お別れと旅立ち
大剣で斬り捨てた大鹿はそのまま倒れて煙と散った。
無事に撃退できたみたいだ。
「勝ったか……」
と安心した瞬間、脳裏に響く。
戦闘状況の解除を確認。
《武の極地》の効果を終了します。
途端に身体の重さが戻ってくる。
どうやら効果の終了条件はチートによって違うらしい。この場合は私の緊張が解けたら、かな。
ぼんやりする私の気を戻すようにリルが軽く叩いてくる。
「ン。今回は頑張ったね、ありがとうリル。みんなのところに戻ろうか」
リルを連れて街道を戻る。
馬車の近くで魔物を警戒していたサーシャが私に気づいて、手を上げてくれた。
ミヤやイエナたちもいる。
無事合流できたみたいだ。
「みんな無事? よかった」
「それはこっちのセリフよ。怪我はない? リルちゃんも」
サーシャが私とリルを気遣ってくれる。
私もリルも外傷はない。服は汚れちゃったけど、それだけだ。
サーシャパパ略してパパーシャが疑わしそうに私をジロジロと見る。
「大鹿を倒したのか? 本当に? ……お前たちだけでか?」
「ど、どうも……」
「命の恩人に失礼なこと言わないで、お父様」
「うむ……確かに。失礼した。感謝する」
ガタイのいいパパーシャはお辞儀すら厳しい。
だが、と彼は言った。
「うちの娘はそのような大逆転の方策を持たぬ。冒険者はこうも危険と表裏一体であればこそ、やはり娘に冒険者はやらせられん」
頭を抱えるサーシャには悪いけど、笑ってしまう。
頑なになるばかりだ。
「頑張ってね、サーシャ」
「私が強くなったほうが早そう」
『この先を進みたくば、俺を倒してから行け』ってやつか。
まんざら冗談でもなさそうな目でサーシャはパパーシャを見ていた。
馬車と馬を点検したパパーシャが振り返る。
「魔物が去ったなら出立しよう。サーシャ、乗りなさい」
「えっ」
思わず私が声を上げてしまった。
「そんな、さっきの今で? 魔物に襲われかけたんだから、馬車の状態とかほかの魔物とか、様子見してからのほうがいいんじゃ」
「そう思われがちだが、逆なのだ」
厳しい顔を左右に振って、意外と丁寧にパパーシャは教えてくれた。
「馬車は襲われる前に避難させて無傷で済んだ。これが魔物に馬車を打たれたり、あるいは不整地で車軸に負担をかけたならば戻るべきだ。だが、そうでないなら行くべきだ――ほかの魔物が寄りつかんからな。何故だかわかるか?」
「え……ま、魔物を倒したやつが怖いから?」
「惜しいな。連中、そこまで耳ざとくはない」
パパーシャは太い腕を振って道を示す。
大鹿が駆け抜けた街道を。
「ここはまだ、強力な魔物の縄張りだからだ」
そういえば、大鹿が襲ってくるのも"大鹿の縄張りだから"だったっけ。
「なるほど。縄張りが空白地だとバレないうちに通り抜けたいってことですか」
「そういうことだ。さ、行くぞサーシャ。お礼とお別れを済ませなさい」
パパーシャは慌ただしく御者台に登った。
苦笑混じりにサーシャが軽く頭を下げる。
「ごめんね、鬱陶しいオジさんで。なんていうか、根っからの門番なのよ」
「よく分かったよ。いいお父さんだね」
「まさか。ただの頑固親父よ」
そんなこと言いながら、サーシャはパパーシャを心配させないためだけに念願の冒険者を辞めようというんだからバレバレだ。
サーシャは改めて私やイエナ、ミヤを見る。
「本当にありがとう。途中で抜けるお詫びも、今回のお礼も、必ずするからね。遠くないうちに」
「いいからお行きなさい。わかってますから」
イエナが困ったふうに笑って、手で追い払う仕草。
ミヤもウンウン頷いて言う。
「ゆっくり過ごしてくるといいにゃ。そのぶんの利子をつけて請求するからにゃ」
「最速で帰ってきてやる」
イーッ! と怒ったふりをしてから、サーシャは笑った。
「それじゃ、またね。気をつけてね」
「サーシャこそね」
サーシャが馬車に乗り込むと同時に、馬車は進められた。
サーシャたちの馬車を見えなくなるまで見送って……、
誰からともなく、私たちは街に向かって歩き出した。
そんな帰る途上で。
なぜだかミヤとイエナは異様に深刻な顔で私を見る。
「……ど、どうしたの二人とも」
「大鹿を斬ったんですわよね」
イエナが私の背負う両手剣を見る。
《武の極地》を乗せれば扱えるけど、今の私は持ち上げるだけで精一杯。危なっかしくて抜けない。
「実はミヤ、考えてたことがあるにゃ」
「わたくしもですわ」
二人が重々しく口を開く。
「パーティを抜けて己を鍛え直したいのですわ」
「ミヤも師匠に会いに行くにゃ」
そんな! と言いたいけど口をつぐむ。
私のせいだ。
素の私は弱すぎて、サーシャ抜きの二人で庇いながら戦えない。
チートつけた私には二人がついてこれない。
二人に適した修練に、私のチートは持て余してしまう。
「サーシャがフォルトをフォローしていたからよかったものの……今から後釜を探して連携を構築するのも難しいでしょう」
潮時ですわ、とイエナが言った。
……そうだろう。
戦略的な理由で考えてもパーティを組む理由がないんだ。
一緒に行こう、と言い出してくれたサーシャがいないなら……組み続ける理由なんて――
「だから、にゃ。フォルト」
ミヤが荒っぽく肩を組んできた。
「この借りはミヤたちが強くなったら、必ず――絶対に必ず返しにくるからにゃ」
「忘れたら許しませんわよ」
イエナが私の胸元を軽く突く。
胸がジンと熱くなった。
ただ再会を約束しただけじゃない。
それだけじゃないってことを、示してもらえたようで――、
なんだか分からないけど、無性に安心させられた。
「わかった。忘れない」
本物の旅人たちは違う。
そんな挨拶を交わしてすぐ、ミヤたちは旅支度を整えて出立してしまった。一番旅慣れてないのがサーシャだったらしい。
そうして私たちはバラバラになった。
「……実感湧かないねえ」
仮の自宅、宿部屋のベッドに座って窓を眺める。
隣のリルが私を見たけど、すぐ興味をなくして丸くなった。お昼寝の続きに入る。
ミヤたちが出ていったのは、ちゃんと手続きを済ませてからだ。
大鹿の討伐を報告して、緊急案件の上乗せがついた報酬を分け合って、
旅の買い出しに回る二人について行き、門まで見送って帰ってきた。
「なのに、実感が湧かないや」
みんなは今、どの辺りを移動しているんだろう。
そういえば私はこの世界のことをなんにも知らない。食事の肴にチラホラとサーシャから拾い聞いたくらいだ。
「私も旅に出ようか? ねえリル」
リルは顔を上げもしない。お昼寝優先だ。仕方のないやつめ。
私はノートパソコンを手元に引っ張った。もうすっかり宿部屋のベッドが定位置だ。
投稿していた動画の情報を見てみる。
「わ」
チャンネル登録者がずいぶん増えてる。33件だ。
「うわ、ありがとう。すごいな」
恐縮が先立って動揺してしまう。
本当にありがたい。一人ひとりが力になる。文字通りに。
ソロ活動では今まで以上にお力添えが大切になってくる。大事に力を借りていかないと。
残りは、29回。
心機一転の手始めに……まずは武器を買わなくちゃ。
両手剣じゃチートなしで戦えない。
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