私の正体がわかりました
「同期ズレかしらね」
「はぇ?」
「当たり判定が迷子になって、市壁に当たってるのよ。ここから先は防護結界で再定義された別フィールドだから」
同期ズレ?
当たり判定??
困惑する私とは裏腹に、門番さんは合点がいったようにうなずいている。
「なるほど、それでスタックしているのか。お嬢ちゃん、心当たりないか? ワープ魔法に巻き込まれたとか、魔物の領域を通ったとか」
「いや……あるといえばあるというか。ないといえばないというか」
しどろもどろになりながら頑張って説明した。ワープ魔法でも魔物の領域でもなく、気づいたら森の真ん中にいた、それ以前は別の世界で生きていた、ということを。
途中で「もうちょっと誤魔化せばよかったんじゃ」と気づいた。
でも、途中で方向転換できるほど器用じゃないので突っ走った。ぼっちに話術スキル期待しないで……。
ところが。
「チェンジリングかもしれないわね」
この世界の記憶がないと聞いて、美少女はむしろ納得したふうにうなずいている。
「ちぇ、チェンジリ……?」
「妖精にさらわれた赤ん坊のことよ。妖精に育てられて帰ってくることもあって、その場合、不思議な能力を備えていたり、何年も経っているのに子どものままだったりするの。あなたもそうかもしれないわ」
なんと。
この世界に唐突に生まれ出でた私の存在を、ピタリと説明できる概念があるなんて。
「妖精郷から出てきたなら霊体がズレていても仕方ないわ。ちょっと待って。いま座標をあわせてあげる」
彼女は背負っていた魔法の杖を手にする。私の肩に添えた。
魔法を使うわけでもなく。
肩を「トントントントン!」と打ってきた。
地味にけっこうな勢いで殴ってくる。《身体強化》かかってなかったら絶対に痛い。
「はいゴメンね。これで大丈夫じゃないかしら」
「……ゴクリ」
私は唾を飲んで踏み込む。
壁はなかった。
通れた。
「うぉおお!」
門を通れたぞ!!
「ありがとう! 助かりました!!」
「どういたしまして」
彼女はにこやかに微笑んでクルリ背を向ける。
(待って! 名前を……名前を教えてください!)
言いたい言葉を脳内でシミュレーションした一瞬ののち。
自分の声を引っ込めた。
彼女は仲間らしい少女たちと手を振りあわせ、集まって行ってしまったからだ。
「………………あっぶねー」
友達と集まってる人に声をかけるなんて地獄すぎる。
事情を知らない人から「え、誰?」「なにかあった?」「なにゴミカスの分際でこのワタクシのフレンズに汚い声かけてんの?」っていう視線、くるじゃん。私耐えられない。
「よし、さて! 心機一転──まずは冒険者だ!!」
私は拳を突き上げて街に足を踏み入れる。
私の異世界生活の始まりだ!
結界に入った。
《身体強化》の効果が終了した!
膝から崩れ落ちた。
「フィールド切り替えでバフが消えるやつ――……!!!」
私の貴重な一回はこうして役目を終えたのだ。
残り6回。
とはいえ街の中で《身体強化》を活用する予定はない。
砕け散った心を拾い集めてどうにかこうにか立ち上がり、私は夕暮れの街に踏み入った。
なお。
冒険者ギルドは任務報告の人で混んでたので容赦なく引き返す。
いやだって、「私はなにをしたらいいんでしょう……」ってレベルのザコが混んでるときに行くとかハードルが高すぎるでしょ……?
「まずは宿を探そう! 飯より宿、って名ゼリフもあるもんね」
大通りの宿はバカ高かったけど、門番さんの助言どおり職人通りの下宿を見てみたら表通りの三分の一を切るお値段。オイオイ最高かよ。
部屋の写真を貼りつけたコインロッカーで買う方式でした。
「これってラブ……」
慌てて外の看板を確認する。旅人・冒険者向けの宿だった。
本当かよ。
疑りながら販売機の前に立って、ふと声が漏れる。
「あ、そうだお金……【ストレージ】から出せるのかな」
出た。
あっさり出せた。
虚空からポロっと手に落とすような感じで、必要な分の現金を取り出せた。
同期ズレを直してもらった影響だろう。
「まあ、一度はちゃんとビーフジャーキーを出せたんだもんね」
機能自体はごく正常だ。
そういえば森で誤作動したときになにも遺失物が出なかった。このあたり、相当にユーザーフレンドリーな仕様らしい。
あの美少女にはいくら感謝しても足りないね。
というわけで。
恐る恐る購入して鍵を取り、廊下を進んでいく。
アレしてる声がしたらやばい。声が聞こえたらノクターンされてしまう。
ビビり散らしながら部屋に向かった私の見たものとは――……。
結論から言うと、普通の宿屋でした。
ビジネスホテルのような、ベッドとちょっとした机とクローゼットのある立派なもの。
でもユニットバスは無かった。
ぬるま湯を買えたので体を拭くのが限界らしい。
(おなかすいた)
お夕飯……お夕飯は、また明日ね。そんなにお腹空いてないからね。
べつに店員と話すのが怖いからじゃないんだからね。
身体を拭きながら思ふ。
「とりあえず……冒険者になりたいな」
"私"は死んだ。
もはや元の世界の未練がどうとか、残された家族がどうとか、そんなことを考える余地がないくらい。
たっぷり痛みに這いずって、ハラワタから血を垂れ流して、私は死ぬのだと魂の底に刻み込まれてしまった。
もう私の人生は向こうにはない。
それなら、剣と魔法の世界に転生したのなら。
世界にどっぷり首まで漬かりたい。
私は私を生きていくのだ。
うまく冒険者として名を挙げれば、容赦なく減っていくチート回数も補充できるかも。
「よし。明日から本気出す!」
スヤァ。HPが全快した!
こうして私の異世界初日は終わった。明日は冒険者デビューするぞ!