仲間の一大事です!
「うぼほっ!?」
ドーン! と重量が寝てる私にのしかかってきた。
飛び起きるまでもなく分かる蒼い髪。
蒼髪幼女ことご当地暴風伝説ことリルが私に両手を突いて目を丸くしていた。
「いや、なんて起こし方するの可愛いなあ」
窓を見れば早朝だ。
森林暮らしだったリルは早起きで、起きない私を心配してくれたんだろう。
「でも、こんな乱暴なことしなくてもちゃんと起きるからね……。ここは安全だからゆっくり寝てても大丈夫だよ」
リルは小首を傾げている。
私は身体を起こしてリルを撫でた。だいぶ人に慣れたみたいだ。噛む気配はない。
「朝かー」
今日は何をしようかな。
屋台で朝食のバゲットサンドを買ってリルと分け合いながらギルド会館に向かう。
ミヤがいて都合が合えば朝稽古をお願いしたい。
でも痛飲してたし無理かなー? なんて思っていたら。
ギルド会館の前でもみ合いになっている馬車を見つけた。
馬車の扉にしがみついて怒り狂っているのは栗色のクセ毛――ミヤだ。浮いてるのかと思ったが腕力で取り付いている。
御者を厳しく牽制していた金髪令嬢が私を振り返った。
「フォルト! ちょうどいいところに!」
「イエナ。朝っぱらから何ごと?」
イエナさんは碧い瞳を見開いて私に言った。
「サーシャが誘拐されそうなんですの!」
え。
「なんだってぇええええ!?」
「違う! 違う! もう、なんてことになってるのよ」
サーシャが叫びながら馬車とイエナの間に割り込み、馬車にしがみつくミヤを剥がす。馬車のなかを覗き込んでサーシャは声をかけた。
「説明してくれるんじゃなかったの? お父様」
馬車のなかから、くだらなさそうなため息。
「伝えたぞ。それをこいつらが聞かないんだ」
「『冒険者は危険だから辞めさせる』なんて言われて、はいそーですかと言う馬鹿がどこにいるにゃ! サーシャもちゃんと言い返したほうがいいにゃ!」
「うーん」
困るサーシャ。
状況がよく分からなくて静観してる私の横に、疲れたようなため息がした。隣を見てみればギルド受付のおねーさんだ。
「よりによってウチの前でケンカを始めたから、サーシャさんの宿まで呼びに行ったんです」
「大変ですね……」
受付さんは大きな荷物を抱えていた。それは旅装のようで、そして受付さんのものではなかった。
サーシャの声が聞こえる。
「私、辞めるのよ。本当に」
ギルドの会議室を借りて私たちは向かい合って座った。
「そちら側に座るんですのね」
「まあね」
イエナの辛辣な言葉に苦笑するサーシャ。彼女は私たちの向かい側に座っている。
サーシャの隣で腕を組んで厳しく座っている男性。サーシャ・ロッシュの父だという。
「こちら、私のお父様ガズー・ロッシュ。代々門番を担っている軍人家系なの」
「王都の門番ですの? エリート中のエリートですわね」
まあね、とサーシャは苦笑する。サーシャパパは当然という顔で微動だにしない。
「冒険者を辞めるってのは本気かにゃ?」
「冒険者など無謀だ。無駄死にするだけだからな」
サーシャが答えるより早くパパーシャが言った。
ミヤとイエナが剣呑に目を細める。パパーシャは変わらず巌のような腕組みのままだ。
「ごく単純なリスク計算の問題だ。傷病と経済苦で脱落する冒険者は全体の九割を超える。偉大な成果を残す冒険者などわずかな数――無視できる例外でしかない」
なるほど確かに。そういうものかもしれない。
納得する私と裏腹に、イエナとミヤは叫びださんばかりに怒っていた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。冒険者はリスクが大きいって言ってるだけだから。お父様も言い方を考えて」
「む」
パパーシャはサーシャに諫められると居心地悪そうに口をつぐむ。娘に勝てないパパそのままの姿だ。微笑ましい。
「……その娘は魔物か」
パパーシャがリルを見ながら言った。
キョトンとするリルに代わって私がうなずく。
「そのような魔物ばかりならいいのだがな……現実にはそうではない。魔物と相対するとは、命の危険と差し向かうということだ」
「門番には仲間がいる。城砦がある。市壁があり、結界があり、心強い仲間に囲まれて戦う。――危険を最小限に抑え込む細心の注意が払われている」
冒険者はそうではない。
限られた仲間と、限られた資源で、生きて帰ることを常に念頭に置きながら、なんの助けもない大自然の真ん中で魔物と対峙せねばならない。
「お前たちはエルダーイミテートと遭遇したのだろう」
パパーシャは言う。
「冒険者など危険なだけだと。思い知れば帰ってくると思っていた。現実はそんな甘いものではなかったわけだ」
エルダーイミテートは私たちレベルの冒険者が生きて帰れる相手ではなかった。
今回は生き残った。
だが次もそうかはわからない。
「娘を案ずるのは当然のことだ。私はなにも間違っていない」
サーシャがなぜ、突然なにもかもを投げ出すような形で冒険者を辞めると言ったのか、わかった。
目があったサーシャは、紫色の瞳を細めて困ったふうに微笑んだ。
「解決しなきゃいけないことを、中途半端にしてきたのは私の落ち度よ。みんなには申し訳ないけれど……」
「大丈夫だよ。わかってるから」
サーシャは微笑んだままうなずいた。
頑固なパパーシャを説き伏せて冒険者に戻るのは、きっと大変だ。
ミヤがウンザリしたふうに吐いたため息が、やけに響いた。
パパーシャがわざわざ冒険者ギルドへ来たのは、サーシャの冒険者登記をきっちり抹消するためらしい。徹底している。
馬車に乗り込む直前に、サーシャが私を振り返った。
「フォルトは、冒険者を続ける?」
「もちろん。心強いじゃじゃ馬も増えたところだもん」
大人しく連れられているリルのうなじをくすぐる。
頬を緩めながらサーシャはうなずいた。
「よかった。フォルトのほうこそ、私が無理やり連れ出しただけでホントは冒険者になりたくないんじゃないかって思ってたの」
「えっ? そんなことないよ」
「そっか。よかった」
サーシャはリルの頭をなでて私に向き直る。
「この世界には、空を浮遊する島がある。
巨大な岩の塊のような。滝のしずくを散らす天空の島が。
私はそれを一度でいいから見てみたい。
……それだけのために、私は冒険者になりたいの」
サーシャの告白には驚いたけれど、納得するものもあった。
その気持ち、その執念は日本人の多くに心当たりがあるだろう。まさかサーシャが天空の城を追っていたなんて。
私は笑ってうなずいた。
「素敵な夢だね」
「いつか、一緒に行きましょう」
「うん」
私とサーシャは握手を交わした。
サーシャたちの馬車が出発してから、イエナ、ミヤと一緒に私たちはなんとなくギルド会館に居残っていた。
待合所でローテーブルを囲んで座る。
なんとも言えない微妙な沈黙のなか、リルと私は手遊びをしている。
(なんか……微妙な空気だなぁ)
イエナもミヤも難しい顔をして黙っていた。
いつもならこの二人が率先して依頼を見に行くし、そうでなくてもサーシャがなにか切り替えるような提案をした。
でも今日の二人はそんな感じじゃない。
「えと。なにか、依頼探す?」
「……やめときますわ。ちょっと集中力がまとまりそうにありませんの」
「ミヤもそんな感じにゃ」
すげなく断られてしまった。
(まあ……仲間が急にいなくなったら、ショックだよね)
今日はそっとしておいたほうがよさそう。
と、私が思案をしているそのとき。
「緊急!」
と叫んで若い兵士さんが冒険者ギルドに飛び込んできた。
何事かと色めき立つ私たちの前を素通りして兵士は受付さんに向かって叫んだ。
「街道に魔物が出ました! 脅威度は――A!」
エルダーイミテートと同じ脅威度だ。
死を覚悟する危険……。
本日10/17、22時にゲーム動画あげます!
収録時は、まさかサーシャがこんなことになるなんて夢にも……
10/17 21:59 追記
ギャッごめんなさい! アップロードに時間がかかってるみたいで22時に公開できないです!!
ごめんなさい!
10/18 追記
動画投稿しましてぁ!! 後書きにハイパーリンク設置できない仕様ゆえベタ張りお許しください!
https://youtu.be/164z4D0HkpE




