いきなり凄いのが現れました
蒼髪幼女が樹上から飛び込んできて、熊にも似たホブイミテートをぶん投げた。
けれど、そのまま転んだ蒼髪幼女は、体を起こして顔を歪める。
立ち上がれない。
見れば肩と脚に新たな噛み傷ができている。私が手当てした傷とは別のものだ。
「サーシャ! イエナを助けて!」
私は《身体強化》の脚力で、一歩でミヤを飛び越えた。
ホブイミテートに体当たり。ぶちかまされたホブは、ワイヤーアクションみたいに手足をバタつかせながら吹っ飛んだ。
「ミヤ、イエナの加勢に!」
「にゃ……にゃあ」
ミヤは困惑した目を蒼髪幼女に向けながらも、立ち上がって下がっていく。
蒼髪幼女は私を見上げていた。
顔色が悪い。両足を投げ出してペタンコと座り込んでいる。
私の巻いた包帯はまだ残っているのが不思議なくらいボロボロだ。
ホブイミテートたちは私よりも蒼髪幼女を見て吠えている。
つまり、たぶん。
「あなたが狙われているんだね」
森の奥にいるはずのホブイミテートの群れがこんな街道近くに現れたのは、この子を追っていたからだ。
ガクンと身体が揺れる。私の肩にホブイミテートが牙を立てていた。
牙は私の肌を破れない。
私はギュッと拳を握りしめて、ホブイミテートを殴り飛ばした。殴られた魔物は煙に砕ける。
「とにかくこの場を切り抜けなきゃ」
難しいことではない。
チート回数を使ったのだから。
残りは、二十回。
「フォルトっ! イエナは平気よ! 怪我も大丈夫!」
サーシャが大声で教えてくれた。
痛恨に悔やんで座るイエナを、二人が庇いあって守っている。
小イミテートはもう倒したようだ。
(なら、あとは目の前のホブを倒すだけ……!)
ホブたちを振り返る。駆け出――せなかった。
ホブたちが並ぶ、さらに森の奥。
遥か高くに枝を張る森の木を揺すって、たす、たす、と柱のような足をついて歩いてくる巨大ななにか。
狼のようで、象のようで、猪のようで、蜥蜴のようで、あるいは大樹のようですらある。
何かであり、何でもないもの。
まがいもの。
「狙われてるって、そういうことかぁ……」
私たちがよく見かける小さなイミテートは、胞子のようなものだという。
ホブイミテートは、胞子が成長した姿だ。
であれば。
成長しきった親株はどんな姿をしているだろう?
「エルダーイミテート……っ! この森のイミテート発生源はこいつですわ!」
イエナが悲鳴のような叫び声で教えてくれる。
古老のイミテートは狼の顔を木々の合間から突っ込むように覗かせた。
灰色の瞳がじろりとサーシャたちを眺め回す。
蒼髪幼女の姿を認めて、私に定まる。
〈〈〈おまえが、我が同胞を追い散らかすヒト種の癌か〉〉〉
幾重にも重なったようなひずんだ声。
「しゃべった……」
思わずつぶやいた言葉に、エルダーは目元を歪めて笑う。
〈〈〈ヒトを喰らわばヒトに成る。我らからすれば当然の摂理よ〉〉〉
「うげ。人を食ったのか……」
あんまり楽しくないことを聞いてしまった。
死骸を取り込むイミテート種の特徴を考えれば確かにそうなる。
エルダーイミテートはもう一歩踏み込んで、喜悦に歪んだ視線を私たちに巡らせる。
〈〈〈我らは気分が良い。その娘を置いていけば、ヒトどもは見逃してやろう〉〉〉
私はそっと振り返る。
ミヤ、イエナ、サーシャも顔を見合わせていた。
誰も口を開けない。
そうだろう。
どちらを選んでも、自分以外に犠牲者が出るかもしれない。
ただ……蒼髪幼女とみんなは知り合いじゃない……。
サーシャが青ざめた顔で杖を握りしめる。
「……あのね」
声は震えている。
怖い。逃げたい。見捨てて差し出して助かりたい。
そんな本能のさざめきがこちらにまで伝わりそうな緊張が、サーシャの総面に満ちている。
「一度は助けようとした女の子なのよ。それに、たった今、助けられもした。見捨てられるわけないじゃない……」
それでも、サーシャはそう言った。
(サーシャ……!)
狼面は低く笑う。
〈〈〈左様、そうであろうよ。ヒトとは、互いに助け合うものと聞く。幼子の姿をしたソレを見捨てるようなら、貴様らはヒトの形をしてヒトではない……豚にも劣る紛い物だ。食らってやるのが優しさよの〉〉〉
……なんだって?
「じゃあ、幼子を見捨てない"ヒト"はどうするの?」
エルダーはぞろりと生え揃った牙を見せる。
せせら笑った。
〈〈〈ヒトの肉は美味い。我らの慈悲に抗ったのだ、喰らわれたとて否やもあるまい?〉〉〉
つまり。
どちらにしても食い殺すつもりだったのだ。
エルダーイミテートが樹上に達する巨大な身体をゆっくりと揺する。
ぼと、ぼとり、と音を立てて毛玉が落ちた。それはモゾモゾと起き上がり小さなイミテートとなっていく。
ホブ種のイミテートもまた動き出し、さらに森の奥からももっと集まってきた。
私たちの全方位を埋め尽くすように。
〈〈〈貴様らの肉、我らと我が子らが有効に利用してやろう〉〉〉
次回更新は明後日2018/10/07です!




