動画とか無理じゃないですか?
「はじめまして♡ フォルトですっ♡ ……あ、きっつ」
録画終了ボタンをクリックして、私はウェブカメラに虚ろな笑顔を写す。
「自分が出る動画とか……無理じゃね……?」
私は宿部屋にたった一人、動画を撮っては消す非生産的な儀式をえんえんと繰り返していた。
それというのも、私は大至急、知り合いを作らなければならなかったからだ。
「あと一回だもんなぁー……一回じゃなぁー……なんもできないよなあ……」
ベッドに沈んでゴロゴロのたうち回る。
あと一回とは、チート回数の残りのことだ。
つまり、私はサーシャさんとは友だちになれなかった。
昨日――
森の一角を火の海にしてサーシャさんを助けたあと。
腰の抜けたサーシャさんに肩を貸して街道に戻った私たちを待っていたのは、
猫耳戦士さんと、金髪魔法使いさんだった。
仲間に熱く抱き留められ、叱られ、無事の喜びを分かち合う三人を前に。
私はつい、逃げてしまった。
いやーうっかりうっかり。てへぺろ。
……もう外を歩けない……鉢合わせたらどうするよ…。
「うぅ。なんで逃げたの私ー……いやだって、部外者がいちゃいけないやつだったでしょおアレはー……」
落ち込んで部屋に引きこもったぶん、作業ははかどった。
画像をカコカコと加工してTwitterにヘッダーをアップロード。
「オォン! プロフィールアイコンにヘッダーの一部が隠されちゃうやん……」
Twitterのヘッダーとは。
プロフィール画面に表示される背景画像のこと。上辺位置固定で表示されるので、下方に画面をスクロールさせると画面外に消える儚いヤツ。
続きまして、動画をあげるサイトとしてようつべにチャンネルページを設立。
ついったのヘッダー画像を加工してチャンネルアートに流用する。
「アッ、チャンネルアートって切り抜きの場所は中心が固定なんだ……。やっべ端に寄せちった」
チャンネルとは。
ようつべにおいて動画配信者が設置できる、投稿動画をまとめたページのこと。プロフィール画面だと思っていいんじゃないかな。
チャンネルアートとは、この画面の上部に表示される背景画像をいう。
結構……、手間取る。
行き詰まりながら各種設定を進めていったわけですが。
問題はここから。
「は、はじむ……はじめまっ↑。……おぉん? 私ってこんなに喋れないの??」
せっかく台本も用意したのに、読み上げることすらできないんやが。
しかも、録音を聞いてみたら声は不明瞭だし、ポップノイズ――発声の息遣いがマイクに吹き込まれてしまう雑音がひどい。
聞き取れたものじゃなかった。
「うぅーん……ノイズゲート強くすると、部分的に声が消えるからなぁ……」
ノイズゲート――小さな音は拾わない設定――をかけることで環境音が入りにくくしたりもできるけど。
私の声帯が弱すぎて、くっきり通る声が出ないの……。
「とりあえずノイズキャンセリングを全開にかけて……んっんー。あ、あ、あー? ん〜」
このとき、私はまだ知らなかった。
「まあ、発声練習も兼ねて。とりあえずどんどん撮っていこうかな。そのうちマグレでうまくいくでしょ」
とんでもない思い上がりであったことを……!
………………
「終わらねぇ……!」
私はベッドに頭から突っ伏した。
「ちっともマトモに収録されない!」
噛むわ、言い淀むわ、たまにすんなり喋れたかな? と思ったらめっちゃ小声になって台本を読み上げるのに全神経注いでるわ……。
全体的に聞き取りにくい!
「内容以前の問題だわ。聞き取るのに疲れちゃってハードルを越えられない」
朝から日が傾くまで取り掛かり、数十回に及ぶリテイクを経て、未だ改善の兆しは見られない。
けど、たぶん私の話法あるいは声帯の薄弱さが原因なので、私がどうにかする以外にない。
「ここまで原因がわかったんだからさぁ……進研ゼミまんがみたいな感じで、劇的に解決してくれたりせんのか……!」
そんなうまい話はない。
えらい人は言っていた。かわいいは日々の積み重ねから作られると。一朝一夕で身につけられる便利なものではないと。
かわいいは筋肉。
……含蓄がありまくる。
「もうダメだ。なにか食べよう」
お腹が空くと悪いことばかり頭に浮かぶ。そういえば今朝から何も食べてない。
私は【ストレージ】に収めてある食材を直観して、全然残っていないことを知る。
ハッとした。
「あっ、いかん……。朝市で買っておこうと思ってたんだった」
もう夕方だ。
市場自体がもう閉まってる。
……電灯のない――魔力灯はあるけどあんまり多用されないこの街では、一日の終わりがとても早い。
気の早い冒険者や職人たちが店先の席で宴にジョッキを掲げている。
夕暮れも終わりに差し掛かった、篝火の揺れる街を歩く。
なんだか日本のお祭りを思い出す風情だけど、ここでは毎日のことだ。
(気が重いなぁ……)
夜までやってるスーパーなんてないので、適当な店で食事を済ませるしかない。
つまり、飲み屋しか開いてない。
またウェーイ系の隣で肩身の狭い思いして食べなきゃいかんのか。
「あっ」
私の前で誰かが立ち止まった。
「ん?」
顔を上げると、
黒髪をハーフアップに結い上げた美少女が、紫紺の瞳を見開いて私を見ている。
「見つけた!」
「サーシャさん……っ」
サーシャさんだった。
私はとっさに背を向けて走った。
「あっ逃げるな!」「んぇー? なんですの?」「なんか面白そうですにゃ」
背後で三人娘の声がする。
サーシャさんだけでなく、イエナスタ・ルカ・クリスタニアさん――通称イエナさんとミヤさんもいる。
仕事終わりに店を畳む歓楽街を逃げる。人は多いけど、すれ違えないほどじゃない。
駆け足で逃げて、ふと気づく。
「やべ、なんで逃げちゃったんだ私」
「なら捕まっておくといいにゃ」
直後。
私は取り押さえられて転びそうになった。
体の下に差し込まれた腕に支えられてヘッドスライディングから守られる。
顔を上げれば、私の腕をガッチリつかんでニッコリしている猫耳美少女。ミヤさんだ。
「うちの子が気にして仕方がないから、ちょっとお付き合い願いますにゃよ」
「ひぇっ」
「そんな怯えなくても、取って食ったりはしませんわよ」
イエナさんが私の肩をガッシと押さえた。意外と足速い。
少し遅れてサーシャさんがやってきた。現役冒険者は息一つ乱していない。
「ちょっといいかしら。お話ししたいんだけど」
「はい……」
観念してうなだれる。
年貢の納め時、というのはこういうことか……。