第1話:ぷろろーぐ
VRMMOとか言いつつわりと詐欺です。嘘はついてないけど。
「……んっふっふ」
すこし頬が緩む。
嬉しさと好奇心と期待感、そして頭の片隅にきゅっと押し込めた後悔とあきらめの気持ち。
「ろくまんきゅうせんはっぴゃくえん、かっこぜいこみ」
ばっかじゃないの?と押し込めた方の気持ちが、ちらりと顔を出す。
だって、約7万円だよ。おこづかい換算でじゅう……よん?か月分。
学校帰りのカフェのケーキセット(850円)だとなんと70……80回?90……には足りないけど、なんかそれくらいだ。……あ、ちょっと本気で落ち込みそうになってきた。
さらにソフト(5,850円)と電子マネーカードもあわせたら8万円近い。
まぁ、電子マネーカードはハード買ってついたポイントで交換したから実質無料!なのだけど!
だけど後悔してももう遅い、サイは投げられたのだ。(可哀想なサイ、何も悪いことはしていないのに。たぶん)
とにかくもう、コツコツ貯めたお年玉とおこづかいはなくなり、私のケーキセット80回は永遠に失われた。
過去を振り返ってはいけない、われわれは未来を見つめて生きるしかないのだ。
ぐっ、とこぶしを握り一瞬遠くを見つめ、そしてあらためてベッドの上に置いた「それ」に視線をもどす。
「ばーちゃるぎあ、つー」
69,800円(税込)の方の大きな箱。「第三世代級VRシステム搭載」とかドーンと書かれた黒いパッケージから、ペリペリと透明な薄いビニールを剥がし、ふたを開けて中身を取り、出……意外、と、固っ……取り出した。
まずはオートバイのヘルメットから後頭部の下半分を切り取ったみたいな形の本体、次に10年前初めて触れたゲーム機とあんまり形が変わらない両手持ちのコントローラー、そしていろんなケーブルに紙切れ1枚のマニュアル。
箱のうらに書かれた同梱物一覧と1個ずつ見比べながら取り出し、ぜんぶ綺麗にならべてふんす、と一息。またすこし、頬が緩むのを感じた。
――――――――
私が生まれるちょっと前、「VR元年」とか呼ばれた時期があった。と、授業中の雑談で先生から聞いた。
ゲーム機にでっかいゴーグルみたいな装置をつないで、そのゴーグルを頭からかぶってゲームをする。その何年も前から、アニメや漫画で「ゲームの世界に入り込んで冒険する」物語が人気だったこともあって、「ついに夢の世界が現実に!」と盛り上がったらしい。一瞬。
そう、結局それは、一瞬盛り上がってすぐに収まった。
ハードが高すぎて売れなかったとか、ソフトがあんまり出なかったとか、ゲーム機の性能が足りないせいで動きがおかしくてすぐ酔ったとか、色々あったみたいだけど結局の所、「コレジャナイ」?だったらしい。
そのあとも2回くらい「VR元年」を経て、今年、「ついに俺たちが夢見たVRに一歩近づいた!」第1.5世代VRシステム搭載の新世代ゲーム機が発売されたのだ!(先生談。もうちょっと真面目に授業するべきだと思う)
ちなみに、第一世代が昔からある「頭や視線の動きに合わせて映像が動く」タイプのVR、第二世代が「頭や視線以外の身体の動きを反映したり、プレイヤーの思考を読み取って動く」タイプ、第三世代は読み取るだけじゃなく、「触覚や味覚、嗅覚などの五感をプレイヤーにフィードバックする」タイプ、らしい。
で、1.5世代というのは「完全じゃないけど、一応身体の動きや思考を読み取る機能がある」くらいのレベルだそうだ。こっちはこのゲーム機買う時、荷物持ちにつきあってもらったセンパイ談。
それを聞いた時、「じゃぁこのゲーム機、『第三世代級』て書いてるけど、すごいのですか?」てセンパイに聞いたら、「いや、それは、1.5世代の思考リーディングエンジンとモーションキャプチャリングエンジンが両方搭載されてるから1.5世代+1.5世代で『第三世代“級”』て言ってるだけだよ……」て言われた。詐欺か。
――――――――
本体の次はソフトを取り出す、漫画の単行本より一回り小さいケースをぱかっと開けると、中に2cm四方くらいの小さいカートリッジがぽつんと鎮座。
「これで6千円とかちょっと……」
ベッドの上で確かな存在感を示す「バーチャルギア2」本体と見比べると落差がひどい、値段は1/10だけど存在感は1/1000くらいだ。
しかもこれ、ソフト代以外にプレイ料金(980円)も毎月かかる。最初の1ヶ月無料ついてるけど。
気を取り直して、ギア本体にゲームのカートリッジをセットし電子マネーカードもスロットにカチリと差し込む。
充電しておけば10時間くらい連続で動くらしいけど、今は買ったばかりでバッテリーが空なので同梱されていた電源ケーブルをつないでコンセントに差し込む。
コントローラーも本当は無線だけど、こっちもバッテリーがないので本体とケーブルでつないで準備完了。
「で、では早速……」
高まる期待に少し震える手でバーチャルギア2を持ち上げ、頭にかぶりスイッチオン。
ぽぽぽぽんっという軽快なメロディーが流れ、真っ暗な視界に青いメーカーロゴが浮かび上がる。
ジー、という機械音がわずかに響き、私の頭の形にあわせてヘッドギア部分がサイズ調整されていくのを感じる。
少し息苦しかった口元に新鮮な空気が送り込まれ、耳元から涼やかな女性の声が聞こえてくると同時に目の前にメッセージがふわりと浮かんだ。
【インターネットに接続されていません、設定を確認してください。】
なん……ですと?