衝撃の展開です
翌朝、私は森を突っ切る街道を歩いていた。
朝日が高く上った空を、森の木々が左右に遮る。独特の土っぽい空気が朝靄に湿っていた。
「リル。気配に気を付けておいてね。私が変なのに取り憑かれるかもしれないから」
リルはすんと澄まして前だけ見て歩いている。分かっているのかどうか微妙な反応だ。
期待しすぎず、私はとにかく森を見る。
魔物に詳しい門番さんは、ささやく魔物を知らないと言った。
ギルド受付のお姉さんは「悪魔みたい」と口にした。
「はてさて……鬼が出るか蛇が出るか、正体見たり枯れ尾花か」
謎のささやき声に再現性があるのかどうか、確認しに来たのだ。
魔物に詳しい門番も、事例に詳しいギルド受付のお姉さんも知らないくらいだ。私の気のせいなんだろうと思う。
けど、どうしても無視できない。
――元の世界に帰りたくはないか?
「元の世界、だもんな」
私が「別の世界」から来たと思っている存在は、この世界にいない。
私は妖精郷――「この世界のどこか」から来た、ということになっているからだ。
「でもま気のせいだよね」
――気のせいではない。
ん?
森を見上げる。風にそよぐのは空に伸びた一部の枝だけで、見える範囲で動く枝はほとんどない。
リルは私に見向きもしない。異変を感じた気配はなかった。
「気のせいか……」
――気のせいではない。
「うわあ。まじかぁ……」
ぶつぶつ応える私をリルが胡乱そうに見上げる。ということは、やっぱり私にしか聞こえていないらしい。
声は落ち着いた男性の気配で言う。
――昨日は驚かせたようですまないな
「コミュニケーション取れるの?」
――ああ。私はこの世界の、まあ神のようなものだ。世界を司る存在だと思ってくれていい。
まじか。
女神とサシで話した私が言うのもおかしなものだが、信じられない。
――お前には気の毒だが、お前がこの世界にいるのは迷惑だ。
息が詰まった。
リルが異変を察して周囲のてきとうな方向に睨みを効かせて威嚇する。
力む細い肩と魔力の通る蒼い髪を撫でて、宥めるフリで自分の気を落ち着かせた。深呼吸。
「どういうこと?」
――お前はあり得ざる力を持っているだろう。
――そのような者に居座られては世界がバランスを崩す。
――現に、冒険者ランクにそぐわぬ活躍をするお前を、佳く思わないものも出ているようだ
ドキリとする。
そんな話は聞いたことがない。でも、いつ現れても不思議はなかった。
私は冒険者になったばかりの新米だ。
そんなやつが、エルダーイミテートだの、大鹿だのと分不相応な報酬を得ている。
リルが不安そうに私の膝に触る。正直、応じる余裕はない。
"声"は労わるような調子さえ持って語り掛けてくる。
――お前も被害者であろう。お前を責めることはしない。帰る手段も私が行おう。お前は同意してくれればそれでいい。
――元の世界に帰りたい、と。
「でも」
答えを口にするのにずいぶん苦心した。口が乾いている。
つばを飲み込んで、改めて口を開く。
「でも、私は……死んでるはずだ」
――死んでいない。
「えっ」
声をあげて驚いてしまった。顔をあげて森を見回す。本気で言っているのかどうか窺おうにも、声には影もかたちもない。
――今はまだ。早晩死ぬがな。
――魂を失って長生きできるはずもない。
「植物状態で眠っているとか?」
──お前の感覚に近い言葉でいうと、そのとおりだ。
なるほど。
私は自分が死ぬと確信したくらいの事故だったんだ。そんなこともあるかもしれない。
「じゃあ、本当なのか。でも」
女神がポンと気軽に動かしたように、この世界の神もポンと気軽に私を送り返す。そんなこともできるだろう。
でも。
――信頼できぬか? 無理もない。
――ではおまえに見せてやろう。私の力が本物であることを。
カッと眩しさに目がくらむ。
思わず顔をかばった腕を下ろして、息を呑んだ。
白いパイプのフレームでできたシンプルなベッド。
ベッドに絡みつくようなナースコール。
プレートに記された見慣れた名前。
清潔なシーツにシワを作って、静謐に目を閉じる人影は身動き一つしなかった。
顔じゅうに包帯を巻きつけたその人は、
目覚める気配もなく眠っている。
「ここは。まさか」
私は目を窓に向ける。清潔そうな白色の部屋から見える景色は、青空だ。
午前中の日が高い青空は雲に霞んで、住宅街の町並みを包んでいる。
ここは病院だ。
私はまだ死んでない……のかもしれない。




