ぼっちだって人助けしたい
「あっ、大丈夫ですか? 怪我ありませんか?」
微妙に噛みつつ二人に尋ねると、猫さんが「にゃはは」と笑って大剣を背中の鞘に収める。
「おかげさまで無傷ですにゃ。どうなってるんにゃ? 素手で魔物を退治するなんて」
「まぁ……諸事情がございまして……。あっそんなことより」
私は手を打って二人を見る。
落ち着いて見てみると、やっぱりだ。二人の顔に見覚えがある。
私の同期ズレを治してくれた黒髪美少女と一緒にいた二人だ。きっと三人でパーティを組んでいるのだと思う。
「もうひとり、黒髪の子がいらっしゃいましたよね。なにかあったんですか?」
二人は顔を見合わせて、表情を曇らせた。
やっぱり。なにかあったんだ。
「実は……その子、サーシャが、急に『女の子を見かけた』と言い出して森の奥に行ってしまったんですの。追いかけたのですが、この通りの有様で……」
「あの子、逃げ足は速いけど戦闘能力ないですからにゃ。心配ですにゃ」
黒髪美少女はサーシャさんというらしい。
いかにも魔法使い系の、肉弾戦は不得手そうな格好だった。
放っておけない。
「私、助けに行きます」
「え……いいんですの?」
「もちろん! 個人的にも、彼女には恩があるんで!」
「知り合いですにゃ?」
「いえ、行きずりに親切してもらっただけです。……でも死活問題を解決してもらえたので。大恩です」
「あの子も隅に置けませんわねえ」
金髪さんは素直に感心している。
猫さんは目を細めて私を見ていた。にゃー……と唸って、見覚えがないか思い出そうとしているみたいだ。
ほんの一瞬、遠巻きに顔の向きが合った程度のこと。さすがに覚えられていないだろう。
金髪さんはひとつ大きくうなずいた。自身の胸に手を当てて、格好よく胸を張る。
「とにかく、助けをいただけるのは重畳ですわ。わたくしはイエナスタ・ルカ・クリスタニア。イエナと覚えてくださいまし」
「ふぁっ、イエナさん。はい、なにとぞ!」
「にゃ。ウチはミヤにゃ。よろしくにゃ!」
「ミヤさんっ! よろしくでふ!!」
ひぃい。なま、なまえっ! ど忘れしたらどうしよう!
イエナスタ・ルカ・クリスタニア――通称イエナさんと、ミヤさん! 覚えて私っ!
「あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「え、あ、えっと」
顔を見つめられて最大級に慌てる。
名前――名前ってなんだっけ? テンパって言葉が不自由になってる。
しかも私は名前が変わったのだ。
記憶違いしていないか不安になる。
「あの、……名乗るほどのものではございません」
負けた。不安に。
「まあ。ご謙遜を」
イエナさんは口元に手を当てて上品に微笑んだ。
いやホントご謙遜(皮肉)だよ! 何様だよ! まだ仮免冒険者だぞ!
イエナさんは表情に不快を示すことなく、金髪をなびかせて森の奥を振り返る。
「急がないといけませんわ。行きましょう」
「え、イエナさんも来るんですか?」
「えっ!?」
あっ。また余計なことを言ったか!? イエナさんがびっくりした顔で私を見ている。
「ひとりで行くつもりですの?」
「だ、だって、さっきまでスライム相手に『もう限界』みたいなこと言ってたから……」
「そりゃあなた、あの数に囲まれたら誰だって……いえ、あなたは平気なのでしたわね」
「んにゃ。この人の言うとおりにゃ! ……っ」
目を細めるのを諦めたミヤさんが、大きく私の背中を叩いた。
叩いた手がしびれたみたいで、ぷるぷる手を振った。
「〜〜……と、とにかく。これ以上は森の深部。ミヤたちみたいなペーペーでは荷が重いにゃ。足手まといになったら本末転倒にゃよ」
「それは……そうかもしれませんわね」
「そんなことないよ、二人とも強いよ」
「今その慰めはいりませんわ」
「あ、ごめんなさい……」
謝ることではありませんわよ、と親しげに笑って、
イエナさんは私に向かって頭を下げた。
「サーシャのこと、よろしくお願いいたしますわ」
頭を下げられて当惑する。
ぼっちには当然ながら、誰かになにかを頼まれる経験なんてない。少なくとも私には無い。
だから。
本当は、いつものように予防線を張ろうと思ったけど。
なぜか私はこう言っていた。
「任せて」
と。
なんて無責任なことだろう。
……とにかく、サーシャさんを助けに行かないと……!