決着つけました!
悪魔は言っていた。「肉体があると不便だ」と。
魂に対する干渉は肉体で遮られる。
だが今の悪魔は、剥き出しだ!
「【魂喰らい】ッ!!」
肉体を失い空中にわだかまる悪魔の魂に、渾身の魔法を叩き込む。
魂を貪る魔法……悪魔が私からチートスキルを奪った強奪魔法そのものだ。
――こいつッ、我の術を!?
「自分で喰らって、間近で試みるのも見た! チート能力がありゃあ分析くらい造作もないわ!」
――舐めるなァッ!!
「くっそ! 《マナ無尽》っ!」
さすがに悪魔。自分の魔法にあっさり負けるほど魔法抵抗力は低くない。加えて私の《魔力強化》《マナ無尽》も万全な状態じゃない。
それでも。
「返せぇええええ!!」
ステータスに表示される虫食いが消えていく。表示が戻っていく。
「《身体強化》、《武の極致》! 《魔力強化》に《マナ無尽》!! ついでに食らっとけ《鑑定》っ!!」
絆が次々とチカラに昇華されていくのが感じられる。
夢魔。
三八柱の悪魔のひとつ。
世界の作られた「はじめの日」において、世界の夜闇に眠りと危険を定めた存在。
始原の神魔大戦で滅せられ、力を失った。
"夢"に落とした魂を貪り、その力を己のものとすることで復活の機を待っている。
──ぐおぉおおおおお! 《身体強化》《武の極地》《魔力強化》《マナ無尽》ッ!!
バチッと音が響いて、私の【ソウルイーター】魔法は弾かれた。
虚空から生え伸びた足に蹴り飛ばされる。
「はぁ──ッ! はぁ──ッ!! 好き勝手やってくれたな! だがまだだ!」
「いいや、」私は顎をぬぐって立ち上がる。「もう終りだよ」
悪魔は不快げに顔を歪める。
「我は変わらず貴様の能力を保持している。高位知性体である我が、貴様ごときに遅れを取るはずがない!!」
悪魔は跳躍する。目にもとまらぬ速度で迫る悪魔を見てから、
私は動いた。
「《身体強化》《武の極地》《魔術の神髄》《魔力強化》《マナ無尽》【身体強化】【高速思考】【マリオネット】──【レジストイビル】」
私の姿を模った胸郭に、なんの抵抗もなく拳が吸い込まれていく。
一つひとつが世界を外れたチートスキル。それを重ねて束ねたならば。
世界すら置き去りにするような一撃になる。
悪魔は、なにか末期の絶叫を試みるように口を開けて、音にならずに消滅する。
仮の肉体だけでなく悪魔の存在そのものが滅び去っていく。
後には一欠片の黒い結晶が転がった。
石畳に跳ねて転がる音が、無人の街に染み入って消えていく。静寂を乱すものは風ひとつない。
静かな終わりだけが満たされていた。
「……ふぅ。終わった、かな?」
私は振り返ろうとして背中から転んだ。
体がうまく動かない。
命がけの緊張から急に開放されて、手足がしびれたみたいになっていた。
人間、追い込まれるとけっこう簡単に限界突破できてしまうらしい。
「もう一生ぶん動いた気がするぅ……」
体がもう動かない。
大の字に倒れたまま目だけでステータスを開いて確認する。
女神にもらったチートスキル。悪魔から奪い返した六つすべてが、ハッキリと表示されていた。元通り実効性のあるお守りとして燦然とスキル欄に輝いている。
がっくりと空を見上げて、うめき声をあげた。
「もう……当分冒険者はいいや……」
§
「え、報酬なし?」
ギルド奥の赤絨毯が引かれた豪華な部屋で、私は応接用のソファに崩れ落ちた。
ギルド受付のおねーさん──アレイナさんは、曖昧な泣き笑いで私の開いた口を見ている。
「申し訳ありません。なにせ悪魔……となると、ほとんど神話の存在です。報酬額を定めることがそもそも無理と言いましょうか」
「だいたい、本当に悪魔だったのかどうかも今となっては分からないんだよ」
事が事だけにギルドマスターが立ち会っている。青年と中年の間みたいな男性は複雑そうに表情を歪めた。
「きみの姿を真似ていたから、Aランク魔物の変化鬼だったんじゃないかという意見もあがっていてね」
「ならもうオーガの報酬でもいいですよ?」
「報酬を渡したら、もうオーガだったことで確定してしまう。この結晶はオーガごときではあり得ない聖遺物なんだ。認めるわけにはいかない」
悪魔の落とした結晶を示してギルドマスターは悩ましげに言う。
なんでやねん私がええって言うてるやん。
一瞬そう思ったものの。「神話級の討伐を果たした冒険者を擁するギルド」なのか、「オーガ狩りの冒険者を擁するギルド」なのか、では大違いだ。私の問題ではないらしい。
しかし……悪魔かどうか判定する手段なんてあるのだろうか?
「この件の報酬は、結論が出るまで宙ぶらりん……?」
「そういうことになる……」
すまなそうに言われてしまう。
マジかぁ……。
まあ、今すぐお金が必要なほど切羽詰まってるわけではないけど……余裕ってほどでもない。世の中って世知辛い。
受付さんが私を見て口を開く。
「でも、あなたのおかげで人的被害はありませんでした。悪魔に襲撃された冒険者も、外傷や後遺症もなく現職復帰しています。街に代わり我々からお礼を言わせてください」
「い、いえいえそんな。私なんて何もしてませんから」
女神の力の依り代ではあったかもしれないが、私の実力ではあんまりない。頑張った度でいえばリルのほうがよっぽどだ。
「そういえばリルの容態のほうは」
どばたん! と個室の扉が荒っぽく開けられて、蒼い影が駆け込んできた。タックルを食らってソファの背もたれに叩きつけられる。
「うげふっ! り、リル?」
私の上に膝立ちになっているのはリルだ。
ボロボロになるまで戦ってくれたリルの治療をギルドが名乗り出てくれて、預けていたのだ。
(まあケチケチせずに自分でチート使って治癒魔法かければよかったんだけど)
でも、リルに対しても感謝を示してくれるのが嬉しかったので、任せてみた。
魔物でも無事に治してくれたみたいで安心した。
「ご覧の通りすっかり良くなったよ。もう少し大人しくしてくれたらよかったんだが……」
開け放たれた扉を見て、ギルドマスターが苦笑する。扉の前で待っていたけど、私が名前を呼んだのに反応してしまったのだろう。
ギルドマスターは、私とリルを順番に見た。
「まだ公式に認めることができないのが口惜しい限りだけれど……お二人は、この街の英雄だ」
§
「英雄か」
安宿の一室に帰ってきてひとりごちる。
古いベッドに腰かけて、シミのついた天井を見上げて。
英雄だってさ。
「実感わかないねぇ」
話しながらリルをくすぐる。
むずがって笑うリルは英雄なんて話に興味なさそうだ。潰すと音が鳴る縫いぐるみのほうがまだ興味ありそう。
実際、実感もなにも英雄扱いなんてされていない。非公式でギルドの一部に共有されている備考情報でしかない。
私は変わらず新米冒険者で、買い直したライトメイスの新品感も抜けきらない駆け出しだ。
次はどんな依頼にしようかなあ。
「暮らしを楽しんでいるようですね」
「……ん? ……、うひゃおうっ!?」
危うくリルを蹴っ飛ばしそうになった。
ベッドの隣になにか座っている。
神秘的な後光を背負った全体的に白っぽい女性だ。
「こうして会うのは初めてですね。私があなたをこの世界に送った女神です」
「ははあ、あなたが私をこの世界に送った女神ですか」
ほーん、へー女神……えええ女神!?
女神はニコッと微笑んで私に座るように促した。
「悪魔を倒してくれてありがとうございました。彼らは私どもに匹敵した力を持つ、世界からはずれた存在。あなたから力を奪うようなことがあれば、大変なことになっていました」
「え、そんな大それた話だったんですか?」
「そうですとも」
あっさりと女神はうなずいてみせる。
「人間に善い者と悪い者がいるように、神の座に階梯を登りうる存在にも善い者と悪い者がいます。悪魔──あの高位知性体も、我々に近しい力を持っていました」
言われてみれば確かに、「神の力」を苦もなく使いこなしていた。
私は危うく悪魔に神の力を明け渡すところだったのだ。
「もし私が負けて、悪魔がチートスキルを自分のものにしていたら……どうなっていましたか?」
「大変なことに」
ニコッと微笑んではぐらかされた。
深く聞きたくなくなってきた……。神と悪魔の大戦とか言われそう。ヤバい。
「この世界はもともと私どもと相性がいいのです。だから私も容易にあなたを生まれ変わらせることができたのですが……どうやら悪魔にとっても同じようですね。他にも悪魔が潜んでいるようです」
「やっぱりか。《鑑定》のスキルで何柱もいるって言ってました」
「それであなたに選択肢を与えにきました」
女神の言葉に顔を上げる。
変わらず穏やかな微笑で私を見つめる女神。どうやらこれが本題らしい。
私は深呼吸して気持ちを整える。
「──選択肢とは、どのような?」
「ひとつ。もとの世界に帰り、魂を大いなる流れへ還すこと」
その口ぶりからすると、やはり私はもとの世界では死んでるらしい。
現世に帰って今までどおり──という望みは、文字通りに悪魔の甘言だったわけだ。
「ふたつ。神の力を我々に返してこの世界で生きること」
うっ……。本来選ばなきゃいけないやつが来た。
私の今までは文字通りチートだった。だから、正道に戻すだけだ。一番穏当な選択肢だろう。
「そしてみっつめが、その力で悪魔と戦うこと」
「まじか……」
うめき声が漏れた。
悪魔は間違いなく強敵だった。あの悪魔が舐めプしなければ多くの人に被害が出ていたし、私も負けていただろう。
「悪魔たちがあなたを知れば、神の力を自分のものにするべく、あらゆる災厄をもってあなたを狙うことでしょう。だからこその選択です」
あらゆる災厄って。人生ベルセルクすぎる。
二つめだ。力を返して普通に生きる。それしかない。
私は小心者で意気地なしでコミュ障ぼっちだ。運動オンチでスライム相手にも苦戦する。
悪魔とか神とか、大それた話に付き合うような器じゃない。
「悪魔は──悪魔は間違いなく、この世界にいるんですよね?」
「ええ」
「なら……戦います」
駄目だ。やめろ私。取り消せ。
勝てるわけがない。私のクズさに多くの人を巻き込むことにもなるんだぞ。
「悪魔はいる。なにもしなくても人が巻き込まれる……疫病か災害みたいなものとして。力を返してもどうせ巻き込まれるかもしれない。それなら、私が戦います」
私のバカ。見栄っ張り。その場しのぎの考えなし。
私の手に負えることじゃない。
それでも。
それでも……、
必ず出る被害を、見過ごしちゃいけない。
「ありがとう」
女神が私の手に触れた。
驚いて顔を上げる私を、女神は微笑んで見つめている。
「では引き続き、あなたに力を預けます。この世界の一員として、その力を活かして生きていきなさい」
私がニの句を継ぐ前に、女神は天井に浮き上がって薄れて消えた。
いなくなってしまった。
「うわ言っちゃったよリル……私どうしよう」
リルは私の狼狽なんて毛ほどにも興味がないらしく、姿を消した女神を探して部屋をきょろきょろ見回している。
頭を抱える私の耳に、変わらない街の喧騒が聞こえる。
街すべてをあげて避難を敢行しておいて、たった半日で恨み言ひとつなく元通りになった。
活気と生命力にあふれる世界に尊敬の念を抱く。
「まあ」
私は脱力して腕を下ろした。
「言ってしまったものは仕方がない。私にできることをしよう」
そして、私にできることなんて……驚くほど限られているのだ。
翌日。
「部屋も引き払った。買い物もした。冒険者登録も切り替えてもらった」
街の大きな門の外で。
私は指折り確認してうなずいた。忘れ物なしだ。
「リル、頼める?」
リルは返事代わりにブワッと大きく風をはためかせる。風をまとうようにスルスルと変化してバイクになった。
またがって振り返る。
白いレンガで造られた市壁。それに守られた冒険者の街エルドレッド。
「──よし。出発しよう!」
悪魔と戦うことになった私は旅をすることにした。
悪魔が様々な手練手管で襲ってくるなら、場所を定めないほうが巻き込む人を少なくできる。
なにより私自身、強くならなくちゃいけない。
旅の中で新たな出会いがあるだろう。サーシャ、ミヤ、イエナたちに助けを求めることもあるかもしれない。
でもそれは、まだ誰にもわからないことだ。
「よおし、行くぞリル! 私たちの戦いはこれからだ!」
これにて完結です!
ご覧のとおり打ち切り気味のエンディングですが……もともとゴールのある旅路ではありません。思いがけず早く至ることもありましょう。
ここまで見てくださった方、応援してくださった方、知ってくださった皆様、本当にありがとうございました!!




