信じられないことが起こりました
私は気づいたら現代日本の病室にいた。
「これ、どうなってるんだろ?」
私の体はフォルトのまま、綿でも踏むような感触で病院に立っている。
ベッドに触れようとしたら、手がすり抜けた。
「幽体離脱みたいなものか……」
窓から外を見る。見覚えがあるような、ないような。窓が曇ってよく見えない。
「これだけじゃもどかしいな。もう少し何が起こってるのか知りたい」
部屋から出てみたい。
引き戸のバーに手を伸ばしてもすり抜ける。
「幽霊的なものなら、頭から突っ込めばすり抜けるのでは?」
ドアに頭突きしようとして、
ゴトリと扉が開いた。
「うわぁ!? あ、母さん!」
記憶の中の母そのままの姿で、悲しげな表情で立っていた。
後ろ手に扉を閉めて、ベッドにしずしずと歩み寄る。横たわる私に何事か話しかけている。
音は聞こえてこなかった。
「……信じられないな」
信じられない。
私が私を客観的に見ているこの状況は不思議すぎた。
事故からどのくらい時間が経ったのだろう。母の横顔からは伺い知れなかった。
母の肩越しに自分の寝顔をのぞき見る。
「……ん?」
慌ててネームプレートを見る。
急に文字がぼやけたような気がするが、思えば最初からぼやけた「文字っぽい何か」だったような気もする。
改めてベッドに眠る私を見る。
「……私もすっかり馴染んで忘れてたけど」
『私』はフォルトじゃない。
だけど、ここに眠る私はどうだ?
病室で眠る私の体格はまるきり少女で。
頭に巻いた包帯の隙間から、赤い髪がはみ出ていた。
……《鑑定》。
女神から授かった6つのチートスキルのひとつ。
目の前で起こっている"これ"は何なのか、教えてくれるスキルを起動する。
――悪魔の一種"夢魔"が見せる、被術者の記憶を利用して作り上げた"夢"
「いや夢かよ」
偽物の私がガバッと跳ね起きて目を見開いた。
「……なぜバレた」
「いや分かるよ。人の記憶、中途半端に使わないでくれます?」
「馬鹿な。記憶を利用している以上、見分けることなど不可能なはずなのだが」
いっちょまえに腕を組んで考え込む夢魔の声は、紛れもなく私に声をかけたささやき声だ。
神どころか悪魔だったらしい。
悪魔の一種は私の顔で凶悪に笑う。
「クク……気づいたところでもう遅い。お前は我が魔術に囚われた。幸せな夢を見る魂を啜ってやるところだが、なに、たまには噛み砕くのも一興か」
「お生憎様。こちとら本物の神様が味方についてるんでね!」
我が魔術、と悪魔は言った。
神なる《鑑定》様のご託宣も、「被術者」と表現した。
この"夢"は魔術によるものだ。
それならば。
「スキル《魔術の神髄》、発動!」
ィン、と耳鳴りで音が遠くなるような感覚。
同時に世界にあまねく広がる魔力のうねりが手に取るように感じられる。
相変わらず森で立ち尽くす私も、その隣にいる少女型の魔物リルも。そして私に憑りついた悪魔の姿も。
ハッキリしっかり感じ取れた。
「これなら《マナ無尽》も《魔力強化》も必要ないな」
慎ましやかな私のMPでも問題ない。
悪魔は魔物と違って肉体を持っていない。空気のように流れる魔力に寄生して漂う、一種のウィルスみたいなものだ。
「な……なんだ、これは!?」
「勝手に私に憑りつくんじゃない! 私から――出て行け!」
すくいあげて、選り分けて、弾き飛ばす。
【レジストイビル】とでも呼ぶべき魔法を創造して、私は私の中から悪魔の存在を引き剥がした。
――馬鹿な! 夢が破られただと!?
音が戻ってくる。
私は森に立っていた。リルが私を背に庇ってうなっている。
悪魔を見上げた。
まだ《魔術の神髄》の効果は残っている。物質体を持たないはずの悪魔が確かに感じられた。
悪魔は私を見下し、身がちぎれんばかりに歯噛みしている。
――バカな、バカな、バカな! 高位知性体である我が、肉体に囚われた下級生命体なぞに!!
吠え猛るような怒りが、魔力の風になって渦巻いた。
迫力がヤバい。
――許しがたい! 忌々しい! ……だが、
――奪ったぞ。
「え?」
なにをと思う暇もなく、
ぞわりと嫌な予感に総毛立つ。
――《身体強化》
悪魔の内側から異質な力が溢れだす。




