群れで来られるとピンチです
少し大きいイミテートがぞろぞろと森の奥から這い出てくる。
すらりと背の高い金髪美女イエナが魔法杖を手に、低くうめく。
「これはちょっと、よろしくありませんわね……」
「イエナでも厳しい? さっきホブイミテートを倒してたけど」
「一体だけで、一対一だったからですわ。この数……八体はさすがに手に余ります」
私の背中に硬い感触が押しつけられる。
動きやすく加工した全身鎧を着て、両手剣を握る猫耳戦士ミヤだ。
「イエナ、突破はできそうかにゃ?」
「可能ですわ。出し惜しみしなければ」
私の左隣でうなずく気配。黒髪をハーフアップツインにまとめた魔道士サーシャが長杖をきつく握っている。
「私も魔法を六回残しているわ。問題ないと思う」
「それじゃあ。……逃げるかにゃ」
ミヤの言葉に二人が同時にうなずいて、
バッと同時に背を翻した。
「フォルトも! 逃げますわよ、一目散に!」
「えっ、ええっ!?」
敵に背を向け全力ダッシュ!
イミテートたちは咆哮をあげて私たちを追い始めた。バキバキと森を踏み潰すような行進が恐ろしく響く。
イエナに腕を引かれながら叫んだ。
「ちょっと! 急に走るから刺激したんじゃないの!? 熊とかも背中見せたら駄目って言うでしょ!?」
「熊は人間という背の高い動物を恐れます! イミテートは恐れません! 逃げるか倒すか二択ですわ!!」
「なるほど!!」
私はチラッと背後を振り返った。
動物の出来損ないみたいな小イミテートと違い、身体の作りがちゃんと生き物になってるホブイミテートは足が速い。
牙を剥いて吠え散らしながら猛然と迫ってきている。
やっべぇ。
「でも……どこに逃げてるの?」
「街道にゃ! 運が良ければ他の冒険者に合流できるにゃ。そうでなければ、門番まで助けを求めることになるにゃあ!」
「門番さん……って、めちゃ遠くない!?」
私たちはイミテートを倒すために街道をえんえんと進んできた。
魔物を倒しながらだったとはいえ、走ればすぐ、という近距離では決してない。
「最悪に運が悪ければ……無関係の通行人をイミテートの群れと鉢合わせてしまうことになりますわ……!」
「そうなったら、悪運の責任をとって私たちはイミテートを食い止めるけどね……」
サーシャがうめくように言う。足元の悪い森を全力疾走するのは、サーシャの体力にはつらいみたいだ。
「そのときは私がチート使うよ」
「あは! 頼りになりますわね!」
まるで憎むようにイエナが言う。やっぱりストイックだ。
冒険者として、己の実力として、なんとか生き残ろうと走っていた私たちは――
さらに運の悪いことがありうることを知った。
「うそ、ホブ……っ!?」
サーシャの悲鳴のようなうめき声。
走る先に、整備されて森の木が少なくなった街道沿いに。
ホブイミテートが一体だけ混じった五体程度の群れが、私たちの行く手を遮っていた。
「ん――にゃあッ!」
「【ショックボルト】!!」
ミヤが振り返りながら両手剣を抜き打ちしたのと、
更に加速したイエナが前方のホブイミテートに稲妻を浴びせたのは同時だった。
「フォルト! サーシャを守るにゃ! サーシャがいればチャンスを作れる、にゃ……!」
ミヤがホブイミテートの群れに躍りかかる。鮮やかな切り返しで巨大な剣で二度斬りつけた。
ホブたちは目の前の獲物を奪い合うように互いにぶつかる。
それでも伸ばされた四爪のひとつを、ミヤは避けきれなかった。
「【ソーンバインド】っ!」
光の蔦が、ミヤに届く寸前で爪を縛りあげる。ミヤは即座に剣を振り上げてホブの一体を斬りつけた。
倒し切れない。
「ミヤ、イエナ、無理しないで!」
「多少の無理は織り込み済み――ぅくああっ!」
イエナが腕を小イミテートに噛まれた。長く鋭い牙がイエナの細い腕に深々と食い込んでいく。
イエナの脇を抜けて迫ってきた小イミテートをライトメイス全力フルスイングでぶん殴る。――倒し切れない。
「勿体ぶってる場合じゃない! 助けなきゃ! ――《魔力強、」
「ダメよ!」
サーシャを助けたときと同じように、【ファイヤボール】で一掃しようとした私の腕が引っ張られる。
サーシャに止められた。
「あんな強い魔法を使ったらイエナたちも巻き込んじゃう!」
「ぅぐ……じゃあ《身体強化》で……っ!」
女神の奇跡を我が身に喚ぶまでの一瞬で、
「ぎゃうぅ!」
ミヤまでもホブイミテートに撥ねられた。
吹っ飛んだ両手剣が地面に転がる。
まずい。ホブイミテートは大型で力が強い。噛まれたら首や背中を折られて死ぬ。
私の身体はひとつ。二人同時には助けられない。
(息を呑んでる暇なんてない――!)
「【ソーンバインド】三倍拡大!」
サーシャが杖を掲げて魔法を唱える。
輝く蔦がミヤの眼前、イエナの眼前、それぞれ迫るイミテートを縛ってくれる。
だが敵は群れだ。得られる猶予は半秒にも満たない。
「――《身体強化》!」
耳鳴りがする。身体に湧き立つ力があふれる。
私はメイスをミヤのほうに投げて、投げ放った手でバックラーもつかんでフリスビーのように投げる。
ミヤに噛みつこうとするホブイミテートを、ライトメイスは頭ごと貫いて魔力の煙に粉砕した。
バックラーはイエナに爪を振り下ろそうとしたホブイミテートの胸郭を砕いて、同じく煙に帰す。
……けれど、小イミテートがイエナの右脚に牙を立てた。
イエナの押し殺した悲鳴が鈍く伸びる。
(手が足りない――!)
絶望的に間に合わない。
焦りに泳ぐ視界の隅で、
蒼い風が吹いた。
「ウゥ――ぅるがぁあああっ!」
樹上から斜めにすっ飛んできた蒼い影は、ミヤに群がるホブイミテートに着地する。
蹴っ飛ばしながら、伸ばした手が隣のホブイミテートを引っつかんだ。グルリと転がるようにぶん投げる。
仰天して叫んでしまった。
「え、ええっ!? なんでここに!?」
蒼髪幼女だ。
私を噛み殺しかけて、
結果的ながら三度に渡って餌付けをして、
ついには私が怪我の手当をしてあげた、
凄まじい運動能力を持つ謎まみれの女の子。
蒼髪幼女が、地面に着地し損ねて転んでいた。




