蒼髪っ子との最初の一日
冒険者ギルドの個別相談室はしっかりと木材で仕切られて、それなりの防音処理がされている。
向かいに座る受付のおねーさんの大岡裁きで、蒼髪幼女を私が責任持って預かることになった。
サーシャがおもむろに口を開く。
「それともう一つ内密に報告したいことがあるんです」
私にちょいちょいと合図した。テーブルに出して、と。
私は狼面のエルダーイミテートがドロップした結晶体を【ストレージ】から出して机に載せる。
受付さんは一瞬沈黙して、目を丸くした。
「……えっ! これはイミテートの!」
受付さんが私たちを順に見る。
確かめるまでもなく、冒険者見習い私と、最下級の冒険者三人組だ。
エルダーイミテートなんて、私たちの実力で倒せるような相手じゃない。
「……なにがあったか、詳しく聞かせてもらっても?」
受付さんは落ち着いた声でそう言った。
「要するに、私が回数限定でめちゃ強い超必殺技を使えるんです。それでなんとかやっつけました」
経緯を詳しく話してから、要約として言う。
サーシャがうなずいてテーブルの魔石に触れる。
「倒したのはフォルトですが、私たちの実力ではないので……『エルダーイミテートを倒せる冒険者』と評定されるには能力が足りないことになってしまうんです」
「話はわかりました。みなさんを疑うわけではありませんが、ほかの冒険者の消息などを確認し事実関係を検めてから討伐報告を受理いたします」
ほかの冒険者の消息――つまり誰かが倒したエルダーイミテートの魔石だけ横取りしたんじゃないのか、確かめるってことだ。
妥当なところだと思う。
「噂が広まっても対応に困りますので、言いふらさないようお願いしますね」
言う必要はないと思いますけど、という感じで受付さんに念を押された。
「もちろん。自ら恥を広めるはずがありませんわ」
顔をしかめたイエナの言葉。
彼女は実力で倒したいと思っているから、身の丈に合わない現実は歯がゆいものだろう。
と、その隣でミヤが満を持して【ストレージ】を開いた。
「それじゃあ、ミヤたちの受けた依頼どおり、イミテート分体三十匹の討伐報酬と余剰分の買い取りをお願いしたいにゃ」
机に小さなイミテートの核を広げる。
それだけでもこんもりと山ができるくらいだ。
最後にエルダーイミテートが大量に呼び寄せたので、私たちは予定を遥かに上回るイミテートの魔石を手に入れていた。
その換金額に、私とミヤはハイタッチを交わしてイエナに怒られた。
それはそれとして。
「結局、この子は何者なのかよくわからなかったなぁ」
冒険で臨時収入を得たら派手に飲み食いするのが習わしにゃ! というミヤの主張で、私たちは例の酒場で打ち上げをしている。
個室を借りずにフロアのテーブルをひとつ占領して、イエナとミヤが腕を組んで荒っぽくジョッキを飲み交わすような有り様だ。
私はテーブルの端で蒼髪っ子を膝に抱えて骨つきチキンをかじっている。
「フォルト。その子、名前はなににするの?」
「え?」
サーシャが微笑んで隣に腰を下ろした。
「その子、名前もないんでしょ。フォルトがつけてあげなくちゃ」
「名前……そうか。確かになあ」
意外と名前持ってたりするんじゃない? と空色の瞳を覗き込んでみても、特に伝わってくるものはない。たぶん、名前という感覚もあんまりないのだろう。
「シロはダメだし、アオってのもピンとこないな。なにがいいかな」
「フェンリルとかどうですの?」
ガタガタと椅子を鳴らして勢いよく隣に腰かけたのはイエナだ。
ネーミングセンスにドン引きする。フェンリルてあなた。
「フェンリルってそれ、神を丸呑みにする狼の怪物でしょ? 女の子だよ?」
「なんですのそれ。違いますわよ。風の精霊の名前ですわ」
「え、うそぉ」
考えてみればここは異世界。北欧神話があるはずもなかった。
「一晩で大陸を吹き渡った暴風の伝説から生まれた、架空の精霊ですわよ。狼の化身なのは確かですわね。実際は、台風だったんじゃないかと言われていますわ」
「災害じゃん! 縁起悪い」
「でも喜んでますわよ」
ホラと指さされて顔を下ろすと、膝に乗せた蒼髪っ子は私を見上げて目を輝かせている。
「シロちゃん」
無視。
「アオちゃん」
スルー。
「……フェンリル」
ぱっと両手を挙げてアピールした。
「ええぇ……そんな厨二病みたいなネーミングいるぅ?」
「不満たらたらってのも失礼じゃありませんの?」
イエナはちょっと不満そうだ。一理ある。
まあ……名づけられた本人が気に入ったなら、それが一番なのかなあ。
「よぅしフェンリル、ご飯だよ。たんとお食べ。いつも食べ物に瞬間的に反応するくらいお腹すかせてるでしょ」
ボールいっぱいに盛り立てられたマッシュポテトを蒼髪幼女フェンリルの前に引っ張って木匙を持たせる。
ぎこちなく逆手で握ったフェンリルは、器に顔を近づけてバクンと一口で半分くらい食べた。
「お、おう……」
「本当にお腹すかせてたのかしら。ほらリルちゃん。ローストビーフもいっぱいあるよ」
サーシャが取ってくれたローストビーフが山盛りになった大皿をフェンリルに与えてみる。
手掴みでひょいひょい口に吸い込まれていった。
「すげー食うやん……」
フェンリルはチラッと私を見上げて、またすぐ食べ物に挑みかかっていく。怒られてないと判断したのだろうか。
「エルダーイミテートに狙われてる間、きっとろくに食べられなかったのね。お腹いっぱい食べさせてあげましょ!」
サーシャはなんだか楽しそうだ。世話焼きさんの血が騒ぐんだろう。
ミヤはちょっと距離を置き気味に様子を見ている。
「お金が入ったところにゃし、好きなだけ飲み食いさせてやるがいいにゃ。二度と人間を食べようとしないように」
手甲を潰されかけたのがトラウマみたいだ。
気持ちはわかる。
フェンリル……リルとの暮らしは波乱が目に見えてるけど。
まあ、しばらく冒険者稼業は落ち着けそうだ。
(のんびりこの子に慣れていけるかな)
なんて。
このときはそう思っていた。
もちろん、そうはならなかった。
サーシャが大変なことになったのだ。




