星降りの町その六
「取り合えず大人しくしておけ」
背中全体に塗りこんだ後、ガーゼのような薄い布を被せて御爺さんの処置は終わった。サクラダはその間に寝息を立て始めていてぐっすり寝ているのか返事も動きもなかった。
「で、おめぇは何を知りたいんだ?」
そう問われて首を傾げる。何と言われても知りたいのは全てだ。あの石を見たら放って置けるはずもない。あれはこの星の物じゃないし、勘ではあるけどあれは魔術を宿している……いや魔術を使える何者かが関係しているに違いない。それを確かめないと恐らくずっとこの違和感は続く。
「まぁ教えてやれるのは少ないんだけどなぁ。おめぇもあれがむかーし昔ここにおっこって来たってのは聞いてるだろうし、サクラダの一族が原因不明の病に罹り半数が早死にするっても知ってるな?」
「はい。師匠から聞いています。それに森で鬼に会いました」
僕の言葉に御爺さんは目を見開き口を開け、唖然として数秒止まった。
「なるほどな。そうなったら帰れまい。改めて名乗ろう、おらの名はヤグラ。おめぇも何と無し気付いているだろうが、サクラダと同じ一族のものだ」
「サクラダの御爺さん、ですよね?」
思ったのをそのまま口にすると、ジッと僕を見たまま押し黙ってしまう。
「勘が良いのも師匠に似たか」
「勘が良い同士だから弟子にしてくれたのかもしれません」
そう言うとヤグラさんは小さく笑った。僕も釣られて小さく笑う。
「一族の呪いを解きたいが為におらぁ一度国を離れた。首都だけでなく色々な国を旅してな。そん時におめぇの師匠、”一撃”の異名を持つショウと会った。おらが会った時のアイツは弟子を取るなんてタマじゃなかったよ。全身からドス黒い気を発して誰も寄せ付けず、挑む者には一切の情け容赦ない一撃で葬っていた。おらは鬼を何度も見たし襲われた。だけどアイツはそれ以上に強かった」
ヤグラさんはそう言った後肩を窄めた。僕は心底今の師匠で良かった、と思った。そして何が師匠をそうさせたのかも気になる。
「おらも腕に覚えがあったけど、別次元に感じてなぁ。こっそりアイツの後を付けて、その修行を盗み見た。そらぁとんでもなかったよ。指一本ずつ逆立ち腕立てに始まり、岩を持ち上げて背筋を鍛え仰向けになって寝転がった後に岩を足の裏で持ち上げたりと凄まじかった。そのどれもが一撃で相手を機能停止させる為だった。おらそれを見て気付かされた。苦手なものを鍛えるのも大事だけど、何より自分が得意とするものを果てなく伸ばす方がより大事だと」
「それが投げ、ですか」
「端的に言えばそうだな。お前も分かっているだろうが、投げるにも相手がガチガチに構えてたら投げるのは大変だ。より簡単に確実に投げる、その方法を見つけ磨くのがおらの修行になった。冒険者ギルドに登録して仕事を請けつつ修行に明け暮れた。どれくらい経ったか分からないくらいの時に、おめぇの師匠と同じ仕事を請けた」
僕はそれを聞いて渋い顔をする。二人が請け負う同じ仕事って国を沈めるか乗っ取るかくらいしか思いつかないんだけど。
「とある龍退治でな。まぁ結果から行くと引き分け」
「ひ、引き分けですか!?」
この二人が相手で引き分けるなんて龍って凄いなぁ……僕も対峙したけどあれがこの星一強そうに思えたのは間違いじゃないらしい。
「まぁ色々あってな。おらにはおらのやるべき仕事があったし、ショウにはショウのやりたい仕事があったし、龍は龍で暴れてたのには別の理由があった。……兎に角依頼は撃退という話だったので撃退した。龍は住処を変えておら達はそれに協力。その代わりにおら達にも協力してもらった」
「協力、ですか」
「協力だ。ショウは龍の脱皮した皮を少し貰って武具を作り、おらは知恵を借りた」
龍の脱皮って言葉も凄いけどそれを使って武具を作るのも凄いし、あの師匠がそんな凄い武具を使ってまでしたかったのは何だったんだろうかとても気になる。
「おらはその借りた知恵を使い、何とかおらの代で原因不明の病は治まった……はずだった」
その知恵がどんなものかは分からないけど、この世界の最高峰の知恵をもってしても無理だと思う。何しろこの世界には魔術があちこちにある訳ではないし、魔術粒子も漂ってる気がしない。あの石が放っているのはそっち系の魔術だと思う。




