実戦経験を積んでいきます!
森で狼面の怪物――イミテートを倒す依頼に取り組む私たち。
あれから何匹か倒してみて、私はようやく一人でイミテートを倒せるようになってきた。
アレだね。敵が動く前に殴り倒すのが大事だね。
煙に散るイミテートを前に、私はぶんぶんと手に馴染んできた得物を振り回してみる。
得物といっても、なんということもない。先端がひと回り太くなった鉄の棒、ライトメイスなんだけど。
「慣れてきたかにゃ?」
猫耳を震わせるミヤに尋ねられる。
「いい感じ。片手で小盾構えるだけでも安心感がだいぶ違うね。ありがとうだよ」
私がうなずいて返すと、ミヤはくすぐられた猫みたいに目を細めて笑った。
イエナも心なしか嬉しそうに金髪をかき上げる。
「フォルトもだいぶ落ち着いて戦えるようになりましたわね。そろそろ、もう少し森の奥に踏み込んでもいいかしら」
「いいと思う。フォルトはもともと、ソロで魔物を狩ってたんだもんね」
「いやぁ。ソロで、って言えるようなものじゃないんですけどもね」
サーシャにそんなふうに言われると照れてしまう。
私が今まで魔物に勝ってこれたのは《身体強化》チートスキルを使ったお陰だ。
「危なくなっても、よっぽどでない限りはチートスキルを使ってはいけませんわよ。それでは経験になりませんもの」
ピッと人差し指を立ててイエナに忠告される。
使い切りのチートスキルに頼っていたらダメだと。イエナは少しストイックだ。
「本当に危なくなったら使っちゃって欲しいにゃ」
「矛盾する頼みごとは避けてほしい」
「にゃはは。判断はお任せするにゃ。あってもなくても、ミヤたちはその場合なりになんとかするからにゃ」
そんな前提のすり合わせを交わしつつ。
森の奥へと魔物狩りに進んでいく。
まだまだイミテートの魔石は全然集まっていない。じゃんじゃんバリバリ倒していかないといけないところだ。
「探すだけでも、もっと時間がかかるものと思っていましたわ。つくづく……イミテートが増えてるというのは、本当のようですわね」
声を低くするイエナが見据える森の先。
狼面の怪物たちがワラワラとこちらに走ってきている。
「複数! 多い! ……八体!」
サーシャの警句を聞きながら、ミヤは背負った両手剣を豪快に抜き払う。
「フォルト! 無理しないようににゃ」
言い残して、彼女は剣を横倒しに引きずるように駆けていく。
「――にぁあああっ!」
駆け寄りざまの薙ぎ払う一撃!
イミテート二体をまとめて撃破した。
「よっし。頑張ろ」
私も焦りと恐怖をなだめすかして、ライトメイスとバックラーを握り直す。
行くぞ!
……そんなふうに、私たちは何度目かの群れをやっつけた。
「なかなか集まりませんわね」
最後の一体を倒したイエナが、ナイフを収めながら慨嘆する。
六体くらいの群れを倒したけど、魔石は一個も落ちていない。今回は運が悪かったようだ。
両手剣を背中に回してミヤが笑う。
「にゃはは。まあ安全のために街道沿いを回ってるから、弱い個体ばかりなのは仕方がないにゃ」
「そうそう。訓練だと思えばいいのよ」
ミヤとサーシャの言葉に、イエナは肩をすくめてみせる。
考えるまでもなく、私のせいだよね。
「慣れてきたし、もうちょっと奥に行ってもいいんじゃない?」
「ダメですわ。慣れてきた頃が一番危ないんですのよ」
イエナご本人にバッサリ否定されてしまった。
サーシャに肩を叩かれる。
「焦ることはないわ。これも予定通りなんだから」
「うん……」
答えながら空を見る。まだ日は高いけれど、魔石は10個も集まっていない。
先は長そうだ。
なんて。
思っていたのも束の間。
今までどおり弱い群れと戦ってるとき。
ふと森に目を向けたサーシャが血相を変えて叫ぶ。
「増援が来たわ! 大きい……っ! ホブ!」
「ええっ?」
パッコンとライトメイスでぶん殴り、イミテートを煙に返した私はそっちを見る。
田舎者――栄養を取っているのか、他の要因があるのか、通常の個体よりも妙に生育のいい個体をそう呼ぶ。結果、「少し大きい」くらいの意味で濫用されるようになった形容だ。
現れたのは確かに「少し大きい」イミテートだった。
腰ぐらいまで背のある大型犬サイズ。
前後にウニョンと体を持つので、体長はほぼ人間大。馬のような脚の形をしているけれども、胴部はトカゲみたいに鱗でできてる。
要するに、気色悪いデカい四足の狼面。
「ち……アレの相手はわたくしがしますわ! ここはよろしくお願いします!」
イエナが鋭くタクトを構えて、小粒な群れからするりと抜け出した。
慌てて私も彼女が抜けた穴に飛びつき、サーシャ目がけて突進しようとした小イミテートをバックラーで打ち返す。
「ナイスにゃ!」
の声とともに、跳ね返った狼面はミヤの両手剣でぺしゃんこにされた。
ぐん、っと剣を持ち上げたミヤは私に背中を任せて構える。
「ここはミヤたちで抑えるにゃ。怪我してもいいにゃよ。まだサーシャの治癒魔法は使えるからにゃ」
「怪我したくないなぁ……!」
一度に何体も警戒するのは、目がチラついて混乱する。
(攻撃に反応するのは無理だ!)
頭を切り替えよう。
一対複数での戦いは《身体強化》で何度となく経験した。
攻撃されても効かない強化状態で……実は、私はほとんど殴られたことがない。
一撃で倒しきってるから、ということもあるけど。
単に動き続けたほうが当たりにくいってことでもある。
「ということで、」
バックラーをずずいっと前に出しつつ、ライトメイスを握り直す。
「行くぞっ! 隙を作らない程度に!」
腕を開かない、肘と手首を使ったコンパクトな振りで狼面を殴る。
同時に盾を大きく突き出して別の狼面を牽制する。
倒しきれなった狼面が向かってきたので、盾をそっちに向ける。盾を避けようとする狼面をメイスでぶん殴った。
「でも……まあ、来るよね!」
さっきは盾で牽制していた狼面が脇から迫ってくる。
「せ――いやッ!」
見えてる突進だ。盾を大きく振って張り飛ばす。
(あっ、やっべ!)
追い打ちはやめて逃げた。
相変わらず倒し切れない狼面が二体いっぺんに迫ってきてる。
少し距離をとったら振り返って構え、
「任せるにゃー!」
ミヤの大剣が、私に気を取られたイミテートを薙ぎ払っていく。
「ミヤ! ありがとう!!」
「多数を引きつけて、グッドな立ち回りにゃ!」
そんな感じで必死に戦っていると、
「ご苦労さま、ですわ」
最後のイミテートにイエナが駆け寄って、ナイフで延髄を斬り捨てた。
すぱん、と煙に砕け散る。
「終わりですわね」
「……おお。必死で全然気づかなかった」
私は盾をおろして息をつく。
振り返れば確かに、さっきのホブイミテートは煙に消えている。
「イエナ一人でやっつけたの? すごいね」
「わたくしのスタイルはアサルトキャストですから、ウスノロの相手は得意中の得意ですわ」
「アサルト?」
「ええと……素早く発動できる簡単な魔術を中心に使う、突撃型の魔法使い……ですわ」
聞けば魔法使いにも複数のスタイルがあるらしい。
確実な威力を発揮する特徴を活かして、軽装で火力制圧する突撃詠唱。
複数の魔法効果を組み合わせて、単独の魔法では成し得ない威力を発揮する儀式詠唱。
一つひとつの魔法を確実に使う、いわゆる普通の魔法使いは単独詠唱と呼ぶらしい。
「わたくしだって発動が遅くて強力な魔法も使えますし、可燃物を空気に混ぜて大爆発を起こす程度の儀式魔法は使います」
あくまでスタイルの話ですわ、とイエナは言った。
サーシャは困り顔で私をつつく。
「簡単そうに言ってるけど、どっちも難しい技術だからね。私だって普通に唱えるだけでも精一杯なんだから」
「わたくしだって、実践できているわけではありません。まだまだ研鑽の途中ですわ」
なるほどなあ、と納得する私の肩に、ミヤの背中が当たる。
「お話の途中恐縮ですがにゃ……イミテートの群れですにゃ」
「えっ、また?」
振り返って、絶句する。
「また、ではなさそうですわね」
皮肉を言うイエナの声もまた強張っていた。サーシャも息を呑んで杖をきつく握る。
森の奥から、ずるずると姿を表すいびつな影、影、影。
「……大型の群れですわ」
ホブ級のイミテートが、群れをなして私たちをにらみつけている。




