動画を投稿します(震え声
「できた……いや、できてしまった……」
私はPCの前で呆けていた。
動画編集ソフトのシークバーは終端で止まっている。
そう。
私は初動画の編集を終えていた。
朝の訓練が終わって、私はオフになった。
遅れてきて「朝メシ食ってましたわ」と臆面もなく言い放つ大物お嬢様冒険者イエナスタ・ルカ・クリスタニアを加えて、サーシャたちは三人だけで壁外の依頼に行ってしまったから。
『武器も持ってない人を連れていけるわけないでしょ!』って。
そらまー確かにな。って話である。
そんなわけで、私は宿部屋に引きこもって「まあ聞き取れなくはないかな……」って収録動画の編集を進め、
そして終わらせたのだ。
「……いや、ホントかよ。本当かよ」
きっとなにか抜けがあるはず。
見落としがあるはず。
直せるところが必ずあるはず。
動画をイチから見直しても――いいのか悪いのか分からない。
いや悪いのはわかる。
トーク回しは上手くないし、面白そうと期待させるような話術でもない。トークに緩急をつけて要点を示すこともできていない。
きっと100回繰り返してもできないだろう。
話法は技術だ。
何ヶ月も何年もかけて、人の前に立って観察眼を養いながら磨き上げていくものだ。
たかだか100回で身になるようなものじゃない。
だから私にこれ以上は望めない。少なくとも、今の私には。
「……とりあえず、作業だけ進めよう」
だから、編集ファイルを一つの動画に変換させる処理を始めた。
作ったのは、ほとんど手慣らし同然の簡単な動画だ。
正直――他の、もっと見ごたえのありそうな動画を準備したほうがいいって気はする。
けど「完璧な私が登場する、理想の動画」なんて胡乱なものを作っていたら、私に関心を持ってくれた人の興味すら失わせてしまう。
じわり、と不安が胸を刺す。
動画の変換処理が終わった。
ざっとチェックして、画面が切れていたり音ズレが起きてないことを確認する。
そしてPCのブックマークからチャンネルページへ。
画面遷移のひと呼吸。
私はマウスから手を離して自分の手を見た。
細くて、白くて、柔らかそうな女の子の手。
「……私は、フォルト」
アップロード受付の画面が、開くべきファイルの指名を待って佇んでいる。
動画ファイルを選択してクリックすれば、そのときからアップロードが始まるだろう。女神通信は途切れることもなく快調だ。
その瞬間から。
このときから。
私は、ただのフォルトではなくなる。
動画投稿者のフォルトになる。なってしまう。
今しか引き返せないぞ。
今ならまだクソ動画の投稿主ではないぞ。
期待を裏切ることなく終わりにできるぞ。
不安は大きい。
不安しかない。
途方もない大きさに押しつぶされそうだ。
けれど……けれども、だ。
実は、
私はこの世界に、とてもワクワクしている。
魔法をもっと使ってみたい。
私にも武器が使えるのか試してみたい。
この先になにが待ち受けてるのか見てみたい。
この気持ちはきっと。
私の気持ちを本当の意味で共有してもらえるのは――パソコンの向こうにいる人だけだ。
「……落ち着いてきた」
始めからうまく行くわけはない。
なにせ私はぼっちなのだ。
会話スキルはド底辺を突き破って奈落の底に消え果てている。
ハキハキ喋る、それだけのことが地獄のように難しい。
それでも。
みんなにも知ってほしいから。
こんな世界があることを。
「ええい、面白くなるのは次の課題だっ!」
私は、勢いに任せてクリックを押した。
動画のアップロードを開始。
「ぎゃおおん!!」
後悔のあまり仰け反ってベッドに倒れ込んだ。
嵐のような不安と呪詛が語彙の限りに脳裏を巡る。
「ダメでしょ! ダメでしょだって! きっともっと出来ることいっぱいあったでしょ!?」
そんなことを言って、永遠に足踏みしてしまいそう。
「うおぉ、もうなにもかもゴメンなさい……!!!」
私は二つの全世界に謝りながらサムネイルの指定をして、アップロード進捗の進みを見て、
耐えきれずに逃げ出した。
悲鳴のように思う。
街に気晴らしになるものがありますように!
初投稿の動画はこちら!
https://youtu.be/uRIIYPIu_f0 (2018/9/16 22:30公開開始)
※Vtuber文化が好きでない方はもう少しお待ちください!




