動画があがるまで薬買います
耐えられなくて街に逃げてきた私。
朝練で早朝に出て帰ってから作業したから、まだ日は高い。ちょうどお昼すぎというところ。
この時間だとまだちらほらと市場は開かれていて、多様なライフスタイルを相手に商売している。
(あ、胃薬……)
そんなものに目を留めてしまうくらい、私の心はグロッキー。
胃薬はともかく、今後《身体強化》に頼らずに冒険者をやっていくなら、薬は必要になるだろう。
広げられた蚤の市にふらりと歩み寄る。
「いっ! いらっしゃいませ……!」
売り子をやってるのはほんの十二、三才の女の子だった。
黒髪を襟足に触れるくらいのセミショートにして、魔女みたいな黒系のおしゃれローブに三角帽子を胸に抱えている。
(あ、しまった。値段の良し悪しがわかんないな……)
値札が掲げられていて「最安値、チップ不要。値下げ交渉には応じません。表示価格のみ」と注意書きされている。
(え。他の店では交渉が求められるの?)
なにそれ怖い。
でもこの店ではいらないらしい。
ならこの店で買っちゃおう。
傷の消毒液と軟膏と包帯……だけでいいか、とりあえず。
軟膏はすり傷切り傷やけどに打ち身、なんでも効くって書いてある。
必要な個数もわからないので、最低限になりそうな数として使い切りミニパック的なものをいくつか拾う。
「じゃ、これください」
「っ!! あっ、あっ、ありがとうございますっっ!!」
女の子はちょっと大げさに頭を下げて、過剰なくらい恭しくお金を受け取り、やたらと畏まって商品を捧げ持って渡してきた。
なんならちょっと涙ぐんでる。
へ、へんな店……。
あと、他の買い物もしておかないと。
《身体強化》を維持するために何日も帰ってこれないこともあるかもしれない。保存食と水は潤沢に用意しておこう。
パン屋さんで石みたいなパン……はでかすぎて単価が高いし死ぬほど重いので、フランスパンみたいな堅パンを買う。
お肉屋さんで丸太みたいな燻製肉を買って、たんぱく源も確保。
真水は高かったので煮沸消毒のための鉄ポットを用意した。忘れがちだけど私は【着火】の魔法も使えるんである。
「あとあったほうがいいものは……テント? さすがにお金足りないな……」
サーシャたちのおかげでチート回数が四回に戻ったので、今後のために強気で地歩を固めていく。
思案しながら市場を歩き回っていると、
ふと視界が翳った。
顔を上げてみる。雲ひとつない青空のもと、空の中心を蒼髪幼女が立っている。
(エッ!!)
めちゃビックリして声帯が喉の奥に引っ込んだ。
市場を普通に歩いている周囲の人は誰も気づいていない。
見上げる。
幼女は右手で足を押さえて、虚空にしゃがみ込んでいる。ワンピースのスカートを気にする様子もない。
ガッツリ私を見つめている。
(き、…………)
私は顔をおろした。
歩いた。
(気のせい、気のせい、気のせい!)
影が追いかけてきていた。
(んぁおおおもうめっちゃ目ぇつけられてんじゃん!!)
しかもあの幼女はサマードレスめいたワンピースだ。下から覗けばワンチャン見えちゃう。
影はまだ追いかけてきてる。
(もぉおおおおおお!!!)
私は走った。
影は私を追いかけてくる。
-§-
この街は、街道の真ん中にできた宿場町だ。
森から出てきた人を労い、また森の踏破に臨む人へ英気を養う。
そのための宿と飯屋が作られて、
馬車や馬を手入れする厩舎が運営されて、
それらの道具を手入れする鍛冶屋がやってきて、
集まる人を目当てに行商人が立ち寄って、
やがて農耕牧畜も拡大し――と。
そんな経緯のある小さな街だ。
だから、ちょっと駆け足すれば街の門へはすぐたどり着く。
「お。やあ、冒険者にはなれたのかい?」
門番を担っていたのは、かつて私に「ここはエルドレッドの街だよ」と教えてくれた街だよオジさんだ。彼が街の主要施設から宿屋まで教えてくれた。
「おかげさまでもうすぐ認可が降りそうです! ひとつ質問なんですけど」
「なにかな」
「門番って、もしかしてめちゃ強い人ですか」
オジさんは苦笑した。
「ある程度は実力がないとね。魔物に追われながら逃げてくる人は珍しくない。人を守りながら魔物を撃退するのも、門番の務めさ」
やっぱり。
夜番の人もそんなことを言っていた。
つまり、私が蒼髪幼女に襲われても、ここまで逃げれば助かるってことだ。
「それじゃ、ちょっと出てまたすぐ戻ってきます」
「わかった。魔物に襲われたら大声で呼ぶんだよ」
こくんと頷いて返し、私は街の外を見る。
草原が広がっている。その先には左右に裾野を広げる森だ。
よし。私は覚悟を決めて街の外に出る。
蒼髪幼女と接触しよう……!




