第3話:きゃらめいく2
キャラメイクで2話使うとかちょっと
きっかけは、中学の時センパイに借りた漫画だった。
ストーリーはよくある学園もので、奇行の目だつ頭のおかしい少年がなぜか女の子にモテまくるベタベタなコメディだった。その番外編のVRMMORPG回で、ヒロインの一人がか弱いヒーラーを演じてパーティーを組んだ男の子達に媚を売り、お姫様のように扱われチヤホヤされていたのだ。
そういうのを「himechanプレイ」と呼び、オンラインゲームではよくある光景だとネットで調べて知った私は、「これだ!」と思った。
別に現実では誰にも相手にされないとか、男子との出会いもないとか、そう言うわけではないのだ。こ、告白されたこともあるし。1回だけだけど。センパイ、だけど。
でも私に限らず女の子が大勢にチヤホヤされる経験って普通あんまりない。と思う。
クラスに私より可愛い女子も何人かいるけど、少なくとも目につく所でチヤホヤされている光景は見ない。漫画は漫画、現実とは違うのだ。
――もしかして野球部やサッカー部なんかのマネージャーならチヤホヤされるのかな? でも汗臭そうだしやだな。
なお私の入ってるクラブは男子より女子の方が多いのでダメです。男女比1:5くらい。
ゲームの中で本気の恋愛をしたいわけじゃない、現実に持ち込むなんて論外だ。
私が「課金アイテムとかガチャがない」ゲームを選んだのも、うっかりhimechanプレイが上手くいきすぎて、何万円もするようなアイテムを貢がれちゃったりすると困るからだ。
ただ、ちょっとチヤホヤされる気分を味わいたいだけなのだ。
ちなみに、そのきっかけになった漫画では、調子に乗ったヒロインが従者(と、呼ぶらしい。チヤホヤしてくれる男の子のことだ)に貢がせまくったあげく、十股くらいしてたのがバレて大騒ぎになって終わっていた。
あの漫画はダメな例の反面教師として、今も小説ばかりが並んだ私の本棚で異彩を放っている。
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さて、と気を取り直してキャラメイクを再開。
さっきの経験で、顔を作るのは時間がかかるのがわかったのでまずは体格から決めることにした。
身長は低めの方が小動物感出て可愛がられそうだけど、VRであんまり背が低いと視界が悪くて遊びづらいらしいので160cmに設定。ぶっちゃけ私自身の身長とほぼ同じだ。
現実よりもゲーム内の男性キャラは背が高く設定される傾向が強いようなので、これでもだいぶ小さく見えるはず。
こういう知識は、「今日からはじめるhimechanプレイ」という参考書で得た知識だ。
この本は電子書籍なので本棚には並んでいない。うっかり並べて家族に見られたら死にたくなるし、センパイに見られたら殺るしかなくなる。
プロポーションは、私自身よりもちょっとメリハリをつけ……もうちょっと……いや、でも胸盛りすぎるのはあざとすぎそうだし……ウェストだけもうちょっと絞ろう。うん。
あと、脚もちょっと、長めに……。
はっと我に返って、自分とかけ離れたモデル体型のアバターを目にし、軽く鬱になって無難なラインに戻した。
そもそも身長160cmでモデル体型はおかしい。
続いて顔を作り込む。
ボーイッシュな感じのフェイスタイプをベースに、髪型をアンシンメトリーなショートボブに変更。
瞳を少し大きくして口角をちょっと上げ……むむむ、鼻の形の調整が地味に難しい。
形よく出来たと思っても、角度を変えると微妙に見える。きりがないので、えいやっ、と妥協。
目元に薄くシャドウを入れてくっきりさせ、唇に薄めに紅を引く。濃い化粧は嫌われるけど、化粧何もなしは印象が薄いのだ。チークはどうしようかな、肌の色自由に設定できるしなしでいいか。
それにしても、ラメ入りのリップまで用意されてるのに筋肉の作り込みができないとか、このゲームは力を入れる場所がちょっとおかしいと思いました。
瞳の色は深い蒼、髪の色はお姫様と言えばブロンドだけど、頭悪そうに見えるからシルバー? ブルネット? ゲームだし現実に合わせなくてもいいか、ということで彩度を少し落とした若葉色にしてみた。
そして、フェイスペイント……くっ、himechan的にはなくてもいいんだけど、去年封印したはずの中二魂がうずく。なにかこう、悪目立ちしないけど可愛い感じでワンポイントだけでも……うーん。
……ああでもない、こうでもないと悩みに悩んだあげく、結局、唇のすみに小さなハート型のワンポイントを入れて妥協した。
服装はあんまりバリエーションがない。
腰までのチュニックと少し長めのキュロットパンツの組み合わせか、足首まで覆うフード付きローブの二者択一で色は5種類から選択。
一瞬悩んだけど、クリーム色のチュニックを選んだ。
最後に名前を決めれば完成、これは前から決めていたので悩まず入力する。
リン・エラント、それが私のこのゲームでの名前。
完成したキャラクターをぐるっと回して眺めてみる。ちょっと可愛い方向にふってみたけど、もとのボーイッシュな雰囲気も少し残っていていい感じ。
あんまりお上品なお姫様然とさせちゃうと、私が演じきれる自信がないのでこれでいい。
【リン・エラントでゲームを開始しますか?】
確認メッセージが表示される。
ちなみに先に作ったお兄さんアバターは念のためにデザインデータ保存済みなので、いつでも表示してにやにやできる安心設計。
いざっ! と決定ボタンを押すと画面が切り替わってゲームが始ま……らなかった。
【ゲームを開始する国を選んでください】
目の前に3つの風景がふわりと浮かぶ。
それぞれの風景の下にかかれている文字を読むと、「騎士の国:ラウンド王国」「深森の国:ティ・ル・グ」「工芸の国:ローアース」らしい。
騎士の国はよくある感じの中世ヨーロッパのような風景、美しい街並みの向こうにそびえ立つ王城に心が浮き立つ。
深森の国は生い茂る木々の間に人の姿がある、よく見るとログハウスのような建物が樹上に建てられているようだ。
そして、工芸の国、は、
「……洞窟?」
どう見ても洞窟、または鉱山だ。
所々にある横穴に簡易な扉や衝立が取り付けられており、多分これがそれぞれ個別の家なのだろう。ツルハシをふるって穴を広げている人の姿も目につく。
「これ、いくらなんでも3国で文明レベルに差がありすぎる気が……」
というかこれ、もしかしなくても最初は人間とエルフとドワーフの種族選択できる予定だったのが、時間か予算が足りなくて種族がなくなって国だけ残ったんじゃ……
まぁ、これだと騎士の国一択よねー、と選択しかけてハッと気づく。
どう考えても普通の女の子は騎士の国か、せいぜい深森の国を選ぶはず。
つまり、洞窟生活を甘受することで男の子独占ワンチャン!?
しかも地味な風景だから、私の若葉色の髪が鮮やかに映えそう。
んっふっふっ、見切った、見切ったわ。いざゆかん、薔薇色のhimechanライフ!
工芸の国を選択するとふたたび画面が切り替わり、オープニングムービーが始まる。
ふぅっ、と一息ついてチラッと視界の右上に目を向けた私は「あっ」とちいさく声を漏らした。
AM2:05
いつのまにか日付が変わってる、キャラメイク始めたのが確か夜8時半くらいだったから……5時間半もかけてたの?
明日(もう今日だけど)は日曜だから、もう少し無理しても大丈夫だけど……『徹夜で遊んで週明け睡眠不足とか、ダメだよ』意地悪な笑みが脳裏に浮かぶ。
うっかり寝不足の顔で登校したら何言われるかわからない。
いや、なんとなく予想つくけど、それは屈辱だ。
ぐるぐる考えていると、いつの間にかオープニングムービーが終わっている。
時刻はAM2:12。
コントローラーを置き、ギアを外してため息をついた。
「明日から本気だす」
つぶやきながらもぞもぞベッドにもぐり込んで明かりを消し目を閉じる。
おやすみなさい。
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「ギア2買おうかなぁ、でもさすがに高いんだよなぁ」
第三世代級(笑)のハード自体にはちょっと興味はあったけど、同時発売のタイトルにはあんまり惹かれなかったのでしばらく様子見するつもりだったのが災いしたかな。
まさか彼女があのゲームを始めるとは思わなかった、新型ゲーム機とほぼ同時にサービス開始の新作MMOとか普通に考えて間に合わせだ、出来がいいわけがない。
でも彼女と遊ぶなら、むしろそれくらいでのめり込まずに一歩引いて遊べる方が逆にいいと感じた。
「うーん、脈は十分にありそうなんだけど」
中学時代から部活の先輩後輩で、中学をボクが卒業する時に告白してフラれた……のかな? 顔真っ赤にして逃げていったので有耶無耶になってるだけの気がする。
そのあと高校でまた先輩後輩になって、何も起こらなかったかのように過ごしているけど、もう中学時代よりも仲良くなれてるはずだ。
今日彼女の家で「一緒に遊ぼうか」と誘った時の反応を思い出す。
『ダメです、却下です、ゲームの中でまでセンパイと会いたくないです』
あれは冗談めかした口調だったけど多分本気だ、平気で呼び出して自分の部屋にまで招き入れるくらい無防備に信頼してくれてるけど、キッチリ一線も引きたがってる。
「とりあえずゲームの情報集めとくかなぁ」
どうせお金ないし、とつぶやいて、眺めていたタブレットの画面を消し、部屋の明かりもパチリと消して 布団を頭からかぶった。