第2話:きゃらめいく
背に腹は替えられないので、センパイをダッシュで呼び出して設定してもらった。
ハード買うのは手伝ってもらったけど遊ぶソフトは秘密にしてたのに、でもしかたない。
「あ、やっぱりこのゲームやるんだ」
ぐぬぬ、バレてた。
「だって、格ゲーとか将棋とか遊ぶタイプじゃないでしょ? ていうか、このハード買う人は120%これ目的のはずだし」
そりゃそうだけど。
「でも新型ゲーム機の発売とほぼ同時に新作MMORPGサービス開始とかすごいよね、バグとか大量にありそう。絶対」
そう言ってセンパイはクスクス笑いながら、「余ってたから」と家から持ってきた無線LANルーターとかいう装置を手慣れた様子で設定し、続いて私がさっきまでかぶってたバーチャルギア2を手に取り頭にかぶる。
「そっ、そうなんですか?」
「そりゃ、ね。まぁ、ハードの性能デモンストレーションも兼ねてるから、ゲーム自体はわりとシンプルな作りらしいけど……っと、できたよ」
私の動揺に気づかないふりをしたセンパイは、「はいこれ、試してみて」と自分の頭から取り外したそれを私の頭にすぽっとかぶせた。
さっきも聞いたジーッという機械音がふたたび響き、私の頭にフィット。
同時に耳元から軽快さと荘厳さを兼ね備えた心地よいメロディーが流れ、高速で流れる壮大な風景が次々と切り替わりながら視界を覆う。
それは、さらに動揺しかけた私の意識を一息で鷲づかみにした。うわぁ……!
「はい、これも」
両手をわきわきしてたのに気づいたのか、笑いをこらえるように声を震わせながらセンパイが私の手にコントローラーを握らせてくれる。「うひぅっ」と変な声が思わず漏れた。
「どう、大丈夫そう?」と聞いてくるセンパイに、「ちょっ、と、まってくだしぃっ」と答える。噛んだ。屈辱。
スタートボタンを押してアカウント入力画面に進む、事前登録しておいたアカウント名をカチャカチャ入力して、指紋認証でログイン。更新データのダウンロードが始まる。いけた、ぽい。
「大丈夫そうです、センパイありがとうございました」
思ったよりダウンロードに時間がかかりそうなので、ギアを外してにっこり微笑みながら立ち上がり、部屋の扉を開ける。つまり、用済みなので帰れという合図だ。
「それじゃぁ、また月曜に部室で」
センパイが「よっ」と言って立ち上がり、手をひらひら振りながら部屋から出ていくのを追って、私も部屋を出て階段を降り、玄関まで見送った。
さすがに呼び出しておいて、帰るのを見送りもしないのは失礼だし。
「でもいいなぁ、やっぱりボクもギア2買おうかなぁ、一緒に遊べるし」
「ダメです、却下です、ゲームの中でまでセンパイと会いたくないです」
「あれ、おかしいな、そろそろデレてもいいと思うんだけど……」
「設定してくれたお礼に、センパイの卒業式で泣きまねくらいはしてあげてもいいですよ、っと」
玄関先でねばるセンパイの背中を、素足でえいっと蹴飛ばして追い出しドアを閉め、すこし隙間を開けて顔だけ出す。
「じゃ、センパイ、良いお年を」
「早いよ、まだ2月だよ、なんで卒業までの期間を一気に飛ばそうとしてるの」
「むしろ2年後の新年かもしれませんよ」
「……えぇぇ」
苦笑いしてるセンパイを追いやるようにしっし、と手を振ると、センパイも「じゃ」と手を振って、家の前に止めてあった自転車を押しながら歩き出す。
「徹夜で遊んで週明け睡眠不足とか、ダメだよ」
首だけ振り返って意地悪な笑顔でそう言うセンパイに「よけいなお世話ですっ」と答えると、今度は振り返らずにもう一度手を振り、自転車に飛び乗ると角を曲がって見えなくなった。
――――――――
「さて、と」
結局ダウンロードが終わったのは夕食後だった。
歯磨きと入浴も終わらせ部屋に戻った私は、机の前で椅子に深く腰掛けギアをかぶりコントローラーを握る。
もう充電も終わっているので電源ケーブルもコントローラーのケーブルも繋がっていない。
「発売日には混んでゲームできなかったって聞いたけど、もう大丈夫なのかな?」
発売されたのは3日前だから、まだあんまり日にち経ってないけどどうだろ?
【New Character】と書かれたボタンを選択すると、キャラクターメイキング画面が表示された。性別、顔、体格、身長、肌の色、服装、声。センパイは「わりとシンプルな作り」と言ってたけど、けっこう細かく作り込めそう。あ、でも種族は選べないんだ、エルフとか使ってみたかったのに。ちょっと残念。
実はこのゲームについて、私はほとんど知識がない。というか、何も調べていない。
「MMORPGを遊びたい」という気持ちはあったけど、特にどのゲームとは思っていなかったし、そんなに知識もなかった。
センパイに聞けば早そうだったけど、できれば知られずに遊びたかったので、ネットの掲示板で質問したのだ。
「初めてMMORPG遊びたいんだけど、初心者向けのゲームを教えてください」
「課金アイテムとかガチャとかがないやつがいいです」
「日本語で普通に会話ができて、あと、できればサービス始まって間がない作品か、これから始まる作品が希望です」
「ファンタジーかSFかなら、どっちかというとファンタジーかな? 絵はリアルなのより可愛い方が嬉しいかも」
わりと色々注文をつけた結果、教えてもらえたのがこのゲームだった。
「サービス開始は半年後で月額課金制、少なくとも最初は日本だけのサービス」
「どんなシステムかはわからないけど、PV見る限りだとポップな絵柄のファンタジーぽい」
そんな情報をもらって「よしっ」と決心したのが去年の夏、値段調べて虚ろな目になったのも去年の夏。
そこからお小遣いを貯めて、お年玉もぜんぶつぎ込んで、発売からわずか半月のバーチャルギア2と、発売したばかりのソフトを買ったのだ。
「……っと、結構いい感じにできたかな?」
目の前には少し垂れ気味の優しい目をした、長身短髪の男性アバターが立っていた。
「問題は、眼鏡をかけるか否か……いや、でもどうせ装備変えたら変わっちゃうだろうしあんまり気にしても……それよりも、腹筋はいいけど背筋の感じが、もうちょっと、こう……」
むむっ、自由度高いようで意外と細かい部分が調整しきれない。ていうか、ポップな絵柄だからあんまり美形に寄せても顔と身体のバランスが……あれ、なんで私、リアルなのじゃなくてポップな絵柄のゲーム選んだんだっけ……?
ハッとわれに返る。
キャラメイク画面で最初に表示されていた初期設定の男性アバターがちょっと好みに近かったせいで、つい釣られて微調整にのめり込んでたけど、VRゲームでキャラクターの顔を自分好みに作り込んでもあんまり意味が無い。
背筋なんかもっと無意味だ。鏡使ったって見えないし。
そもそも、私は自分好みの男の子で遊ぶためにこのゲームを買ったんじゃなかった。
そう、私は、このゲームの中で、himechanプレイをしてチヤホヤされたいのだ。
げーむがはじまらない