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街に帰り着くころにはすっかり日が暮れて、なんと街の門は閉ざされている。
生真面目そうな青年門番さんが監視の窓から身を乗り出した。
「もう門限だぞ。次からはもう少し早く帰ってこい」
「えっ。門限なんてあったんですね……すみません……」
「そりゃあ、あるさ。夜中はどうしても見通しが悪い。魔物の接近に気づくのが遅れるからな」
なるほど……。
青年門番さんに、詰め所を経由する裏口的な扉で門を通してもらってなんとか街に帰還した。
閉まりかけた冒険者ギルドに駆け込んで受付のお姉さんに戦利品を引き渡す。
こんもりと受付で山になったスライムの核にお姉さんは目を丸くした。
「わぁ。ずいぶん溜め込んでいましたね」
「え? いえ、今日狩ってきました」
お姉さんは「おや?」という顔をした。
「巣でも見つけましたか? モンスターハウスとか……」
「そんなのあるんですか? スライムに」
「……もしかして、普通に倒して集めたんですか?」
「はい」
「信じられない……」
お姉さんは気を取り直したように帳簿をつけて、魔法陣の描かれた布に戦利品の山を乗せた。硬貨をどさっと積み上げて私の方に滑らせてくる。
「今回の報酬金です」
「えっ、こんなに? スライムですよ?」
「普通の冒険者が十日くらいかける量なので、必然的に」
マジで。
「スライムといえば最弱のアレじゃないんですか」
「スライムは不定形のため武器の効きが悪く、さらには粘体で武器を傷めてしまうんです。なかなか敬遠されていて……最弱ではありますが、最低額ではないんですよ」
はぁーなるほど。私はいわゆる需要と供給のスイートスポットに踏み込んだわけだ。
「討伐数でみれば文句なしに本認定ですが、さすがに一日では認められません。もう数日、依頼や討伐を進めていただいてもよろしいですか?」
「あはい。いいですよ。それより聞きたいんですけどいいですか」
「なんでしょう?」
「この街って……どこで食事すればいいんでしょう?」
人間、飢えるとなりふり構わなくなるものだ。
生前は楽だった。マニュアル接客が板についたチェーン店だけを愛用していれば、お互いの間合いを知ったうえで店員との接触を必要最小限にすることができた。
だがこの中~近世風ゲームファンタジー世界でそんな店を見分けられない。そもそもファミレスがない。
こじらせコミュ障ぼっちにとって「店の敷居」は高すぎる……。
やっぱりというか、ただ食事を摂るだけでも酒場が使われるものらしい。
周囲で盛り交わす居酒屋ノリに、ただ食べるだけですごい消耗してしまった。
料理の味とかぜんぜん覚えてない。
「つかれた……」
宿部屋に帰るなり固いベッドに飛び込んで埋まる。
なんならスライム狩るよりごはん食べる方が疲れた。
「自炊するか……?」
店に行くくらいなら作ったほうがましだ。
私の半無人宿屋にも調理場は共用のものがひとつあった。誰も使っていないらしく、あれなら利用中に他の客とバッティングする心配はなさそう。
「いや、食事の心配より自分の心配だよ」
起き上がってあぐらをかく。
幸い路銀は稼げたものの、私のスキルは有限だ。あと5日しか同じ生活はできない。というか使い切ったら実質死ぬ。
ぎりぎりまで予備を削っても、あと2日といったところ。
今すぐにでも対策を講じなければいけなかった。
だけれども。
「受付のお姉さんも、門番のおじさんも、つながりにカウントされてないんだもんなぁー……!」
あまりにも過酷な現実。
彼ら彼女らにとって、私など通りがかった有象無象のひとりにすぎないのだ。
「そういえばなんか現代から持ってこれたものがあったな……」
【ストレージ】からノートPCとスマホを出す。
どちらも電源は普通についた。バッテリー残量は100パーセント。
「……あれ? おかしいな、死ぬ間際には満充電じゃなかったのに」
むしろスマホのほうは30パーセント切ってた。
ともかく開いたからには動かしてみる。いつもの癖でインターネットブラウザを開いて、
「……開いたんやが」
ネットが通じた。
なんでやねん。
通信設定を漁ってみたら接続先、プロバイダともに「女神」になっていた。
なんでやねん。
「とはいえ、これはラッキーかもしれないぞ!」
なにせインターネットといえばワールドワイド。ひととひとがつながるのに持って来いのツールである。
前世のジョンや家族親類、はす向かいの山田さん(?)がカウントされるのだ。今から誰かとつながって悪い理由はなにひとつない。
しかし、問題がひとつある。
「話しかけるなんて無理なんですけど……!?」
ぼっち。あまりにもぼっち……!
私のツイッターアカウントは読み専のほかに、自分がなにか言うためのフォロー0フォロワー0アカウントがある。あった。さすがに虚しすぎて消した。
結局、自分から動かない限り世界は私に気づかないのだ……!
「でもそれなら……フォロー活動してはじめてみよう……!」
さすがに悩みはしなかった。私の命がかかっているのだ。
アカウントを新設し、震える指で新規ツイート。
「よ、よし……。つぎだ」
渾身の勇気を振り絞って目についた趣味の合いそうな人を次々とフォローしていく。
とりあえず、とフォローを返してくれる人もいるので、相互フォロワーに。
「これでどうだ!! つながりやぞ!!」
ステータスを直観して、分かる。
残り5回。
「増えない……ッ!」
フォローBotまがいの行動では認めないって言うのか女神! プロバイダのくせに!
ところで通信費徴収されるんですかね!? 支払いは現地貨幣で大丈夫ですか!?
「……まあ、実はなんとなくわかってた」
なにせ実際に顔を合わせて挨拶しても、つながりにカウントしてもらえないのだ。ツイッターの相互フォローだけで認められなくても不思議はない。
せめてもっと絡んでから来い、と無茶振りされているだけだ。
画面をつけずにスマホを見る。
黒い画面に私の輪郭がうっすらと浮かび上がっている。
そう。
今の私は赤髪の少女だ。
これまでの肉体を捨てて美少女の身体を受肉した、いわゆる一つの実質美少女。
「……疑似的とはいえ、ひとと話すことなくコミュニケーションを取る、たったひとつのクールな方法」
赤い四角に白三角形がトレードマークの、アレ。
「やるか……動画配信者……!」
それほどまでに、友達を作りたくないのか、私。
その通りだった。




