人を助けるのって大変です
森の奥は実際やばかった。
化け物みたいな怪物がいた。
しかも、ぞろぞろと。
「怪物の巣って、こういうことかー……!」
狼の顔をした植物とか、狼の顔をした蜘蛛とか、狼の顔をした猪とか、禍々しいやつがひしめいていた。狼顔が多すぎる。
腰が入ってない私のパンチ一発では、スタンさせるのが限界みたいだ。
二回殴るという時間を取られる戦いに。
単純計算で進む速度が二分の一になりながらも、奥へ奥へと踏み込んでいく。
と。
「ほら、こっちにおいで……!」
女の子の声。
本当にいた。
黒髪美少女――サーシャさんだ。
しかも、蒼髪の幼女もいる。私を噛み殺そうとした謎の幼女だ。
どうやらサーシャさんが見かけたという女の子は、あの子らしい。
蒼髪の子はキョトンとした顔でサーシャさんを見ていて……サーシャさんは怖がらせないよう、焦りを押し殺してゆっくり歩み寄っている。
サーシャを警戒するように、蒼髪幼女は一歩下がった。
あたりには魔物がいっぱいだってのに、なにを悠長な!! と思ったけど。
だからサーシャさんは慎重に、怯えさせないように近づいている。
「でもきっと、コッチの方が効く!」
私は【ストレージ】魔法を開いた。
取り出したるは今日のお昼に作ってきたベーコンのサンドイッチ。
「おいで! ってうぉお!? 早っ!?」
幼女はすでに目前に来ていて、私の手からサンドイッチをくわえ去った。
幼女の急な動きにサーシャさんも私に気づいた。
大きな目を見開いて、愛らしく驚いている。
「あなた……チェンジリングの!」
顔を覚えられていた。
やめて、ちょっとした喜びと謎の恐怖に肺腑を握られちゃう。ビビリながらお辞儀する。
「ど、どうも! 助けに来ました!」
「それは……ありがとう。あの子も連れて行かないと……!」
サーシャさんは幼女を振り返り、
表情を凍らせた。
幼女の背後に、狼面の猪っぽい化け物がにじり寄っている。
とっさに私は叫んでいた。
「逃げて!」
蒼髪の子はシュパッと逃げた。
「え……?」
衝撃的な身軽さだった。
跡形も残さない跳躍に、狼面の猪はポカンと顎をあげて姿を探す。どこにも見当たらない。完全に逃げ切っていた。
た……、
「た、助けに来た意味……っ!」
「あの子が無事ならもうそれでいいわ! それより私たちも逃げなくちゃ!」
崩れ落ちそうな私をサーシャさんの叫びが支える。
そう、私はこのサーシャさんを助けに来たんだ。
狼面がぞろぞろと私たちの周りを包囲している。はたと嫌な推理が頭によぎった。
「あの子、もしかしてこの狼たちのリーダーだったりしませんか?」
「なんてこと言うのよ」
「でも……私、一度あの子に殺されかけてますし」
「えっ」
「噛みつかれて。残りHP4まで追い込まれてやばかったです」
「噛みついただけで……? もしかして普通の女の子じゃない?」
特殊な女の子ではあったと思う。
「どうやって逃れたの?」
「食べ物で釣りました」
「あぁ、それで真っ先に……」
サーシャさんの声がすごい速さで落ち込んでいく。
なんだかひどく真実味を帯びてしまった。
「まあまあ、でまかせの推測ですから! 当たってないかもです! 今は逃げることに集中しましょう!」
グッと拳を握って、私は全力で化け物たちに飛び込んだ。
猪っぽい怪物にワン・ツーで粉砕。隣の猿っぽいのにも浴びせ蹴り。
包囲に穴を開けた。
「よし! こっちへ……」
「くぅ、【ソーン・バインド】三倍拡大っ!」
サーシャさんの目と鼻の先で。
狼面が光の蔓に拘束される。
私が離れた瞬間、サーシャさんは何体もの怪物に襲われていた。
そのすべてを拘束したサーシャさんが転びまろびつ駆け寄ってくる。
「行きましょ!」
「は……はい!」
うなずきながら、背中に冷や汗が吹き出していた。
今、サーシャさんが自衛していなければ――サーシャさんは。
「こ、後悔はあとで! 今は逃げ切ることが大切……!」
けれど。
逃げ切れない。
「サーシャさん走って!」
獣は《身体強化》のないサーシャさんを執拗に囲っていく。
私は前に後ろに跳び回って追い返す。
それが限界。敵の数を減らす暇もない。
疲れ知らずの神技チートでなかったら、とっくに間に合わないくらいだ。
「奥の手を使うか……!」
温存していた初期習得魔法【ファイアボール】を解禁する!
駆け回って戦わずに済むぶん、守る効率はよくなるはずだ。
「《MP無尽》!」
私のMPは20しかなく、【ファイアボール】の消費MPは6もある。三発では意味がないのでギリギリの一回を使い、MPを∞に変更。
終了条件が《身体強化》と同じだったら、戦いの間は困らないはず――!
「ふぁいあぼーぅ!」
目についた狼面に【ファイアボール】をなげつける。
ウェアウルフに6ダメージ!
「ザッコ!!! あ、《魔力強化》つけてないからか……」
まあ牽制の豆鉄砲くらいには……と思って気づく。
《MP無尽》の効果が終了した!
MP20/20
「クソかよ!!」
普通に使ったほうが安い。
ごめんお婆ちゃん! 貴重な一回、無駄にした……!
(どうしよう。柔らかいものを守って戦うのって、こんなに難しいんだ……!)
チートスキルはあと3回。もう使えないと言っていい。
頼みの綱の《身体強化》も、右手を出すと引っ込めるまで右側には手を伸ばせない。
「【ソーン・バインド】っ!」
「ありがとう!」
サーシャさんが、格別に大きいクリーチャーを拘束する。
打ちかかってパンチキック、そしてキック。ホブウェアウルフも煙と化した。
しかし――脅威の本質は単体の強さではなく、そこそこの強さがぞろぞろと居て、しかもなかなか倒せないこと。
「ハァっ、ハァっ――街道まであとどのくらい……!?」
サーシャさんは息も絶え絶えで、体力の限界が近づいている。
私は……囲んでる全てを一瞬で倒すほどの能力を持っていない――少なくとも今は。
サーシャさんが足を止めた。
「ごめん……あなただけでも逃げて……!」
サーシャさんは青い顔で悔しげに唇をかむ。
どんな後悔がよぎっているのかは、わからない。
でもたぶん、関係ない。
サーシャさんは悪くないから。
「あと3回か……」
私は呼吸を整えて、【ファイアボール】に意識を集中させる。
私にも同じことができる?
(大丈夫。できる)
私は目を見開いた。
「サーシャさん。お願いがあるんだけど」
「……え?」
「あとで友だちになって」
私は周囲に目を走らせて、そこに立つ怪物を脳裏に焼きつける。
間違えないように。外さないように。
「《MP無尽》!」
これは私のお父さんのぶん!
「《魔力強化》!」
そしてこれが、私のお母さんのぶんだ!!
「あなた、何を……?」
「サーシャさん伏せて!」
拳を突き上げて、解き放つ。
「ぉお【ファイアボール】一万倍拡大ァッ!!」
ごぉ、と。
火焔が雪崩を打って広がっていく。
文字通りに爆発的な炎熱が鎌首をのばす。
慌てる狼の怪物を触れたそばから消し炭にする。
のたくる炎は逃げ惑う狼面を次々と飲み込んで、森の生木を舐め、ほうぼうに散っていく。
──やがて。
地獄のような輝きは消えた。
あとには、カラカラに乾いた空気と、水分を奪われて立ち枯れ寸前となった樹木。
そして前髪の焦げた私と、呆気にとられたサーシャさんが残されていた。
「………………えーっと」
私は拳を突き上げた姿勢のまま、ぎこちなくサーシャさんを振り返った。
「……ご無事ですか?」
「……死ぬかと思ったわ」
私も同じ気持ちです……。