お友達ができました
私はミヤさんとイエナさんに両脇を捕まれて、酒場兼食堂に連行されていた。
「サーシャがいつになく積極的ですにゃ」
「なんだか面白そうなことになりそうですわね」
なんか無茶苦茶を言われている。
まぁ……「今から時間ある?」と問われて「ご飯食べに行くところです」って応えた私に抵抗の余地はない。じゃあご一緒に、と言われるのは普通のことだ。
……たぶん。普通を知らないけど。
どうせこの街、飲食店は選べるほどの数がない。
「サーシャを助けてくれたお礼もありますわ。食事はおごりますので付き合ってくださいませ」
拘束されるのはお礼を言われる体勢じゃないよね?
もちろん口に出せなかった。
カウンターの店主に、当たり前のように奥の個室エリアを注文したサーシャさんは、席料を支払って私を振り返る。
「なに食べたい? あ、チーズパスタ食べた?」
「え、食べてないです」
「それはダメよ。この街に来たら一度は食べなきゃ! 頼んでいい?」
「あ、はい、どうぞ……」
某宇宙人のように拘束されている私が店を縦断すると、店内の老若男女の視線と笑いが追いかけてくる。
……なんかもう、注目されて当たり前って姿をしていると逆に気にならない。
普通にしてるのに悪目立ちするのが怖いだけで、狙ってボケたときに笑われるのは意外と嫌じゃない。いや個人的には、だけど。
むしろボケてるときに笑われないと逆にツラい。スベったら過去の私を殺したくなるあの現象だ。
(……いや、ボケてるわけでもないんだけども)
ともあれ、店の奥に設けられた間仕切りスペースまで連行される。
そこで私の拘束は解かれた。
「奥へどうぞ?」
「アッハイ」
ボックス席の奥に追いやられると、当然のようにサーシャさんが隣に座って蓋をする。
サーシャさんは私を見ながら微笑んだ。
「まずは自己紹介しましょうか」
優しげな口調が怖い。
「いや、名乗るほどのものではございませんでして……」
「ほーぅ?」
サーシャさんがジメッとした半眼で私を見つめる。
「なんでもないです……」
「名乗れない事情でもあるなら、それはそれで聞くけれど?」
「ないです。フォルトです。よろしくお願いします」
フォルト、ね……とまるで音を味わうかのようにじっくり言った。
私は耐えきれなくなった。
「……ええいっ! この雰囲気なんなんだ! ごめんなさい! いっそ殺してくれ!」
「あはは! ごめんごめん。ちょっと意地悪しすぎたわね。でもあなたも悪いのよ」
サーシャさんは悪戯っぽく目を細めて私を見た。
「逃げることないでしょう。人の命を救っておいて――友達になって、なんて頼んでおいて」
「ぅえ……?」
スッと。右手が私の前に差し出された。
サーシャさんが照れくさそうに微笑んでいる。
握手を求める手だ。
「私はサーシャ。サーシャ・ロッシュ。よろしくね、フォルト」
私は口をパクパクさせながら、条件反射的に握手に応じてしまっていた。
柔らかくてちょっとひんやりして、ところどころ固くなった皮膚の手触り。
友達……。
友達……って、どういう意味だっけ?
「それで」
ギュッと私の手を強く握って、サーシャさんは不敵に微笑んだ。
「お話しましょう? お友達なんだからいいわよね? ――聞きたいことがたくさんあるの」
あっ。
まんまと罠にかかった小動物の気分……。
私はチート能力のことを洗いざらいぶちまけた。
みんなを助けた異様な力をスマートに説明するグレートな嘘なんて、私にはわかりませんもので。
「チェンジリングの特殊能力みたいなものかしらね」
私は妖精郷の子だと理解されているので、驚くほどすんなり受け入れられた。
サーシャさんが呆れたふうに苦笑する。
「それであんな、とんでもない魔法を使ったのね」
「魔法なんかなくても充分とんでもなかったですにゃ。ウチも《身体強化》使いたいにゃあ」
「そんな便利なものでもないですよ。残り一回しか使えないし……」
「そこですわよ」
イエナさんが木のコップを持った手で私を指差す。
「わたくしたちが友達になったのに、まだ一回なんですの?」
「え?」
「そうにゃあ。ウチたちもう仲良しにゃよ? 次の依頼も一緒に行くくらいにゃし」
うんうんと二人がうなずく。
いつ「次の依頼」なんて話が出たのか、まるで身に覚えがない。
「まさかぁ。ツイッターの相互フォローでピクリともしなかったカウントが動いているわけ……」
残り四回。
「増えてるゥ〜〜〜!????」
椅子から転げ落ちて驚いた。
サーシャさんが笑いながら私に手を貸して助け起こしてくれる。
「良かったわね。これで名実ともに友達よ。そうでしょ?」
ひゃあ。
謎の後ろめたさで胃に穴が空きそう。
「あ、ありがとうございます。サーシャさん。イエナさんにミヤさんも」
あれだけ大変だったチート回数の確保が、こんな形で回復するなんて。しかも三つも。
サーシャさんたちはお互いに顔を見合わせて、同時に私を見た。
サーシャさんが言う。
「さん付けはやめて」
「エッ」




