敵の親玉やっつけます!
「なるほど。よかったよ。知性があるなら話が通じるかもって不安だったんだ」
震えて肩を寄せ合いながら、周囲にそれぞれ武器を向けるサーシャたち。
まだ心が折れてないことを確認して、私は
狼面の親玉を見上げる。
「お前みたいなやつなら、遠慮なく倒せそうっ!」
ジャンプ、からの全力パンチ!
狼面の顎をめがけて拳を振り抜く。
振り抜いた。
(うおっ?)
姿勢が崩れて、空中で身体が傾く。
眼前でなびく毛むくじゃら。
――避けられた!
そう思った瞬間には全身が毛で轢かれていた。
ドッ、と自分の身体が音を立てるのを感じる。
撥ねられた。
ひとつ、ふたつ、木の幹を砕いて倒れる。目がチカチカした。
なんてこった。《身体強化》中の速さで避けられたなんて初めてだ。
(でも、考えてみれば無理もないよね)
私はライトメイスを振るのがやっとの、なんの心得もない素人なんだから。
ようやく平衡感覚が戻ってくる。
私はばっきり折れた木の根元に埋もれるように倒れていた。
なんとか起き上がって、膝立ちになる。
エルダーイミテートが蒼髪幼女に向かって、あの巨大な口を開いていた。
あの口じゃあ小柄な少女なんてペロリと一口でいかれてしまう。
猶予はない。ヤバい。
でもね。
「本当……ありがとう。私のことを知ってくれて」
余裕があればTwitterで感謝を叫びたいくらいだ。
昨日までは葛藤があった。
でももう今はない。
まだ二十回ある。
「スキル発動! ――《武の極地》っ!」
その瞬間、見える世界が変わった。
風がそよぐ。
葉が呼吸する。
土が脈動する。
世界は色鮮やかに、その細やかな有り様を現していた。
私の身体は頭の先から指の先まで、余すところなく「私のものだ」と確信できる。
狼面が蒼髪幼女を喰らおうとしている。
ああ、急がなきゃ。
私はクラウチングスタートの態勢を取る。曲げた脚の先を、折れた木の根にひっかけて。
急がなきゃ。
でも。
焦る必要はない。
「行くぞっ」
ドムッ、と蹴り足の反動で森の土が爆発した。
それ以上の速度で跳んだ私の身体が、エルダーイミテートの横っ面へと飛んでいく。
大きく胸を張って腕を後ろに回した。
空中で走るように足を回して、蹴り足の反動を力むための支えに使う。
反り上げた背中を、伸ばした腹を、引いた顎を。
全身のバネを速度に乗せて、拳を握る。
私の跳躍を「殴り」に変えた。
ぶん殴る。
ずごむ、と凄まじい殴打音が貫いた。
エルダーイミテートの巨体がブレる。
〈〈〈ごっ!?〉〉〉
殴った反動で地面に着地して、蒼髪幼女を抱き上げた。後ろ跳びにサーシャたちのもとへ下がって蒼髪っ子を託す。
「ごめん。守ってあげてね」
「う、うん……!」
応じてくれるサーシャに笑い返し、顔を上げる。
〈〈〈貴様――ヒト種ごとき、我らの餌袋ごときが……!〉〉〉
憤怒の表情を見せる狼面。殺人的に巨大な牙がぞろりと生え並んでいる。
走る。地面に落ちっぱなしになっているライトメイスを拾って、手首でくるりと回してみた。
やっぱり軽い。十分な威力は得られない。
でもまあ、事足りる。
柱のような前肢が振り下ろされる。
半身に引いてすり抜けた。身体をなぶる風と土は気にしない。
相手の肘を足場に飛び上がる。
噛み殺そうとするエルダーイミテートの牙を、真っ向から殴りあげてへし折った。
〈〈〈あ、ガッ!?〉〉〉
苦痛にあえぐ暇も与えない。
私の身体は、エルダーイミテートの顔の横まで浮き上がっている。
持ち替えたライトメイスを振りかぶって、
頭蓋めがけて振り下ろす!
〈〈〈――ガァッ!??〉〉〉
ライトメイスのヘッド部分が折れ飛んだ。
ふらつくエルダーイミテートの鼻筋に着地して、折れたメイスを逆手に持ち替える。
「それじゃ、さようなら!」
折れて尖った断面を、割れた額に突き刺した。
〈〈〈――がガッあぁああああ!!?? …………〉〉〉
まるで悲鳴に溶けるように。
エルダーイミテートの巨大で強大な身体は、黒い煙へと溶け崩れていった。
私もずぶりと足元が崩れて地面に落ちる。
煙で見えにくいけどなんとか着地。
ゆっくり溶けていくエルダーイミテートの体から、ひと抱えもある結晶体がこぼれ落ちた。ドサリと音を立てて地面にめり込む。
エルダーイミテートの核、魔石だ。
「う、そ……たおしちゃった……?」
呆然とつぶやいたのはサーシャだ。
彼女は蒼髪幼女を引き止めるように抱き寄せたまま、愕然としてエルダーイミテートの残滓を見つめている。
蒼髪幼女もポカーンと口を開いてイミテートの最後を見送っていた。
「【ショックボルト】ぉ!!」
「んにゃああああッ!?」
イエナとミヤが怒号を張り上げる。
二人によって打ち倒されたのは、小イミテートだ。
短杖を握りしめて、イエナが迫真の表情で私を見る。
「まだ終わっていませんわッ! あのデカブツが生み出したイミテートがうじゃうじゃひしめいていますのよッ!?」
「ご、ゴメン! すぐやっつける!!」
さすがはチートスキル。
撫でるように、あっという間に周囲一帯の群れをやっつけることができました……。




