第19話:ねくすとすてーじ
ずっと説明回みたいなことやってるけど、この説明に意味あるのかは私にもわからない。
「うどんさん、おはようございます」
「おはよう毒っ子、今日も早いね」
ログインし、カンパニーチャットに挨拶を投げかけるとこの3日でだいぶ耳慣れた声が返ってきた。
ジリオンさんがリーダーとなって創設されたカンパニー【アドベンチャラーズ・イン】、山田さんは15-20人くらい集めたいと言っていたけれど、まだ9人しか集まっていない。
その貴重なメンバーの一人【カケウ・ドン】、通称「うどん」さんはお仕事の都合でお昼前に寝て夕方に起き出す生活を行っているらしく、センパイに勧められて始めた朝の辻ヒール活動を手伝ってもらっている。
ちなみにうどんさん、このゲームを始めたその日のランチ(?)をキャラクター名にしたらしい。1杯180円だって、安くない?
「“毒っ子”て、ボクっ子みたいでちょっと可愛いですよね」
「一人称が“ボク”なら可愛いけど、“毒”の女の子とはあんまりお近づきになりたくないなぁ」
うどんさんをはじめ、カンパニーメンバーの何人かは私を「毒っ子」と呼ぶ。
なぜだろう? とか悩むかでもなく理由はわかってるし、聖女呼びよりは気分的にマシなので気にしないことにしてるけど、目標からはちょっと遠ざかった気がする。
ログインした広場のすみにある洞窟のひとつへ向かって駆ける、うどんさんのいる場所は、だいたいいつも同じで鍛冶屋の工房だ。
他の人とログインする時間がずれているので、生産をメインで遊んでいるらしい。
カンカンとにぎやかな音を立てる洞窟の奥をひょい、とのぞくと鎚を振るう見慣れた後ろ姿。
「はいこれ、今日の差し入れの毒です」
「お、おぅ」
買いだめしてある毒薬と解毒薬を1個ずつ後ろからトレード。
手を止めグイッと毒薬をあおり、作業を再開するうどんさんを眺めていると、毒の効果でじわじわとHPが減り始めた。
「何か面白いもの作れるようになりました?」
「基本的なレシピならレベル20くらいまでは一通り作れるな、レベル12-13くらいまでなら+3の装備もなんとか。デザイン変更もすこし出来るようになってきたけど、そっちはそもそもセンスがないな」
「じゃぁお金貯まったら私の武器もお願いしてもいいですか? そろそろビギナーソード+1だと物足りなくなってきたので」
「もうすぐレベル10だっけ、それくらいなら材料費たいしたことないし、タダでいいよ」
「わ、ほんとですか? あ、でもやっぱり申し訳ないのでちゃんと払います」
……うーん、甘えたり頼りにするふりも見せつつ、自立しようとする真面目な面を出していくといい、て参考書に書いてたけどこんな感じでいいのかな?
「ところで、そろそろ死にそうなんだけど、毒消し飲んでいい?」
「うわぁ! ごめんなさい! 【ヒール】!!」
あやうく毒っ子から毒殺っ子になる所だった。
HPが減るのをもう一度待って再ヒール、これで今朝のノルマはおしまい。
「あと78回……3週間くらいあれば終わるかな?」
「まぁ、次の称号が100回とも限らないし、それでその鉄枷がどうにかなるとも限らないけどな」
「……もしかして、ヒール遅れたの怒ってます?」
毒消しを飲んでHPの減少を止めたうどんさんは、また背を向けて黙々と槌をふるう音を響かせ始めた。
「……もしかして、私のこと嫌いです?」
ひょい、と前に回り込んでみる。
「別に」
顔を下に向け、手元をずっと見つめ続けていて目を合わせてくれない。
うーん、怒ってる? いや、照れてる?
「――あ、そろそろ時間なので落ちますね。また明日もお手伝いお願いしてもいいですか?」
「おう、お疲れさま、学校か仕事かしらないけど頑張って」
「はーい」
ひらり、と手を振ってログアウト。
カンカンカン、と槌をふるう音は切断されるまで鳴り続けていた。
――――――――
「知ってる人も多いと思うけど、いくつかニュースだ」
その日の夜、ある程度カンパニーに人が集まった所でジル……ジリオンさんが話し始めた。
同じカンパニーメンバーは身内ということらしく、もう敬語は使っていない。
「騎士の国でレベル30になった人が何人か出たみたいだけど、クラスのレベルが30になるとエクストラクラス的な特化クラスみたいなのが選べるようになる、らしい。てのがまず1つ」
ファイターなら【ソードファイター】とか【アクスファイター】みたいに得意武器に、キャスターなら【サラマンドルキャスター】【シルフィンキャスター】みたいに火風土水の4属性に、そしてプレイヤーはちょっとわかりにくいけど、【アルバプレイヤー】【アルトプレイヤー】【ウィルプレイヤー】【カイルプレイヤー】【ルーファプレイヤー】の五大神に特化できるらしい。
ちなみにプレイヤーのはそれぞれのクラス名の頭に付いているアルバとかアルトとかが神様の名前で、最初から順に、昼の神様、夜の神様、大地の神様、海の神様、そして生命の神様になる。
たしかゲームの設定だと、昔神様と悪魔が戦って神様が勝ったんだけど、その戦いの流れ弾で世界が滅んじゃって、神様が自分の身体を5つに分けて空と海と大地と生物を癒やしたとか、なんとか。
空は広いから昼と夜に分けて身体の2/5を使って癒やしたんだって。
世界を賭けて戦ったのにその世界滅ぼすとか神様ドジっ子かよー、て言ったら、「総力戦ってそういうものなんだよ、興味あるなら資料色々あるから読んでみる?」て分厚い本を押しつけようとしたセンパイは普通にキモかったです。
そういうトコが女の子に嫌われるんだと理解すべきだと思いました。
まぁ、それはそれとして、剣に特化した戦士とか、火の魔法に特化した魔法使いとかはイメージできるけど、昼に特化とか海に特化とか意味わからないんですけどー。
とか、ジルさんの説明を聞きながら物思いにふけっていると、隣で山田さん達数人が「うおー、やっちまったかもー」と騒いでるのに気がついた。
「山田さんどうしたんですか? ついに犯罪が警察にバレたんですか?」
「ダメだよ、リンちゃん。犯罪者に話しかけたら犯罪者が感染るよぉ」
「そうでした、あぶない、他人のふりしないと」
嵐姫さんと一緒に、ささっと山田さん達から距離をとる。
「ひでえ」とかブツブツ言ってるけど目を合わせちゃダメだ。
「それで、なんなんです?」
とはいえ気になるので、嵐姫さんに訊いてみた。
「リンちゃん知能……じゃなくて知識が変に足りてないから説明めんどうなンよねぇ」
「サラッとひどい言い間違いしないでください」
「んー、ファイターとかキャスターみたいなクラスって、実はどれか1個じゃなくて2個でも全部でも取れるのって知ってる?」
「えぇっ!?」
「最初に冒険者ギルドでクラス設定する時に、複数申告すると複数取れるンよ。そうすると、物理攻撃力+50とか魔法攻撃力+50%とかのクラスボーナス全部つくんだけど」
なにそれずるい、裏技的な?
「でもその分クラスのレベルが上がるのが遅くなるンよ。山ちゃんだと冒険者のレベルは確か21だけど、ファイターとキャスターとってるからファイターとキャスターのクラスレベルはまだ両方とも10でリンちゃんと変わらないの」
「そもそもまず、冒険者のレベルとクラスのレベルが別なことを今知りました」
そういえば、レベル上がる時に毎回冒険者のレベルとプレイヤーのレベルがメッセージで出ていたような気がする。
作りかけのゲームだからバグってるのかと勝手に思ってたけど、意味あったのね。
「まぁ、クラス1個だけとってると気づかないよねぇ。で、魔法やスキルは冒険者レベルでおぼえるからクラスレベルって実績の称号くらいしか意味が無いし、複数取った方が強いんじゃないかって今まで思われてたンだけどぉ」
「特化クラスが見つかって、1個に絞った方が強い可能性がでてきた、と。ちょっと可哀想かも?」
「ほらな! 俺、可哀想!」
「うわ、でた」
山田さんがなぜかドヤ顔でよってきた。あっちいけ。
「可哀想な俺をなぐさめる権利をやろう」
「うわぁ、心底ウザいンよ」
「山田さんは、さっさとキャラ消して人生をやり直せばいいと思いました」
「ひでぇ!?」
ていうか、冷静に考えたら私の方が可哀想じゃないですか。
クラス2個選んだのは自己責任だけど、辻ヒールは私なにも悪くない。
「おーい、そこ、ちょっと黙れ。特に山田、おまえはリンさんから毒もらってすみっこで寝てろ」
あ、ジルさんが委員長みたいになってる。
場が静まるのを待ち、ぐるり、と辺りを見回してから、ジルさんは改めて口を開いた。
「2つ目だけど、最初の人がレベル30に到達したのと同時に、騎士の国の【グランドクエスト】が一段階進行したらしい」
サラマンドルとかシルフィンとかは造語です。そんな英単語はありません。たぶん。知らないけどきっとそう。