第13話:のーとりあすもんすたー
初のNM戦だよ、やったね。
なお主人公は観客
「……なんかひどいことになってる」
「おう、これはひどいな」
ローアースの街から約20分、荒野だった大地に丈の低い草がまばらに生え始めた辺りが指定された場所だった。
遠くに目をやると、先の方は植物が増えてサバンナになっている。
そんな場所に、このゲームを始めてから見たことがないほどの人数が集まっており、今まさに大猿と戦闘中だった。
「ぜんぶで40……50人くらい? 半分ちかく死んでるぽいけど」
「あっちの方にも何人か転がってるから半分以上死んでる気がするぞ」
やだ、大惨事じゃないですかー。
「あ、リンちゃんやっと来たンだ。そろそろ大詰めだよぉ」
「嵐姫さんまだ生きてたんですね、いつ死ぬんですか?」
「私らキャスターはトドメ要員だからね、美味しい所もらうまでは死なないよ?」
ふふん、と得意げに笑う嵐姫さん。
全滅寸前に見えるんだけど、ここから勝てるってこと?
「NMの体力半分近くまで削れてるみたいだし、そろそろ追い込みかな?」
「ン、そっちのお兄さんはわかってるね。リンちゃんのお友達?」
「私の新しいパパです。おこづかいくれるって言うから連れてきました」
「GMコールしたよぉ」
「やめろ、言ってねぇ」
冒険者ギルドを飛び出そうとしたら呼び止められたので、NM退治を見物に行く、と言ったら「面白そうだから」と船長さんもついてきたのだ。暇か。そういえば暇って言ってたなぁ。
「魔法連打で一気に仕留められれば楽だったけど、レベリングのあとだからみんなGPあんまり残ってないンよねぇ」
「いま死んでるのはGP使い切った連中か」
「そそ、GP残ってるキャスター陣の魔法で3-4割は一気に削れそうだから、そこまで頑張って削ってもらってるンよ」
ジリオンさん含め、盾持った3人のファイターで大猿の攻撃を受け持っている。
でも盾で攻撃受けるんじゃなくて、殴られそうになったら回避するのが基本みたい。
……あ、赤い鎧の人が殴られてHPが半分くらいになった。
「あらら、そろそろプレイヤー陣のGPも切れそうだし出番かな?」
「【リジェネレート】」のかけ声と共に赤い鎧の人の身体から光の粒が立ちのぼる。
【+15】という文字が数秒おきに浮き上がりHPが回復していく。
後方からその回復魔法を唱えたプレイヤーらしき術者は、GPが尽きたのか斧をかまえると大猿へと突撃し……あ、ジリオンさんがかわした攻撃に当たって死んだ。
「わりと地獄ですね」
「まぁ貢献度で報酬変わるしねぇ、戦闘中にGP回復しそうにないなら、殴られて被ダメージボーナスもらったほうが美味しいンよ」
大猿の体力が残り4割ちょっとくらいになったところで、回復魔法も尽きたらしくキャスターの一斉攻撃が開始されることになった。
「【ファイアランス】の一斉詠唱準備、着弾合わせるために音声詠唱ではなくコマンド詠唱を使ってください。日本時間17時23分0秒で詠唱開始」
手慣れた感じの指示が戦場に響く。
どこから声が聞こえるのかな、と辺りを見渡すと、さっき斧持って大猿に殴りかかって返り討ちにあった死体の人だった。シュール。
指定時間になり魔法の詠唱が開始されると同時に次の指示が飛ぶ。
「GP残ってる方は詠唱完了後の23分15秒で再詠唱開始」
虚空に産み出された10本以上の炎の槍が大猿に突き刺さり、体力を一気に削り取る。
嵐姫さんを含む数人がつぎの詠唱を始める中、大猿がひときわ大きく吼え、身体から立ちのぼる赤黒いモヤモヤが真っ赤に変わった。
――【狂獣化】
次の瞬間、振り回された大猿の腕が赤い鎧の人とその隣にいた西洋の騎士のような全身鎧の人をまとめてなぎ払い、一瞬でHPを消し飛ばす。
直後に炎の槍が5本、大猿に突き刺さるけど倒すにはあと少し、足りない。
そして残ったジリオンさんを置き去りにする形で、大猿は炎の槍を撃ったキャスター陣へと襲いかかった。
「……なんかひどいことになった」
「おう、これはひどいな」
パーティに入っておらず、手出しもしていない私と船長さんは無視されてるので離れれば安全ぽいけど、キャスターの人達は逃げても追い回されて次々叩きつぶされていく。
……あれ、嵐姫さんはどこだろ、はじけて消えた?
「さっきの子なら、残ったタンクの後ろに逃げてるぞ」
「ほんとだ、ジリオンさんを盾にしてる、ひどい」
「いや、後衛職の行動としてはあれで正解なんだけどな」
嵐姫さん以外のキャスターは全員つぶされ、再び大猿がジリオンさんの方に向き直る。
もう生き残ってる人はほとんどいない。
「こりゃダメだな」
「もうちょっとなのに……」
大猿が振り回す腕をジリオンさんと嵐姫さんが必死にかわしている。
隙を見て殴ろうとしてるみたいだけど、攻撃が激しくて難しそうだ。
「――あっ」
回避しきれなかった大猿の腕がジリオンさんの身体をかすった。
それだけでHPが8割くらい一気に減少する。
「【ヒール】!」
反射的にヒールを飛ばして回復、さっきみたいにこっちに攻撃が来るかと思ったけど、まだ大丈夫みたい。
「ありゃ、手を出しちゃったか。これであの2人が倒されたら次は君が攻撃されるぞ」
「だって、せっかくここまでがんばったのに負けたらもったいないじゃないですか」
「……どっちかというと、全滅したのを見て指さして笑うタイプかと思ってたんだが、意外だな」
「失敬ですね、こう見えても私、根は善人なんですよ」
“そう見えてる”自覚はあったのか、とかいう失礼なつぶやきは無視して2人のHPが削れるたびにヒールを飛ばす。
5回目のヒールを使いGPがなくなった所で、ついに大猿がこっちを向いた。うひぃ。
「おっ、来たか、じゃぁ頑張れ」
そう言って船長さんはそそくさと離れていくけど、いまはそれどころじゃない。
飛びかかってきた大猿の攻撃をなんとか必死で回避……したはずなのにHPが半分になった。なんでっ!?
「逃げるの無理だこれー!」
大猿の体力はのこり2ミリくらいしかないし、もうこうなったらダメ元で刺し違えるしかない。
でも攻撃あたる気がしないし……あ、そうだ。
手に持っていた杖をビギナーソード+1に持ち替える。
「斬るのが無理なら突き刺せば、いいじゃないっ!」
イチかバチかで右手に持った剣をまっすぐ突き出す。
こっちに向かって再び飛びかかろうとしていた大猿の胸元へと、剣の刃先が吸い込まれるように突き刺ささり、残りわずかだった大猿の体力がジワリ、と減少する。
――あと残り2ミリ……1.5ミリ……あ、減少が止まった
「やっぱ無理だったー!!」
「――いや、ナイス時間稼ぎだよ、リンちゃん」
次の瞬間、生み出された炎の槍が大猿を背中から貫き、体力を全て失ったその巨体は地響きを立てて崩れ落ちた。