毒っ子が変に神聖化されてて」
「わかります!」
思わずぐっと両手を握って、力一杯同意してしまった。
一度興味本位で見せてもらったんだけど、ひどかった。面白半分にしてもあれはない。
「えっと、ですね。きっかけはマリちゃん――あ、深森の国で仲良くなった子なんですけど、その子に教えてもらった『思考操作のコツ』だったんですよ」
「前置きはいいから結論だけ教えてくれ」
「まぁまぁ、そう言わずに聞いてください。自慢話なので」
元はただの『生活の知恵』みたいな小技だった。
思考操作に使うコントローラーのボタンをテープで固定することで、ボタン操作に気を取られずに身体を動かすことができるようになる、ていう、ただそれだけ。
確かにそうすると、それまで動かせなかった左手もわりと自由に動かせるようになった……だけのはずだったんだけど……。
それを見つけたは昨日の夜、カンパニーのみんなと4時間近くレベル上げをして、疲れたので一休みしていた時のこと。
1週間のレベル上げで新しい魔法をいくつもおぼえたのに、使う機会がなくて詳しく見ていなかったことに気づいた私は、休憩しながら魔法の効果や呪文をぼーっと眺めていた。
その時、うっかり魔法の音声詠唱ボタンを押しっぱなしにして表示された呪文を黙読していたら、声に出していないのに魔法が発動したのだ。
「――で、嵐姫さんたちに色々試してもらったんですけど、音声詠唱と思考入力のボタンを両方押すと、呪文を声に出さなくても頭に思い浮かべるだけで魔法を使えるみたいなんです。すごくないです? すごいでしょ!」
「あぁ、なるほど、読むだけでいいなら声に出すより早いし確実だな」
あとで試してみるか、とつぶやく船長さん。
「いえ、読む、と言うか――」
『読む』必要があるなら、18秒を5秒にするのはむずかしい。
「呪文を完全に暗記してるなら、全体像を『思い浮かべる』だけでいいんです」
「……違いがわからん」
そっかー、わかんないかー。ざんねん。
「……あ、この辺はだいたい片付きましたね」
「そうだな。あとは……残ってるとしたら洞窟の方か」
「じゃぁ、とりあえず冒険者ギルドの方に行きましょう。ついでに討伐報酬もらいたいです」
ててっ、と駆け出してふりかえる。
こっちを見て立っている船長さんに向かって手を振ると、これみよがしにため息をついてから追ってきた。
――――――――
「ところで、そろそろ状況説明してほしいんですけど?」
洞窟の入り口付近に残っていた魔物を片付けて通路を進む、パッと見た感じはいつもと同じようなんだけど。
「状況と言っても、いきなり魔族が大量に攻めてきた、くらいしかわからんな」
「うわ、役に立たない」
「……多分、インタビュー記事で言っていた『アップデートの前に仕込んだイベント』という奴だな。明日のアップデートで実装される『防衛戦』の先行体験みたいなものだろう」
「え、それって、明日からはこんなのが毎日起こるってことですか?」
超面倒なんですけど、それ。
「いや、さすがに街まで攻め込まれることは滅多にないんじゃ――うお、これは」
「どうしました?」
先にギルド入り口の扉にたどりつき、中に入った船長さんが言葉に詰まって足を止めた。
その後を追って部屋に入ると、そこには他の人がいないだけで、いつもと変わらない見慣れた冒険者ギルドの光景が……ううん、違う。
「誰も、いない?」
「こりゃ、全員やられたか。どうなるんだ? これは」
そこには、誰もいなかった。
受付のお姉さんも、いつも部屋の隅で雑談していたNPC冒険者の2人組も、誰も。
まぁ、いつものようにそんなシリアスな展開にはならないんですけど。




