私の名前は
「死ぬかと思った……」
森を歩きながら一息つく。
森と言っても、土に車輪の跡も残っている立派な道だ。
ここを歩いていけば、人のいるところに出られるだろう。
「まあ、相変わらずHPは残り4だけれども……」
幸いにして《身体強化》の効果はまだ残っている。
逃げるだけならどうにかなりそう。
「それより私……いったいどこからビーフジャーキーを取り出したんだ?」
異世界ファッションに変化した私は、手ぶらだ。
当然ながらコンビニ袋を提げてはいない。
ましてや事故当時カバンに背負っていたゲーミングノートPCなんて論外だった。
(幼女に噛まれて必死だったからよく覚えていないけれど……直観で持っていることが分かったんだよね)
HPを知ったのと同じ方法で、自分の状態が分かるかもしれない。
両手を掲げて呼んでみた。
「いでよステータス!」
名前:フォルト 性別:女 年齢:17歳 種族:人間
HP 4/34 MP20/20
所有スキル:なし 《身体強化》LvEX 《魔力強化》LvEX
《マナ無尽》《鑑定》《魔術の神髄》《武の極致》
汎用魔法:【ストレージ】【ティンダー】【ファイヤーボール】Lv0
所持品:ゲーミングノートPC、コニクロ服、スマホ
所持金:300G+2434円
「うるせぇー!!」
頭の中に情報がわんさか飛び込んできた。自分の思考がうるさい!
とはいえ、いろんなことが分かった。
「私の名前はフォルトっていうのか! 知らなかった!」
所有スキル名目でチートスキルが羅列されているけど、「所有スキルなし」が併記されている。
ステータスのバグっぽくて自分が怖い。
突然消えたりテクスチャ異常で顔がなくなったりしそう。
「しかも、やっぱり生前の持ち物は持ち越してる判定になってる」
いくつか初期習得している魔法があって、そのひとつが【ストレージ】。
倉庫というからにはインベントリとか収納とか、そういう魔法なんだろう。
「開け【ストレージ】!」
叫んでみた。
魔法が使われていく感覚。
身体のなにかが消費された気配はあるが、MPの数字は減らなかった。数値的には消費されない軽い魔法ってことだろう。
しかし。
「え? どこにもなにも出てないんだけど」
手を振り回してみる。
虚空に手を突っ込むようなことは起こらない。
どこかに魔法が出たけど、どこに出たのか分からない。
致命的なバグだった。
「というか、ここまでゲームっぽくて大丈夫なのかな色々……」
不安が鎌首をもたげてきた。
いろいろと不安だ。
「道の問題もあるしなー……」
もし荷物を【ストレージ】魔法に収められるとしたら、馬車なんて必要ないだろう。
その場合、地面に刻まれた車輪の跡は――純粋に長距離を移動するためのもの、となる。
つまり、どこまで歩かなきゃいけないのか分からない、ということだ。
「……《身体強化》の効果はまだ残ってるな」
それなら、今のうちだ。
「走ろう」
《身体強化》の乗った私は、ロードバイクなみの速度で疲れ知らずに走り続けることができた。
それこそMMORPGの主人公みたいに。
「街だ」
街があった。
3メートルくらいある高い白レンガの壁が、左右にぐるーっと伸びて街を囲っている。
ちょうど日が傾いて真っ赤な夕日に照らされ、それはもう優美に輝いていた。
森を抜けて平原を貫いた街道は、まっすぐこの街に接続されているようだ。
本当に街についた。
「よかった。文明のある世界みたいだ!」
いや実際、未開のパターンもあるもんね。
丸太で組まれた落とし門は開けられていて、門番が入口に立っている。
中年さしかかり時期、という男性門番は私に手を挙げて挨拶してきてくれた。
「やあこんにちは。旅人かい? それとも冒険者?」
「えっ、えっと、あの、えっと」
あばばばば。コミュ障が突然爆発してしまって焦る。
「ぼ、冒険者、希望……です」
いやほら。私、スキルがいかにも戦闘特化だし、街中の職人ではないでしょ。
冒険者って職があるのなら、やってみたい。
「それは頼もしい。世話になることもあるかもしれないな。ようこそエルドレッドの街へ!」
ほわあ。
本当にいたんだ! 街の入口にいて「ようこそここは○○の街だよ」って言う係のおじさん……!!
街だよおじさんこと門番さんは入口から続く大通りを示して、
「まっすぐ進んで右手側に大きい建物がある。神殿、商館、そしてお探しの冒険者ギルドの会館だ。ギルド会館は入口に大きい掲示板を立てているからすぐにわかるだろう」
主要施設の場所を教えてくれた。
きっと何度も何度も説明してきたのだろう。
「それと、」と言葉を継いで、門番さんの手は右にずれる。
「宿屋は大通りを避けて、職人通りに入ると安くていい宿屋が見つかるだろう。しっかりした休息は新米冒険者の命綱だ」
「あ……ありがとうございますご親切に!」
感動した。見ず知らずの通りすがりにこんな丁寧な対応をしてくれるなんて。
感謝のあまり会釈を繰り返しながら門を通ろうとして、
べんっ。
「あでっ! なに?」
透明な壁に激突した。
なに? 超キレイなガラスに気づかなかった的な!? 恥ッず!!!
慌ててバンッとガラスに手を当てる。いくら押してもビクともしない。引こうにも、取っ手もなにもない。
え? マジで見えないんだけど。「押」とか「引」とかマークくらい貼ってよ!
「……なにしているんだ?」
「いや、あの、すみません開けてもらえますか?」
「いや……どうしたんだ、本当に?」
門番さんは怪訝そうな顔で私の横を通り過ぎ、門の内側から私の正面に立った。
「は?」
普通に歩いて通った?
「え?」
私は一歩ずれて、門番さんが通った道とそっくり同じ空間を通ろうとする。
通れない。
どっしりと重いなにかが固く私の前を閉ざしている。
「え、なに……ぼっちは俺たちの街に入るなって? 一人で外でシコシコやってろってこと?」
「いや街の外は危険だ。匪賊でもなければ追い出したりはしない」
自虐ツッコミに門番さんから真面目なフォローが入った。
私と門番さんが向かい合って困惑していると、大通りのほうから少女が優美に歩いてきた。
「どうかしましたか?」
「この子がなぜか門を通れなくて」
私は少女を見て思わず息を呑む。
しっとりとした黒髪をツーサイドアップにまとめて、落ち着いた怜悧な目元はクールそのもの。
紫と白を交えた服装は可憐さを兼ね備えている。
どうやら魔法使いの冒険者らしく、長くて大きい魔法の杖を背負う。
端的に言って美少女だった。
黒髪美少女は私を見て唇を開く。
「同期ズレかしら」
「はぇ?」