ソロ冒険者に戻りまして、私
「てりゃああ!」
大きく振りかぶったメイスをスライムに叩きつける。
ぶにん、と弾んだスライムはさほどの痛痒も受けた気配はなく……ぼよん! と森の土で跳ねて体当たりしてくる。
「どおっ!?」
ギリ避けた! かすめた服に重みが残る。
飛んでいったスライムは土に跳ねる。森の木に激突する前に止まって、くるりと重心がこちらを向いた。
見ためでは分かりにくいけど、スライムにはしっかり重量がある。
当たりどころによってはすごく危険だ。骨を折られたり、押し潰されたりする。
「くのお!」
メイスでぶん殴る。
いまいち通らない。
打撃武器は効かず、刃物は刃が痛み、戦えば侮れない。でも動きが鈍いから囲まれる前に逃げれば大丈夫。
スライムが放置されるわけだ。
「パンチやキックでは戦えたんだけどね。リル!」
増援のスライムが見えて、私はリルに呼びかけた。
私の背後を守ってくれていたリルが踊るように前に出る。そしてパンチとキック、踏み台にして跳び上がって踏みつける。ガシガシと引っ掻く。
スライムはパチンと煙に弾けた。
「ありがと、助かったよ。……実は素手のほうが効きがいいのかなぁ」
首を傾げつつスライムの核を拾う。すぐさまリルの手を引いて森から逃亡。街道は魔物の"縄張り"じゃない。
街道の真ん中まで逃げて、振り返ってみる。
増援スライムは踏み固められた土を前にまごついて、すぐに諦めた。ゆっくり引き返していく。
ふぅ。私はメイスを腰に提げて盾をおろした。一安心だ。
「でも……これじゃ埒があかないな」
リルは私を見上げて首を傾げた。
私はソロ冒険者に戻った。
バックラーとメイスを使う冒険者に戻ったはいいけど、素の私はやっぱり弱い。【ファイヤーボール】を撃ち尽くしたら出枯らしだ。
「武器変えたほうがいいかな? どう思うリル?」
リルは興味なさそうに目を逸らして、周りに目を向ける。周囲の警戒のほうが大切だと言わんばかり。
野生のナイトに任せて考えこむ。
実際問題、メイスを主武器にするのは不安だ。
そりゃ今は使いやすくて助かってる。
でも《武の極地》を使ったあとはシンプルすぎて力不足だ。
両手剣は【ストレージ】に収めてあるけど、実は重たくて肩が凝る。二つの武器を使い分けるのはあんまり楽しい展望じゃない。
「素の私がもう少し強かったらなぁ」
そう思って訓練がてらスライム狩りに出かけてみたのが、このとおり。リルに助けてもらわなきゃ危ないって有様だ。
道は遠い。
「挫けそう……」
――……。
「ん?」
リルを見た。
リルは私を見もせずに周囲に目を配っている。
気のせいかな……?
――……に……いか。
「いや、気のせいじゃない。なにか聞こえる!」
リルが驚いたように私を見上げる。リルには聞こえてないみたい。
ってことは、私にしか聞こえていない。
なんだ? 誰が、なんて言ってるんだ?
――帰りたくはないか?
帰る? そりゃ確かに、お腹すいたからそろそろ帰ろうと思ってたけど。
声はささやいた。
――もとの世界に、帰りたくはないか?
私は絶句した。
次の瞬間には、リルをつかんで猛ダッシュで逃げ出した。
「門番さん!」
門の前まで逃げた。
門番さんの前までたどり着いて、ぜはーぜはーッと荒れる呼吸を必死に整える。リルは迷惑そうに私を見ていた。
そういえばチートも使わず自力で走っていた。
ちょっとオーバーな状態の私に驚いて、門番さんが慌ててしまった。
「だ、大丈夫か? なにがあったんだ」
「ぜはーぜはー。はい、あの、ぜえはあ」
呼吸を整えるまでだいぶかかった……。
「あのっ! なんか囁いてくる魔物ってご存知です?!」
「ささやく?」
門番さんはにわかに真剣な表情で私を見る。
「詳しく聞かせてもらえるかな」
急に恐ろしくなってきた。
……か、勘違いだったらどうしよう……。
根掘り葉掘り聞き出されるまま、覚えてる限りのことを話す。それでもなかなか決着がつかずぼっちには苦痛なくらい話をさせられた。
ふと気づく。
特徴を尋ねられ続けるのは、なかなか同定できないからだ。
つまり街では把握していない。
「風の音か、魔物の子のイタズラか……たぶん勘違いだとは思うけど、今日は森に出ないほうがいいかもしれない」
門番さんは私をそう諭しつつ、部下に手で合図する。うなずいた部下が装備をまとめて詰め所を出た。
きっと見回りに行くのだろう。
リルはイタズラに楽しみを見出すような子じゃないから、きっと勘違いだろう。急にひとりぼっちに戻ったから幻聴がしたんだ。
それ余計に良くないが。
「考えすぎかなぁ……」
囁きかける魔物って相当にインパクトがある。情報共有されてないということは、あまり報告のないことなんだ。
首をひねりつつも、とりあえず今日はゆっくり休もう。
ギルドでスライムの核を小銭に替えて、お風呂を済ませてお夕飯は外食に。もう完全に今日は赤字だ。
いつもの大衆食堂で居酒屋並みの喧騒を分け入っていく。
まだ日が傾きだしたばかりというのに、ご機嫌なことだ。
「あれ、フォルトさん」
声をかけられた。
名前まで呼ばれたら気のせいじゃない。
振り返ってみれば、ギルド受付のお姉さんだ。テーブル席を贅沢に使って、私服で一杯やっていた。
「あ、どうもお疲れ様です。今日はもう上がりですか?」
「いーえ。非番ですよ。フォルトさんもいつもより早いですね」
いつも日暮れ前まで粘っているので、確かに今日は早い時間だ。
「せっかく会ったのですから、フォルトさん。ご一緒しませんか?」
「あー……ありがたいお誘いなんですけど。私は個室を取らないと、リルが怖くて」
リルを振り返る。
人畜無害そうな無垢の瞳で私を見る。
その目をして私の腕を噛み砕きかけたこと、忘れてないからな。
受付さんはにっこり笑って、机に並んだビーフンの大皿を取った。
「なら、一緒に移動しましょうか」




