謎の多い少女です
蒼髪幼女が私を見上げている。
ううむ、と私は腕を組んで見つめ返す。
蒼髪っ子はあの敵がいなくなってから落ち着いていて、私やほかの誰かに噛みつくような気配はない。
「この子はいったい何なんだろう?」
私が首を傾げると、蒼髪っ子も同じように首を傾げた。
サーシャは膝をついて視線の高さを合わせながら、杖を幼女の傷に向けて【ヒール】魔法をかける。
「ひどい傷……この子に噛まれたって本当? そんな気配けれど」
「双子だったのかなぁ……?」
服装まで同じ幼女がいるとも思えないけれど。
落ち着いたといえば私もそうだ。
いつの間にか《武の極地》とかいう戦闘センスのブーストが解けてしまっている。アナウンスは出てたっぽいけど気づかなかった。
ミヤが膝をついて幼女の顔を覗き込んだ。
「お名前はなんていうんにゃ?」
蒼髪っ子はパカッと口を開く。
そしてミヤさんの腕に噛みついた。
「ゔにゃッ!?? あわーわー手甲が! 手甲が軋んでヤバい音が鳴ってますにゃ!? いがッ!? へこんだ!?」
「こらっ、離しなさいおバカっ、誰彼かまわず噛みつくんじゃありません!」
私が慌てて蒼髪幼女を引き剥がす。両脇を持ってヒョイと引っ張ると蒼髪っ子は意外と素直に口を離して持ち上げられた。
ミヤは青ざめた顔でこっちを見上げる。
「……や、やべーにゃ」
「やべーよね。やっぱりこの子だ、間違いない」
「そもそも」
少し距離を取って見ているイエナが、半眼で腕を組んだ。
「その子は何日も一人で壁外を過ごしていたのでしょう? 人間じゃないのではありませんの?」
「あー確かに。人間ではなさそうね。魔物? 害をなさない魔物っているの?」
蒼髪っ子を両脇で持ちあげていると、抱えられた猫みたいにピーンと手足を伸ばして大人しい。
こうしてみると可愛いもんだが、身体能力も野性味も人間離れしている。
「魔物ね、この子」
手ずから治癒魔法をかけたサーシャが言った。
「善い魔物かどうかはわからないけど……かつて魔物を冒険者として受け入れたこともあったらしいから、そういう子もいるのかもしれないわ」
「冒険者の範囲ってすごい」
ガバガバのガバなんやが。
噛みつかれたミヤは怯え気味だけど、サーシャは臆さず蒼髪幼女の顔を覗き込む。
「フォルトの近くにいる限りはそう危険でもないみたい」
「そうなのかな? ミヤ思いっきり噛まれたけど」
「手甲のうえからじゃない。きっとフォルトに自分だってわかってほしかったのよ」
「そんな可愛げのある行動だったんですの?」
イエナのツッコミが正しいと思う。
蒼髪幼女のキョトンとした顔からはイマイチなにも読み取れない。
ミヤがへこんだ手甲を撫でながら、
「可愛げで腕を噛み潰されたらたまったもんじゃねーにゃ……」
ごもっとも。
私はミヤのほうに飛びつかないよう気をつけつつ、幼女の身体を傾けてみる。
「ここで放っていくわけにもいかないし、連れて帰ったほうがいいかな……? いざってときは私が体を張って人々を守る感じで」
「でも街に入った時点で《身体強化》は切れちゃうにゃよ? もう一回使うのにゃ?」
「あっ、そっか……」
困り顔を見つめ交わす私とミヤの肩を叩いて、サーシャは自信ありげに胸を張った。
「きっと大丈夫よ! この子、こんなに大人しいもの」
「本当ですの?」
イエナの猜疑心も当然だ。
前科ニ犯である。
「まあ、でも……いざってときは、チート使いなおすかぁ」
蒼髪っ子は肩越しに振り返って私を見上げる。
うーん。謎多き美少女。
門番さんには迷子の女の子を拾ったと弁解し、冒険者ギルドへ直行した。
「おかえりなさい。あ、あなたスライム狩りの。パーティ組まれたんですね」
ギルド受付にいたのは、私の冒険者登録とはじめてのスライム討伐報告を受けてくれたおねーさんだ。
サーシャは彼女に首を伸ばしてこっそり個室での報告を希望する。受付のおねーさんは落ち着いて首肯すると、手元でなにかを確認してすぐ立ち上がった。
「では、こちらにおいでください」
まるでなんの不思議もない当然の手続きみたいに言った。
プロの仕事だ。
石造りの立派なギルド会館は床にだけ板が敷いてある。
奥の打ち合わせ室みたいな小部屋に案内されて、私たちはぞろぞろと座った。
受付のおねーさんは落ち着き払って席に座り、記録用のボードを広げると私たちを順に見る。そして、私が抱っこする蒼髪幼女に目を留めた。
「その子は?」
「魔物です。見た目は人間ですけど、治癒魔法をかけてみてわかりました。間違いなく人間ではありません」
サーシャの説明を聞いて受付のおねーさんは蒼髪幼女を覗き込む。
蒼髪っ子は少しだけ眉間にシワを寄せて警戒を示した。
「こらこら。じっとしておくんだよ。怖い人じゃないからね……」
慌てて宥める。
これで落ち着くのかどうかわからないけど、とりあえず噛みつく気配はない。
「なるほど。擬態しているわけではなさそうですね」
擬態?
思い当たってゾッとする。この子もイミテートかもしれなかった。狼面とは別種の死体喰らい。
あるいは、無害な人間を装って油断したところを襲うような、また違った魔物の可能性もあった。
受付さんは落ち着かせるように微笑んで、
「次からはまず門番に相談してください。確かに彼らは魔物を追い払うのが仕事ですが、だからこそ魔物についての知識も深い。善い魔物がこの世に存在することも承知しています」
「そ、そうなんですか……」
サーシャが恥じ入ったように肩を縮めた。
受付さんはおおらかにうなずいて蒼髪っ子に目を向ける。
「善い魔物かどうかわかりませんが……縁がつながれているようですから、そう意に反することにはならないでしょう。私も実際に目にしたのは初めてです」
「縁ってなんです?」
受付さんはいろいろ説明してくれた。
要するに蒼髪幼女と私はうっすらと意識を共有しているのだという。
「なんでそんなことに……?」
「特別なつながりや共感があると結ばれやすいと言いますね。趣味嗜好が同じとか、考え方が同じとか」
近いものなんてあるか? と蒼髪幼女の目を覗き込む。
その瞬間、電撃的に思い出した。
――コンビニのビーフジャーキー
「同じ釜の飯を食った仲だわ……たぶん、この世で私たち以外の誰も知らない味の……」
なにそれ、という顔をされた。
私はお腹を空かせたこの子に喰われかけたとき、食べかけのビーフジャーキーを身代わりにした。
現代日本の食物を口にした仲間だった。
「では、この子の身柄はフォルトさん預かりということで。手続きしておきますね」
「アッはい……」
拒絶する余地もない。
かくして。
私に、なんかよくわからない続柄の家族ができたのでした……。




